
3日間のローマでの観光を終え、つづいてはイタリア南の都=ナポリを目指します。
ここでは予想しなかった事態が連発し、彼の一人旅を思いっきり盛り上げてくれます。
[ 1、シエナとパリオ ] [ 2、シエナでの日々 ] [ 3、シエナ周辺 ] [ 4、イタリア放浪1 ] [ 5、イタリア放浪2 ] [ 6、イタリア放浪3 ]
ナポリに行けるか? ![]()
1993年8月26日 [ローマ → ナポリ] ★★★★★ 「ローマより南は治安が悪いから、旅にはお勧めしないなぁ…。」
アンドレにはそう言われましたが、せっかくはるばる日本からイタリアまで来たのです。
自分の無事を自分で祈りつつ、ローマの南の都=ナポリ、そしてポンペイを目指すことにしました。
午前9:10。
「………??」
ローマのテルミニ駅で予定通り乗りこんだ列車は、発車時刻になっても動く気配がありません。
「…まぁ、急ぐ旅ではないし、ラテンの国、イタリアならしょうがないか。」
一人旅を始めて1週間弱。
だんだんイタリアでの旅のコツもつかんできた重太はのんびり構えていました。「それにしても発車しないなぁ・・・。」
英語で話をしてるバックパッカーが近くにいたので話しかけてみました。
そのバックパッカーと話すこと5分、何やらアナウンスが聞こえてきます。
「隣のホームからナポリ行きの電車がすぐ出るみたいだよ。」
「え?」
「ほら、あの列車!」
その言葉をそのまま信じ、荷物を抱え隣のホームの電車に飛びのりました。
会って10分もしない人の言葉を信じてしまっていいのでしょうか?その列車はすぐに動き出しました。
「・・・ホントにナポリに行くのか?」
不安という2文字が重太の脳裏をよぎります。
車掌サンが検札に来ました。
「でんしゃ、なんじ、ナポリ、つく?」
たどたどしいイタリア語で聞いてみます。
「ドゥエ(=2)」
という答えが返って来ました。「2時にナポリに到着?」
ということは、ローマから4時間もかかるということでしょうか?
ガイドブックには「ローマから列車で2時間」と書かれているのに。
なんだか妙に損した気分です。果たして、今日観光予定のポンペイには行けるのでしょうか?
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ポンペイに行けるか? ![]()
1993年8月26日 [ → ナポリ → ポンペイ] ★★★★ 「あってる…、みたいだな。」
手もとの路線図と通過する駅名を見比べてみて、進行方向が間違っていないことだけは確認できました。「ナポリなんとかって、書いてある!」
ローマを出発してから2時間後、とりあえず、ナポリのどこかの駅にはつきました。
先ほどの車掌さんが答えてくれた「2」の意味は「2時に到着」ではなく「2時間で到着」の意味だった様です。重太はとりあえず列車をおり、自分がナポリのどこにいるのか、確認しようとしました。
路線図や地図でもないかと駅構内を歩き回りましたが、それらしきものはありません。「ぼれい ばぁど あ ぽんぺい!」(=ぽんぺいに いきたい!)
駅員さんらしき人に叫んでみました。
「あの列車に乗って、#&□<◎△……。」
後半、何を言っているのかよくわかりませんでしたが、とりあえず指事通りに来た電車に乗りこみました。さぁ、この電車もどこに向かっているのか、皆目検討がつきません。
しばらくすると『メルジェリーナ』という名の駅に着きました。
「ここ、ユースホステルがある駅ジャン!」
やっと現在位置が分かりました。
今晩の宿、ユースホステルがどこにあるか、前もって調べておいたことが役に立った様です。
なんとかポンペイに行けそうな雰囲気になって来ました。「ポンペイに行きたいんだけど。」
「&#”△<%◎□……。」
聞き取れないほど早口のイアリア語で切符売りのおじさんにあれこれ言われてしまいました。
「…ぱ、ぱるら いんぐれす?」(=英語話せますか?)
「No.」(=いいや。)
・・・困りました。「ポンペイに行きたいの?」
列の最後尾にいた若いナポリの男性が英語で話し掛けて来てくれました。
「はい、でもイタリア語がわからなくて…。」
「ちょっと待ってね。」
そのお兄さんが通訳となり、重太にポンペイ行きの行き方を教えてくれました。「ぐらっつぃえ!」(=ありがとう!)
「良い旅を!」
なんとか、ポンペイに行けそうな雰囲気になってきました!
