Tilte_LOGO
1999年4月24日 〜 1999年5月5日
仕事におわれた日々、精神的疲れと今後の不安。
それらを払拭するためには旅が、世界浪夢が必要です!
重太は三たび、南米を目指すことにしました。

[ 1、インカ体験編 ] [ 2、イベント体験編 ]  [ 3、ペルー体験編 ] 

目次へ

 あっけない決定
1999年4月3日 [ 横浜 ] ★

1999年、4月。
社会人5年目の重太は、いつからかこんなノルマを自分自身に課していました。

「一年に一度は海外へ…!」

…ただ、現実逃避をしたいだけなのですが…。

「今年はノブのいるケニアに行くとするか!」
しかし、ノブはこの重太の極秘計画を知るはずもなく、2年間の滞在を終えケニアから帰国してしまいました…。

…これは困りました…。
●アメリカ留学=89年観光=95年
イタリア=93年
ブラジル=95年
メキシコ=97年
スペイン=98年…。

これまで行きたい場所を厳選して浪夢してきたせいか、
『ここにだけは行きたい!』
という一押しの場所がなかなか頭の中に浮かんで来ません…。

「……マチュピチュ…! マチュピチュに行ってみたい…!」
テレビや世界遺産の本でよく見かける不思議なあの空中都市。
いつか、一度訪れてみたいと前からバクゼンと思っていました。

しかし、本を読む限り南米=ペルーはとても治安の悪そうな所です。
一人で行くのはなんとなく(かなり?)心細いものがありました。

「…マチュピチュに一緒に行きませんか?」
会社の先輩で、メキシコ旅行を一部共にしたキタさんに ダメモトで声をかけてみます。


otta
街角で偶然出会ったキタさん、メキシコ97より>

そんな遠い所へ行ってもいいなんて、簡単に答えてくれないでしょう…。
いかに口説き落とすか、アレコレ考えなくてはなりません!

「……一緒にマチュピチュに行きませんか?」
「ええよ。」
「……へ?」

「だから、ええよ。」
「マチュピチュってペルーですよ?」
「知ってるよ。」

「ペルーって南米のペルーですよ?」
「他にどこにあんのや?」

「南米ってかなり遠いですよ?」
「それも知ってるよ。」
「………。」

「…じゃ、一緒にマチュピチュへ行きましょう…。」
「…あぁ、だから、ええよ。」
意外にもあっさりといい返事を聞けてしまいました。

こんな簡単に事が運ぶとなると、逆に重太の方が拍子抜けしてしまいます…。

 :
 :
 :
 :
二人の仕事の都合がいい時期を選び、出発が4月23日に緊急決定しました。
出発日は、キタさんを『口説き落として』から、たった3週間後!

あの思い焦がれていたマチュピチュをすぐ見れることになってしまいました!
…なんだかトントンとことが運びすぎてしまい、ウソみたいです…。

peru 99

目次へ

 やはり、買えないスタジャン
1999年4月24日 [シアトル アメリカ] ★

…このサイトで、ずぅ…っと以前も書きましたが、 南米はとても遠い所です。
成田からペルーまでの直行便というものは、文明が発達した20世紀末でもまだありません。
彼はシアトル、マイアミと飛行機を2回乗り換え、ペルーの首都、リマを目指します。

「シアトルだよ!」
シアトルと言えば、重太が高校時代にアメリカ留学をした、 思い出深き地です!
2000年に行われるリユニオン(=高校の同窓会)前に シアトルに来るとは思ってもみませんでした。

…とは言っても、乗り換えのため、空港に数時間いるだけです。

「地元なら売ってるだろう!」
高校留学中、小遣いの都合上買えなかったアメリカンフットボールのチーム、 シアトル・シーホークスのスタジアムジャンパー(スタジャン)。
昨年、ハワイで探しまくった のに見つからなかったリベンジを果たそうと空港内の売店をめぐりまくります。

