ペルーの旅、前半はインカを満喫する旅でした。
後半はインカ以外の『様々なペルーの顔』を見ることになります。
[ 1、インカ体験編 ] [ 2、イベント体験編 ] [ 3、ペルー体験編 ]
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意外な再会 1999年4月29日 [ウロス島] ★★
個人タクシーでプーノへ到着して、一晩が明けました。
目の前にある『ティティカカ湖』は、普通の湖にしかみえません…。
「…でも、富士山より高い位置にあるんだよなぁ…。」
標高3800Mにある湖…。
そう考えると、見た目にそぐわぬ『すんごい湖』の様な気がしてきました…。
ティティカカ湖ツアーに参加するお客は、重太とキタさんのほかに、西洋人さんたち。
「…あれ?」
「あれれ!」
意外や意外!
4日前、サクサイワマン・ツアーで一緒だった陽気なギリシャ人夫婦と 再び遭遇してしまいました!
「私たちは、今さっき、列車でプーノに着いたばかりなんだよ…。」
ストライキの影響をモロに受けて、夫婦はなんだかとても眠そうです。
「ぼくらは個人タクシーで昨日の夜のうちに来たんですよ。」
「着いてすぐ、ドロの様に眠りましたよ…!」
ちょっと自慢げに重太も続きます。「…へぇ、すごいね! どこで知ったの? 個人タクシーなんて!」
意外な再会を喜び、近況報告話に花が咲きました。
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ティティカカ湖ツアー開始 1999年4月29日 [ウロス島] ★★
小さな観光船はプーノの港を離れます。
プスン…、プスン…
出港したばかりの船がなぜか停止…。
いきなりエンジンがオーバーヒートしたようです…。エンジンをひやそうと、バケツで海水、…でなく湖水をくみあげます。
ヒモで結んだバケツを湖に投げ入れ、くみ上げ、投げ入れ、くみあげ…。
…ぷち…!
くみ上げを繰り返しているうちに、ヒモが切れてしまいました。
「(…ぷぷぷ。)」
湖上にプカプカ浮くバケツの姿はなんとも愛らしいものでした。…しかし、実際は笑ってる場合ではないのです!
バケツがなければ、エンジンは冷えない…。
エンジンが冷え泣ければ、船は動かない…。
はじまったばかりのこのツアー、大丈夫なのでしょうか?
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ウロス島、上陸? 1999年4月29日 [ウロス島] ★★
なんとかバケツを回収し、エンジンも回復。
船は沖へ順調へすすんでいきます。
出港後30分ほどすると、ウロス島が見えてきました。
ウロス島は、トトラ(=葦、あし)を湖上に積み重ねてつくった『浮き島集落』のことです。
この周辺には、小さな浮き島が60以上もあるとのこと。
『陸地の島』ではなく、『あしを積み重ねただけの島』
その上で人々は、普通に生活をしているというから、オドロキです!!
小さな島の上での生活は、原始的で質素なものかと思ったら、大間違いです。
ソーラーパネルがあり電源を確保。
テレビも見れるようになっており、現代文明を普通に取り入れています。
学校や病院がある島もあるそうで、小さいながらもきちんとした社会インフラが存在していることに驚きを隠せませんでした。
ウロス島の一つ、サンタマリア島に降りることになりました。
「(………。)」
おそるおそるトトラで埋め尽くされた島に足を伸ばしてみます。
ちょっと弾力がありますが、底が抜ける心配はなさそうです。「(…よくこんな葦を積み重ねただけ島なんて作るよなぁ…。)」
世の中にはフシギな人たちが、まだまだたくさんいるものです!
