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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その14> −

クロアチア〜チェコ

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 うれしくさせてくれる事
クロアチアの首都、ザグレブ。
小雨の日曜日のためか、人通りも少なく静か。

『BOBAN』(=ボバン)と看板に書かれたレストランがあった。
(もしかして?)
『クロアチア』『ボバン』と聞けばサッカー好きの人ならピンとくるものがある。

「そうだよ。ここはボバン選手の『姉妹』の店だよ。」
ウェイターに聞くと、こんな答えが返って来た。

『ボバン』といえばクロアチアでは知らぬ人がいない元クロアチア代表の有名サッカー選手。
昔、TVで、そのボバンを紹介する番組があった。
その時、ボバンの父はレストランを経営しているようなことをいっていた記憶がある。
その店かと思ったのだが、どうやら違うみたいだった。

しかし、経営者がボバンの父であれ、姉妹であれ、このレストランが『あのボバン』に関係しているのは事実の様だ。
そう言えば、TVでみた景色はこのレストランの様な気がしないでもない。

TVで紹介された場所、雑誌や本で見た所、歴史で勉強した所、なんとなく聞いた事ある地名…。
そういった場所にくると、それだけでものすごくうれしくなるものだ。

紙のコースターをこっそりお土産として持ち帰った。

[ クロアチア、ザグレブにて ] 2001年 7月 1日
旅 229日目

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 列車内で出入国審査
列車でクロアチアのザグレブからハンガリーの首都=ブダペストへ。
ヨーロッパ各地をめぐる列車の旅が本格的に始まった。

しばらくして、列車内に車掌さんの様な入国審査官がやってきて出入国審査をした。
ベトナムから中国に列車で入国する時にはすごく時間がかかったことを思い出した。
今回もそれをちょっと覚悟する。

列車の乗車券を見せるようにパスポートを見せる。
「はい、どうもありがとう。」
入国審査官は次のコンパートメントへ移っていった。
(これだけ?)
こんな簡単に国の出入りができてしまうなんて…。
島国育ちの日本人にはなんだか不思議に思えた。

[ ハンガリーにて ] 2001年 7月 2日
旅 230日目

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 楽しい列車の旅
湖畔沿いを北東に進む列車の旅。

湖に浮かぶヨット。
芝生の上でピクニックする親子づれ。
サッカーやテニス、サイクリングを楽しむ人々。

ゆったりとした感覚で建てられた家々。
広い道路。
街路樹に覆われた町。

次々変わる車窓からの風景。
途中止まった駅の近くの広場では、地元のブラスバンドが演奏会をしていた。
6時間半にも及ぶ列車の旅は苦ではなく、楽しくて仕方ないくらいだった。

列車の旅はとにかく旅情をかきたててくれる。
これからどんな町に着くのか、車窓から想像する。
これも列車の旅の楽しみの一つだ。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 2日
旅 230日目

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 予想外の東
6時間半の列車の旅を終え、ハンガリーの首都、ブダペストへ到着した。

「あれ?」
町なかにはマクドナルド、バーガーキング、KFC、などがある。
西側資本の世界チェーン店はここにも進出済みだった。
自分が思い描いていた『東欧』とちょっと違い、なんだか肩すかし。
東欧にマックやKFCがあることになんだか悲しさすら感じた。

東欧に入ってまず、『世界的な文化の単一化、画一化』『西の大衆文化の世界侵攻』なんてちょっと思ってしまった。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 2日
旅 230日目

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 地下鉄あれこれ
地下鉄でブダペスト市内を見てまわる。

◆地下鉄に乗る前に…◆
地下鉄に乗ろうと階段を下りていくと、行きたい方向と反対側の列車のホームにたどり着いてしまうことがある。
逆サイドのホームに行くためには、一旦地上に出て道路をわたって、逆サイドにある入り口から階段を下りなくてはならない。
地下で通路がつながってないことが殆どだ。

日本の地下鉄みたいに まず地下にもぐり → 改札を通って → 行きたい方向を確認 → ホームへ、ではなく、
ブダペストでは、 行きたい方向を確認 → 地下にもぐり → 改札を通って → ホームへ、という手順を踏まないと 上記の様な面倒な事になる。
日本のセンスだと、この失敗を繰り返してしまう…。
慣れってこわい、って思った。

