

彼の世界浪夢記 "Giro o Mundo"『じろおむんど』は東南アジアのシンガポールから始まります。
[ 1、前編 ] [ 2、後編 ] [ 3、帰国編 ]
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初夜 ![]()
1980年11月5日 ★★★★★
8才のある日、少年はシンガポールにいました。それまで家から小学校までの数百メートルしか行動範囲がなかった少年は、 何がなんだか分からない世界にいきなり放り込まれたのです。
シンガポールへ引っ越しは、父の『転勤』ということで、本人の意志とは全く関係ありません。
欲しかった『ゴッドシグマ』の超合金をなぜか買ってもらえ、 そのかわりに親の言うままパスポートを作り、 飛行機に乗ったらこんな所に来てしまったのです。
それは、少年が『海外』というものへ興味を持つずっと前のことでした。シンガポール到着直後の空港で、少年は笑顔で写真に写っています。
海外に住むことなんて、やりたくてもなかなか出来ることではありません。
ここは、素直に喜んでおきましょう。
その日の夜、レストランで美味しい中華料理を食べました。
中華料理自体は珍しく感じられませんでしたが、 深いスリットの入ったチャイナドレスを着たウェイトレスさんがとてもまぶしく見えました。お腹がいっぱいになった後、ホテルの部屋に腰を落ち着かせました。
「ねぇ、いつ、うちに帰るの?」
「え?」少年はシンガポールヘ引っ越してきたことを理解していない様子です。
両親からいくら説明してもらっても、いまひとつ事態をつかめません。
「…だから、もう、日本には帰らないんだよ!」
「…? ……?? ぅ、ぅ、ぅうわぁぁああーん……。」
初めての海外、初めての夜。
少年は一生分の涙をつかって泣きに泣きに泣きまくったのでした。
家族も全員一緒で、トロピカルアイランドへ来れたと言うのに…。
空港で見せた笑顔がウソのようです。これからずっと続いて行く彼の世界浪夢記 "Giro o Mundo" は、こうしてひときわ賑やかに、そしてなんとも格好悪くスタートをきったのでした。
なんだか、つづきがちょっぴり不安です。
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時差ってなんだ? ![]()
1980年11月6日 ★★★★
成田空港から7時間程飛行機にのり、少年はシンガポールへやって来ました。次の日の朝、窓の外に目をやると眩しい太陽が緑の芝生を照らしつけています。
横浜では見なれない大きな南国風の街路樹が道路のわきを賑わせています。
その道には外車がたくさん走っているではありませんか!
明らかに日本とは違う景色に、なんだかワクワクして来ました。「早く、外に行ってみようよ!」
寝ている両親にうながしますが、なぜだか反応がよくありません。
「…まだ8時じゃないか。」
「9時半だよ!」
成田空港で買ってもらったドラえもんの腕時計の針は確かに間違い無く9時半をさしています。
空港の時計を見て時刻をあわせたので間違っているはずがありません。「日本じゃ9時半だけど、シンガポールは8時なんだよ。」
「何、言ってんの?」
『時差』というものをまだ知らなかった少年は、こんな説明では納得がいきません。
「何てわけのわからないことを言う親なんだ!」
とにかく9時半の少年は、ホテルの部屋から早く外に出たくてうずうずしながら最初の朝を迎えました。大泣きした昨日の夜は一体なんだったのでしょうか?
一晩ぐっすり寝て、少年は『海外推進派』に早変わりです。
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シンガポールのシンボル ★★★
シンガポールのシンボルと言えば?
