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予定通りに行かず、うんざりする程トラブルの多いケニアの旅…。
うざったい客引きやお金をせがんで来る人々にもうんざりな旅…。
気分転換に、次に重太はインド洋沿いの小さな島、ラムを目指します。

[ 1、イントロダクション ] [ 2、サファリ編 ]
[ 3、トラブル編 ] [ 4、浪夢編 ]

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 不吉の前兆?
[ モンバサ空港 ] 2000年6月11日 ★

モンバサを1日観光し、疲れ切った重太は次なる目的地=ラム島に期待を寄せます。
ノブの話だと、「人も少なくボーっとするにはもってこい!」とのことです。


「え? あれで飛ぶの?!」
国内線といえど、『それなりの飛行機』で飛ぶものと思い込んでいたら、 そこにあったのは12人乗りの小さなセスナ…。

トラブル続きのこのアフリカの旅…。
なにやら悪い予感が頭をよぎります…。

ヒューーッ!! ガシャ!!
カメラをカバンにしまおうとした時、うっかりカメラを地面に落としてしまいました…。

もしかして、これは「飛行機にのったら何かが起こる」という警告なのでしょうか?


「……まじかよ!」
どんなに引っ張っても、何をしてもレンズキャップが取れません!
これでは、写真を撮れないではありませんか!!

大きいものから小さなものまで、よくもまぁ、不運が続きます…。
こうなると、息をするだけでも不運がやってきそうな気になってしまいます。

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 ラム島へ
[ → ラム ] 2000年6月11日 ★

荷物の検査もなく、搭乗時間となりました…。
検査はなければないで、不安なものです…。

乗り込んだ飛行機は、ドイツ人老夫婦と重太の3人で貸切状態でした。

「…ずっとアフリカを旅行してるんですか?」
現地のケニア人とは『金銭がらみの会話』しかできないので、 ここぞとばかり同じ旅行者であるドイツ人に普通の話題で話しかけます。

「△#○◇…。」
…どうやら老夫婦は英語を全く話せないようです。
ドイツ人は全員英語を話せると勝手に思い込んでいた重太にとってちょっと意外な出来事でした。
ただ『普通のおしゃべり』をしたかったのですが、ドイツ語を知らない重太になす術なし…。
一人静かに着席しました。

低くもなく、高くもない高度を保ち、セスナはインド洋沿いに北上します。

「……おおおぉぉ!」
道、町、丘…。
森、海、空…。
大自然が残るアフリカの大地、空から見る海岸線沿いの景色は素晴らしいものでした。

…しかし、キャップがめりこんだカメラがここで活躍することはありません…。

気流は安定していて、乗る前の不安などすっかり忘れてしまうくらいフライトは快適でした。

手ではどうやっても取れないカメラのレンズキャップ…。
なんとか棒を隙間にさしこみ、強引にキャップを取りました。

「…よっしゃぁ、これで撮影できるぞ!」
「当機はまもなく着陸態勢に入ります。シートベルトをお締め下さい。」
空から素晴らしい景色を撮影するヒマもなく、飛行機はあっという間にラム島の対岸=マンダ島の飛行場へ到着しました。

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 うっとおしい客引き
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

ラム島は、アラブの雰囲気漂う狭い路地の入り組んだ町とのことです。
アラブ世界未体験の重太の期待感は自然と膨らみます。

「静かなリゾート地でののんびりした時間を過ごしたい!」
その期待はラム島についた瞬間に裏切られました。


「ようこそ、ラムへ!」
飛行機から降りるや否や、腰に布を巻いた『ラムスタイル』のポーターたちが荷物を持ちにやって来ます。
お金からみのトラブルになるのをさけるため重太は断りますが、ポーターは重太から荷物を奪い勝手に運んでいきます。
自分で持てる荷物を勝手に持っていかれ、あとでお金を請求されることほどバカなことはありません。

「ホテルはどこにするか、決めてますか?」
飛行場のあるマンダ島からラム島まで船で行く間、ポーターが聞いて来ました。
「ああ、ペトリィーズ・インにしようと思ってる。」
「…そうですか…。もっといいホテルを紹介しますよ。」
「いいって! もうペトリィーズ・インに決めたからさ。」
うっとおしいポーターとしゃべりたくない重太は、ピシャと言い切りました。

「…ねぇ、おれが紹介するホテルにいってみない?」
しばらくすると、ポーターはまた同じ誘いをして来ます。
自分が契約しているホテルに客を連れて行けば、いくらかお金になるのでしょう。