◆おしゃれな装飾タイル◆
地下鉄の駅構内、ホームの壁にある駅名表示は、装飾タイル。
すごくオシャレな感じ。

日本の駅の機能的でシンプルな駅名表示板もいいが、 日本っぽいデザインがもうちょっと施されてもいいかな、なんて思った。

◆楽しい到着音◆
「チャララ〜ン・ラ・ラ・ラ・ラーン!」
地下鉄が駅に到着するとホームに流れる音楽。
陽気で楽しい音なので、つい何度も聞きたくなってしまう。
それで何度も降りそびれそうになった。

◆エスカレーターの微妙な速度差◆
地上に出るためのエスカレーター。
微妙に手すりの速度が早く、てすりにおいた手が少しずつ先にいってしまう。
何度も手を手前に引き戻す必要が出てくる。
この「少し」の速度の差がものすごく「大きな」わずらわしさに感じられた。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 3日
旅 231日目

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 店頭ファッションショー
広場に面したオープンカフェ。
特設ステージ、通路を作って『店頭ファッションショー』を開催していた。

背が高くスタイルのいい白人女性が斬新で奇抜な衣装を着て店の奥から店の前までさっそうと歩いてくる。
店内で食事やコーヒーを楽しんでいる人はもちろん、広場にいる人たちも見ることが出来るショー。
ファッションショーらしく、肌の露出が多い服ばかり。
ものすごく華やか。
華麗。
何となく歩いていた広場で存分に目の保養をさせてもらった。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 3日
旅 231日目

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 小さな言葉のトラブル
これまで半年以上英語を中心に、漢字での筆談、なんちゃってイタリア語を駆使し、言葉の問題をなんとかクリアして来た。
しかし、ハンガリーではどれも通用しない。

1つだけ頼んだつもりのコーヒーが2つ出て来たり、確認したつもりだったのに苦手なガス入りの ミネラルウォーターを買わされたり…。
なかなか英語が通じないハンガリーで今までなかった小さな言葉のトラブルが頻発。
今まで簡単だったことがそうでなくなることの不便さ。
…ちょっとだけストレスを感じた。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 4日
旅 232日目

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 内容不明のラビリンス
ナショナルギャラリーでたくさんの絵画を見終え、ブダ地区を放ろうする。

『ラビリンス』…。
住宅街の目立たない所にある小さな看板。
何気なく入ってみると、下への階段があった。(写真1)

どのくらいおりてきたのだろうか?
地上から完全に隔離された暗い洞窟に来た感じだ。

しかし、中は薄明かりがあり、通路もあり、キチンと整備されている。
どうやらちょっとした観光スポットの様だ。
細かいことは何もわからないが、入場料を払い、順路にそって一人で歩き始めた。

最初の扉を開けてみる。

…どどん、どどん……どどん、どどん…
暗くよく見えない奥から、太鼓の様な鼓動の様な音が静かに聞こえてくる…。
何があるんだろう?

…どどん、どどん……どどん、どどん…
何も見えない…。(写真2)
これが何の音なのかもわからない…。
この先何があるのか、予備知識も全くないから、とにかくコワイ…。

まわりに入場者もなく、歩いているのは自分一人だけ…。
洞窟内で迷子になることなど、ないのだろうか?
ここが遊園地のお化け屋敷みたいなことを言われれば、それなりに心の準備もできるのだが…。
何もわからないまま、『ラビリンス』に入ったことをちょっとだけ後悔した…。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 4日
旅 232日目

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 奇想天外、ラビリンス
薄暗い洞窟、ラビリンス。
とにかく、ちょっとだけ進んでみる。

!!!!
暗闇に人影が見えた…。
かなり、ドキドキした…。

…しかし、よく見るとそれはぼうっと建つただの石造だった…。(写真1)
『石像ごとき』にかなり驚かされてしまった…。

次々と扉をあけ、奥へ奥へと進む…。
ロール・プレイング・ゲームのダンジョンを実際に探検している気分…。
問題は、自分が選ばれた勇者じゃないということ…。
この先どんな危険があるのか、想像もできなかった。

 :
 :
 :
…小さな池の様な水たまり。
…鹿の石造。
進むごとに何かの遺跡のようなものに遭遇する。

 :
 :
 :
「…なんだ、これ?」
暗い中、よく見ると、王冠をつけた巨大な顔が地面の中にしずみかかっている…。(写真2)
結構ブキミだ…。

…一体なんなんだ?
ここは、発掘途中の歴史的な洞窟だったりするのだろうか?