多分、たいていの人が『マ−ライオン』とこたえるでしょう。
『マ−ライオン』とは頭部がライオンで、それより下が『竜のおとしご』みたいな架空の動物です。由緒ある大聖堂、巨大な自然公園や有名な遺跡といったこの国独特の観光の超目玉といえるものが 少ないシンガポールにおいて、この『マーライオン』周辺は観光地らしい観光地と言えます。 (注:1980年当時の事です。)
この『マ−ライオン』の後ろにはなんともかわいらしい『コ』マ−ライオンがいます。
ゴジラの息子=『ミニラ』のような顔をした『コマーライオン』とは 何故か一緒に写真をとりたくなってしまうから不思議です。
今ではセントーサ島にも『マーライオンタワー』という 巨大なマーライオンがもう一匹増え、マーライオンは3兄弟になりました。
港に向かって水を吐き出していた長男(?)『マーライオン』も、 今では老朽化がすすんで水があまり出ないそうです。
今では3男が一番態度がデカイ感じがします。
シンガポールのシンボル●『マーライオン』。
●町中を走る『ダブルデッカー』。
●市場の中のニワトリの生々しい『と殺場』。
●チャイニーズ・ニューイヤーのライオンダンス=『獅子舞』。
●最悪のにおいを放つ果物の王様、『ドリアン』。
●ジャンパーを後ろ前に着て通勤する『バイカー』。
●町中にあふれている『へアートニック』のにおい。
ダブルデッカー 獅子舞
観光地であろうとなかろうと、シンガポールが発祥のものであろうとなかろうと、少年には全てが新鮮で刺激的でした。
日本と違う形の『信号機』にさえ、興味を示したものです。「シンガポールで何が一番印象的だった?」
「スターウォーズのフィギュアがたくさんあること!」
おもちゃの存在は偉大です…。1981年にシンガポールでも『スターウォーズ 帝国の逆襲』が公開され、 スターウォーズグッズがシンガポールでも山のように売られていました。
少年も機会があるごとにR2−D2やルークスカイウォーカー、チューバッカや ダースベーダーなどのフィギュアを買って喜んでいました。
そのためか、『少年にとってのシンガポールのシンボル』 = 『スターウォーズ』 となってしまいました。もちろん、『スターウォーズ』はアメリカ映画です。
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罰金大国 ★★
「ツバの吐き捨て、罰金500ドル」(約5万円)
当時、何度も聞かされた言葉です。たしかに近代化で発展した町、シンガポールはとても清潔な感じがします。
しかし、タバコやガムならまだしも『ツバ』まで罰金の対象になるとは、 日本ではちょっと考えられない話です。
シンガポールはタンがよく出る人が世界中で唯一住むことができない国かもしれません。「やるな!」と言われたらやりたくなってしまうのが人の性です。
少年は自分の住んでいたマンションの高い階にあがり、 ツバを口の中にたくさんため、『つーっ』とたらしてよく遊びました。バレたら罰金500ドル、スリル満点の遊びです。
高い所から重力に従い、落ちてゆく自分の『ツバ』を眺める。
少年にはなんとも楽しい遊びです。「やばい!」
たまにその下に人が通り、ツバが当たりそうになったこともありました。
すぐに頭をひっこめ、隠れてしまえばわかりっこありません。
仮にその人が怒ってエレベーターで上に上がって来たとしても、 その場に居続けるほど少年は自信家ではありません。
仕事を終えたゴルゴ13の様にその場からすっと姿をくらまします。バレなければ、おとがめなし、完全犯罪の成立です。
注:よい子はマネをしないように!
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バスのチケット ★★
1980年当時、シンガポールにはまだ地下鉄が走っていませんでした。
町の中を移動する際には、バスをよく利用しました。日本の都心部だとワンマンバスが基本ですが、当時シンガポールではツーメンバスでした。
運転手さんの他に車内に車掌さんがいるのです。車掌さんにお金を払ってチケットをもらい、どのバス停でのったか数字の部分にパンチを押してもらいます。
「これ、面白ーい!」
日本では見なれないチケットを少年はとても気に入り、 バスに乗る度チケットを記念に持ち帰るようにしていました。路線によってチケットの色が水色や灰色と言った具合に違ったりします。
チケット上部にある通し番号ももちろん毎回違います。
8826 という番号をボールペンで強引に 8888 にして喜んだりしたものです。
そんなちょっとした違いが集めがいにつながり、シンガポールでのささやかなコレクションになりました。
数年後、押し入れの奥からチケットの束が出て来て、別にいらなくなって捨ててしまうのがオチなのですが…。
少年がシンガポールのバスで気に入っていることがもう一つありました。
それは『ブザー』です。
シンガポールでは、バスの先頭から後ろまで天井に黒いゴムが埋め込まれていて、 おりる時にそのゴムの部分を押し込むとブザーがなるのです。
このゴムブザーはボタンタイプと違い、線上ならどこからでも押せ、ブザーがなります。
日本では見た事のない斬新なブザーにとても惹かれたのです。しかし、少年の身長では天井までまだ届きません。
「いつか、あのブザーを押してやる!!」
少年はその日がくるのをずっと夢みていました。
永遠にかなわない夢とも知らずに…。
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これ、コーラ? ★★★
シンガポールはとにかく暑いです。何たって、北緯1度、赤道直下。
年平均気温26.7度。
青空に入道雲。
常夏の国なのです!
