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出発(日本)〜タイ
世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。
・ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア
・ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国
・ひとりごと<その4>へ
中国
・ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド
・ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン
・ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー
・ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.
・ひとりごと<その9>へ
トルコ〜
・ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア
・ひとりごと<その11>へ
シリア
・ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト
・ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア
・ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ
・ひとりごと<その15>へ
ポーランド
・ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア
・ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ・ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス・ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス・ひとりごと<その20>へ
スペイン・ひとりごと<その21>へ
ポルトガル・ひとりごと<その22>へ
ブラジル1・ひとりごと<その23>へ
ブラジル2・ひとりごと<その24>へ
ブラジル3・ひとりごと<その25>へ
ブラジル4・ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1・ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2・ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ・ひとりごと<その29>へ
〜日本
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旅立ちの決意 1999年末。
仕事ほか、思い通りに行かないことがあって、珍しく一人で悩んだ。まわりの友達が結婚、出産、異動、転勤とどんどん変化していってるのに、 自分だけ永遠普遍を満喫しているのに疑問をもった。
果たして自分はこのままでいいんだろうか?そもそもいつも、何かに、誰かに遠慮して生きてる自分がいる。
本当のところで自分を殺し、まわりの機嫌を伺って生きて来た。
本当にやりたいことを押さえ、自分で自分を誤魔化していた。ノストラダムスの大予言ははずれ、なんとか生き延びることもできた1999年。
もうすぐ2000なんだ。
やりたいことをやろう、生きたいように生きようと思った。
2000年3月。
5年間勤めた会社をやめた。
さっぱり、あっさり、きっぱりやめた。
自分らしさを出せない仕事になぁーんの魅力も感じなくなったから。
ちょうどこの時、会社は東証1部に上場していたけど、自分にはそんなの全然関係なかった。これまで、毎年1回は海外旅行にいこうと、自分に重いノルマを課していた。
だから毎年小さいながらも旅には出てたので、会社を辞めて次の仕事につくまでの時間は、
『今までにしたことがないようなドデカい旅』をしたいとずっと前から考えていた。「世界一周の旅をしよう!」
小さい頃からの夢をふと思い出した。・五体満足、病気なし
・貯金ある、借金なし
・仕事なし=時間あり
・結婚してない、子供いない=束縛するものなし
・実家に荷物をおける
・身内元気
・世界情勢は至って普通色々考えてみたら、行く手を遮るものが何もない。
「今、旅立たないでいつ旅立つんだい?」
神様にそう言われている気さえした。
旅立つのは本当に今しかないと思えた。2000年11月15日。
夢だった世界一周へ旅立った。『やりたいことを、やれるうちに、やっておこう。』
後悔ばかりの人生は多分つまらないだろう。
一度きりの人生、楽しい方がきっといい。
自分が満足いくものの方が絶対いい。………はずだよなぁ。
[ 日本、横浜にて ] 2000年 11月
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小さい頃の漠然とした夢 「世界一周をしてみたい」
そう思い立ったのはいつ頃だろう?小さい頃、アルゼンチンに住んでいた頃。
どこまでも広がる草原=パンパをみて、「いつか、世界中の大地を自分の足の裏で隙間なく踏みつくしてみたい。」
そんなことを漠然と思ったのを覚えている。
そんな想いがつもりつもって、世界一周への憧れにつながったのかも知れない。
[ アルゼンチンにて ] 1982年
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旅立ち …高校を卒業して10年。
…大学を卒業して6年。
…会社を辞めてから半年。
高校時代の友達、大学時代の友達、会社時代の同僚や後輩、先輩方、そしていつものホルモン焼き屋のマスターたちにまで壮行会をしてもらった。色んな人に見送ってもらった。
会社を辞めてからもこれだけの人に見送ってもらえるなんて、本当に幸せモノだなぁ、って思えた。
誰にも見送られず旅立った10年前のアメリカ留学時とは大違い。世界一周前の心境は?