「………ない。」
「…ないっ!」
「…ない!!!」
空港で世界的にマイナーなチームのスタジアムジャンパーは売っていない模様です…。
変わりにシーホークスの帽子を買ってすぐマイアミへ向かいました。

「♪ ♪ ♪」
とりあえずシーホークスグッズを買えて重太はニコニコ顔です。
しかし、この旅の目的地はペルーであって、シアトルではないのです。
23ドルもするシーホークスの帽子を買って喜んでいる場合ではありません。


『スタジャン、買えるのか?』エピソードはまだまだ続きます。
買えないスタジャン、リユニオン編へ、つづく →

peru 99

目次へ

 たらいまわし
1999年4月25日 [リマ] ★

「…うっへぇ…! やっと着いたぁ…!」
重太とキタさんは、定刻通りに南米ペルーの首都=リマのホルヘ・チャべス国際空港に到着しました。

現地時間は朝4時のため、あたりはまだ真っ暗です。
2度の乗り換え、9時間+5時間+5時間=計19時間のフライトで、 重太もキタさんも心身ともにクタクタでした。

「………!」
一歩飛行機の外へ足を踏み出すと、どこか懐かしい南米のにおいがします。
空港内に入るとスペイン語が聞こえ、マチュピチュなどのポスターも目につきます。
どうやら、間違いなくペルーにいるようです。

しかし、ここまでバッチリ定刻通りペルーに着くとは思っていませんでした。
そのため、余裕をもって押さえておいたクスコ行きのフライトまでかなり時間があります。

早い便に乗り変えようと試みましす。


「3番の窓口に行って。」
「17番に行って。」
「20番で聞いて。」
「22番で…。」

あっち行け、こっち行け、とたらいまわし状態、なんとも南米らしい対応です。
そんなことをしている間に暗かった外は、いつの間にか明るくなっていました。

  :
  :
  :
「どのフライトも満席だよ。」
散々たらい回しにさらた挙句、この一言…。

「…最初から、そう言えっての…!」
長時間フライトの疲れをさらに倍増してくれる出来事でした。

peru 99

目次へ

 旅のアレンジ
1999年4月25日 [リマ] ★★

仕方なく予定通りのフライトまで空港内で時間を潰します。

9
「タクシー、どうだい?」
「タクシー、必要だろ?」
タクシーの客引きが『エサにむらがるハイエナ』の様にひっきりなしにやってきます。
(写真:左)

「ここもメキシコも、変わらんなぁ…。」
二人はそれらを全く相手にせず、空港のロビーでただボーっとしていました。

「どう? 旅のアレンジのお手伝いをしますよ。」
空港で働く許可をもらっていると言うスーツ姿の女性二人組が近寄って来ました。
呼んでもいないタクシーの客引きをあれだけ見た後のことです。
「ノー・グラシアス!(=結構です…)」
なんだかうさん臭い気がして断ってしまいました。

  :
  :
  :
………それにしてもフライトまで時間があり過ぎ、やることがありません。
ワールドユース決勝、日本 vs スペインの結果がものすごく気になりますが、それを知る術はありません…。

「さっきの人たちの話をちょっと聞いてみませんか?」
重太がキタさんに提案します。
「…そやな。そうするか。」
結局、さっき断った旅行アレンジ会社の女性に旅のアレンジをしてもらうことにしました。

「クスコからマチュピチュに行きたい。」
「チチカカ湖も行きたい。」
「ナスカも行っとかないと…。」
あれこれ注文しているうちに、フライトの時間が近付いてきました。

太陽はまだ『朝日』といった感じで静かにリマの街を照らしています。
長時間移動、空港でのたらいまわし、旅のプラニング…。
重太たちはすでにイロイロこなしてきましたが、ペルーではまだ1日が始まったばかりなのです…。

peru 99

目次へ

 高地、クスコへ
1999年4月25日 [リマ → クスコ] ★★

朝9:30。
定刻通りに、飛行機はリマからクスコへ向け、飛び立ちました。
午後は雲が出やすく飛行に不向きとのことで、フライトは午前中にしぼられているそうです。

9
飛行機はぐんぐん高度をあげ、東へ向います。
「…へ?」
1時間後、飛行機はそのままたいして高度を下げずにクスコに着陸しました。
というのも、クスコはアンデス山脈の山あい、標高3400mにある町なのです。
富士山が3776mですから、なんとまぁ高所にある町だこと!

