

97年のメキシコ旅行で思った以上に「なんちゃってスペイン語」が通じる事を重太は発見しました。
「これはスペインに行くしかない!」
調子にのった彼は、スペインに行ってみる事にしました。
[ 1、前編 ] [ 2、後編 ]
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スペイン入り 1998年 6月15日 [トゥールーズ → マドリッド] ★
98年夏、フランスでワールドカップを見終えた彼は、スペインを目指す事にしました。
たいした原因もなくなんとなくフランス嫌いの彼には、フランスよりスペインの方がよっぽど魅力的に見えたからです。トゥールーズ空港でスペインまでの航空券を買うことにします。
とりあえず、南に行きたい場所があったので、マラガというピカソの生まれた港町を目指すことにしました。
「2800フランになります。」
「…えっと、それは…。8万円!?」
暗算が苦手な彼が電卓でやっとのことではじき出した片道のフライト代は、なんと8万円もするものでした。
「…しょうがないか…。」
時は金なり、限られた旅の日程を考えるとこの出費もやむを得ません。
予定を日本でしっかり早めに決めれば、もっとお安くすんだでしょうに。まずはトゥールーズからスペインの首都、マドリッドを目指します。
「国際線」というと日本人は「海を越えるための大きな飛行機」をイメージしがちです。
しかし、ここでのった飛行機は機内の通路はまん中にひとつ、席は横に4席、一列10席程度。
天井はスチュワードさんが立つとぶつかってしまう程の高さだったのです。
ピレネー山脈をこえるためだけにはかえって小型機の方が上昇しやすくていいかも知れません。
万が一山にぶつかってしまった時も犠牲者が少なくて済みます。「………………うわぁぁ!!」
たった1時間のフライトでしたが中身は最高でした。
というのも、空から見るピレネー山脈は言葉では言い表せない美しさと偉大さがあったからです。
ただ眺めているだけで涙があふれてきそうなくらいの風景に一生でそう何度も出会えるものではないでしょう。
トゥールーズで払った飛行機代8万円が安く感じられてしまったほどです。そして、飛行機は無事にマドリッドに着きました。
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待つ、マドリッド空港 1998年 6月15日 [ マドリッド ] ★
マドリッド空港では乗り換えの待ち時間を利用して、日本の友達に絵はがきを書きました。
「ワールドカップの本場の雰囲気は最高でした!!」
普段は手紙などめったに書かない彼ですが、ワールドカップを生で見た自慢話をここぞとばかりに書きまくります。気分転換に、空港内も歩きまわってみました。
油絵やオブジェが飾ってあるちょっとアート感覚のある雰囲気がなんとも独特です。
世界的に有名な芸術家を何人も送りだしているスペインならではの空港といった感じがしました。
まだスペインの空港内しか見ていないのに、気分はどっぷりスペインにつかっています。
数時間前までフランスにいたことなど、記憶のかなたにいってしまいました。「マラガ行きの飛行機の搭乗口は変更になりました。」
しばらくすると、場内アナウンスが聞こえてきました。
誰も頼る人のいない一人旅だとこういう情報にはとても敏感に反応してしまいます。
うそか本当か、とりあえず変わった搭乗口ヘ急ぎます。フライト番号、目的地の書かれた案内版を見て、自分の飛行機の搭乗口を確認しました。
しかし、出発時間はとっくに過ぎているのに、搭乗口はいつまでもたっても開きそうもありません。「搭乗口はここだから、じっと待ってな。」
空港で働く人はそう言ってくれましたが、なんとなく不安になってしまいます。
ワールドカップの自慢話が満載の絵はがきもいつの間にか全て書き終わってしまいました。話し相手を探そうにも、まわりの人達は食事を食べに搭乗口付近からいなくなってしまいます。
重太は万が一のために持って来たゲームボーイで一人寂しく時間潰しです。
「よしっ!! ピカチュウ、ゲットだぜ!!」
初挑戦のポケモンが意外と面白く、ついつい時間を忘れてはまってしまいました。
しかし、ポケモンをやりにスペインまで来たわけでは決してありません。
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スペイン語を話す旅 1 ![]()
1998年 6月15日 [ マドリッド → マラガ ] ★★
「うわーーーー!!!」
「ブラボー!!!」
待ちにまった搭乗口が空いた瞬間、場内からはは大きな歓声が上がりました。
17:30発のフライトが、結局20:35発になってしまいました…。
マドリッドからマラガまでの飛行時間はたった40分…。
マラガのホテルに腰を落ち着かせたのは22:00前でした。3時間早くつけば、港付近まで散歩して、ちょっとばかしでもマラガを見れたはずです。
限られた旅行の日程を考えると、明日はもうロンダに向かわなくてはなりません。
イベリ○航空のおかげでマラガはほとんど見れませんでした。明日のバスの時間を確認するため、バスターミナルへ向かいます。
「クワント コスタ パラ ロンダ?」(=ロンダまでいくらですか?)