「別に…。」というのが本音。
「実感がない」というか明日も今日と同じ日が続くような気すらした。でも、確実に明日の今頃は機上の人。
どんな旅が自分を待ち続けていくやら…。
[ 日本、横浜にて ] 2000年 11月14日
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5大陸制覇!! 世界一周、旅の第一目的地はオーストラリア。
これにはとある理由がある。今回購入したスターアライアンス※発行『世界一周チケット』には色々条件がある。
・乗り降りは15回まで
・上限39000マイルまで(それ以下に設定も可能)
・大西洋、太平洋横断は1回ずつまで
・1年間有効
・出発前に搭乗地を確定しておく(変更は1回につき75ドル)
・出発前に搭乗日を仮決めしておく(変更可能=費用はただ) などなど『出発地域から次の地域に入る日付けを確定しておく』というルールもある。
つまり、日本のあるアジアから、東の北米大陸、西のヨーロッパ、もしくはアフリカ、南のオセアニアなどに行く 日付けはあらかじめ決めておかねばならないのだ。ルートは西回りに決めた。
しかし、アジアをいろいろめぐって、いつヨーロッパ、もしくはアフリカに到着するかなどわかるはずもない。
先に到着日を設定して、それに縛られるのも勘弁願いたい。ということで、まずオセアニアにあるシドニーへ行き、そこからアジアに戻る、というルートにした。
こうすれば、世界一周チケットの条件をクリアできるからだ。「5大陸、20世紀中に制覇!」
初のオーストラリア上陸で、 北米(1981)、 南米(1981)、 ユーラシア(1993)、 アフリカ(2000)、 そしてオーストラリア大陸全てクリア!
漠然と思い描いていた、20世紀中に果たしたかった夢をなんとか果たす事が出来た。
※ スターアライアンスとは
全日空、ルフトハンザ、シンガポール航空、バリグ、タイ航空、アンセット、ユナイテッドなどの航空会社が提携しているグループ。
世界一周チケットはこれらのエアラインがカバーしている空路ならある程度自由にルートをきめる事ができる。
[ オーストラリア、シドニーにて ] 2000年 11月16日
旅 2日目
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世界一周、旅の目的 思いきって始めた世界一周。
それなりに旅の中でやってみたい、果たしてみたい『旅の目的』はある。・とにかく1つの旅で1度も日本に帰国する事無く、世界一周をしたい
・1つの旅で5大陸制覇
・20世紀中に5大陸制覇・昔住んでいた国々へ再び行ってみたい
・異文化、未知の景色を体験したい
・写真を撮り、絵を描きながら旅したい(人々、衣装、景色、食べ物、イベント、遺産)
・世界遺産を週に1つのペースでみたい・色んな人に出会いたい
・海外で住む場所、自分がやりたい仕事ができる環境を探す
・久しぶりに長期間日本を離れ、帰国してみたいこれらの目的がいくつ果たされるやら…。
[ オーストラリア、シドニーにて ] 2000年 11月16日
旅 2日目
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死ぬ?<1> 赤土の急斜面。
つかまれる鎖がある所は最初だけ。「冗談だよ!」
とか言って肩をたたかれたら、落ちるのみ。
つかまる場所、ひっかる場所などどこにもない!旅開始、たった4日目にして、死ぬんじゃないか、とちょっとだけ思った。
[ オーストラリア、エアーズロックにて ] 2000年 11月18日
旅 4日目
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なまってるね オーストラリアの英語はすごい!
『エイ』の発音が『あい』になる。具体的には8=『エイト』を『あいと』と言い、 OK=『オーケイ』を『おーかい』と言う。
TODAY=『トゥデイ』は『とぅだい』、 RAIN=『レイン』は『らいん』、 SAY=『セイ』は『さい』。オーストラリア人と英語で話していると、一瞬何を言っているのかわからなくなる。
しかし、上の法則を知っていれば、4秒後くらいに相手が何を言っていたのかわかる。
とにかく日本人の英語センスでは瞬時に判断しにくい『なまり』が存在する。「君はアメリカに住んでいた事がある?」
カカドゥ−国立公園のツアーガイドさんに言われた。
なんでわかるの?と聞くと、
「アメリカなまりがあるからね。」と言われた。
「オーストラリアなまりのあるあんたに言われたくねーや」と思ったけど、ここはオーストラリア。
ここじゃ、『トゥデイ』でなく『とぅだい』が正しい…。関東の人が関西弁を話す外人を見て変に思うように、不自然に感じたんだろうなぁ…。
これを踏まえてジョークなど一つ………。
人生に絶望した老人がある崖の前で立っていた。
そこに陽気なオーストラリア男性がやってくる。じいさん「………あい かむ ひあ とぅ だい。」(I come here to die.)
オーストラリア男性「おー! あい かいむ ひあ いえすただい!!」(Oh! I came here yesterday!!)
…………笑えましたか?