南米ペルーの4月は秋です。
標高が高いクスコは既にすごく寒くなっているだろうと勝手に思いこんでいました。
しかし、実際はそれほど寒くはありません。

「…でも、息苦しいですね。ちょっと…。」
一生懸命呼吸をしないと、なんだか酸素が足りない感じがします。

高地、クスコ。
標高が高いため、確実に空気が薄い所です。
なめてかかると痛い目にあうかもしれません…。

peru 99

目次へ

 高山病対策
1999年4月25日 [リマ → クスコ] ★★


『Shigeta』
クスコ空港のロビーでは、紙に重太の名前を書いた人がいました。
「…なんか、VIP気分ですね!」
リマの空港から連絡を受けたツアー会社の人が待っていてくれただけなのに、重太はご機嫌です。

ツアー会社の人が手配したタクシーで市内のホテルまで連れていってくれます。
…濃い青の空。
…濃厚な白い雲。
空気が薄いためか、乾いた景色がキラキラ輝いて見えます。

9
「わ! 見てみ、これ!」
キタさんがポテトチップス=プリングルスを取り出しました。
気圧差のせいで円筒のケースに入ったプリングルスが膨れ上がりパンパンになっています。
プラスチックの上ブタはどうやってもはまりません。
「…すごいですね、これ。」
カロリーメイトも袋が膨張し、黄色い箱をぶちやぶっています。
人間の内部でも同じことが起こっているかと思うとゾっとします。

「…あ!」
そういえば、高山病というのを思い出しました。
空気の薄い高地に行くと、頭痛や吐き気をもよおす病。
病とは言っても、数日おとなしく寝ていれば体が慣れて自然と回復するようです。

しかし、体調を崩しにわざわざはるか南米まで来たわけではありません。
なんとか高山病にならずに済ませたいものです。

「ようこそ!」
ホテルにつくと、従業員の男性が早速、高山病対策にとコカ茶を入れてくれました。
「…飲めないことはない味ですね。」
コカ茶はチョットくせのある玄米茶のような味がします。
飲み慣れれば多分おいしく感じられるのでしょう。

「これでバッチリ!」
コカ茶を飲み干し、気分爽快です。
これで、重太が小さい頃、アルゼンチンのメンドーサで おかしたミスは多分繰り返さないでしょう。
peru 99

目次へ

 石組みの技術
1999年4月25日 [クスコ] ★★★★

クスコの町を散策してみると、ピッタリとはまった石組みをすぐに見ることができました。

「…す、すげぇ…。」

『かみそりの刃1枚入る隙間がない』
という有名なふれこみは、本当でした!!

9

9
町中にある『12角の石』(写真:左)や『コリカンチャ(=太陽の神殿)』(写真:右)などでその石組み技術の高さを 見ることができます。

あきれるくらい『完璧な隙間のない石組み』には、ただ圧倒されるだけです。


クスコから車で10分ほどにある遺跡、『サクサイワマン』。
「…す、すげぇ…。」

ここでは、一つの石の大きさがクスコの石の数倍なのです。
9

形もT字型、L字型、ひし形など様々で、それがピッタリとはまっているから驚きです。
9

機械はもちろん、車輪も使わずに組み立てたとのこと。

「…どうやって? 誰が、いつ、何の目的で作ったんだ?!」
遺跡に来るたび毎回同じことを思ってしまいます。
答えを知っている人がいたら、是非こっそり教えてほしいものです。

peru 99

目次へ

 インカの遺跡たち
1999年4月25日 [クスコ] ★★★★

9
「ガイドさんの言う『サクサイワマン』って『セクシー ウーマン(Sexy Woman)』に聞こえるよな!」
バスツアーで一緒になったギリシャ人夫婦の旦那さんが笑いながら話します。