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ウロス島、散策 1999年4月29日 [ウロス島] ★★
上陸したサンタマリア島には、
・家が3、4棟
・鳥のはく製博物館(一部屋)
・はしごで登る展望台(写真:右)がありました。
どれもこれも、手作り。
なんだか、かわいらしく、つい微笑んでしまいます。
島の真中は広場のようになっており、そこに葦でつくった置物やインカのカレンダーと言うペンダントなどのお土産屋がずらっと並んでいます。
かなり観光客を意識した島の様子にはちょっとだけガッカリしてしまいます…。
島の端に銀色の小さな魚がいっぱい天干しされていました(写真:左)
「ぺへレイ(=キング・フィッシュ)だよ。」
『R』の発音がきついスペイン語なまりの英語でガイドさんが名前を教えてくれました。
名前はわかっても、味まではわからず…。
魚の王様の味、かなり、気になります…。
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ウロス島とトトラぶね 1999年4月29日 [ウロス島] ★★
銀色の小さな魚の横に2隻の船が並んでいました。
トトラで編まれたトトラぶねです。
1隻は船首にプーマをかたどっており、なんだかちょっとカッコよく見えます。「みんなで乗れば、安くしてくれるだろ?」
ギリシャ人男性が交渉して、1人2ソレスで船に乗せてもらうことになりました。
地面に足をまっすぐ伸ばすように『ゆったりとした姿勢』で船に座ります。(写真:下)
「…意外にいいかも…!」
トトラ船で島の周りを一周してもらいましたが、なかなか快適な乗り心地です。
「葦はおよそ1年ぐらいで腐るんだ。…で、沈んでいくんだよ…」
「…えええぇぇ…!」
何も、船に乗ってる時に、そんなこと言わないでもらいたいものです…。葦が腐る度に船を作りなおし、島も葦で埋めたて…。
こうことを繰り返し、彼らはティティカカ湖上で生活をずっと続けているようです。
『生活は陸上で行うもの。』
我々が当たり前にとらえていることも、ところ変われば常識ではなくなる、そんな一例でした。
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タキーレ島、上陸! 1999年4月29日 [タキーレ島] ★★
サンタマリア島を後離れ、観光船はさらに南下。
ゆっくり進むこと2時間半、ティティカカ湖上の『陸の島』=タキーレ島に到着しました。
4月下旬、Tシャツとトレーナー、パーカーでちょうど良い感じの気候です。港からアップダウンを繰り返し、村まで歩いて行きます。
「向こうはもうボリビアだよ。」(写真:右)
『R』の発音がきついスペイン語なまりの英語でガイドさんが教えてくれました。
湖の向こうに違う国がある…。
なぜだか、ちょっとロマンチックに感じられてしまいます。
村の人の衣装は独特です。
男性は白いシャツに黒いチョッキをはおり、帽子をかぶっています。(写真:左)
糸つむぎによる織物といった湖の島独自の文化も幾つかあるそうです。とても素朴な感じがするタキーレ島。
いるだけで心がなごみます…。村の中心部の小さな広場でかわいらしい子供が近寄ってきました。
「(…なんだろう…?)」
「…マネー…。」
小さな声でお金を催促されてしまいました…。
見た感じ普通の少年に言われただけに、切ない、というか、もの悲しいというか…。
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コカの葉の威力 1999年4月29日 [タキーレ島] ★★
「…はぁ…、…はぁ……。」
この島は、ちょっと歩いただけで結構疲れてしまいます。
それもそのはず、ここは標高3800mにあるティティカカ湖。
富士山より高い場所で丘登りをしているのですから、呼吸が乱れるのもうなずけます!
そんなときにはお勧めなのは『コカの葉』です!
(ホントかどうか、クスコについてすぐ口にしたコカ茶の葉っぱで、精製するとコカインになるとか…。)
高地で暮らしてきたペルーの人はこれを噛むことで疲れを癒し、さらに強くなると信じてきたそうです。
村の市場で一握りのコカの葉を50Cで買いました。
「……くちゃ、くちゃ…………。」
じっくり噛んでみましたが、ただ苦いだけです…。(写真:右)
「……噛み足りないのかな?」
さらに4枚ほど噛んでみましたが、疲れが癒されたかは定かではありません…。:
:
:
:
:
「……はっは! なんかいい感じ!!!」
それどころか、なんだか頭が妙に冴えて来た感じがします。
「…だ、大丈夫か?」
「……ぜんぜぇ〜ん大丈夫ですよぉ〜!」
コカの葉の威力を重太はこの後じんわり思い知らされたのでした…。
余った葉はパーカーのポケットに入れておきました。
…もし、このまま帰国したら、成田空港でどうなることやら…?
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プーノの市場 その1 1999年4月30日 [プーノ] ★★★
今日はプーノの町を散策です。
ティティカカ湖にほど近い市場に足を踏み入れてみました。八百屋、果物屋、香辛料屋、肉屋。
織物屋、日用洋服屋、靴屋。
文房具屋、雑貨屋、花屋、電荷製品屋。ありとあらゆる店がフリーマーケットのような露店の様相であります。
ものすごい雑踏、そして、ものすごい活気です。
中には羊の頭『だけ』売ってる店、ネズミの皮はぎを売ってる店など、独特の店も見うけられました。
あまりこういったモノを見慣れてない重太は、足早にその店の前をすぎさります…。「これ、Tuna(トゥーナ)。どう? 食べてみない?」
果物屋のおばちゃんがトゲトゲした『果物の実らしきもの』を差し出してきます。
「…Tunaってなんだろう……?」
何でも1度は試してみるべきです!
20Cはらって、その得体の知れない『Tuna』食べてみました。
「フレッシュ! おいしいでしょ?」
「…………」
なんともコメントに困る味です…。ジューシーではありましたが、甘くもなく、味もない実でした…。
後日、調べてみると、『Tuna』とは、どうやらサボテンの実のことのようでした。
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プーノの市場 その2 1999年4月30日 [プーノ] ★★★
正午を過ぎると、突然、大雨が降り始めました。
「これ買わない?」
空いている屋台組みの下で雨宿りをしていると、その向かいの織物屋のおばちゃんが織物を放り投げてきました。
奇麗な色の織物です。「そっちの青いのは、いくら?」
「28ソレス。」
まだまだ雨はやみそうもありません。
雨宿りの時間つぶしと言うことで、その後もじっくり交渉を続けます。
「…そうだ!」
ピサックで成功した、「地球規模リサイクル大作戦」を再び実行することにしてみます。
いらなくなったセーターを引き取ってもらい、ほしい土産をゲットする!