[ オーストラリア、ダーウィンにて ] 2000年 11月21日
旅 7日目
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日本語をはなすアジア人 「日本人?」
と日本語で話しかけてくる現地の人が多い。ここ、バリに来る日本人観光客が多いからなんだろう。
日本人は金を持っているし、物価が安いから羽振りがいいんだろう。
そんないい商売相手を獲得するために日本語を勉強してるんだろうけど、うさんくさい日本語を話す人がとにかく多い。
はじめは面白いし、からかって遊んでいればいい。
だけど、次から次へと来られると、ちょっと、『かなり』うざったい。「これ、タダ。プレゼント。」
そう日本語で言って肩にミサンガをおく6才くらいの小さな女の子と出会った。
タダなわけないと思い「いらない」と言ったけど、しつこく『買わせようとする』女の子。そのうちセリフが「これ、かってよ」になり、「100えんちょうだい」になった。
それでもいらない意思を通すと、最後に『すごい』日本語が出てきた。「けち! あほ! ばかやろー!」
そう言って次のカモを探しに町中へ戻って行った…。
どこで覚えたんだか、誰がそういう言葉を教えたんだか…。
ちょっと悲しい気分になった。
[ インドネシア、バリにて ] 2000年 11月 23日
旅 9日目
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『例文くん』の活躍 今回の世界一周の旅にむけ、いくつか新たに『旅のアイテム』を購入した。
その一つが通称『例文くん』。『例文くん』とは、旅でよく使う例文がシチュエーションごとに用意されていて、ボタンを押すと発音してくれるという優れもの。
例えば、日本語の「これはいくらですか?」を英語の
「はう まっち いず でぃす?」(= How much is this?)と発音してくれる。
素晴らしい事に、タイ語、マレー語、ベトナム語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語など、 世界16ヶ国の言葉に対応しているので、まさに今回の旅向き。『さや まう ばやーる』(勘定をお願いします。)
食事を食べ終え、ウェイトレスさんを呼んで『例文くん』をつかって見た。
「もう! やだぁ!」
ウェイトレスさんにバカうけした。
もちろん意味も通じ、値段をかいた紙をすぐ持って来てくれた。「さようなら!」
そのウェイトレスさんは笑顔で見送ってくれた。旅の間、英語で押し通すので無く、こんなコミュニケーションの取り方もあるな、って思った。
こんな旅の楽しみ方もあるな、って思った。
[ インドネシア、デンパサールにて ] 2000年 11月 24日
旅 10日目
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この旅での発見 <1> ボロブドゥ−ル遺跡、プランバナン遺跡。
一つは仏教遺跡、もう一つはヒンドゥー教。
仏教はネパールやインドで生まれ、ヒンドゥーはインドから生まれた。(確か。)
同じアジア圏だけど、かなり離れた地から宗教って広がっていくんだなぁ、と感じた。宗教だけじゃなく、言葉、料理、文化など、ある所から全然違う場所へ影響を与えているんだな、と国々を移動するこの旅で初めてそれを肌で感じた。
今までの旅は大抵1つの国の中だけを移動する事が多かったからなぁ。今まで知識としては、宗教、言葉、文化などの伝来について知っていたけど、実際に自分の目で確認すると、 それに感動が加わり、実体験としてより深い理解につながると思える。
世界は色んな所でつながっているんだなぁ、って素直に思えた。
一方でもちろん、世界はそれぞれの文化を持っていることもわかる。
その土地で生まれた言葉、食べ物、文化、宗教などあって当然。何がどう他の場所へ伝わったのか。
何が独自の発展をしてきたのか、など興味が沸いてくる。
歴史や地理、文化や宗教など面白く思える旅だ。
こういうことを実体験すると、学校の社会の勉強もより興味が沸くし、 身につきやすいのではなかろうか?
今さらながら色々勉強したい、知りたい、と思う。思うだけで、なかなかやらないんだけど。
[ インドネシア、ジョグジャカルタにて ] 2000年 11月27日
旅 13日目
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健康論 旅先で蚊、ダニ、微生物に必要以上に神経質になる自分。 2000年6月。
アフリカに行ってマラリアになってから、海外旅行中の病気に対してかなり敏感になった。
その時は早期発見、早期治療でことなきをえたけど、病気にはならない方が絶対いい。
病気になると、気分が思いっきり滅入るから…。
やれる予防はしっかりやろうと、ちょっとだけ神経質気味な自分。食べ物も衛生面を気にして、生野菜に手を出さなかったりしている。
水もペットボトルの栓がきちんとしまっているか確認してから買っている。
他、寝る前の蚊よけ対策も忘れられない。そのため、旅を少し楽しめてない感じになってるかもなぁ…、なんて思ったりもしてる。
でも、よく食べ、よく眠ることでしっかり体力を保っておけば、ちょっとくらいの病原菌ははねのけられるだろう。
よく食べてるし、多過ぎるくらい寝てるから今のところ体調は万全だ。
とにかく健康であることが1番!