そう言われてしまうと、それ以降『サクサイワマン』は『セクシー ウーマン』にしか聞こえなくなってしまいます。
その方が覚えやすかったりもしますが…。


バスはクスコ周辺のインカ時代の遺跡を次々訪れます。

9
『タンボマチャイ』という遺跡では水源不明のわき水がありました。
(写真:左)

インカ文明の高い技術力は現代でもまだ解明できていないとのことです。

「この水を飲むと若返ると言われています。」
「おおおお!」
ガイドさんの説明に一同大盛り上がりです。

「君はそれ以上飲むなよ。もう十分に若いからな。」
ギリシャ人男性がアメリカ人夫婦の10才くらいの娘さんに言い放ちました。

9
このギリシャ人男性、かなりジョーク好きの様です。


インカ帝国の祭礼場と言われている『ケンコ』という遺跡。
大きな石がドスン!とおいてあります。
(写真:右)

大きな岩が重なり合った隙間にできたギザギザ通路を歩く事が出来ます。
まっすぐ立っているつもりが、ななめの様な錯覚に陥る不思議な場所でした。

いるだけでフシギな気分になれる場所。
それが、インカの遺跡群です。

peru 99

目次へ

 長い1日
1999年4月25日 [クスコ] ★★★★

9 素晴らしいクスコの街の景色(写真)。
ものすごいインパクトの遺跡たち…。

「……(うとうと…)」

どれもとても感動モノなのですが、飛行機での長時間移動、時差、空気の薄い高地での観光と 疲れるには十分の理由があるため、ベッドが恋して仕方ありません。

 :
 :
 :
 :
ペルー時間、午後6:15。

バタン、キュー…

ホテルに戻り、夕食も食べずベッドに一直線。
時差の都合上、実際に本当に長かった『4月25日』がやっと終わりました…。

peru 99

目次へ

 アウトバゴンの旅 その1
1999年4月26日 [クスコ→マチュピチュ] ★★

9
朝、6:15…。
眠い目をこすりつつ、重太とキタさんは『アウトバゴン』という観光列車に乗りこみます。

6:30…。
あの『空中都市』のふもとの駅を目指し、列車は定刻通り出発しました。

スイッチバックを繰り返し、アウトバゴンはクスコの町の斜面を登って行きます。

「おおおぉ!」
「ファンタスティック!」
出発時に進行方向左側の座席に座ると、クスコの町を一望できます。

「あっち側がよかったな…。」
右側に座った重太たちは、人の肩ごしにしかクスコの町を見れませんでした…。
こういう『ちょっとしたこと』が、せっかくの旅を思いっきり損した気分にさせてくれます…。

 :
 :
 :
 :
9
9 その後、ゆるやかな平原を列車は走りぬけます。
線路の状態が悪いのか、たいしてスピードも出ていないのにアウトバゴンは豪快に揺れまくりです。

「…う、うわぁ…。」
車内のトイレで用を足すのにも、マトからはずれそうで一苦労です…。

 :
 :
 :
 :
アウトバゴンでは簡単な朝食のサービスがありました。
チーズやチキンがはさまった丸いパンを3つ、そして温かい飲み物です。

「(…ええええ…!)」
頼んでもいないのに、コカ茶に砂糖をてんこもり…。
「…甘過ぎ…。」
それなりに甘党の重太もゲンナリするほどの甘さ…。
砂糖をいれるかどうかくらい、ちゃんときいて欲しいものです…。

peru 99

目次へ

 アウトバゴンの旅 その2
1999年4月26日 [クスコ→マチュピチュ] ★★

線路のまわりには、人、犬、牛がのぉ〜んびりしています。
ゆっくり列車ということを知っているためか、アウトバゴンが来ても逃げようともしません。

カーペットや織物、人形やケーナ(たて笛)などのミヤゲ品…。
飲み水やゆでたトウモロコシなどの食べ物…。
駅では、これらのものを売ろうとする人たちが列車の到着を待っています。