なんて賢い作戦でしょう!「このセーターもつけるから、20ソレスでどう?」
「セーターはある。いらない。」
…おっしゃる通りです…。
高地で朝と夜は冷えるアンデス地方。
セーターはこんな旅人からゆずり受けなくても、売るほど豊富にあります…。結局、25ソレス(約8ドル)で奇麗な青い織物を購入しました。(写真:右)
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人力タクシー 1999年4月30日 [プーノ] ★★
「乗ってかない?」
人力タクシー(自転車)の運転手に声をかけられました。
すでにプーノの町は大体歩いてしまいましたが、何でも『ものは試し』です。
2ソレス(約60円)払い、ティティカカ湖畔へ行ってもらうことにしました。
「…うぉお…ぉお…ぉお…ぉお…」
たいしてスピードも出ていないのに、かなりのゆれます。
ガタガタ道を5分ほど走り、湖畔まで来ました。
座っていただけのはずなのに、ヘロヘロです…。
(写真:右 > 乗る前の元気な様子)
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「パラ スエルテ!」 1999年4月30日 [プーノ] ★★
湖畔のおみやげ屋で、人のようなオバケのような奇妙な形のペンダントを見つけました。
青い石のまわりに粘土で細工をしてあるものです。
そのフシギなデザインに、心ひかれてしまいましたが、これが何なのかわかりません…。「ケ エス エスト?」(=これ、何?)
「$△#□&、☆$○#◇$●#▽$……」
店のおばあちゃんは何やら一生懸命説明してくれますが、重太の『なんちゃってスペイン語』能力ではとても理解できませんでした…。「ノー エンティエンド」(=わからないよ)
おばあちゃんは困った顔でしばし考えます。「…… パラ ”スエルテ”!」(”スエルテ”のためのものだよ!)
これでわかるだろ!と言わんばかの得意顔!
単純明快な言葉で説明をしてくれました。「スエーニョ?」(=眠り関連?)
「ノー、スエルテ! 」
語頭の 『ス』 しかあっていないのに、勝手に知ってる単語と結びつけようとする重太もたいしたものです…。
「$☆◇#○$……」
また、理解力をこえた説明を受けましたが、わからないものはわかりません…。
ただ『スエルテ』という単語さえわかれば、すべての理解できそうなのですが…。
…結局、デザインが気に入ったので、それを3つほど買うことにしました。「パラ スエルテ、…ね。」
ちょっとグロテスクなデザインにも見えるこのペンダント、一体何のためのものなのでしょうか?
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くつみ「は」き小僧とのいざこざ… 1999年4月30日 [プーノ] ★★
ティティカカ湖畔から2.5ソレス払って人力タクシーで再び町の中心まで戻ってきました。
ちょっと汚れた感じのおとこの子が寄ってきます。
「くつみはき! くつみはき、1ソル(約30円)!」
どこで覚えたのだか、ちゃんと言えてない日本語で「靴磨き」させろ、と近寄ってきます。ペルーの街中では、靴磨きセットを持って放浪している少年を良く見かけます。
運動靴をはいている人には見向きもしませんが、革靴を履いている人間を見ると、何人もの少年がたちまちに寄って来ます。
ちょっとした『有名人気分』を味わうことができるフシギな体験です。重太は誇りまみれのトレッキングシューズを履いていたので、これまでも何回も各地で『くつみはき小僧』に付きまとわれてきました。
「1回みがけばもう付きまとわれないだろうし、1ソルなら、いいか…。」
追い払うのも面倒になり、試しに靴磨きをしてもらうことにしました。街角のベンチに座り、少年はなれた手さばきで右の靴からどんどん磨き上げて行きます。
「おおおお!!」
意外や意外、ボロ靴がかなり奇麗に輝き出しました。
「すごい、すごい!!」
誉めてあげると、少年も自信満々で左の靴に取りかかります。
10分ほどで両方の靴はピカピカになりました。「20ソレス!」(約660円)
靴磨きが終わるやいなや、破格の値段を吹っかけてきました。
先ほどと言っていることが違うではありませんか!!