<<< おまけ >>>
いまさらながら、電波少年の旅人たち、(ドロンズ、朋友など)、よく無事に旅を終えたよなぁ。・なかなか食べられない食い物。
・安心して寝られない寝場所。
・シートのない車の荷台などでの長時間移動。彼らに比べれば自分の旅は食事も3食食べて、衛生面を気にしてレストランも選べる。
ホテルも部屋で囲われ、とりあえず安心して眠ることが出来るし、列車、バスなどしっかりしたシートでゆったり移動できている。
これがまぁ、普通の旅なんだろうけど。いやぁ、本当に彼らが無事に旅を終えられたことはスゴイと思った。
でも、あんな旅、絶対やりなくない…。
旅は楽しまなくっちゃ!
[ インドネシア、ジャカルタにて ] 2000年 11月30日
旅 16日目
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20年ひと昔 1980年11月。
当時8才だった自分が初めて訪れた外国、それがシンガポール。目に映るもの、なにもかもが新鮮で驚きだった。
2000年12月。
20年ぶりにその地を訪れた。見覚えのない景色ばかり…。
全然懐かしくない。
20年という月日はこうも一つの都市をかえてしまうものなのか…。
「感激の再訪問」のはずがまわりに知っている人のいない「悲しい浦島太郎気分」になってしまった…。
[ シンガポールにて ] 2000年 12月1日
旅 17日目
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思い出の地へ 20年前通っていた日本人学校へ行ってみた。
「あああぁぁ!」
ここは殆ど変わらない!
やっと「懐かしい!」と思える場所に来る事ができた!休み時間にあそぶ小学生たち。
体育館で帰りのバスをまつ小学生たち。
20年前の自分を見ているようで、なんだか不思議な気持ちになった。つづいて当時すんでいた家へ行ってみた。
ここも殆ど変わらない!
やはり「懐かしい!」と思える場所だった。当時は英語も話せず、現地の子供と対立があったりした。
そんな嫌な思い出も今は微笑ましい。
遠い日の自分を感じる地へ、ちょっと里帰りをした気分にひたれた。
[ シンガポールにて ] 2000年 12月2日
旅 18日目
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幸せって? 「貧しさ」ってなんだろう?
「豊さ」って?アジアを旅していると、物乞いがどこにでもいる。
「食べ物をくれ…。」
「お金をくれ…。」と次々と物乞いが通称『金持ち日本人』に寄ってくる。
いつもそういう人たちにどう接していいか、とまどってしまう。
そして考えさせられる。食べ物、お金は人間が生きていく上で必要なものだってのは、よくわかる。
それらがない人が貧しく、ある人は豊か、ということなんだろうか?
豊さって日々の食事に困らないことだろうか?
それで幸せって言えるのだろうか?お金がある、と思われている日本。
たしかにこういったアジアの国と比べれば「豊か」とは言えるかもしれないが、「幸せ」とは言い切れないと思う。
「豊かさ」の中にだって色々「不幸」はあるし、「貧しさ」の中にも「幸せ」ってあると思う。「幸せ」「貧しさ」「豊さ」…。
物乞いを何度も目にして、いろいろ考えさせられた。
[ マレーシア、クアラルンプールにて ] 2000年 12月 7日
旅 23日目
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不平等な祭典 「幸せ」とか「貧しさ」「豊かさ」とか考えていたら、ふと『オリンピックなんて不平等な祭典』だと思った。
(シドニーオリンピック直後だったため。)
もちろん、スポーツを語る上で勝敗はつきものだけど、決して平等の上の勝負じゃぁないなぁ、なんて思ったりした。メダルをとったり、上位入賞者は大抵先進国のアスリートばかり。
日々の食事のために頑張っている人が、食事も時間も勝つ事だけに集中できる奴らに勝てるわけがないでしょう!生活背景、練習環境、食生活なんかを考慮し始めたら、はなから国際大会自体が成り立たないのはわかってる。
でも、お金のある国の選手がオリンピックで勝ち、またお金を設けられるシステムにうまく組み込まれて強くなっていく構図は実在するはず。
そこにお金がない人が入り込むのはなかなか難しいのでは?