「…どんなものを売ってるんだろう…?」
そんな好奇心から、売り子さんとちょっとでも目があったら大変です!
「#&%*+@#…!!」
こちらが何か買うまで、窓の外で叫び続けるからです!
モノを全く買う気がないのなら、遠くの山を何食わぬ顔で見ている方が良さそうでした…。
何を売っているのか気になるなら、さり気なく横目でチラリと…。

 :
 :
 :
 :
「…誰がこんな所で買うんだよ…。」
値段や相場もわからず、車内で何かを買うなんて、 『カナリの挑戦者』としか思えません。

そう思った矢先!
「…えぇ!」
お腹が減ってたまらなかったのか、白人のおじさんがトウモロコシを買っていました。

「…あぁ…!」
列車はすぐに走り出し、おじさんはお釣りをもらい損ねていました。
(実はこれ、売り子さんの作戦なのかも…?!)
なんにせよ、そのおじさんのガッカリした後ろ姿は、一生忘れられません…。

 :
 :
 :
 :
9

アウトバゴンはいつしか平原を抜け、今にも崩れ落ちてきそうな岩肌、山々の合間を走っていました。
横には、優雅に流れるウルバンバ川…。
アンデスの列車の旅は、重太を全く飽きさせません…。
 :
 :
 :
 :
4時間後、アウトバゴンは、終点=アグアス・カリエンテス駅に到着しました。
『あの空中都市』は、ここからあと少しです。

peru 99

目次へ

 いよいよあの場所へ
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★★★★★★

アグアス・カリエンテス駅からバスで蛇行する坂道(=ビンガム道)を登ること20分…。
今日の目的地の入り口に、ようやく到着しました!

「(やべぇ、とうとう来ちゃったよ…!)」

やりたいことが達成されそうになると、重太はなぜか「やばい!」を繰り返します。
夢や楽しみが一つ減ってしまう、ということなのでしょうか…?

入り口を通り、上り坂を少しのぼると、目の前には ガイドブックやTVでお馴染みの『あの景色』が飛び込んできました!!

machupicchu

これぞ、地上から見上げても見ることができないという『あの空中都市』、マチュピチュです!

「……………………」
感無量です。
重太はこの景色に言葉を失ってしまいました。

旅の計画をし始めてからたったの3週間…。
長年訪れてみたかったマチュピチュに彼はとうとう来てしまったのです!!!!

machupicchu

peru 99
目次へ

 マチュピチュ散策
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★★★★★

「♪ ♪ ♪」
あの『憧れの空中都市』の中を自由に歩いていると思うだけで、心踊らされるものです。

…し か し!
予想以上にアップダウンが激しく、心臓は最初からバクバク踊らされていました…。

『太陽の神殿』 『3つ窓の神殿』 『コンドルの石』


遺跡内の有名な名所を渡り歩きます。
ここでもクスコで見た様なピッタリはまっている石組み建造物を色々見ることが出来ました。

大きな石をななめに大胆に取り組んだ建物や、ひとつの石を削ってつくられた階段、 何か支えるためような巨石のくぼみなど、 ガイドブックには載っていなくても目を引くものが遺跡内にはたくさんあります。

「…すげぇ! すげぇ!!」

夢にまで見たマチュピチュです。
何もかもが興味深く見えてしまうのも当然です。

『牢獄』 『石うす』 『インティワタナ(日時計)』


「…にしても、よくこんな山の上に、こんな大きな石で遺跡を作ったもんだ…。」
毎度のことですが、遺跡にくると『いつ、誰が、どうやって作ったのか?』という疑問がわいてきてしまいます…。