これだけ1年中暑ければ、すぐにのどが乾きます。
「これ、コーラ?」
少年がその日、露店でかったコーラには驚かされました。(右図参照)冷蔵庫で冷やしたビンのフタをあけ、コーラをビニール袋に入れてくれたのです!
初めて見た時は見なれないものにとにかく、ただ、ひたすら、たまげました。
これが少年にとっての初の『カルチャーショック』だったのです!
これがコーラだなんて…。
まったく、夜店の金魚すくいじゃないんですから…しかし、ビンを回収する手間やリサイクルのことを考えると地球にやさしいかもしれません。
ビニール袋のポイ捨てが懸念されますが…。
『アイシー』という細かい氷にストロベリーやグレープなどの味がついた飲み物もカルチャーショックでした。
『アイシー』は日本にもありますが、少年はシンガポールで初めて飲んだので、印象的なものとなったのでしょう。他にも、当時、緑色の瓶に2、3人の子供が輪になって踊っているような絵の炭酸飲料がありました。
名前は、確か『キッカポー』とか『クイッカポー』だとか言ったはずです。
あまーいジンジャエールのようなあの謎の飲み物…。
夢か幻か、本当に存在するのか、なんだか自信がなくなってきました…。
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スコール ★★★
シンガポールのとある夕方のことです。
「ザザーーーッ……………」外で買い物をしていると、突然激しい雨が降り始めました。
さっきまでの晴天がウソの様です。
「これでもか!」と言わんばかりの大量の大粒の雨。
雨、雨、雨。
これが世に言う『スコール』です。さすがは東南アジア。
さすがは熱帯雨林気候。
「…うわぁ…。」
さっきまでスカーっと晴れていた空から前ぶれもなくあれだけの雨に降られると、ただただ驚くばかりです。
排水しきれず、道路が一時水路になってしまうこともありました。
こうなると車より船が必要そうです。「え? ウソでしょ?!」
右を向くと雨、左側はまだ雨がふっていません!
こんな自分の目を疑うような不思議な現象を目の当たりにすることもありました。傘を持ち合わせていないことが多いので、当然近くの建物や軒下で雨宿りします。
「いやぁ、まいったよ。」
などと言っている間に突然降り出した雨は突然やんでしまうのです。日本の梅雨もこれだけさっぱりしてると、誰にも文句を言われないことでしょう。
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装甲車、一般道を行く ![]()
★★
時差、文化の違い、ルールの違い、バス、ジュース、天気…。
いろいろなものが違うシンガポール。
何もかもが8才の少年には刺激的です。「え? なにあれ?」
家から何気なく見た外では、装甲車が道を走っていました。
日本ではこんな光景見たことありません!