オリンピックは先進国の人が勝利を競う大会になってると思えた。苦しい境遇でいい成績を上げた人、がんばった人が取り上げられ、人々に知れ渡るのはすごくいいことだと思う。
メダルの数争いより、そういう数値にしにくい情報をもっと知りたい。
そういうことが賞賛されるオリンピックならもっと見たいと思う。それにしても、勝つ事だけに集中できる環境にいる日本人選手は他の同条件の国の人々になかなか勝てないなぁ…。
[ マレーシア、クアラルンプールにて ] 2000年 12月 7日
旅 23日目
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旅の意義 「やってみたい」
「今しかできない」と始めたこの旅。「何のため?」
「ゴールは何?」
「全身ダニに食われてまで旅する価値は?」と考えてしまう事もある。
(前日=12/08、クアラルンプールのYMCAのベッドにダニがいて、体中くわれた。)世界一周の旅を始め3週間。
1つのトラブルをきっかけにちょっと弱気になり始めた。「やりたいことをやってるから幸せなのだろうか?」
「仲のいい仲間とワイワイやる時間が多い方が幸せだったりしないか? 」
そんなことを考えたりもした。「日本に帰って地道に仕事をするべきなのでは?」
とか思ったりもした。でも、自分の意思で始めた旅だ。
漠然とした目標である『世界一周』を目指してとりあえず進むしかないだろう。
この旅をやりとげ、その時何を自分は手に入れたか、何を感じたか、味わってみたい。
やれること、やりたいことを一つずつ、しっかりやって、自分を見失わないようにしたい。
今は今しかない。
やりたいことをやっている自分を存分に味わいたい。そうこうしていれば、『旅の意義』なんてそのうちどっかから沸いてくるものだろう、多分。
まずは、このままゆるりと自分らしい旅を続けることとしよう。
[ マレーシア、バターワ−スにて ] 2000年 12月 9日
旅 25日目
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ここどこだ? <1> 夜、何気なく目がさめる。
まわりを見まわすと、全く見慣れない室内。「あれ、あれ? ここ、どこだ?」
一瞬、自分が今どこにいるか、わからなくなる。
ちょっとうろたえてしまう…。世界一周の旅、移動を繰り返すからもちろんホテルもかわる。
観光に疲れているから、すぐ寝てしまう。
自分がどの国のどの町にいて、どんなホテルのどんな部屋で寝たかなんて、毎回気にしてるわけがない。
だから、自分がどこにいるか、一瞬わからなくなる事が旅のはじめの頃はよくあったなぁ…。毎朝、起きる度に風景が違うのって、結構ドキッとするもんです。
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地震? 「!!! 地震か?!」
マレーシアのクアラルンプールからタイのバンコクまでマレー鉄道で移動した。
その列車は上下前後左右、ありとあらゆる方向に豪快に揺れまくる。
起きている間は慣れてしまうのだが、夜になり寝てしまうと、
「地震?」
と思い起される事もしばしばあった…。世界一周の旅、移動を繰り返すからもちろん寝床もかわる。
寝台列車に乗る事もあり、寝てしまえばそんな事など忘れてしまう。
だから、何が起こっているのか、一瞬わからなくなる事が旅のはじめの頃はよくあったなぁ…。海外を旅していて、スゴイ揺れによって起こされるのって、結構ドキッとするもんです。
[ マレ−シア、バターワ−ス以北にて ] 2000年 12月 10日
旅 26日目
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この旅での発見<2> 世界一周の旅、移動を繰り返すからもちろんホテルもかわる。
ホテルが変われば、まくらもベッドも当然かわる。
毎日の様にまくらやベッドを取り替えて寝た事なんて、28年生きてきたけどやったことがない。その日の疲れ具合や気温、湿度、室温から寝心地はもちろん変わってくるものだろう。
さらに、まくらやベッドも大きく睡眠に影響してくるもののはずだ。この旅をしていて、
・柔らか目のベッド
・固めのまくらが 自分にとって寝やすい寝具というのがわかっちゃったりした。
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ここどこだ? <2> 『マクドナルド』、『KFC』などのファストフード。
『ナイキ』、『アディダス』などのスポーツ店。
『フジフィルム』、『コダック』などのカメラ店。
『シャネル』、『グッチ』などのブランド店。
他、『タワーレコード』、壁をにぎわす上映中のハリウッド映画のポスター。「俺、今、どの国にいるんだっけ?」
ショッピングセンター内を歩いていると、一瞬、わからなくなる事があった。1回の旅で何度も国境をこえる事なんて、それまでなかった。
だから、こういった世界チェーンの店を見ると本気で自分が今どの国にいるかわからなくなった。有名メーカーの商品や店鋪が世界中に進出している結果生じた『その国らしさのない』状態である。