「…………。」
重太はブスっとした表情をして、相手にしませんでした。

「…ねぇ、どう? おれがいいホテルを紹介するよ。」
しばらくすると、また自分のお勧めのホテルに来いと誘って来ます。

「俺はさっき行かないって言っただろ?
 聞こえなかったのか?
 ふざけんなよ!」

ケニアの人の強引でしつこい客引きにうんざりした重太はとうとうブチ切れました。(2回目)

この国は人の言うことを全く聞かない国なのでしょうか?
荷物を奪うように運び、断っているのにしつこくホテルを紹介し…!
リラックスしにこのラム島に来たのに、来た瞬間にストレスのたまる状況になってしまいました。

しかし、これからもっとストレスがたまることになろうとは、重太はまだ知る由もありません…。

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 つづく商談…
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

無事、ペトリィーズ・インにチェックインした直後のことです。
横でじっと待ち続けていたポーターが話しかけてきました。

「荷物を持ってやったんだから、金をくれよ!」
…やはりきました。
こちらが断ったのにもかかわらず、荷物を奪ってまで運んで下さったポーターに仕方無しに100シリングを渡しました。

「俺はそっち(=500シリング)の札が欲しいんだ!」

…ぷっっっちいいいぃぃぃぃーーーーーーん!!!!

「俺が断ったのに
 強引に荷物を運んだのはお前だろ?
 ふざけんなよ!」

重太はまたブチ切れてしまいました。(3回目)

「あんな重い荷物を持ったのに…。」
「俺は自分であれ位持てるんだよ!!
 それに違うホテルを何度も何度も紹介しやがって!」

重太の怒りはおさまりません。

「…………。」
「俺はここにリラックスしに来たんだよ! なのに来た途端、それをぶちこわしやがって!」
「…………。」
重太が本気で怒っても、ポーターはいじけた様子でその場に居続けます。
100シリングでは満足できないと言わんばかりに…。

「まぁまぁ。この島では楽しまなくちゃダメだ。」
カウンターの横にいた体格のいい男が話に入って来ます。

「君は荷物を運んでもらったんだから、お金を渡した。で、お前はその代金をもらった。それでいいじゃないか。」
その男の説得でポーターはしぶしぶホテルを出ていきました。

「…ありがとう。助かったよ。あいつしつこくてさ。」
「どういたしまして。」

ババというその背の高い男性は帆をはり海上を走るダウ船の船長とのことです。
彼のおかげで、不愉快な状況は打開でき、イライラした気分が少し晴れました。

「どうだい? よかったら俺の船でサンセットクルージングに行かないかい? 安くしとくぜ!」
「……………。」
…結局、また、商売の話がまっていました。

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 あふれかえる日本語
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

ホテルで一休みした後、重太は町の散策に出かけました。



白壁の家々。
狭い路地。
どこからともなく聞こえて来るコーラン。
海岸沿い、海を向いたベンチ。
その横にある置き物の大砲。
すぐ前の海にある数々のダウ船。
大都会のナイロビやインド洋に面したモンバサとはまた一味ちがう町の様です。

「どこから来たんだい? マイフレンド。」
のんびり歩いていると、地元の人が英語で話しかけてきます。
「日本だよ。」
「『コニチワ! オゲンキデスカ?』」
ここ、ラム島には日本人がよく来るらしく、誰もが片言の日本語を言える様です。

別の地元の人が近寄ってきて、重太を呼び止めます。
「『ヨウコソ! ラムへ!』」
「………はい、はい。」
その人は一言だけ言い、とっとと去っていきました。
どうやらその一言を日本語で言うためだけに、わざわざ引き止めてくださったようです…。

「『コニチワ!』」
メインストリートを歩いているだけで、何度も片言の日本語で話し掛けられます。

「『ワタシノ ナマエハ スズキ アグリです。』」
「…はいはい。こんにちは。」
一体誰がこういうふざけた日本語を教えるのでしょうか…?

「『ワタシノ ナマエハ スズキ アグリです。』」
別の男性がスズキアグリを名乗って来ました。

「『ワタシノ ナマエハ スズキ アグリです。』」
さらに別のスズキアグリにも会いました。

この島には一体何人のスズキアグリがいるのでしょうか…?