答えを知っている人がいたら、是非こっそり教えてほしいものです。

 :
 :
 :
 :
標高2400mにあるマチュピチュ。
少し寒いのではないかと思いましたが、日差しも強く、半そでシャツでOKでした。
念のためカバンに入れておいたシャツやセーターは、もはやただの『お荷物』でしかありません…。

…まだ始まったばかりのペルーの旅。
これから『もしかしたら』すごく寒い場所に行くかもしれません…。
それを思うと、このセーターを捨てるに捨てられませんでした。

しかし、このお荷物セーターが後であるモノに『化ける』なんて、 この時、重太は思いもよりませんでした…。

peru 99

目次へ

 ワイナピチュへ
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★

重太とキタさんは、じっくり2時間程かけ、マチュピチュ遺跡内を一通り見終えました

「せっかくだから、ワイナピチュにも行ってみようぜ!」
下の写真でマチュピチュ遺跡の背後にある、画面中央にそびえる峰=『ワイナピチュ』に 登ってみようとキタさんは言うのです。

machupicchu

(ちなみに、『ワイナピチュ』とは現地の言葉=ケチュア語で『若い峰』、そして 『マチュピチュ』は『老いた峰』という意味。)

「…………。(う〜ん…。)」
早起きしたため眠く、ちょっと疲れ気味の重太はあまり乗り気ではありません…。

しかし、誰もが納得するほどの断る理由もないので、一緒にお隣のワイナピチュへ行ってみることにしました。
(写真:右=ワイナピチュへの入り口)

 :
 :
 :
 :
なんとなく登り始めたその若い峰は、とんでもない所でした…。

階段の高さ、幅はまちまちでガタガタ…。
その歩きにくさと言ったら…。

「…ふぅ、ふぅ………。」
加えて、標高は2400m以上…。
一歩階段を登る度に呼吸する回数がどんどん増えていきます。

「………。」
下からだと頂上が全く見えません…。
あとどれだけ登ればいいのかわからないその道のりは、 疲れをさらに感じるのにバッチリな環境でした…。

 :
 :
 :
 :
「あと半分くらいじゃない?」
「もう、すぐそこだよ。」
すれ違う人たちに頂上までの距離をきき、なんとか気力をふり絞ります…。

「(…やっぱりやめとけばよかった…。)」
見えない頂上を前に、そう思わずにはいられませんでした。

peru 99

目次へ

 ワイナピチュからの景色
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★★★

若い峰を登り続けること40分…。
永遠にも感じられた苦行の末、なんとか頂上にたどり着くことができました。

「うわぁぁ…………。」
そこには、苦行を忘れさせるくらい素晴らしい絶景が待っていました。

標高2700mの頂上から、先ほどまでいたマチュピチュの全景を見下ろすことが出来ます!
あれだけ広く感じられたマチュピチュも小さな芝生にしかみえません。

「うーーん、いいねぇ…。」
あのマチュピチュを一人占めしている気分を満喫できます。

「あんな下から登って来たんだ…。」
その左側には、ふもとのアグアス・カリエンテス駅からバスで登ってきたくねくね道=ビンガム道も見ることが出来ました。

反対側に目をやると、マチュピチュ、ワイナピチュのまわりは山々に囲まれていることがよくわかります。
まさに『陸の孤島』状態…!
これなら確かにスペインの侵略から身を守れそうです。

「俺、先週ここに来たとき、カメラを持ってくるの、忘れちゃってね…。」
テキサスから来たという青年が頂上で三脚を立て、VTR撮影をしていました。

景色は最高だけど、ここに登ってくるまでの時間と手間を考えたら…。
…よくもまぁ、2度も来るもんです…。

…ゴロゴロゴロゴロ…
「…雨がくるの?」
山の天気は変わりやすいのは世界共通のようです。
岩しかない頂上で出会った小さな羽虫たちに別れを告げ、急いで下山(下峰?)することにしました。