どの国に行ってもかわりばえのしない店鋪が並んでいるってのは、ホッとする反面、なんだかちょっとガッカリというか、もったいない気がした。グローバル化が進んでいる世界で、商品や店鋪の単一化が平行して進んでいる気がした。
もちろん、ショッピングセンターから1歩足を踏み出せば、その国らしい町並みの中にその国らしい店や人々がある。
そういった、その国独自の文化、店、商品などもしっかり生き残ってほしいなぁ、なんて感じた。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 12日
旅 28日目
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気持ちのいい挨拶 「こっぷんかっ。」(=ありがとう。)
物を買ったり、食後の会計の時、両手をあわせ笑顔でペコリと会釈してくれるタイの人々。
感謝の気持ちが伝わって来て、すごく気持ちがいい。テレビ番組のはじめの挨拶や人と会った時も両手をあわせて挨拶する。
これも礼儀正しく見ていてとても気持ちがいい。両手をあわせる仕種もいいけど、何より『笑顔』がいい。
笑顔は世界共通の気持ちのいい挨拶。
言葉など通じなくても笑顔だけで充分だと思った。そういえば、インドネシアのバリやジョグジャカルタは特によかった。
知らない人でもすれ違う際に目があい「ニコ」っとすれば、それ以上の笑顔が返ってくるからだ。
なんとも気持ちのいいこのやりとりがとても楽しかった。
日本の都会では忘れられた何かに触れる事が出来た気がした。渋谷でこんなことしたら
「きもちわるーい」の一言で片付けられそうな気がする。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 13日
旅 29日目
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おれ、タイ人? 「#◇%□$○&×△…。」
バンコクの街角で道を聞かれた。
それもタイ語で。
それも1度だけでなく、3回も。どうやら自分は『ものすごく』東南アジア顔をしているらしい。
そういえば、今まで通って来たインドネシアやシンガポールで地元の人扱いされた事が何度かあった。
「日本人? うそぉ! 見えないよ!」
と言われる事も何度かあった。…そんなに日本人に見えないのかなぁ?
悲しんだ方がいいのか、喜んだ方がいいのか……??
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 13日
旅 29日目
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現地の言葉を話そう 世界一周の旅、移動を繰り返すとその地域で話されている言葉ももちろん変わる。
大都会のレストランやホテルでは英語が通じたりするが、まだまだ現地の言葉しか通じない所の方が多い。
『例文くん』も活躍の場が増えたが、言いたい文章を翻訳、作成してくれるわけでは無いから万能というわけでなはい。現地の言葉を話せれば1番いいのだけれど、それは難しい話である。
それでも、せめて挨拶程度の言葉は言える様になりたいな、って思った。「こんにちは。」
「ありがとう。」
「さようなら。」どの国に入っても、まずはこの3つは覚える様にした。
相手の言葉で話す事で、喜んでもらえるし、それが通じるとこっちもうれしい。
これらの言葉に『笑顔』を追加すれば、気持ちのいいコミュニケーションを味わえる。
現地の人ととのちょっとしたふれあいが旅を豊かなものにしてくれた。
旅を楽しいものにしてくれた。余裕があれば、
「いくらですか?」
「高いです!」
「いらない。」くらいも覚えておくと買い物が楽しくなる。
あとは、『ジェスチャー』と『ボディラングエージ』と『とびきりの笑顔』で乗り切れるはず。
…だよなぁ…。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 14日
旅 30日目
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はまるタイのドラマ ビザ取りでバンコクに足留め滞在中、テレビをよく見た。 きりっとしてかっこいい女性。
一言『美人』。
その綺麗な女優さんが出ているドラマに目を奪われた。タイの言葉は全くわからないけど、画面からストーリーはなんとなく想像がついた。
何よりその綺麗な女優さんが出ているだけで画面がぱっと華やいで見えた。
そんな理由だけでそのドラマを滞在中、ずっと見続けた。毎週、金、土、日曜日の夜8:20頃から1時間10分くらい放送されるこのドラマが進めない旅のちょっとした楽しみになっていた。
売店でそのドラマの特集が出ている雑誌を見かけた。
迷わず買ってしまった。
タイ文字を全く読よめないくせに…。『ロイ ラック ロイ ア ディー』
ホテルのフロントに訪ねると、どうやらこれがそのドラマのタイトルらしい。「この女優さんが気に入ったのかい?」
フロントの男性がニヤとわらった。
「残念だったね。彼女は20才だけど、もう結婚してるよ。」聞いてもいない事までご親切に教えてくれた。