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 『マイフレンド勧誘』
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

「船にのって沖にでないかい? マイフレンド。」
「ロバに乗らないかい? マイフレンド。」
「町のガイドはいらないかい? マイフレンド。」
「うちのレストランに来ないかい? マイフレンド。」

「…………。俺ってケニアにこんなに友達がいたのかよ!」
有名人になると親戚が増える、とよく聞きます。
ラム島を歩く日本人観光客=重太も、まさにそんな状況でした。

どうやらラム島で6月はオフシーズンとのこと。
みな暇を持て余し、客引きに精を出している様です。

「ガイドはどうだい? マイフレンド。」
マイフレンド…。
なんとも響きのいい言葉ですが、この場合内容が伴っていません…。

「俺はあんたの友達でもなんでも無いから、いちいち話し掛けてくるな!」
重太はまたまたブチ切れてしまいました。(4回目)

友達でもないのに『マイフレンド』と言いながら親し気に近付いて来るやつ程、後でちゃっかり金を請求して来るものです。
重太の外国にいる『本当のトモダチ』は、町をガイドしてくれても、 車でどこかへ連れて行ってくれても、お金など一回も請求してきませんでした。
…っていうか、それが普通でしょう…。

「ハロー、マイフレンド。あっちにいいレストランが…」
「うるせぇ!!」
たった数日の滞在で『ケニア式マイフレンド勧誘』をイヤと言うほど体験した重太は、 そんな輩たちとは取り合わないことに決めました。

ここ、ラム島にはのんびりしに来たはずなのに、イライラしっぱなしです。

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 アリに手紙を頼まれる
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

「ボクの兄が日本人女性と結婚して、日本に住んでいるんだ。」
アリという男性と出会いました。

日本のこともそれなりに詳しく、普通に話をすることが出来ます。
「手紙を書いてもってくるから、日本で投函してよ!」
そういって待ち合わせた場所はとあるレストランの前。

「このレストラン、おいしいよ。食べていかない?」
結局、彼も『マイフレンド勧誘』の使い手だったのです…。

「………。」
あきれてモノが言えませんでした…。

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 最悪な卒業10周年記念日
[ ラム ] 2000年6月11日 ★

「調子はどうだい? マイフレンド。」
「……勘弁してくれよぉ。 ……ほっといてくれよぉ。」
結局、重太はろくに町の散策もせず、ホテルに戻って来てしまいました。

…もう、うんざりです…。
クーラーの利いた自分の部屋に戻り、ベッドにもぐりこみます。

…もう、誰とも話したくありません…。
蚊帳の中から一歩も外に出たくない気分です。
『蚊帳の外』じゃなく『蚊帳の中』ですが、もう本当にほっといてほしいものでした。

現地の人とのふれあいが楽しいはずの旅…。
しかし、地元の人は日本人を金づるとしか見ていない様子…。
普通に人と人として会話をしたいのに、その先には絶対お金からみの話しが待っている…。
そんな見え見えの展開が、旅をドンドンつまらないものへと変えています。

一体、何をしにはるばるアフリカの大地に来たのかわからなくなってきました。

「…せっかくの記念日なのに…。」
2000年、6月11日…。
それは、重太の
アメリカ卒業10周年記念日…。
2ヵ月後に控えた同窓会に向け、 この日をお祝いしたいところだったのに、ラム島のみなさんが台なしにしてくれました。

何もしたくない重太は冷房の蚊帳の中で寝るしかありません…。
  :
  :
  :
「……あちぃ。」
せっかく寝入ったのに、いつの間にかクーラーが勝手にきれてしまったようで、その蒸し暑さに起されてしまいました。
スイッチを入れなおしても、クーラーが入りません。

「すいません、町中で電力が不足していて電気が来ないんですよ…。」
文句を言いにフロントへ行くと、ホテルの受け付けの人は、申し訳なさそうにそう言いました。

町の中は、うっとおしい客引きたち。
退避した冷房が利いてるはずのホテルの中は、蒸し風呂状態…。
どこも落ち着く場所がありません…。

外に出たくありませんが、しかたなく夕食を食べに出かけます。
行く途中、先ほどのアリとまた会いました。

「ねぇ、お金、くれない?」
結局は、そういうことだったようです…。
今度は恥も外聞もなく、ストレートに金を要求してきました。
…こんなヤツは無視して、レストランへ向かいます。

「……。」
もう30分以上前にオーダーをしたのに、まだ何も出てきません…。

やっと出てきたものは、クリームスープ。
「……。」
チキンスープを頼んだのに…。

文句を言って取り替えてもらいたいところですが、次にスープが出てくるまでの時間のことを考えると…。
黙ってクリープスープをすすりました…。
なぜか無性にむなしくなります…。

ラム島のみなさんが重太の記念日を本当にものの見事に台なしにしてくれました。

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 魔法の言葉『シタキ チョチョテ。』
[ ラム ] 2000年6月12日 ★

今回のアフリカの旅、いい思いをほとんどしていません。
逆に、イヤな気分になることばかり。
なんだか、もういつ日本に帰ってもいい気になってきました。

これまでの旅、
イタリアブラジルメキシコ ペルー(2005年公開予定) はどれも楽しい旅でした。
現地の友達や旅のパートナーに恵まれ、いい思い出がたくさんあります。

しかし、今回は、丸っきり一人の旅。
どんな事態も自分一人でなんとか切り抜けなくてはなりません!!