peru 99

目次へ

 遅めの昼食
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★

憧れのマチュピチュ散策…。
そして、疲れたけどいい景色に出会えたワイナピチュ登頂…。
それらを終え、重太とキタさんはマチュピチュの入り口まで戻ってきました。

サンドウィッチとビール(クスケーニョ)で少し遅めの昼食をとります。
「…ぷはぁ…!!」
たくさん歩き、疲れた体にビールが染み渡ります。

食べているのは、パンにチーズとハムをはさんだだけのサンドウィッチ。
しかし、あのマチュピチュで食事をしている、ということが、サンドウィッチを美味しく感じさせてくれました。
キャンプで食べるレトルトカレーが最高にうまいのと同じ感覚、といったところでしょうか。

「…うわ!」
重太が突然奇声を上げました。

「どした?!」
よく見ると、ビールははるか昔に賞味期限切れ…。

「…オレ、この後、体調は大丈夫だろうか…?」
憧れのマチュピチュでの昼食は、なんとも不愉快な気持ちで終わりました…。

peru 99

目次へ

 「エル ニーニョ デ グッバイ」
1999年4月26日 [マチュピチュ] ★★★★★★

昼食後、少しゆっくりしてから、帰りの列車に乗るため、 ふもとのアグアス・カリエンテス駅へバスで向かうことにしました。

「ぐうーーーーっ、ばぁぁーーーーーい!!」
赤いインディオ衣装の少年が右手を大きく真横に振り、マチュピチュを出発するバスを見送ってくれました。



「…わざわざ俺ら観光客を見送ってくれるなんて…!」
眉をひそめ、口を大きく横に広げ、猫背で叫ぶその少年の姿はとてもインパクトのあるものでした。

 :
 :
 :
バスはいろは坂の様に蛇行したビンガム道をゆっくりとふもとを目指し下って行きます。

「ぐうーーーーっ、ばぁぁーーーーーい!!」
2つ目の曲り角で赤いインディオ衣装の少年がバスを見送ってくれました。



「…おぉ! また見送ってくれる少年がいるぞ…!」
小さな少年の大きな手のフリ、大きな心遣いになんだか心が温まります。

 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
「ぐうーーっ、ばぁぁーーーい!!」
さらに2つ先の曲り角で、また赤いインディオ衣装の少年がバスを見送ってくれました。



「…………? あれ???」
最初にバスを見送ってくれた少年と何やら姿かたち、そして顔が似ています…。
振り返ってみると、少年は駆け足で林の中に消え、さらに下を目指している様でした。

「……まさか、同じ少年?」

そうなのです!
大きく蛇行して走るビンガム道を、その少年は一直線にふもとめがけて走ります。(写真、右)
一足早く先回りし、曲り角ごとにバスを見送ってくれるのでした!
(水色の矢印が少年のルート)

「…どこにいるかな…?」
こうなると、曲り角ごとに少年がどこから現れるのか、楽しみで仕方ありません。

「…いた! あそこ!」
「どこ?! ああああぁぁっ…!」
「いたああぁ!!」
「ぐうーーーっ、ばぁぁーーーーい!!」


「おおおおおおお!」
少年に見送ってもらう度にバスの中は大盛り上がりです。
こんな楽しい見送りは今までありませんでした。

 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
ふもと近くで少年はバスに乗り込んできました。
少年はバスの車内をまわり、みんなからチップをもらいます。
「なるほどね!」
どうやら、バスのドライバーと提携して、観光ビジネスとしている様でした。



「はい!」
普段はチップを出し渋る重太が大判ぶるまいでした。

あんな標高の高い所で一気に山を下るのは、体力的にそうとうキツイはず…!
そして、こんなに楽しませてくれた少年には、ついたくさんチップをあげたくなってしまうものです。

peru 99

目次へ

 心に染み入るフォルクローレ
1999年4月26日 [クスコ] ★★

マチュピチュを歩き回り、心地よく疲れた重太とキタさん。
アグアス・カリエンテス駅から長時間電車に揺られ、無事クスコに戻ってきました。

夜8時、あたりはすでに真っ暗でした。
(冬を間近に控えた南米=ペルーでは、6時頃あたりは真っ暗です。)