「かっこいいいい!」
やっぱり男の子です。
あういったシロモノには素直に反応してしまいます。「あれ、写真に撮ったら、つかまっちゃうんだぞ!」
確かにスパイ行為と見なされかねない撮影行為。
海外で軍事施設周辺では関係者の許可なく撮影するのは控えた方が無難です。
「ええぇぇぇ!!」
兄のおどしまじりの忠告は当時心底おそろしいものでした…。
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でかい日本人学校 ![]()
★★
小学1年生から中学3年生までそろった、シンガポール日本人学校。
全校児童数2400人。
そこは、当時世界一大きな日本人学校でした。
今ではあまりにも児童数が増えてしまったため、小学校と中学校の場所を分離したそうです。
第2小学校もあるとかないとか言う噂も聞きました。ここでは、日本の公立小学校の様に地区ごとにわけられた最寄りの学校に行くわけでありません。
児童達はシンガポール全土から、はたまた、マレーシアの南部からコーズウェー(国境の陸橋)を 渡り日本人学校に通学して来るのです。
こんな児童のパスポートは、ページがいくらあっても足りそうもありません。
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初めての転校 ★
1980年11月。
少年はシンガポール日本人学校2年1組に編入しました。
簡単に自己紹介を済まし、初めて転校をそつなつこなします。「これ、わかる人?」
「はい、はい、はい!!」
転校して最初の授業からいきなり手をあげて答えるハッスルぶり。
元気いいのが小気味いいくらいです。「おい!」
休み時間に男の子が3、4人、少年のところにやって来ました。
「お前、生意気なんだよ!」
国は変わってもまわりはみんな日本人の児童たち。
日本人社会特有の『出る杭はうっておこう』グループはキチンといるものです。「答えがわかったんだから、答えたっていいだろ!」
少年の主張はもっともです。
「………ぐ。」
直球勝負の正論を言われ、反論できないいちゃもんグループはそのまま去って行きました。今考えると、後で体育館裏に呼び出されてボコボコにされなくて良かったと思います…。
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とまどう転校生活 その1 ★★
転校とは想像以上に大変なものです。
授業内容、教科書、先生、友達…。
今までとありとあらゆるものが変わってしまうからです。
「このかけ算、わかる人?」
「はい! はい!」
「はぁ〜い!」
クラスのみんなは元気よく手を上げます。
「………。」
少年だけわかりません…。
その段は、まだ習っていない『未知の段』だったからです。
学校によって教科書が違えば習う順序も違います。
習う漢字も、覚える花の名前も何もかも違います。
学校が違うとしても、同じ日本語で日本人の先生から小学2年生として学ぶことにそんな大差は無いはずです。
しかし、小学2年生にとってその『僅差』は『大差以上』に感じられるものでした。
「普通の時計、日時計、砂時計など色々な時計がありますね。」
理科の授業でも少年がまだ前の学校で習っていないところを教えていました。「他にはどんな時計がありますか?」
「はい! 温度計です!」
無理して手をあげて答えない方が良さそうです。
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とまどう転校生活 その2 ★★
転校とは本当に大変なものです。
学校が変わる事によって、授業形式まで変わってしまうからです。
「じゃ、みんな立って! ハイ! 足踏み、始め!」
「タン! タン! ……」
クラスのみんなは先生の言う通り、音楽のリズムにあわせ、その場で足踏みや手拍子を始めます。
「(……こんなこと、したことない…。)」
少年だけ動作が小さく、ギコチありません。
このお遊技チックな音楽の授業形態にとまどいが隠せなかったのです。
「はい、じゃ大きく手をふって歌ってみましょう!」
「(……かんべんしてぇ…。)」
少年には、このフリ付きの歌の練習が恥ずかしくてしょうがありませんでした。自分だけそれを『し慣れていない環境』に入り込むのは、なかなか大変なものです…。
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『遊びは身を助ける』 ★★
転校とは想像以上に大変なものです。