バスターミナルでロンダ行きのバスのチケットをなんとか購入しようと試みました。
「バスは3種類あるの。海岸沿いを走るのと、山を行くのと、その中間を走るの。どのルートがいい?」
言っていることは大体わかりましたが、自分の言いたいことをスペイン語でなんて言ったらいいか、さっぱりわかりません。
しょせん、彼のなんちゃってスペイン語の実力などこの程度のものでした。「さんきゅー。ぐっない。」(=ありがとう。おやすみなさい。)
とりあえず、無事、明日のロンダ行きのバスチケットは買えました。
しかし、スペイン語で話しかけたつもりが、いつのまにか英語になっていたのがとても不思議です。
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スペイン語を話す旅 2 ![]()
1998年 6月16日 [ マラガ → ロンダ ] ★★
朝8時発のバスに乗り、穏やかな山間をぬけ、のどかな緑の風景の中をバスは進んでいきます。
天気もよく温かい車内では誰もがうとうとしています。
途中小さな村のバス停に何度かとまり、バスは10:30ころロンダに着きました。彼は今日半日ロンダを見た後、夜はグラナダに泊まる予定にしていました。
グラナダ行きの列車の時刻を確認するため、まずは駅に向かいます。「キエロ イール ア グラナーダ。(=グラナダに行きたいんだけど。)」
勇気をふりしぼり、知りうる限りのスペイン語で駅員さんに聞いてみました。
「グラナダね、はいはい。」
とりあえず、なんちゃってスペイン語でも意思は通じた様です。
「すぐにかい?」
「………え?」
はて、困りました。彼は、グラナダ行きの列車の発車時刻を駅員さんが教えてくれるものと勝手に思い込んでいました。
そう頭の中でばっちりシミュレーションしてのぞんだのに、この返答は予想外のものだったのです。
というより、駅員さんの返答になんらおかしいところはありません。「………えっと…。」
「……………。 14:00の列車があるよ。これでいいかい?」
スペイン語を悩んでいる重太に駅員さんが列車の時間を教えてくれました。
しかし、14:00の列車に乗るとなると、市街地まで行って食事をする時間しかありません。「…いいえ。それ 欲しくない。…でも 今日、グラナダ 行きたい…。」
がんばって、知りうる限りの単語から適当な語を探し出してなんとか意志を伝えようとします。「『Mas tarde(マス タルデ=もっとあとで)』?」
Mas tarde. そう! Mas tardeです!
Mas(=もっと)、そしてtarde(=後に)。
重太もそれぞれの単語は知ってました。
2つつなげれば、そういう言い回しになることも意味からなんとか推測できます。「そう!『Mas tarde』『Mas tarde』『Mas tarde』!!」
得意気に今、憶えたての単語を連続して言ってみました。
こうして彼は無事、17:18発のグラナダのチケットを買うことができたのでした。「こっちのチケットは指定席だから。#&△%×!◯…………。」
駅員さんが何か丁寧に説明してくれていますが、チケットさえ買ってしまえばここはすでに用なしです。
重太の気分はもう「あの橋」へ向かっていました。
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最古の闘牛場 1998年 6月16日 [ ロンダ ] ★★
ロンダの駅から6月の強い日ざしの中、大きなバックパックを背負って歩き始めます。
荷物を預けられる場所があるかどうかなどわからないので、とりあえず全ての荷物を背中に背負っての行動です。「なんだ、これ?」
途中、白い壁の丸い建物が目に入りました。
まわりには駐車場がちょっとだけあります。
なんとなく面白そうなので、わけもわからず入場料の300ペセタを払い、中に入ってみました。「…へぇぇ!」
そこは、1785年に建てられたスペイン最古といわれる闘牛場でした。
中央に丸く、砂地の闘牛スペースがあり、そのまわりを観客席が取り囲んでいます。
観客席は2階建てになっており、アーチ型と柱のコンビネーションがオシャレな内装です。
「すげぇ、盛り上がるんだろうなぁ。」
闘牛の知識など皆無のくせに、なんだかその場所に入るだけで興奮してきます。入口の反対側にはおみやげ屋と博物館がありました。
そこにはマタドールの衣装やマント、闘牛の風景の写真などが展示されています。
こういうものを見てしまうと、実際の闘牛も生で見たくなってきました。「あ、これは!」
闘牛の写真の横に大きな橋の写真がありました。
彼はロンダに闘牛場を見に来たのでは無かったことをこの写真が思い出させてくれました。
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あの橋へ 1998年 6月16日 [ ロンダ ] ★★★★★
スペインの有名な都市と言えば、首都マドリッド、ピカソやガウディで有名なバルセロナ、古都トレドなどが挙げられます。
他には、セビリアやグラナダ、コルドバやコスタ デル ソルなども観光客に人気があるところでしょう。
巡礼の地、サンティアゴ デラ コンポステーラなどの世界遺産の町もあります。
しかし、彼がスペインでまず最初に訪れようとした町はそのどこでもありません。
『ロンダ』という小さな町でした。
以前、目にしたある1枚の写真に写っていた古い橋に妙に惹かれたからです。闘牛場を後にした重太は、すかさず「あの橋」を目指します。
歩き出して、すぐにその橋の上にやってきました。「…………うぉぉぉぉ!!」
いよいよやってきてしまいました。
憧れの橋、PUENTE NUEVO(プエンテ ヌエボ=新橋)へ!!