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歴史に埋もれた町 ![]()
1993年8月26日 [ポンペイ] ★★★ 紙の切れ端がホコリだらけのビルの間を誰に拾われることなくヒラヒラ舞っています。
建設途中のビルのあいだに野犬がうろついています。電車はなんだかすさんだ雰囲気の町中を進んでいきます。
「行ってはならない場所に向かっているのでは?」
ポンペイに着くまでの車窓からの風景は重太の不安をあおりました。
「あ、着いた。」
とりあえず、予定したポンペイへたどり着くことは出来たようです。
ポンペイ。
紀元79年のベスビオ火山の爆発で飲み込まれてしまった町。
18世紀以降発掘作業が続けられている様ですが、まだ未発掘の箇所もたくさんありました。家、路地、敷き居、広場、区画化された町。
生活感のある昔の町並みがそこにはありました。
1900年前、とまってしまったその町の歴史に少しだけ触れることが出来ました。ベッティの家、ファウノの家、博物館、円形劇場。
炎天下の遺跡の町を歩くこと2時間。
石だたみの道は歩きにくく、砂ぼこりは暑さをさらに増長させるものでした。「友達をたくさんここに連れて来て…、みんなで缶けりしたら面白そうだなぁ。」
暑さのため、重太の思考回路はかなりお粗末になってしまった様です。
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サンタルチア港 1993年8月26日 [ナポリ] ★★★ ポンペイの見学を終え、駅近くのユースホステルに腰を落ち着けました。
そこでお手ごろ価格のカプリ島行きのチケットを販売していたのですぐ購入しました。
「船はそこの港から出るよ。」
フロントのおじさんが親切に教えてくれました。(下地図=港1)夕食も終え、この日の夜は特にすることが無かったので、明日のため港の場所を確認することにしました。
ユースから坂を下ったところにすぐ港を見つけました。
「ここからカプリ行きの船が出るんだな。」
確かにそういう表示もあります。
港の確認を終え、サンタルチア港沿いをのんびりと散歩することにしました。
「♪サンタァルゥチィーア、サンタァーーールゥチィーーーアーーー!!」
この歌が三大テノールの声で重太の頭の中でこだまします。
そのフレーズの前後の歌詞などを知りません。
「♪サンタァールゥチィーアーーーーー!!」
このフレーズだけが延々と壊れたレコードの様に頭の中で繰り返されました。長い間牢獄として使われてきたカステル・デローボ。
そして、王宮、ヌオーヴォ城などの外観を見ながら1時間かけ、湾の反対側の大きな港(港2)にたどり着きました。
「ふぅーん、ここにも港があるんだ。」
この散歩が明日、大きな意味を果たす事になろうとは…。「もう、いつ死んでもいいことになったなぁ。」
「ナポリを見て死ね。」ということわざを実行して、変な達成感を味わっていました。
それほど素晴らし過ぎる光景に巡り会った気はしませんが…。「そろそろ折り返すか。」
もう1時間かけ、沈む夕日を追い掛け、ユースホステルに戻ってきました。食後の散歩としては十分すぎるものでした。
これで、隣に綺麗な女性でもいたら、言う事ないのですが…。ローマからナポリ、そしてポンペイと移動をし、1日歩き回った重太は心地よい眠りに着きました。
しかし、次の日、大冒険が待ちうけていることを重太はまだ知りません・・・。
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カプリに行けるか? 前編 1993年8月27日 [ナポリ] ★★★ 8月27日。
この日はナポリからカプリという島へ行き、少し観光をしてから、アンドレの住むシエナに戻る予定にしていました。
数日分の旅行荷物以外を彼の家に置かせてもらっていたからです。
今日は手際よく移動しないと、シエナに帰れなくなってしまうかも知れません。昨晩、確認したカプリ行きの港1に重太は早めに行きました。
船が時間になってもなかなか来る様子がありません。
「イタリアだから、船が遅れて来るのはしょうがないか。」
心を穏やかにして船が来るのをじっくり待ちました。
しばらくすると、船が港に到着しました。「ちょっと、待って。」
船に乗ろうとチケットを出すと、重太は止められてしまいました。
「このチケットではこの船に乗れないよ。」
というような事をイタリア語で言われていたのでしょうが、重太には状況が全くつかめません。
「この船の港は湾の反対側だよ。」
「??」
「こ こ で は 船 に 乗 れ な い ん だ!」
「えええぇ!!」
ジェスチャーまじりの説明で重太はなんとか状況を理解しました。
昨晩、下見したユースホステル近くの港1では、このチケットの船に乗れないようです!フェリー出港まであと30分…。
反対側の港2までは、歩いて1時間…。
次のフェリーでカプリに行っても、ろくに観光もできずナポリに戻ってくる時間になってしまうかも知れません。
なにより、カプリ行きのフェリーがそう何本も出ているかどうかもわかりません。「まじかよぉ〜!!」
重太はこのままチケットを無駄にして、シエナに帰らなくてはならないのでしょうか?