すでにコミュニティーの出来ている『とあるクラス』に突然1人で放り込まれるからです。「『人工衛星』やろうぜ!」
男の子たちは、休み時間廊下で『人工衛星』というゲームで遊びます。
じゃんけんで勝った人が負けた人の足を徐々に広げていき倒す遊びです。
遊びを始める時、皆で輪になり手をつないで回転し、反動がついたらそれぞれが遠くへ飛び散ります。
その時、掛け声で
「じんこうえいせい とぉ〜んだ!」
と言うので、遊びの名前が『人工衛星』ということになったのでしょう。「や、やるな、お前!」
「へへへ!」
こういった遊びが得意な少年はすぐクラスに打ち解ける事が出来ました。
『芸は身を助ける』ならぬ『遊びは身を助ける』といったところでしょうか。「す、すごいな、お前…。」
「へへへ!」
連戦連勝の少年がクラスのガキ大将になるのにそれほど時間はかかりませんでした。
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スクールバス その1 ![]()
★★
たいていの児童は通学にスクールバスを利用します。
当時、バスにはエアコンなどありませんでした。
座っているビニールのシートとモモの間にじんわり汗がたまっていきます。
暑いシンガポールでさらに暑さを感じさせてくれる素晴らしい乗り物でした。登校の際は家の近くの集合場所で自分のバスに乗ればいいのですが、 下校時はバスが一同に学校に集まることになります。
その数、なんと50台以上。学校校内には2車線一方通行の道路があり、バスは来た順に前からどんどんつめて駐車していきます。
つまり、自分のバスがいつも定位置に駐車されているとは限らないのです。そこで学校サイドは、トランシーバーを持った人を校内の道路に配置し、 何号車がどのへんにパーキングされているか、バス掲示板を設けて児童達に知らせます。
「バスがいないんだよ!!」
一度、ガセ情報が掲示板にだされ、自分のバスをどうしても発見できないこともありました。
あの時は、学校で野宿するしかないと思ったほどです。
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スクールバス その2 ![]()
★★
スクールバスは住んでいる地域によって集合場所がきめられています。
一緒に乗り降りする児童たちとは近所に住んでいると言う事。
自然と仲良くなり、一緒に遊んだりするようになります。「とびおり競争しようぜ!」
「いいよ!!」
バスが止まるちょっと前に飛び下り、うまく着地するだけの遊びが友達との間で流行っていました。
シンガポールのスクールバスは当時、走行中もあいていたのです。タッ!
「おお!」
みんなうまく飛び下りるのに慣れて来ました。「よし、すごいのを見せてやる!」
ある日、少年はバスがとまる結構前に飛び下りて、自分のスゴサをアピールしようとしました。………ドテッ…!
「あああぁ!」
さすがに減速しきれていないバスから飛び下りるのには無理がありました。
少年は思いっきりこけ、ひざを擦りむいてしまったのです。「大丈夫?」
まわりの友達が心配そうに寄って来ます。
「…いつつつ…。」
「はっはっは!」
バスのドライバーだけが大声をあげ指をさして笑っていました。
怪我の具合を心配するか、少年たちが飛び下りるのをやめさせるべきなのに!
あの憎たらしい笑顔は、今でも忘れられません。
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ブルジョワが通う?学校 ★
◆全館冷房完備
常夏のシンガポールでは、こうでもしないと暑すぎて勉強に身が入りません。◆掃除は一切なし
「さぼった!」
「さぼってない!」で、もめごとの火ダネになる掃除当番。
学校教育の一環として、日本の小学校なら大抵行われているはずのこの日常一大行事が シンガポール日本人学校にはありませんでした。授業が終わると児童達はとっととスクールバスに乗って家に帰ります。
掃除は、業者の人がやっていたんのでしょう、きっと。
机の上の消しゴムのカスは、次の日、なくなっていましたから。◆英語は必修科目
世界中にある日本人学校では、現地の言葉は必修科目になっています。(多分)
シンガポール日本人学校では、小学生でも英語の授業がありました。
しかし、その当時学んだ英語の知識は全くありません。
小学生が週に2時間ほど英語を勉強したって身につくはずがありません。◆お好きなお弁当を持参
暑くて食べ物が腐りやすいからか?
児童数が多くて給食を作るのが大変だからか?
給食設備がなかったからか?