見た目が古かろうが、『新橋』なのです。「………。」
橋の上から下を見るとかなりの高さです。
村を二分するようにして流れるタホ河にかかっているこの橋の高さは120m。
バンジージャンプにいいかもしれません。言ってしまえば『橋しかない』風景なのですが、橋から谷底を見、となりの崖から橋をボォーッと見ているだけで なんだかとっても心が落ち着きます。
写真で見た憧れののどかな風景に出会えたからでしょう。
「はい、これがロンダの橋です。次に行きますよ!」
日本人の団体観光客は橋を一瞬だけ見てあっという間に次の場所へ去って行きました。
なんとも忙しい観光です。橋を渡り、旧市街から谷を降りて行くと、橋の全体を見渡せる場所がありました。
「うわぁぁ……。」
絶景です。
そこは正に絶景でした。
炎天下の中、重い荷物を背負って谷を下って来た疲れも一気に吹き飛んでしました。「…いいなぁ……。」
滝の様に流れ落ちる水の音をBGMに、彼はこのロンダの橋を気がすむまで眺めていました。
なんだか、時が過ぎるのを忘れてしまいそうです。
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「まいったなぁ…。」その1 1998年 6月16日 [ ロンダ ] ★★
ロンダを満喫した彼は予定通り列車でグラナダを目指します。「おにいさん、お金もってる?」
駅のベンチで列車を待っていた重太に小太りなおじさんが話しかけてきました。
「娘がマラガにいて、会いに行きたいんだ。でもお金がこれしかないんだよ。」
手のひらの上の小銭と娘さんの写真を何度も重太に見せてきます。
おじさんの様子となんとなく知っている単語から状況は理解できました。
中途半端に理解できてしまうスペイン語というのも、困ったものです。「まいったなぁ…。」
どうしようか、彼も困ってしまいました。
「スペイン語… 分からない…。」
とたどたどしく言い、彼はその場を去りました。「お金くらいあげればよかったのかな…。」
なんとも後味の悪い思いをしました。そのおじさんはその後も駅構内にいる全ての人からなんとかお金を工面しようとしています。
しかし、現地の人もそのおじさんには耳を傾けません。
そして、グラナダ行きの列車がホームに入ってきました。
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「まいったなぁ…。」その2 1998年 6月16日 [ ロンダ ] ★★
駅でのおじさんとのやりとりになんだかしゃくぜんとしない気持ちで自分の席を探します。
やっと見つけたその席は向かい合って座るボックスシートの1つでした。
お父さん、お母さん、子供1、子供2。
そこには4人の家族が4つの座席におさまりよく座っていました。チケットと座席を何度も見直して自分の席を彼は確認しました。
確かにこの席は彼の席です。「まいったなぁ…。」
またまた、彼は困ってしまいました。状況を察したお父さんが下の男の子(推定2才)を抱きかかえ自分の方ヘうつし、彼の席を空けてくれました。
「グラシアス(=ありがとう。)」
「…………ぅぅうううわああああぁぁん!!」
彼が席に座った瞬間、男の子は泣き始めてしまいました。
自分の席をわけのわからない東洋人に奪われたとでも思ったのでしょうか。…………まいりました。
駅でも、列車内でも重太は『悪いこと』は多分1つもしていないはずです。「…………………。」
なんだか重ーい雰囲気のまま、列車は重太を乗せグラナダを目指します。ロンダでの幸せな時間はすでに記憶から無くなっていました。
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夜ハンブラ宮殿 1998年 6月16日 [ グラナダ ] ★★★
3時間弱のグラナダへの列車の旅は、彼に変な罪悪感を植えつけ終わりました。
鉄道の旅が大好きな彼も今回はグッタリです。駅からタクシーでホテルまで行き、無事チェックインを済ませました。
夜9:00過ぎだと言うのに外がまだ明るいのは、初めての地に来る旅行者には大変助かります。