「さっき1ソルって言っただろ…?」
相手を威圧しようと、怒った口調でけしかけます!「(僕は)プロフェッショナル!」
むこうも強気な態度で引き下がりません。
「1ソルしかはらわんぞ!」
重太も子供になめられたらいかん、と1ソルから譲りません。その場から立ち去ろうとしても、しつこく付いてきます。
もめた結果、5ソレス(約150円)払ってその場を後にしました。
値段的に損したとは全然思いませんが、なんだか無性に腹がたちます…。
その後、フリアカの空港のロビーでリマ行きの飛行機を待っている時、少年が寄って来ました。
「くつみはき! くつみはき!」
どこにでもいる「くつみはき小僧」の登場です。
「!!!」
しかし、その少年は重太の奇麗に磨かれた靴を見るやいなや、バツが悪そうに、そそくさとその場からいなくなりました…。
先ほど払った5ソレスも、ここでの効果テキメンと思えば、よし、としましょうか…。
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大都会、リマ 1999年4月30日 [リマ] ★
クスコ、マチュピチュ、プーノ、ティティカカ湖とめぐり、重太たちはペルーの首都は、リマに戻ってきました。
リマは海抜数mの平地にあります。
「おおおおぉぉ!」
海抜3800mのティティカカ湖からリマへやってくると、飲みかけのペットボトルが「きゅーーーっ」としぼんでいました。
高地クスコに行った時とは全く逆の状態です。
人間の体もやはり気圧の関係で同様にしぼんでいるのでしょうか?
そう考えると、ゾっとします…。
夜のリマは大都会特有の「ネオン」が光る町です。
『バーガーキング』や『ケンタッキーフライドチキン』などアメリカのチェーン店が目につきます。
この1週間、クスコやプーノでは全く見られなかったそれらの光景がなんだかとても懐かしく感じられました。大きなスーパー、レストラン、電荷製品屋、さらにはカジノまでもあるではありませんか!
渋滞に車のクラクション。
大都会に来たなぁ、とつくづく実感しました。
しかし、気のせいか、交差点の信号の数がかなり少なかった気がします。
ホテルに落ちつきました。
何気なくTVをつけてみると、やはりやっていました、ドラゴンボール!
97年メキシコ、 98年スペインでも見た、 お馴染み日本のアニメーションをここペルーでも見ることが出来ました。
偉大なり、ドラゴンボール。
ストーリーを十分知っていながら、ついつい見てしまいます…。
チャンネルを無造作に変えていると、何やら聞きなれた言葉が聞こえてきます。
日本語です。
なんと、NHKを放送しているではありませんか!!「しかくい顔のにかくが、まぁーるく…」
日本を出国する時、家で見たのと同じ番組をやっています。
生放送、もしくは、数時間遅れで日本の番組を見れてしまうようです。
日系人が多いためでしょうが、南米のホテルで日本のTVが見れてしまうのも、なんだか不思議な気分でした…。
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真っ黒な男、南へ… ![]()
1999年5月1日 [リマ] ★★
「うわ、まっくろ!!」
鏡をのぞきこんだ重太は自分の顔を見てビックリです。
クスコ、ティティカカ湖といった高地で強い日差しを浴び、一気に日焼けしていたのです。秋なのに、日焼けできてしまうペルー。
恐るべし…。
「そんなに肌が黒かったら現地人に間違えられたんじゃない?」
日本に帰ってから知人、友人たちからそう言われるのは目に見えています…。朝7時、真っ黒な顔をした重太は、イカを目指し、バスに乗り込みました。
ちなみに、『イカ』は海に生きてる足が10本あるヤツじゃなく、地名です。
世界的に有名な『あの観光地』を見るためには、その町へ行かねばならないのです。
首都リマから町を離れ、小さな村を通り、南へ、南へ…。
:
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:
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4時間もバスにゆられ、イカに到着です。
「…つ、つかれたぁ…。」
大きなバックパックを足元に置いての長時間バス移動…。
世界的に有名な『あの観光地』に着く前にかなりゲッソリ状態です…。
「はい、皆さん、こちらへ!」
イカの飛行機でこの旅で初めて『世界観光地名物、日本人団体客』と遭遇しました。
熟年様から、新婚カップルまでみな元気モリモリな様子です。
それもそのはず、リッチな団体の皆様は、リマから一気に飛行機でここイカまで飛んできた様子…。
同じリマから4時間もバスに揺られきた貧乏バックパッカーとは残り体力が違って当たり前です…。
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あの地上絵を見に… ![]()
1999年5月1日 [ナスカ] ★★
12時半。
食事や映画など、機内サービスは一切期待できそうもない10人乗りの小さな飛行機は、イカの飛行場を飛び立ちました。
「…うーん…。」
離陸後は、『砂の丘』と『水流のあと』の風景ばかり…。
変化のない、見栄えしない窓の外の景色は気分をドンドン沈めてくれます…。:
:
:
:
20分も南へ飛ぶと、なにやら機内がざわつき始めました。
「ほら、「宇宙人」がみえてきた。」
機長が左側を指差しました。
確かに地上に絵が描かれています!!「…おぉぉ!!!」
地上絵です!
そう、ここはナスカ!