「このままじゃいけない!そう、旅は楽しまなくちゃ、損だよな!」


次の日の朝。
相変わらず、道を歩く度、暇を持て余しているラムの人々が重太に近寄ってきます。

「船にのって沖にでないかい? マイフレンド。」
「『シタキ チョチョテ。』」

「ロバに乗らないかい? マイフレンド。」
「『シタキ チョチョテ。』」

「町のガイドはいらないかい? マイフレンド。」
「『シタキ チョチョテ。』」

「うちのレストランに来ないかい? マイフレンド。」
「『シタキ チョチョテ。』」

重太は『シタキ チョチョテ。』と書いた紙を見せ、連呼します。
それ以外の言葉は一切口にしません。
すると相手は「まいったなぁ。」という顔で去っていきます。

『シタキ チョチョテ。(SITAKI CHO CHOTE)』とはスワヒリ語で
『何もいらない。』という意味(のはず)です。

この呪文をとなえることで、大抵のうっとおしい客引きを門前払いにすることができました。

この日の朝、レストランで聞いた言葉がこんなに功を奏するとは……!!!
ここまで効果的に使える言葉だと、もっともっと使いたくなってしまうというのが『人の性』というものです!

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 客引きのあしらい方 1
[ ラム ] 2000年6月12日 ★★

魔法の言葉、『シタキ チョチョテ。』によって、うっとおしい客引き対策にもちょっと余裕が出てきました。

「ロバに乗らないかい? マイフレンド。」
「いくら?」
「200シリングだよ。(200円強)」
「クレジットカードは使えるかい?」
「……………。」
重太の意外な返答に客引きは何も言い返せなくなってしまいました。

「現金は持って無いんだよ。」
「コインくらい持ってるだろ?」
「……あぁ。 えっと、この1シリングって、使える?」
あらかじめポケットに用意しておいた1シリング硬貨(=1.4円)を見せます。

「……どう? これでロバに乗れるかい?」
1シリングの価値を知っていながらわざと聞いてみます。
「………それじゃ、タバコも買えんよ…。」
呆れた客引きは、こんな客からはすぐ立ち去っていきました。

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 客引きのあしらい方 2
[ ラム ] 2000年6月12日 ★★★

うっとおしい客引きを撃退するコツがわかってきました。
真面目に取り合わず、いいかげんにあしらうのがポイントの様です。
ふざけて対処することで、客引きとのやりとりが『がぜん』楽しくなってきました。

「船にでも乗らないかい? マイフレンド。」
「おれ、めちゃくちゃ船酔いするんだ。」
今にも吐きそうな演技をしてみせます。
その演技のくささは100m先までもニオって行きそうです。

「そうか、じゃ、また明日、話をしようぜ、マイフレンド。」
「あぁ、ダメだ。おれ、今晩ナイロビに行くんだよ。」
もう1日いるくせに、よく言います。

その後も自ら餌になり、寄ってくる客引きをあしらいました。

「どこから来たんだい? マイフレンド。」
「韓国から。」
「…………。そう。」
『日本人』と答えると、片言の日本語で親し気に接近して来ることはすでに分かっています。
さすがにラムの人も韓国語は知らないようで、こう切り返すと話を続けることができない様でした。

「(ほら、どうした? 韓国語で話しかけてこいよ!)」
重太は表面では穏やかそうに振舞っていますが、内心はかなり『おちょくりモード』です。
相手がペラペラと韓国語で話しかけてきたら、化けの皮がはがれるくせに…。

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 ラムの風景
[ ラム ] 2000年6月12日 ★

どんな客引きも適当にあしらうことで、旅の余裕が出てきました。
これでやっと、のんびり町を歩いて、人々の生活を眺めることが出来ます。

日陰のベンチで王冠を使ってチェスをする子供。

小さな待ち合い場所でサッカーをする少年たち。

荷台に炭をつんで売り歩く人。

重い荷物を背中につまされ、いやいや歩くロバ。(写真:左)

軒下でただひたすら昼寝をするおっちゃん。

この町にもいろいろな人がいました。

洋服の仕立て屋さん。

片目にルーペをはめ、時計を直す時計屋さん。

ダウ船の木の模型を造る模型屋さん。

扉やソファーを木で造る家具屋さん。

雑貨屋、肉屋、魚屋、市場(写真:右)…。

狭い路地を歩いているといろいろな店を見ることができます。
中には、コンピュータ数台が置かれたインターネット屋もありました。

「…こ、これはあぁぁ…!!」

とこ屋の入口で 『それ(↓)』 を発見した重太はすぐにカメラにおさめました。




なんともインパクトのある髪型見本ではありませんか!!