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カプリに行けるか? 後編 1993年8月27日 [ナポリ → カプリ] ★★★ カプリ島行きのフェリーに乗る港を間違え、重太は途方にくれていました。
船は9:30出港。
現在の時刻は9:00。
彼の買ったチケットの船乗り場は歩いて1時間かかる湾の反対側(港2)にあるのでした。「大丈夫、向こうの港なんてすぐ行けるさ!」
間違えたフェリー乗り場の職員らしき人が話し掛けて来ました。「まず、そこのキオスクで路面電車のチケットを買うんだ。」
狼狽している重太にイタリア語で丁寧に話しかけてくれます。
「そして、少し先の停留所で路面電車に乗りな。」
「10分で湾の反対側まで行けるぜ。」
大勢のナポリ男が次々に親切に「港を間違えたおマヌケバックパッカー」に教えてくれました。
「なんとか、なるって!」
笑顔で重太の肩を押してくれます。
ナポリの海の男は頼りになります。「さ、行きな!!」
「ぐらっつぃえ!! ありべでるち!」(=ありがとう!! さようなら!)
早速、可能性を信じて、重太は言われた通りの行動をとります。路面電車を待つ数分すら、数時間に感じられてしまうほどの時間との戦い。
やがて、路面電車が来ました。
「カプリ いきたい。 カプリ行きの 港、いく?」
必死に知りうる限りの単語をつなげ、路面電車の運転手に話し掛けます。
「行くよ。港の近くに来たら教えてやるから、ここにいな。」
「ぐらっつぃえ!!」(=ありがとう!!)
とりあえず、港へ向かうことは確認できました。港にむかって直行して欲しいところですが、電車は右へ左へと何回も曲がります。
「遠回りしてないか?」
そんなことはないのでしょうが、そう思えてしまう程町中をくまなく走っている感じです。「ここが港だ。」
なんとか湾の反対側の港(港2)までたどり着いたようです。
確かに船がいっぱい泊まっています。
ナポリの陸の男も頼りになります。「もると ぐらっつぃえ!!」(=どうもありがとう!!)
時刻は9:25。
電車から飛び下り、重太は走り出しました。
ここからはどれがカプリ行きの船か探し出さなければなりません!「ぼれい あんだーれ あ かぷり!」(=カプリに行きたい!)
「船はもっとむこうだよ。」
「ぼれい あんだーれ あ かぷり!!」
「あの船だよ。」
ナポリの海の男はとても親切です。「ふぅー…………。」
彼がカプリ行きの船に乗りこんだのは、出港2分前のことでした。
なんとも忘れ難いハラハラドキドキの30分間。
こんなことが旅の思い出になってしまうものです。これでまぁ、とりあえずカプリには行けそうです。
「ローマより南は治安が悪い。」
アンドレにそう言われましたが、ナポリ駅での一件といい、今回の件と言い、 ナポリの人々はいい人ばかりでした。
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青の洞くつ 1993年8月27日 [カプリ] ★★ 息を切らせてギリギリ乗れた船は、40分ほどで地中海に浮かぶ小島、カプリに到着しました。
白い壁の家々がギリシャっぽい雰囲気をかもし出しています。
今まで見て来たイタリアとは少し違うようです。まず最初に「青の洞くつ」を目指しました。
小さな遊覧船にのり西へ数キロ、小さな洞くつの入り口が海面上に見えます。
そこでさらに小さな縦長の手漕ぎ船に乗り移りました。「頭を下げて!」
小さな洞くつに入る時、目一杯姿勢を低くします。
「うおぉぉ!!!」
入り口は思った以上に小さく、船で中に入るだけでドキドキものです。
無事中に入るとそこは暗闇の世界。
何があるのかさっぱり分かりません。
「意味ないじゃん!」
閉所恐怖症の人にはただの嫌がらせでしかありません。「うわあぁぁ!!!」
突然、船頭さんが懐中電灯で海面を照らすと、綺麗な乳白色に反射する水面が見えました。
「おぉ! きれい!」
船は時計まわりに洞窟内を1周し、再び外へ出ました。
1見の価値ありの洞窟ですが、1瞬で終わってしまう観光でした。
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カプリの町 1993年8月27日 [カプリ] ★★
青の洞くつを見終えた後は、登山電車で600m離れた山頂のカプリの町へ行きました。
駅の前の小さな時計台と広場が印象的です。
ななめに入り組んだ小さな路地がいくつもあり、ちょっとした迷路気分を味わえます。
土産屋が多く、どこも観光客が溢れていました。