世界的に有名なあのナスカの地上絵を見に、重太とキタさんはリマから4時間もバスにゆられ、ここまでやってきたのでした!その後も飛行機は何度も旋回を繰り返し、様々な地上絵を見せてくれました。
「…うぅ〜ん…。」
「手」 「くも」 「ハチドリ」 「コンドル」
大変残念なことに、時間帯が正午過ぎで日が真上から差し込むために、地上絵をかたどる影が見えにくく、絵自体を発見するのが困難でした。
「…大きいの、アレ?」
また、比較対象物がなく、地上絵の大きさを今一つ把握できません…。「こんなもんか…」
『飛行機の窓いっぱいに収まりきらないほどの地上絵』を勝手に想像した重太は、地上絵にあまり感動しませんでした…。
「…TVで見た方がキレイでわかりやすかったな…。」
これを言っちゃあここに来た甲斐も何もありません…。「…うっぷ…。」
地上絵より、旋回の繰り返しによる『飛行機酔い』の方が彼の記憶にふかぁ〜く刻まれました。
ナスカの地上絵を見終え、日帰りでリマにまたバスで戻ります。
「…ゲッソリ…。」
4時間のバスの旅が、また重太たちの体力をうばったことは言うまでもありません…。
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知ってるリマの景色 1999年5月2日 [リマ] ★★
…翌日。
ペルーの旅、最後をかざるのは、『リマ観光』です。まず町の中心、アルマス広場へ向かいます。
「ハポネス? ムイビエン! クラーロ!」
タクシーの運転手が気さくにアレコレ話しかけてきますが、内容は20%くらいしか理解できません。
頭上に『はてなマーク』(=???)いっぱいの東洋人に、よくもまぁ、飽きずに話し続けるものです…。到着したアルマス広場のまわりには、カテドラル、政庁、ピサロの像(写真:右)、などがありました。
「ああああぁ! こ、ここは…!」
この広場は見たことがあります!!
そう、ここは、2年前の1997年、某TV番組で『南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク』を達成したお笑い芸人二人組のドロンズが、 フジモリ大統領に手紙を渡した場所なのです!!
出会いと別れ、挫折と成功…。
数々のイベントを乗り越え魅力的な旅を見せてくれた彼ら…。
当時、毎週日曜日の放送を楽しみにしていたものです。
「…ふぅ〜ん…!!!」
ニンマリ、なんとなく、感激!
自分の知ってる場所、テレビや映画で見た場所に来るというのは、それだけでうれしいものです!
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カーニバル、そして2人組の女性 1999年5月2日 [リマ] ★★
サンフランシスコ教会(写真:左)。
サントドミンゴ教会、メルセー教会。
サンマルティン広場、サンペドロ教会。
トートタグレ宮、宗教裁判所。
その後、ガイドブックにかかれた場所を巡れるだけめぐります。
「…リマの教会は、スペインの影響を色濃く受けているなぁ…!」
それにしても、ピンクや水色、黄色など派手な色で外装を施すのは、なかなか独創的です。
クスコ通りでなにやら路上カーニバルに出くわしました(写真:右)。
つたないスペイン語で聞いた限りでは『神へのおまつり』と言うことですが、真相は定かでありません…。
「あなた、どこから来たの?」
カーニバルを見ていたら、現地の白人女性2人組が英語で話しかけてきました。
エヴァとロザーナと名乗るサングラス女性は、お祭りのことを色々説明してくれます。「良かったら、これから食事でもどう?」
「…へ?!」
「食事よ、食事! 一緒にどう?」
まさか、ペルーに来て『逆ナン』されるなんて、思ってもみませんでした!
重太は、こういう突発的なイベントは大好きです!
日本でもされてことない『逆ナン』!
この先、何が起こるのか、考えるとワクワクしてしまいます!
「うーん…!!」
しかし、観光したい場所があるから、と丁寧にお断りしました。
その女性のお年や外見がどうだ…、と言うわけでは 『決して』 ありません…。
…決して…。
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やばい雰囲気の一角 1999年5月2日 [リマ] ★★
『闘牛場』、そして『裸足の並木道』 (写真:左)。
ガイドブックに誘われるまま、いろいろな場所をめぐります。
「…へぇ! なかなか!」
そこは、カップルで歩いたら愛がふかまりそうなキレイで雰囲気の良い場所でした。
写真を撮るだけとって、町の中心部を目指し歩きはじめます。
「ねぇ…!」
しばらくすると、突然、後ろから声をかけられました。
「(…一体、なんの用だろう…??)」
見た目は身なりのしっかりしたおばさんです。
安そうなミヤゲモノを売りつけたり、靴みがきするような人にはとても見えません…。
「この辺は危ないから、カメラはカバンにしまった方が良いよ。」
キタさんが手に持って歩いていた1眼レフのカメラのことを注意してくれたのです。
たしかにガイドブックにも、この周辺は治安が悪い、と書いてあるのを思い出しました。
「ペルーは危ない」
ペルーに関する本や航空券を手配した際にそう散々言われていたのに…!