ドラマを見る楽しみがちょっとだけ減った…。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 16日
旅 32日目
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旅=ダイエット?<1> 「え?」
ショッピングセンターにあった体重計にのってみてびっくりした。
出発前、72kgあった体重が、なんと67kgになってる。
自分としては、やせた自覚など全然ない。
でも、確実にやせている…。確かに、1日中観光で歩きまくって、食事はいつも腹6分目くらいで済ませちゃってるからかなぁ…。
旅がいつのまにか、ダイエットになってしまっている。
ま、体調もいいし、何の問題もないから、このままでいいか。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 16日
旅 32日目
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愛される代表者 バンコク内、至る所にタイの国王(ラーマ9世)の肖像画を見つけられる。
お札の肖像画も現在の国王だ。
国王は国民からすごく慕われ、神様の様に扱われている、とのこと。
国民に愛される代表者、それってすごく素晴らしいことだと思う。国王は王家の人間として生まれた為、自由と引き替えに公務を余儀なくされたのではないだろうか?
やりたいことや夢を犠牲にしたこともあっただろう。
それでも、国の代表者として皆の手本となり国民のため行動をしてきたからこそ、これほど慕われるのだろう。
すごいし、偉い。
そうでなければ、国民には決して慕われないはず。こんな偉大な代表者が現在の地球上にいるなんて知らなかった。
これを知っただけでもタイに来た価値がある。
もっとタイの王室について知りたくなった。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 17日
旅 33日目
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この旅での発見<3> 世界は広い。 20世紀も終わりに近付き(旅をしていた時)、日本国外に出ずとも、旅をせずとも、 テレビや本を見れば世界中のものを手軽に知ることが出来るようになってきた。
それでもやっぱり世界は広い。
知らないものはまだまだいっぱいある。
自分で旅をすれば、その国、地域独特の新しいもの、珍しいもの、知らなかったものにたくさん出会う。
その度、 自分の無知さを思い知らされる。小中学生のころ、社会科の時間になんとなく聞いたような地名や人物名を聞くと、もっとよく勉強をしておけば良かったと思う。
そして、改めて、色々知りたいと思う。
思うだけで、なかなか実行にうつせないんだけど…。
社会科に興味のない児童らには、教科書をみせるより実際その場所へ連れて行った方がよっぽど興味をもつんじゃないかな、って思った。
その場に行けば、あれこれ疑問や興味が沸いてくる。
そこから自主的に勉強を…、しないかなぁ?連れて行くのはなかなか難しいにしても、文字や写真だけでなく、臨場感のある映像を積極的につかえば、理解度は深まると思うけどなぁ。
(今の小中学校ではそうしてるのだろうか? もう、そんな現場から20年ちかくはなれているからなぁ…。)
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 17日
旅 33日目
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進めぬ旅 ラオス、ベトナム、カンボジア、中国。 バンコクに入ってからこれらの国の査証=ビザをとる日が続いている。
ビザをとるのにはそれぞれ数日かかり、バンコクに滞在することすでに10日間。
なんだか思いっきり旅の足留めをくらっている感じがする。でも、ビザが無ければその国に入れないから、ビザをとらないわけにはいかない。
でも、旅を早く進めたい。
でも、ビザは必要…。
でも…。進みたくても進めない旅に少しイライラしはじめた。
[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 20日
旅 36日目
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・ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア
・ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国
・ひとりごと<その4>へ
中国
・ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド
・ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン
・ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー
・ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.