「5番でお願いします。」
とでも言って散髪してもらうのでしょうか?

(6番だけはイヤだなぁ…。)
(1と4の差はわかんないし、10だけ後ろからの絵だし…)

いずれかを試してみたい気もしましたが、そこまでの勇気はありませんでした…。

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 ロバの旅に挑戦
[ ナイロビ ] 2000年6月13日 ★

ラム島で車を見かけました。
法令で『車の乗り入れが禁止されている』はずなのに…。
「あぁ、あれは地区長官用の車だよ。あの1台だけ、島に車があるんだ。」

ラムは『車が走れるほどの道幅が無い町』とも言えます。
海岸線沿いの道は問題ないのですが、町の中は本当に狭い道だけ。
そこを大勢の人やロバや荷車が行き交いするので、車が走るスペースなどとてもありません。


そんな小さな町=ラムを見尽くした重太は、時間つぶしに隣町シェラまで歩いて行こうとしました。

「ロバに乗らないかい? マイフレンド。」
お約束通り、客引きが近付いてきました。
いつもなら『うさんくさい』とおっぱらう所ですが、ロバに乗ることを考えてみてもいいかもしれません。

「シェラまでいくら?」
「200だ。」
「行って、戻ってきて200だろ?」
こういうことは事前に確認しとかないと、トラブルのもとです。

「…………。あぁ、そうだ。」
こいつしっかりしてやがる、といった表情でその青年は答えました。
確認されなかったら、あとで絶対『片道200に決まってるだろ』と延々とゴネられたことでしょう…。

「飛行機の時間までにはラムに戻ってきたいんだけどさ。」
「…………。大丈夫、大丈夫!」
針の動かない腕時計をみて、その青年は言いました。
「その腕時計、こわれてないか?」
「……大丈夫、大丈夫!」
一体何が大丈夫なのか、よくわかりません…。

まぁ、とりあえず、時間も金もあるので、試しにロバに乗ってみることにしました。

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 ロバの旅、スタート
[ ナイロビ ] 2000年6月13日 ★

汚いゴザをロバの背中にのせ、その上に座らされます。
「絶対、どんなことがあってもこのロープ(たずな)は放さないでね。」
でないとロバが逃げいってしまうからだそうです。

たった1つのルールだけ教えられ、ロバの旅は始まりました。

ヒュイ、ヒュイ…
青年の口笛を聞いてロバは歩き始めます。

「…うおぉぉ…。」
加速時に結構『G』がかかります。
きちんとロバにまたがり、ロープをしっかり握っておかないと落ちてしまいそうです。

ゆっくり進むロバの旅。
上下にほどよくゆれ、風情はありますが、自転車の方が早く、乗り心地もいいような気がします。

「うわっ!」
ロバのきまぐれ方向転換のため、バランスをくずし何度か背中から飛び下りました。
その度、ロバを逃がさない様に握ったロープが重太の手をぎゅっとキツク締め付けます。

「金払って、痛い思いをしてるよ…。」
やめときゃよかったと思うのに、それほど時間は必要ありませんでした。

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 シェラの町
[ ナイロビ ] 2000年6月13日 ★

内陸部の草原を行き、丘を越え、林を抜け…。
ロバの背中に揺られ、歩くこと40分。
ラムのお隣の静かな町=シェラへ到着しました。

人もロバも少なく、とても落ち着いた感じです。
町にゴミも少なく、ラムの様に道の端に生活排水が流れているようなこともありません。

海辺にいる海の男たちは
「ハロー、マイフレンド! 俺の船で沖に出ないか?」
とか言って観光客=重太に話し掛けて来るようなことはありませんでした。

「…なんだ、リラックスするならこの町にくれば良かったよ!」
ラムを離れる数時間前になって、静かで落ち着ける穴場を発見してしまいました…。

ロバの背にまたがったまま、アップダウンのある町を移動します。
「うおっ!」
「うわっ!!!」
階段の昇り降りの際には、落ちないように体重を後ろにかけたり、前傾姿勢をとったりする必要があります。

低い木の枝の下をくぐり、つきあたりの壁をまがって海へ向かい…。
狭い路地をロバにまたがり移動するのは、なんだか楽しいものでした。
ちょっとした変化、先の見えない路地というのがいいのでしょう!