穏やかな雰囲気のクスコやプーノに長くいたため、すっかり油断していました。「どうもありがとう!」
引ったくりや詐欺、靴みがきに『逆ナン』など、リマには気をつけるべきことが多いようです…。
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最新版 〜 2005年3月29日 更新〜
高級レストランへ 1999年5月2日 [リマ] ★★
ペルーの旅もいよいよ終盤に近づいてきました。
「セビーチェは食べたか? うまいぞ!」
「ペルーに来たら、セビーチェを食べないと!」
旅の間中、現地の人からそう勧められてきたのですが、なかなかその機会がありませんでした。
『機会がなければ、つくればいい!』
…ということで、キタさんと一緒にセビーチェに挑戦です!セビーチェとは生の白身魚、レモン汁がけで、『さっぱりとした酸味が日本人の味覚にあう』とガイドブックに書いてあります。
ガイドブックに誘われ、海辺の高級レストラン、『コスタ・ベルデ』を訪ねてみました。(写真:左)
そこは、大きく、入り口に怖そうなごっついガードマンのいる、なんとも立派なレストランです…。「…あの…、セ、セビーチェ、食べられますか?」
…恐る恐る聞いてみます…。
一瞬の沈黙が重苦しく、意味もなく『…す、すいません…』と謝りたくなってしまいます…。
「もちろん!」
恐そうなガードマンはその外見からは想像しがたい満面の笑顔を見せ、そのまま店内に案内してくれました。「どこから来たんですか?」
席に着くとウェイターさんが聞いてきます。
「…日本…、だけど…?」
「あぁ…、そうですか!」
それだけ答えると、オーダーもとらず、戻っていってしまいました…。
国籍がこのレストランと何か関係あるんでしょうか…?
「これをどうぞ!」
しばらくすると、そのウェイターは小さな日本の国旗を机の上に運んできてくれました…。
「…はは、どうもありがとう…。」
うれしいけど、ちょっと恥ずかしい待遇です…。
まわりの人の視線が、気になってしまいます…。オーダーを頼み、少しまわりを見回しててみます。
ネクタイをしたビジネスマンが優雅に昼食を楽しんでいます。
海に面したテラスも雰囲気が抜群です!
「…Tシャツ姿のバックパッカーが入るような店じゃ、ないみたい…」
店員の皆さんは笑顔で対応してくれますが、なんとも肩身がせまいです…。
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セビーチェ、そのお味は…? 1999年5月2日 [リマ] ★★
いよいよ噂のセビーチェが運ばれてきました!
期待に胸を膨らませ、その魚の白身を口へ運びます…!!
「(…うげっ。)」
出てきたセビーチェは、酸っぱすぎます…。
重太の味覚には、残念ながらフィットしませんでした…。
高級レストランなだけに、庶民重太には味まで高級過ぎたのかもしれません…。
大きな平皿いっぱいにのせられた白い切り身を見るだけで、もうお腹イッパイになってしまいました…。「どうぞ、いっぱい食べて下さい…。」
「オレもあわんわ…、この味…。」
キタさんに勧めてみても、味に対する反応は一緒でした…。
「(…お、これは…!)」
他に注文した2皿目のアヒルのりんごソース和え。
「(…もう、いい…。)」
一口目は美味しいのですが、同じ味の繰り返しにすぐ飽きてしまいました…。
食事としては、甘すぎます…。「水を下さい。」
とだけ言って頼んだ水は、重太が苦手な『ガス入り』の水でした…。
何だか、何もかもが裏目に出てしまいます…。
ペルー特産のソフトドリンク、黄金色の炭酸飲料=インカコーラ(写真:右)が1番おいしく感じられました…。
スーツ姿のビジネスマンが多いためか冷房がききすぎ…。
「…うぅ…。(ぶるぶる…。)」
Tシャツ1枚のバックパッカーには、肌寒いレストランでもありました…。高級レストランなだけに、お値段も高級。
おいしくもないセビーチェ他、お昼の総額は1人、50アメリカドル(=5000円)にもなってしまいました…。お腹もふくれず、満足感もなく、財布だけが軽くなり…。
残ったのは、『むなしさ』だけでした…。
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黄金博物館へ 1999年5月2日 [リマ] ★★
1980年代後半。
『ジパング少年』というペルーを舞台にしたマンガがありました。(ビックコミック:スピリッツ連載)
その中で、主人公=柴田ハルがリマの黄金博物館を訪れるシーンがあります。
黄金郷(=エル・ドラド)を探し出すそのマンガにおいて、黄金博物館はペルーでのスタート地点の役割を果たしていました。
金で創られた数々の装飾品が展示されているというその博物館。
ペルーに行く機会があったら、是非訪れてみたいとずっと思っていました。
朝10時過ぎ。
ガイドブックに書かれた開館時間にあわせ、リマ郊外の高級住宅街、モンテ・リコにある黄金博物館に到着しました。
「…あれ…?」
なぜか、入り口は閉まっています。
タクシーで来たので、場所は間違っていないはずですが…。『開館時間:11:30〜7:00』
よく見ると、入り口の看板にこう書かれています。
…やられました…。
これは、あがいても文句を言っても、どうなるものでもありません…。
『こういうことはラテンの国ではよくあること』
そう諦めることにして、時間をつぶす方法を考えます…。
「………。」
郊外、高級住宅街ということで、まわりにはファーストフードやコーヒーを飲むような場所は一切ありません…。
開館時間までの約1時間半、近くの公園で何もすることなく、ぼうーっと過ごしました…。
天気がいいのだけが幸いです…。
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黄金博物館 <その1> 1999年5月2日 [リマ] ★★
看板の表示通り、11:30ぴったりに黄金博物館は開館しました。
「おおぉ…! カッコいいいぃ……!!」
博物館の入口では鎧人形が立っています。
中に入ると剣や銃、軍服やヘルメットなどなど古今東西、世界中の軍事用品がそろっていました。
「…すっごいコレクションだなぁ…!!」
その展示量といったら、ただ事ではありません!