小学校なのに給食では無く、お昼には毎日お弁当を持参しなければなりませんでした。
重くて大変で面倒な給食当番がなくて済むのは、なんともうれしいものです。上記の青字の見出しだけ読むとまるで『おぼっちゃま、お嬢ちゃまが通う小学校』のようです。
しかし、マンションの上からツバをたらして遊んでるやつが 『おぼっちゃま』なはずありません。
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水泳大会 ★★
暑いシンガポールではもちろん年中水泳を楽しむ事が出来ます。
学校にも水泳用プールがあり、授業に積極的に取り入れられていました。「………。」
泳げない少年には苦痛でしか無いこの授業。
がんばって息つぎに挑戦してみますが、出来ないものは出来ません。
それなのに、少年は水泳大会で『金』メダルをもらう事が出来ました。
泳いだのではなく、水の上に設置された巨大な発砲スチロールの上を走り抜ける競技で1等になったのです。
これは少年が生涯で『唯一』獲得したメダルとなったのでした。
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小さな現地交流 ★★
少年の父親のドライバー、シンさんはインド系の男性。
「……中身はなんだろう…?」
頭にまかれた大きなターバンが少年にはとても不思議なものでした。
ある日、シンさんのお宅の夕食会ヘお呼ばれしました。
少年の家族は美味しいカレーをたらふくご馳走になりました。「オセロをやろうよ!」
食後、シンさんの子供のメリルが少年を遊びに誘います。
「……どうしよう…。」
外人さんと遊んだ事のない少年は、どうしていいかわかりません。
とまどいながらもメリルとオセロを始めまることにしました。カチ…
カチ……
オセロは、言葉など通じなくても国籍や文化が違っても、一緒に遊べてしまう素晴らしいゲームです。
「うーーーん…。」
そのつち二人ともゲームに没頭し始めました。カチ…
少年がない頭を振り絞ってコマをおきます。
「む、やるな。」
メリルがそんな表情をしました。「エ?」
次の瞬間、メリルがぼそりと言いました。
そこはコマをおけないマスだったのです。「(…ええぇ!!)」
少年は驚きました。
自分が犯したミスにではなく、メリルの一言が意外だったのです。
「エ?」というちょっとした疑問をあらわす言葉、感嘆詞は、日本人しか言わない言葉と勝手に思い込んでいたからです。
一体どこでこんな思い込みをするようになったのでしょう?「(…人間、環境が違っても感情表現は似てるんだ!)」
とにかく、こんな些細なことに少年はとても驚き、感動をしたのでした。
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現地人とのはげしい交流 ★★★★
日本人学校に通っていれば、まわりの友だちもみんな日本人です。
家に帰れば家族もなぜか日本人。
せっかく海外生活をしているのに、なかなか現地の人たちとふれあう機会はありませんでした。しかし、少年と彼の兄たちはなかなか『はげしい』現地人との交流をしていたのです。
少年は『パンダンバレー』という住宅団地に住んでいました。
そこは日本人専用の団地ではないので、現地の人ももちろんたくさん住んでいました。
どこの国にも外国人を嫌うやからというのは必ずいるものです。
少年もそんな人たちに悪口を言われたりしたものです。その口やかましい現地人はまだ中学生くらいです。
少年の兄達も当時血気盛んな中学生。
これで何も起こらないわけがありませんでした。何か言われれば日本語で言い返し、ツバをはかれればかけかえします。
そのうち、石を投げあったり、ゴミ箱で殴りあったりと、衝突はドンドンエスカレートしていきました。「ふぁっきゅー!」
捨て台詞、相手をののしる言葉として使うとどうやら効果的らしいこの言葉。
本当の意味もわからず、こういう単語と使い方だけは少年もしっかり覚えたのでした。
英語は、学校で習うものではなく、現地で学ぶものなのです!
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つづいては、1981年当時のシンガポール観光ガイド、海外から見る日本についてのページです。
シンガポール80 前編 -目次-
・初夜 ………初海外のはじめての夜に一騒動あり・時差ってなんだ? ………未知の体験にとまどう少年
・シンガポールのシンボル ………マーライオン以外のシンボルとは?
・罰金大国 ………つば吐きは罰金$500!!
・バスのチケット ………国が違えばバスも違う
・これ、コーラ? ………ちょっとしたことにもカルチャーショック
・スコール ………初めて見る突然の雨、そして
・装甲車、一般道を行く ………日本で見慣れない光景
・でかい日本人学校 ………シンガポール全土から1つの学校に集う
・初めての転校 ………出る杭は打たれる?
・とまどう転校生活 その1 ………教科書が違うと習うものも違う
・とまどう転校生活 その2 ………学校が変われば授業スタイルも変わる
・『遊びは身を助ける』 ………遊びから友達は出来るもの
・スクールバス その1 ………マンモス学校で自分のスクールバスを探すには?
・スクールバス その2 ………降りた時の痛い思い出
・ブルジョワが通う?学校 ………誰もが憧れる?学校の中身
・水泳大会 ………生涯最初で最後の『金』メダル
・小さな現地交流 ………初めての国際交流
・現地人とのはげしい交流 ………こうやって英語を学ぼう!
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