小さなシェラの町をあっという間に見終え、今度は海岸線沿いをラムへ向かいます。
慣れてくるとロバの旅ものんびりと楽しいものです。
ゆっくり海を見ながら40分でラムの町へ帰って来ました。

「…それじゃ…。」
最初の契約通り200シリングを渡し、ロバと青年と別れました。
歩くのとは違った、楽しく貴重な散歩体験をしたものです。

「……つつつ…。」
自分の足で歩き出すと、なにやら違和感が…。
お尻の谷間の皮がすりむけ、ヒリヒリしています。
1時間半程、ロバの背中に乗り続けていたため、『尻ズレ』したようです…。

「やっぱり金払って、痛い思いをしたみたいだ…。」
それから数日、イスに座る度、このロバの旅を思い出すこととなりました…。

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 ナイロビ放浪
[ ナイロビ ] 2000年6月13〜15日 ★

無事ラム〜シェラ間のロバの旅を終え、飛行機に乗ってナイロビまで戻ってきました。

「……涼しい!」
約1週間、インド洋沿いの温かい町にいたので、内陸にある高地=ナイロビの涼しい気候が肌寒いくらいでした。

ホテル代節約のため、少し町から離れたノブお勧めの中級ホテルへチェックインしました。

次の日、ナイロビ市内へ出かけます。
重太には、この数日でナイロビですべきことがたくさんあったのです。


「昨日の朝、ラムで蚊に刺されたんですけど…。」
まず、ICEAビル内にある日本大使館へ行き、マラリアの相談をしました。

「朝刺されたのなら、9割は大丈夫だろ。でも、もしマラリアになったら、この薬でも買って飲むんだな。」
マラリア原虫を持つハマダラ蚊は夕方から明け方までしか媒介しないとのことでした。

念のため、と、大使館の医務官に指示された薬を薬局で買います。


「あと、いくらくらい必要だろう?!」
食事代、タクシー代、マダガスカルのビザ代、水代…。
このケニアでの数日間生き延びるためのお金を両替えします。
手持ちの現金、トラベラーズチェックは少ないので、なんとかクレジットカードで生き延びたいところです。


「…………………。」
治安の悪いナイロビの町は、少し歩くだけでも緊張します。
日本人は大金を持っていると思っている現地の人が襲ってくるのかもしれない…。
なんてことを考えてしまいます。

実際、お金を両替したばかりなので、緊張感はさらに増します。


「…いつ、どこで予想外の事態がおこるか、わからない…!」
ビクビク震えながら、危ない町=ナイロビを一人でさまよいます。
色々しなければならないことがあったので、仕方なくあちこち歩いていますが、できれば誰かにやってもらいたい気分でした。

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 突然、背後から…
[ ナイロビ ] 2000年6月14〜15日 ★

『それ』は、スーパーマーケットで 蚊よけの塗り薬を物色している時、起こりました。

色々な種類の薬が棚の下の方に並んでいます。
しゃがんでアレコレ見ていると、いきなり『誰かの手』が重太のアゴをうしろからなでてくるではありませんか!!

「(…な、な、な、なんだぁぁぁ!!)」
あまりにも突然のことなので、ビックリして、声が出ません!

人も多く警備員もいるスーパーマーケット。
道端よりも治安はいいはずですが…。
こんな場所でも、しゃがんでゆっくり物色するなど、油断してはいけなかったのでしょうか??

一体、誰が、何のために、アゴなど触ってくるのでしょう?!
…恐る恐る、後ろを振り向きます。

「きゃはははは!」
そこには3歳くらいの黒人の小さな女の子が無邪気に笑っていました。
まわりを見回すと、店内にいるまわりのお客さんもニコニコ笑っています。
ホッと一安心です…。

どうやらその子にとって、アジア人(黄色人種)が珍しかったらしく、実際にその肌を触ってみたかっただけのようでした。
その少女が手を差し出してきたので、重太は素直に握手しました。

無邪気な少女の笑顔に救われましたが、あの時程うしろを振り向くのが恐かったことはありません…。

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 次の旅のアレンジ
[ ナイロビ ] 2000年6月14〜15日 ★

「おい! 
モンバサで迎えのバスが来なかったぞ!」
モンバサ、ラム島への旅をアレンジした旅行会社へ行き、 バス代1000シリングを返してもらいました。

「迷惑かけてごめんなさいね。」
「いや。お金が戻ってくればもういいよ。」
「で、次はどこに行くつもりなの?旅のアレンジしますよ!」
「さよなら。」
もうここに用はありません。


他の旅行会社に行き、次なる旅の目的地=マダガスカルについて調べさせてもらいます。
日本ではマダガスカルのガイドブックを見つけることが出来なかったからです。

「−−−−フランス語とマダガスカル語しかほとんど通じない。」
両方話せない重太には痛恨の情報でした…。
「……行くの、やめようかなぁ。」
ケニアでいい思いをしていないだけに、旅に対する積極性がなくなっていました。