拳銃一つ取っても、様々な形、大きさの物が展示室の右から左までびっしりと埋め尽くされているのです。
同様に刀、軍服、鞍、あぶみ、ヘルメットなどなども博物館内所狭しと展示されているのです。
日本の刀や兜もありました。
すごいコレクター魂です。
一体、いくらのお金と時間をかけたのでしょうか?「…いやぁ、満足、満足…!!」
入館を待たされたことなど吹き飛ぶくらいの展示物に大満足です!
「……!! あれ? オレ、たしか、「黄金博物館」に来たはずなのだけど…。」
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黄金博物館 <その2> 1999年5月2日 [リマ] ★★
1階にあった数々の軍事用品に圧倒された後、地下1階を目指します。
「…へぇ…!!」
途中、地下1階へ行く壁には、世界各国で行われた『ペルー黄金展』のポスターが貼ってありました。
1970年代に日本で行われた黄金展のポスターなどもあり、普遍的なペルー黄金への関心の高さが伺えます。
そして、地下1階。
そこには、『やっと』お目当ての黄金展示室がありました。
「…すげぇ、すげええ…!!」
展示室には金で作られたマント、義手、マスク、スコップ、人形などがこれまたびっしりと展示されています。
・ペルーで発見されたミイラ
・額に穴のあいた頭蓋骨(手術の痕とのこと!)
・土器や織物
…といったものまで取り揃えてあり、なんとも見ごたえタップリの博物館です!
リマに来たけどあまり時間がない方に、この博物館はお勧めです!「………。」
しかし、これだけの量を一気に展示されると見るほうも疲れてしまいます。
最初の軍事品はほどほどに、地下一階に集中することをお勧めします…。
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カジノの入り口にて解けた謎 1999年5月3日 [リマ] ★★
「よっしゃぁ! 稼ぐぞぉ!」
ペルー旅、しめくくりはギャンブルです!
リマ市内にはカジノが多く、一勝負してみることにしました。リマ市内、新しく開発されているミラフローレス地区。
そのメインストリート、ラルコ通りを歩けば何件もカジノを見つけることができます。
「……うぐ…。」
しかし、店の前にはセキュリティーチェックの恐そうなお兄さんが必ずいて、店内に入るのにはちょっと尻込みしてしまいます…。
ガラス張りで中の様子がちょこっと伺える店を選んで入ることにしました。入り口で持ち物チェックをすませ、荷物をロッカーに収めます。
その後、ボディチェックをしたお兄さんが店内へ通してくれます。「ブエナ スエルテ!」
お兄さんに一言、笑顔で言われました。
「グラシアス!」(=ありがとう!)
笑顔には笑顔で!
意味も理解せず、反射的に『ありがとう』と言ってしまいましたが、殴られることもなかったので、会話としてバッチリだったのでしょう…!
状況的に考え『GOOD LUCK!』とでも言ってくれたのでしょう…!
スペイン語で『ブエナ』=『グッド』(英語)ですから…!「ブエナ………、スエルテ……?」
スエルテ………。
スエルテ……。
はて、そう言えば、この単語をこの旅のどこかで聞きた気がします…。
スエルテ………。
スエルテ……。
…う〜〜〜ん…。
記憶のヒモをといて、一生懸命思い出します。
「パラ スエルテ!」
そう、あれは、ティティカカ湖畔のお土産屋のおばあちゃんとの会話でした。何かわからない、グロテスクなペンダントを買った時にこの言葉を聞いたのです!
パラ スエルテ。
英語に直訳すると『FOR LUCK』
つまり『運のため』と言うことになりそうです。
…ということは、『パラ スエルテ』とは、『幸運のお守り』と考えてよさそうです!
「…してやったり…!!」
今更ながら自力で謎を解き、『スエルテ』の意味がわかり大興奮!
誰よりも早く、推理小説の犯人を当てた気分でした!