・ひとりごと<その9>へ
トルコ〜
・ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア
・ひとりごと<その11>へ
シリア
・ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト
・ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア
・ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ
・ひとりごと<その15>へ
ポーランド
・ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア
・ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ・ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス・ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス・ひとりごと<その20>へ
スペイン・ひとりごと<その21>へ
ポルトガル・ひとりごと<その22>へ
ブラジル1・ひとりごと<その23>へ
ブラジル2・ひとりごと<その24>へ
ブラジル3・ひとりごと<その25>へ
ブラジル4・ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1・ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2・ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ・ひとりごと<その29>へ
〜日本
世界一周旅行、ひとりごと <その1> ー目次ー ・旅立ちの決意 (2002/ 2/ 12 更新) ………世界一周を目指すにあたって(2000/ 11、横浜) ・小さい頃の漠然とした夢 (2003/ 1/ 21 更新) ………世界一周のきっかけ?(1982、アルゼンチン)
・旅立ち (2002/ 2/ 12 更新) ………出発前の素直な気持ち(2000/ 11/ 14、横浜)
・5大陸制覇! (2002/ 12/ 31 更新) ………第一目的地、到着!(2000/ 11/ 16、シドニー)
・世界一周、旅の目的 (2002/ 12/ 31 更新) ………色々な旅の目的(2000/ 11/ 16、シドニー)
・死ぬ? <1>(2002/ 2/ 12 更新) ………イタズラは死に直結…(2000/ 11/ 18、エアーズロック)
・なまってるね (2002/ 2/ 19 更新) ………なまりを指摘され(2000/ 11/ 21、ダーウィン)
・日本語を話すアジア人 (2002/ 2/ 26 更新) ………観光地であふれる日本語(2000/ 11/ 23、バリ)
・『例文くん』の活躍 (2002/ 3/ 19 更新) ………旅の便利アイテムの登場(2000/ 11/ 24、デンパサール)
・この旅での発見 <1> (2002/ 2/ 12 更新) ………国々を移動しての発見(2000/ 11/ 27、ジョグジャカルタ)
・健康論 (2002/ 2/ 19 更新) ………マラリアになり、ダニにくわれ、想う事(2000/ 11/ 30、ジャカルタ)
・20年ひと昔 (2002/ 8/ 06 更新) ………20年ぶりに訪れた初めての外国(2000/ 12/ 01、シンガポール)
・思い出の地へ (2002/ 8/ 06 更新) ………ちょっとした里帰り気分(2000/ 12/ 02、シンガポール)
・幸せって? (2002/ 2/ 26 更新) ………世界各地でものごいを目の当たりにして(2000/ 12/ 07、クアラルンプール)
・不平等な祭典 (2002/ 2/ 26 更新) ………旅とオリンピックからふと感じた事(2000/12/07、クアラルンプール)
・旅の意義 (2002/ 2/ 26 更新) ………トラブルに会い、旅の意義を問い始める(2000/ 12/ 09、バターワ−ス)
・ここどこだ? <1> (2002/ 3/ 05 更新) ………自分のいる場所が一瞬わからなくなる事
・地震? (2002/ 3/ 05 更新) ………何が起こっているか一瞬わからなくなる事(2000/ 12/ 10、バターワ−ス以北)
・この旅での発見 <2> (2002/ 3/ 05 更新) ………寝床をかえることでの発見
・ここどこだ?<2> (2002/ 3/ 12 更新) ………自分のいる場所が一瞬わからなくなる事(2000/ 12/ 12、バンコク)
・気持ちのいい挨拶 (2002/ 3/ 12 更新) ………言葉など知らなくても出来る挨拶(2000/ 12/ 13、バンコク)
・おれ、タイ人? (2002/ 3/ 12 更新) ………現地人に何度も間違われる(2000/ 12/ 13、バンコク)
・現地の言葉を話そう (2002/ 3/ 19 更新) ………旅を楽しくするちょっとした秘けつ(2000/ 12/ 14、バンコク)
・はまるタイのドラマ (2002/ 3/ 19 更新) ………綺麗な女優さんに目と心を奪われる(2000/ 12/ 16、バンコク)
・旅=ダイエット?<1> (2002/ 3/ 12 更新) ………減り行く体重(2000/ 12/ 16、バンコク)
・愛される代表者 (2002/ 3/ 05 更新) ………タイの偉大な国王(2000/ 12/ 17、バンコク)
・この旅での発見 <3> (2002/ 3/ 05 更新) ………世界の広さ、自分の無知さの発見(2000/ 12/ 17、バンコク)
・進めぬ旅 (2002/ 3/ 12 更新) ………進みたくても進めない旅事情(2000/ 12/ 20、バンコク)
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