…しかし、帰国便は『マダガスカルからのフライト』をすでに予約済み…。
つまり、マダガスカルに行かないわけにいかないのです…。


「明日、またここにビザを取りに来て下さい。」
ヒルトンホテル内、マダガスカル航空のオフィスに行き、マダガスカルのビザを申請。
パスポートを預け、ビザ代を払いオフィスを後にしました。

 :
 :
 :
次の日、言われた時間からだいぶ過ぎてオフィスに行きました。
遅れていけば、ビザが用意できているだろうと思ったからです。

「あ!」
重太の顔を見るなり、昨日受付をしてくれた人がオフィスの裏へ急いで入っていきました。
まるで、何かを思い出したかのように…。

 :
 :
 :
…待たされること15分。
マダガスカルのビザを『無事』受け取ることが出来ました…。
ビザのスタンプは押されたてホヤホヤ感いっぱいでした…。

(これなら、即日発行もできるじゃないか…。)

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 アフリカン・アート その2
[ ナイロビ ] 2000年6月15日 ★

旅のアレンジ、ビザ申請、両替にバス代回収…。
ナイロビの町で用を済ますついでに国立公文書館に行ってみました。
治安が悪い町で出歩きたくないくせに、よくやります…。

「……ほう。」
中には彫刻、絵画、民芸品、マスクなどが陳列されています。
「お! ティンガティンガだ!!」
ここでも
ギャラリーワタトゥでもお目にかかったティンガティンガの別の絵を見ることが出来ました。
美術漫画で得た知識がここでも役に立ち、なんだかちょっと得した気分です。

しかし、館内は照明が暗く、棚の上にはホコリがワンサカ…。
清掃員が床に掃除機をかけていて、その音の豪快さと言ったら…。
国立公文書館は、とてもゆっくり美術鑑賞をする環境ではありませんでした。
入場料が無料なので、まぁよし、ということにしておきましょう…。

ティンガティンガを見たら、再びギャラリーワタトゥへ行ってみたくなりました。
「……あれ?」
先週来た時と展示内容が変わっています。
「いいねぇ、この絵! こっちも!」
先週は学生の作品の展示でしたが、今回はアフリカを代表するアーティストの展示でした。
1箇所で2度美味しい展開。
なんだかものすごく得した気分です。

「君、前も来てたね。」
先週、小さなギャラリー内に2時間もたたずんでいたので、どうやら顔を覚えられてしまった様です。
「展示がかわったね! いいですね!」
「どうも、ありがとう!」
気をよくしたギャラリーの人は重太に倉庫にある絵もいろいろ見せてくれました。

「…うわぁ、いいねぇ…。」
ひょうやライオンなど動物の顔を正面からとらえ、背景には綺麗な青空や草原が広がるもの。
昔からの生活の様子をペンで描き柔らかい色が塗られたもの。
マンガみたいに人間をデフォルメした楽しい雰囲気のもの。
独特なアフリカンアートがそこには多数ありました。

「どうも、ありがとう! すごく楽しめたよ!」
「そうかい、よかった! また来て下さい!」
気持ちをフル充電して重太はギャラリーを後にしました。

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 ケニアの公衆電話
[ ナイロビ ] 2000年6月15日 ★

ノブに電話をかけるため、近くの公衆電話へ向かいます。
チャージ代をとられるホテルより、ぐっとお安く済むからです。

「4シリングちょうだい!」
電話を使用中のおばちゃんがすぐ後ろで並んでいた重太にいきなり言いました。

「何で俺が?!」
このおばちゃんが小銭が切れたのかと思い、思いっきり拒絶しました。

「今の状態で4シリング分話せるのよ!」
「…………へぇ! そうなんだ。」

おつりは出てこないけど、また電話をかけれる様です。
だからその残り通話料分代を後ろの人間からもらおう、ということらしいのでした。

公衆電話事情も日本とかなり違う様です。
おとなしくおばちゃんに4シリング渡し、重太はノブに電話をかけました。

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 『計画停電のせいだよ!』
[ ナイロビ ] 2000年6月15日 ★

重太はケニアでの最後の晩、ノブのオフィスにお邪魔していました。
そして、先程電話をかけた時のことをノブに話しました。

「そうだよ、いろいろ日本とケニアじゃ状況が違うからな。」
「すれ違う時、みんな俺の靴を見るんだよ。あれ、なんで?」
「金のある人かどうか、判断するためだよ。」
たしかにサンダルやはだしで歩いている人を町中でもよく見かけます。
靴は『金があるかどうか』の指標になるのだそうです。

「みんな最後は金目当てに話し掛けてくるから、うんざりしたよ。」
「そうだなぁ。まぁ、重太が見たのがケニアの実状だよ。」
ケニアのベテランと初心者がケニアで体験したいろいろなことを語り明かします。