「『ペルーっぽいレストラン』に行きたい!」
そう告げると、タクシーの運転手は、南米の民族音楽『フォルクローレ』の生演奏が聞けるレストランPAITITIに 連れて行ってくれました。

♪〜〜〜

切なく響くケーナ(立て笛)やチャランゴ(弦楽器)の音色は、心に深く染み入ってきます。

「…なつかしい…。」
それは重太がアルゼンチンに住んでいた頃に聞いた旋律でした。
この切ない音が南米にいることを実感させてくれます。

「どもありがっとぉ…。」
日本人である重太たちに気をつかってか、一曲終わるごとに日本語でお礼言ってくれるサービス満点のグループです。

「…ふーーん…。」
同じフォルクローレでも、ペルーのものは民族衣装を着た男女が対になって踊ります。
収穫を祝う踊りか、男女の恋のはじらいを表現したものか…?
アルゼンチンと違うフォルクローレもまたいいものです。


2人のサンポーニャ(木管楽器)奏者が早いテンポの曲を『1音ずつ交互に』演奏し始めました!
二人の息があっていないと、こんな演奏はなりたちません!

「すごい! すごい!!」
伝統の中にある技術、コンビネーションに大感激です!

 :
 :
 :
 :
全ての演奏が終わると、演奏者たちが各テーブルにCDの販売にやってきます。
「さっきのサンポーニャの曲、入ってる?」
「?」
「ほら、♪ ♪ ♪ ♪ 〜♪ 」
先程の曲がCDに入っているか、曲名がわからないので、歌ったり口笛を吹いたりして確認します。

「Si! Si! (はい! はい!)」
どうやらお目当ての曲が入っていそうなので、そのCDを1枚買うことにしました。


…帰国後。
レストランで聞いたあのお気に入りの曲を探してみます。

「………ない。」
どんなに隅から隅まで探しても、その曲はCDに入っていませんでした。

取り替えてもらうことも、返品もできないCDは、今も重太のCDラックの片隅においてあります…。

peru 99

目次へ


念願叶って憧れのクスコ、マチュピチュを訪問できてしまいました。
クスコから次の目的地、プーノへの道のりは想像もできない数々のイベントが待ち受けています。

next page ペルー放浪記 2、イベント体験編へ


 ペルー99 目次 [1、インカ体験編]

あっけない決定 ………突然決まったペルー行き

やはり、買えないスタジャン ………留学時代から欲しかったスタジャンを求めて

たらいまわし ………フライトを変えようと奔走するが…

旅のアレンジ ………待ち時間を利用して旅の計画をたてる

高地、クスコへ ………標高3400mの都市へ

高山病対策 ………高地でおこる変化

石組みの技術 ………目の当たりにして本当に驚かされる石組み

インカの遺跡たち ………数々のインカ遺跡をめぐり

長い1日 ………睡魔との戦い、早い就寝

アウトバゴンの旅 その1 ………ゆっくりと進む高山列車

アウトバゴンの旅 その2 ………イベント満載の車内

いよいよあの場所へ ………憧れの世界遺産へ、いざ!

マチュピチュ散策 ………見れば見る程、浮かび上がる疑問

ワイナピチュへ ………高山で体験するさらなる山登り

ワイナピチュからの景色 ………全てを見下ろせる絶景がそこに!

遅めの昼食 ………美味しいはずのランチが…

「エル ニーニョ デ グッバイ」 ………ふもとまでの楽しい一時

心に染み入るフォルクローレ  ………本場で味わう本場の音

next page


to_TOP PAGE
出発ゲートへ戻る

(c)2005 GC_Factory 背景: ペルー国旗



[PR]看護師の好条件求人なら:転職のプロがサポート!年間5万人が利用