ヌード姿の女性が描かれた絵はがきがたくさん売られているのがも印象的です。
「あれ? さっきここも来たな…。」
そこは歩いてまわれる小振りな町です。
ほんの1時間しか散策しませんでしたが、好感の持てる町でした。その後、登山電車で山を下り、船でナポリに戻り、列車でシエナを目指しました。
朝、カプリへの港を間違えたことで、一時はどうなることかと思いましたが、 当初の予定通り、その日の夜、シエナに戻ることができました。
「シゲチャン、テレビを見てくれよ!」
アンドレが何やら騒いでいます。
「カプリで火事だって。シゲチャンが行ってだろ?」
重太が去った2日後に、木々の多いカプリは山火事になってしまったようです。
もちろん、重太が放火して帰って来たわけではありません。
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居場所 1993年8月 [ シエナ ] ★★★ 「みんな『シゲタはもう日本に帰ったのか?』って毎日聞いてくるよ。」
アンドレがぼやく様に重太に言いました。イタリアに来て2週間、毎晩のようにアンドレの友達とシエナで遊び歩きました。
8月16日にパリオを見終えた重太は、その後、ローマ、ナポリと旅し、1週間ほどシエナから遠ざかっていたのです。
急にいなくなった東洋からの旅人を、アンドレの友達は気にかけてくれていた様でした。重太は大きな荷物をシエナのアンドレの家に置かせてもらい、小さなバッグだけで1週間程旅をしていました。
そして、またシエナに戻ってきてひと休みしてから、また次の旅へ行く、というようなことを繰り返していたのです。
「で、次はいつ、旅に出るの?」
「明後日から、北の方をぐるりとまわるつもり。」
「よし、じゃ、明日のジョルジョの誕生会には一緒に行くぞ!!」
アンドレと一緒に久々みんなと会うことになりました。「へーい、シゲタ! どこ行ってたんだよ?」
「『むー』(=いい女)をたくさん見つけたかい?」
ルーカやジョルジョがシゲタを迎えてくれます。
「ローマはどうだった?」
マルタが旅の感想を聞いてくれます。「…今度はどこに行くの?」
マリッサが聞いてきます。
「ヴェネツィアとか北へ行ってみたいんだ。」
「…ムラーノ島のガラス工房はきれいだよ。是非行ってみて! あとね…。」
マリッサが真剣に旅の見どころを教えてくれます。「どう、イタリアは?」
「遺跡とかすごいね。人々も楽しくて、すごく好きだよ。」
それを聞いたマリッサが静かに微笑みました。「おいおい! シゲタ! 二人で話してないで、こっちこいよ!」
ジョルジョに呼ばれ、みなで夕食を楽しみました。「シゲタは今度、北の方へ行くんだって!」
「エスプレッソを飲み過ぎんなよ!」
「眠れなくなるからだろ?」
「ははは! そうだ!」
いつの間にか重太にイタリアでの『居場所』が出来た様です。
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北へ… 1993年8月30日 [ボローニャ] ★★★
午後2:40。
シエナから列車に乗り込み、ボローニャを目指します。
イタリア北部旅行の始まりです。ボローニャに着いた時間が夕方の5時頃でした。
時間もあまり無いので、マッジョーレ広場、市庁舎、斜塔(写真、右)などを足早に見学しました。
ボローニャの町は、歩道の上には必ずアーケードがあります。
雨の日でも傘無しでショッピングを楽しめるようになっているところが魅力です。学生貧乏旅行中の重太は宿泊先は大抵、超お手ごろ価格のユースホステルと決めていました。
しかし、ボローニャのユースはバスで数十分もかかる、人も家も無い静かーな場所にありました。
まわりに店やレストランなどありません。「食事をしたいんだけど…。」
ユースの食堂で重太は聞いてみました。
「もう、今日の夕食は終わったよ。」
「え…。」
なんだか、とっても寂しい一人旅が始まってしまったようです。
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ゆっくりあっと言う間の観光 1993年8月31日 [フェッラーラ] ★ 朝、9:10。
ボローニャから列車で30分ほどでフェッラーラに到着しました。
バスに乗り、エステ城を見学、その後インフォメーションで町の地図をもらいました。
カテドラル、ロメイの家、スキファノイア宮殿、城壁、ディアマンティ宮。
急ぐ旅では無いので、自分のペースでゆっくり、ゆっくりと歩いてまわりました。
一日ここフェッラーラで過ごそうと思いましたが、午前中でガイドブックに書いてある名所を全部巡ってしまったようです。13:17、フェッラーラ駅にて。