「最近は何でも計画停電のせいにする風潮があるんだよ。」
計画停電とは、雨不足のため、ダムの水位が降下し、放水に伴う発電を制限している、というものらしいのです。
日中は町の中心部でしか電気はつかえないとか。

「政治が悪いのも、サッカー・ナショナル・チームが弱いのも、息子の成績が悪いのも、全部計画停電のせいにしてるんだ。」
3年前はエルニーニョ現象が同様にすべての悪の根源になっていた様です。

「それで最後は『ハクナ マタタ』(=問題ないさ)で済ませちゃうだろ?」
本当に大丈夫なのかよ?とこっちが心配してしまう状況でも、ケニアの人は「ハクナ マタタ」を連呼します。

ケニア国内に山積みの問題。
経済力、技術力などの都合でそう簡単には解決しないのでしょうが、

『計画停電のせいだよ。』
『ハクナ マタタ、問題ないさ!』

で済ませてしまうなんて…。
問題に対する意識の持ち方、取り組み方は、日本と大きな違いがあることが伺えました。

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 ケニアの英語
[ ナイロビ ] 2000年6月15日 ★

「英語も結構いい加減だよな。」
ケニアあれこれ談義は『問題意識の持ち方』から『ケニアの英語』に変わりました。

「スーパーなどでくれるもち手のあるバッグのこと、こっちじゃ『ペーパー』バッグって言うんだぜ。」
「『プラスチック』バッグじゃないの?」
「『これはペーパーバッグだ!』って言ってゆずんねぇんだよ。あれはどう見ても紙じゃ無いって言うのに。」

単語レベル以外でも困ってしまう英語の問題がありました。
「こっちだと、否定疑問に対する答え方が日本と一緒だろ?」
「そうそう! あれ、最初戸惑うんだよな!!」

例えば、
『これは本では”ない”ですよね?』という問いに対して、本で無い場合、
英語では『いいえ、本ではありません。』という答え方をし、
日本語では『はい、本ではありません。』と答えます。

『はい』と『いいえ』の答え方が英語と日本語とではまったく逆なのです。
しかし、ケニアでは英語が話されているにも関わらず、日本語のように『はい、本ではありません。』と答えるようなのです。

「…で、つまりは、どっちなんだよ!」
と突っ込みたくなる状況が多々ありました…。

でも悪いことばかりではありません。
「いい加減な単語の羅列で通じちゃうんだよなぁ。」
英語から数年離れている重太にはこれは大助かりでした。

「でも、いいのか? 来月、アメリカで高校の同窓会があるんだろ?」
「………やばい。」
急に同窓会が不安なものになってきました。

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サファリを満喫し、ケニアの人々にも触れ、初のアフリカをいろいろ体験できました。
ノブとケニア別れを告げた重太は、不思議な動植物の宝庫マダガスカルを目指します。
無計画にとってしまったフライトチケットのために…。

素晴らしい自然の風景。
珍しい動物たち。

そして、また訪れる数々の危機…。
それは、人生最大のピンチへ…。
まだまだまだまだ続く、アフリカでの旅…!!

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  ケニア2000 [4、浪夢編] 目次 

不吉の前兆? ………小さな飛行機、それを前に…

ラム島へ ………アラブの世界の島へ膨らむ期待

うっとおしい客引き ………ぶちきれる重太、その2

つづく商談… ………会話は全てお金の話へ…

あふれかえる日本語 ………町を歩くと片言の日本語がとんで来る

『マイフレンド勧誘』 ………ぶちきれる重太、その3

アリに手紙を頼まれる ………親日派の意外な素顔

最悪な卒業10周年記念日 ………なにもかもがマイナス方向へ…

魔法の言葉『シタキ チョチョテ。』 ………うっとおしい客引きを門前払いにする魔法の言葉

客引きのあしらい方 1 ………こうやって旅を楽しもう、その1

客引きのあしらい方 2 ………こうやって旅を楽しもう、その2

ラムの風景 ………町の散策、面白いものを発見!!

ロバの旅に挑戦 ………時間潰しにロバに乗ることに

ロバの旅、スタート ………意外に難しいロバ乗り

シェラの町 ………町中をロバで散策

ナイロビ放浪 ………危険な町で一人

突然、背後から… ………スーパーでの珍事件

次の旅のアレンジ ………マダガスカル行きの準備

アフリカン・アート その2 ………印象的で刺激的な作品たち

ケニアの公衆電話 ………日本と違う公衆電話事情

『計画停電のせいだよ!』 ………ケニアに関しての座談会

ケニアの英語 ………ケニアで困った英語に関しての座談会

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