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ペルーのカジノ 1999年5月3日 [リマ] ★★
カジノ内は日本のゲームセンターにあるような、コンピュータ型のマシンがずらりと並んでいました。
「…ふぅ〜ん…。そうなんだ…。」
ディーラーがいて、駆け引きのあるような本格的なカジノを勝手に想像していたシゲタはちょっぴり肩透かしをくらった気分です。
中にはそういったカジノもリマ市内にあるのでしょうが、シゲタたちが行ったカジノは見た目はゲームセンターでした。
…しかし、賭けるものはお金!
払い戻されるのもお金で、そこは立派なギャンブル場なのです!「…どうします? すんごい大金が手にはいっちゃったら……!」
「そうやなぁ…、会社やめて、海外移住やろ!」
キタさんとこれから手にするであろう大金の使い道について、アレコレ話が弾みます!
シゲタはまず、スロットマシーンやブラックジャックマシンに挑戦することにしました。
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「…よっしゃあ…!」
「…うわあぁぁ……。」
小額が当たったり、外れたりの繰り返しだけで、盛り上がりまくり。
もともとギャンブラーでないシゲタは、これらのマシーンで十分楽しめます。
こんなヤツにディーラーのいるカジノなんて、必要ないでしょう…。
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「…ぅう、うわあぁあぁあぁ〜……。」
『幸運のお守り(=パラ スエルテ)』を身につけていた甲斐もなく所持金は少しずつ確実に減って行きます…。
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「…ま、これくらいにしといてやるか…!」
空港にむかうタクシー代がなくなる前に、切り上げることにしました…。
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厳しい出国審査 ![]()
1999年5月3日 [リマ] ★★
いよいよペルーを去る時が来ました。
インカに始まり、ギャンブルに終わる…。
なんともユニークな旅でした。「荷物を持ってこっちへ!」
空港でチェックインをしようと並んでいると、空港の係員らしき人に呼びとめられました。
「アブラ エスパニョール?(=スペイン語話せる?)」
「ウン ポコ(=ちょっとだけ)」
「Do you speak English?(=英語は?)」
「Yes, I do.(話せるよ)」>>> 以下、英語の会話でしたが、日本語版で…
「誰がいつ、どこでパッキングをしましたか?」
「ホテルはどこでしたか?」
「パッキングしてからずっとカバンを持ってましたか?」
「誰かにカバンをさわらせましたか?」
『セキュリティー・エージェント』と名乗るお姉さんに英語で色々と聞かれました。
こんなに厳しい出国審査は初めてです!
麻薬を知らないうちに運ばされたりすることへの対策なのでしょうか?
とりあえず、問題なく無事に荷物をあずけ、飛行機に乗ることができました。
「…そういえば…!!」
タキーレ島で買ったコカの葉を持っていたら、簡単に帰れなかったかも知れません…。
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日本へ… ![]()
1999年5月3日 [リマ → ] ★★
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日本への帰国便に乗ると、決まって日本のニュースが気になりだします。
「…そういえば…!!」
この旅の出発の日に行われた世界ワールドユースの決勝戦。
『日本 VS スペイン』の結果はとっくに出ているハズです。
「…一体、どっちが勝ったんだ…?」
スチュワーデスさんに聞いても、その答えを知ることはできませんでした…。なにはともあれ、出発前は治安的に多少不安もあったこの旅も、なんとか無事に終われそうです…。
じろおむんど ペルー編 −完−
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ペルー99 目次 [3、ペルー体験編] ・意外な再会 ………プーノの町でオドロキの再会
・ティティカカ湖ツアー開始 ………いきなりエンスト…
・ウロス島、上陸? ………葦でつくられた天然?人工?の島へ
・ウロス島、散策 ………小さな島の上
・ウロス島とトトラぶね ………不思議な生活空間
・タキーレ島、上陸! ………すぐ先はボリビア
・コカの葉の威力 ………あぶない道への第一歩?
・プーノの市場 その1 ………フシギな実に遭遇
・プーノの市場 その2 ………物物交換、再び!
・人力タクシー ………物物交換、再び!
・「パラ スエルテ!」 ………不思議なペンダントを購入
・くつみ「は」き小僧とのいざこざ… ………後味の悪いイベント
・大都会、リマ ………田舎者の上京気分を味わう
・真っ黒な男、南へ… ………秋なのに、日焼け…
・あの地上絵を見に… ………記憶に刻まれた意外なもの
・知ってるリマの景色 ………TVで見た政庁前!
・カーニバル、そして2人組の女性 ………リマ女性2人組にナンパされる?!
・やばい雰囲気の一角 ………大都市の副産物
・高級レストランへ ………裏目にでた名物料理
・セビーチェ、そのお味は…? ………裏目にでた名物料理
・黄金博物館へ ………開館時間にあわせ、博物館へ!
・黄金博物館 <その1> ………莫大な展示数の博物館
・黄金博物館 <その2> ………黄金にやっと出会う!
・カジノの入り口にて解けた謎 ………やっとわかったあの言葉の答え!
・ペルーのカジノ ………ペルー最後の運試し
・厳しい出国審査 ………ペルー最後の関門
・日本へ… ………気になりだす、日本のニュース
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