「…次に、行くか。」
ちょうど来たラヴェンナ行きの列車に重太は飛び乗りました。
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モザイクの町 ![]()
1993年8月31日 [ラヴェンナ] ★ いきなり訪れることになってしまった町、ラヴェンナ。
とりあえず、軽い昼食をとり、どこを見て回ろうか作戦をたてます。「よく作ったねぇ…。」
サンヴィターレ教会の豪華なモザイクにまず驚かされました。
「うっすいなぁ…。誰か間違って割ったりしないのか?」
ガッラ・プラチーディアにある、薄い大理石の窓を見てまた驚かされます。ネオニアーノ洗礼堂の天井のキリストのモザイクも見ごたえがあります。
「…これ位なら俺でも作れるかなぁ?」
サンジョバンニ教会の素朴なモザイクを見て思いました。「うそ。モザイクなんてとても作れません。」
サンタポリナーレ・ヌォーヴォ教会無いにある「東方3博士と22聖女の行列」を見て自分のモザイクに対する 思い上がりをあっという間に正されました。何気なく来てしまった町、ラヴェンナ。
教会や洗礼堂にある数々のモザイクの素晴らしさに圧倒されました。
なんだかちょっとだけ得した気分です。
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ユースホステル ![]()
[イタリア各地] ★ 学生貧乏旅行をしていた重太に「ユースホステル」は貴重な存在です。
一泊16000リラ〜(当時:1000円強〜)で泊れるからです。しかし、安いだけあって弊害もたくさんあります。
大抵チェックインの時にシーツを1枚もらい、4〜6人が眠れる共同部屋に入れられます。
荷物をドーンと広げ、そのまま観光に行く、なんてことはできません。
自分の持ち物の管理には特に注意が必要です。2段ベッドの上(もしくは下)の人がよく寝返りをうつ人だったりすると、 ユースの安ベッドはダイレクトにその振動を伝えてくれます。
同室者が喫煙者だったり、いびき、わきがのきつい人だったりしたら、たまったものではありません…。
耳栓、鼻栓など、旅に持ち歩きたくはありません。たいてい、トイレ、シャワーは共同のため、あまりくつろげません。
トイレは朝、混んでしまうのも仕方ないとは言え、つらいところです。お値段が安い分、とにかく気が休まらないのです。
ボローニャのユースの様に、駅からバスでかなり行った所にあるユースは目もあてられません。
英語が全く通じない所もあります。
身ぶり手ぶりで意思伝達を行うことを旅の醍醐味ととらえられない人にはつらいところです。
ゆっくり身も心も休めたい人、ちょっと神経質な人に、ユースホステルはお勧めできません。しかし、ディメリット以外にメリットもいくつかあります。
同室の人から旅の情報を聞けたりします。
お互い、共通の言語をもっていれば、ですが…。
人との交流を旅の主眼に置く人には楽しい交流の場がユースにはあります。簡素ながら、朝食も大抵ついています。
朝からどこで何を食べようか悩まずに済むのは有り難いところです。とにかく1番のメリットは『魅力的なお値段』の一言に尽きます。
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いよいよイタリアの旅もクライマックスです。
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イタリア93 [ 5、イタリア放浪2 ] 目次 ・ナポリに行けるか? ………飛び乗った電車が向かった先は?
・ポンペイに行けるか? ………言葉の通じない町でポンペイに行くには?
・歴史に埋もれた町 ………火山噴火に埋もれた町へ
・サンタルチア港 ………ナポリの夕暮れをゆったりと散歩
・カプリに行けるか? 前編 ………カプリ島行きの船がでる港に来てみたら…
・カプリに行けるか? 後編 ………湾の反対側の港から船が出るまで、あと30分!!
・青の洞くつ ………狭い入り口の中には神秘の世界が
・カプリの町 ………こじんまりとしたかわいい町
・居場所 ………重太を迎え入れてくれたイタリアの友達
・北へ… ………イタリア北部旅行スタート
・ゆっくりあっと言う間の観光 ………1日過ごすつもりのフェッラーラにて
・モザイクの町 ………何気なく訪れた町には驚きがいっぱい
・ユースホステル ………簡単なイタリアのユースホステル事情
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