「おぉ! 『ER』やってんじゃん!」
ちょっとだけテレビでスペイン語版の『ER』(アメリカのドラマ)を見て、夕食に出かけます。
スパゲティーとスープとビールという別にスペインらしくない食事でとりあえずお腹を満たしました。「まだ間に合うかな?」
食事を済ませた後、夜のアルハンブラ宮殿を見に行くことにしました。ガイドブックに記されている宮殿の入り口まで来ました。
開場時間の22:00は過ぎているのに、入れそうな雰囲気がありません。
入り口前のベンチには彼と同じように夜の宮殿見学に来た観光客が開場を待っている様子でした。「誰か、英語話せる?」
彼が発したこの一言がきっかけで、みんながいろいろ話し出しました。
「昼来た時はここから入ったよ。」
「夜は違う入り口があるのかしら?」
一同が一緒に移動して、夜のアルハンブラ宮殿の入り口をなんとか探し出しました。「うわぁぁ……………。」
どの部屋の壁にも細かいレリーフが壁一面に施されています。
そこには正にアラブの世界が広がっていました。レリーフの量、ち密な幾何学模様にとにかく圧倒されます。
これらを仕上げるのに、一体どれくらいの歳月が必要だったのでしょう?夜のアルハンブラ宮殿はうっすらとライトアップされているため、光と陰のゆらぎがさらに幻想的な世界を演出していました。
列車の中であったことなど吹き飛ばす強烈なインパクトが夜ハンブラ宮殿にはありました。
ロンダに行き、橋をみ、グラナダへ来て…。
起伏にとんだ長い一日はやっと終わろうとしています。
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昼ハンブラ宮殿 ![]()
1998年 6月17日 [ グラナダ ] ★★★
「うわぁぁ……………。」
次の日、重太は朝からアルハンブラ宮殿に行き、明るい中でのレリーフも満喫しました。採光窓から差し込む光は夜のアルハンブラでは味わえないものです。
壁だけで無く、天井までち密な細工が施されていることがよくわかりました。うっすら暗い中でみるアルハンブラも幻想的でしたが、 お日さまの下のアルハンブラもまた別の美しさを見せてくれます。
一度見た部屋を再び見たくなり、何度も順路を逆走してレリーフや中庭などをじっくり見ました。
「本当にすげぇなぁぁ……。」
今まで見たことのない神秘的な空間に重太も大満足です。
「人間の手だけでよくこれだけのものを…。」
王宮内の『獅子のパティオ(写真、上)』『天人花のパティオ』『王の間』『コマレスの塔』などを存分に満喫します。
細工の細かさ、量、デザイン、質、そのどれもが驚きの対象でした。その後、アルカサバやベラの塔というグラナダを見渡せる所へも行きました。
6月のスペインは暑く、すぐ日陰がビールがほしくなります。「…そろそろ行くか。」
日中、グラナダの町中を軽く散歩した後、タクシーで空港へ行きました。
そして、いよいよこの旅の最終目的地、バルセロナを目指すことになります。
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いろいろな歴史と文化のある魅力的な国、スペイン。
バルセロナではさらにあっと驚く芸術、そしてトラブルが重太を待ち受けていました。
スペイン98 [ 前編 ] -目次-
・スペイン入り ………絶景なるピレネー山脈・待つ、マドリッド空港 ………遅れまくるマラガ行きのフライト
・スペイン語を話す旅 1 ………なんちゃってスペイン語、粉砕
・スペイン語を話す旅 2 ………出てこないスペイン語
・最古の闘牛場 ………何気なく入った名所
・あの橋ヘ ………今回の旅の目的地へ
・「まいったなぁ…。」その1 ………わかってしまうスペイン語とその悩み
・「まいったなぁ…。」その2 ………何も悪くないのに気が重くなる出来事
・夜ハンブラ宮殿 ………インパクトのある世界遺産
・昼ハンブラ宮殿 ………夜とはまた違うインパクトが
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(c)2000 GC_Factory 背景: アルハンブラ宮殿のレリーフ