 :
 :
 :
さらに進むと少し明るい一角があった。
草に覆われた柱には蛇口がある。
そこから赤い水がでていた。(写真3)
どうやらワインのようだ…。

「…なんなの、ここは、一体?」
ブダペストゆかりの地下都市?
歴史的な遺跡?
オバケ屋敷的なアトラクション?
説明もなく、よくわからない状況が続いた。

次から次へと現れる奇想天外な世界に頭がこんがらがってきた…。


●この場所がいかなる場所か、すぐ知りたい! → 次の項目 <意外なラビリンス>へ!

●いつかブダペストに行って、自力で解明したい →  その次の項目 <ほのぼの車内>へ。

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 4日
旅 232日目

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 意外なラビリンス
 :
 :
 :
さらに進むと、ちょっと広い空間に出た。
何か発掘物のようなものがイロイロ展示されている。
この地下で発見された化石のようだった…。

化石をよく見てみる。
 :
 :
 :
 :
 :
「…やられた!!」
石に刻まれた文字、その形…。
コーラのビンじゃないか!(写真)
他にも、パソコンのキーボードやスポーツシューズの跡が残った「化石」などがあった!
なるほど、ここは、まじめにオフザけする洞窟探検アトラクションだったのだ!
これらの「化石」をみて、このラビリンスの正体が、やっとわかった。

「もう、最高!!!」
予備知識もなく入ったため、その意外性に心地よくやられた。
面白い隠れスポットを自力で見つけ、興奮状態だった!

[ ハンガリー、ブダペストにて ] 2001年 7月 4日
旅 232日目

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 ほのぼの車内
列車でブダペストからオーストリアのウィーンを目指す。

遠足だろうか?
修学旅行だろうか?
車内にはドイツのミュンヘンに向かう小学生であふれかえっていた。
小学生で団体『国外』旅行なんて、うらやましい。

おしゃべりに夢中な子。
お菓子を食べまくる子。
友達の髪の毛をゆう女の子。
友達と楽しそうに退屈な車内の時間をうまくつかっていた。

「なんだかどの国もいっしょなんだなぁ。」
子供の元気な姿を見ているだけで、心がほのぼのする。

口を開けて寝ているおじさんを指差しみんなでクスクス笑う。
そのおじさんを見て、思わず自分も笑ってしまった。
子供達とも目があって大きな笑いになった。
言葉のないささいな交流も心あたたまるものだったりする。

[ 列車内にて ] 2001年 7月 5日
旅 233日目

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 町にあふれる韓国人学生団
この旅の27ヶ国目、オーストリアに入国。
夏が始まったばかりのウィーンにはバックパッカーがいっぱい。
どのユースホテル、安宿もいっぱいだった。

なんとか安宿をみつけ、町をさまよう。
観光スポット、スーパー、ホテル…。
ウィーン市内、どこにでも、夏休みを利用した韓国人の学生たちがいっぱいいる。
こんなに大勢の『日本人以外』のアジア人をヨーロッパで見るなんて!
意外でかなりびっくりした。

数年前、IMFの経済援助を受けていた韓国。
国が苦しい最中、『国外旅行=非国民』みたいな雰囲気だったが、変われば変わるもんだ。
韓国人に限らず、どの国の人でも他の国へ行ってあれこれ見聞し、自分の国と比べ色々考えるのはいい事だと思う。

[ オーストリア、ウィーンにて ] 2001年 7月 5日
旅 233日目

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 11年ぶりの再会
「シゲェタ、よく訪ねてくれたわねぇ!」
ウィーンで懐かしい人たちと再会した。
ケリーの両親だ。
二人は目を輝かせ再会を喜んでくれた。

二人はボスニアにいるケリーに会いに行く旅をしているところだった。
アメリカからまずウィーンへ、そこでしばし観光をするという。
あらかじめケリーからこのことを聞いていたので、二人が泊まっているホテルを見つけるのは難しい事ではなかった。

「それにしても、シゲェタ、全然かわってないのねぇ!」
アメリカ留学の卒業式以来、11年ぶりの再会。
昔からの知り合いに会うというのは、ただそれだけでものすごくうれしいものだ。
「そうですか? ミセス ブラウンも!」
ケリーの母も全然変わった様子もなく元気そうだった。

「ぼくはちょっと変わってしまったかな?」
11年前はふさふさの髪の毛をしていたミスターブラウン。
「えぇ、まぁ…。」
つるつるに光るスキンヘッドを目にし、返答にものすごく困った…。

「すごい旅してるみたいね!」
二人はさらに目を輝かせ、自分の旅のことをいろいろ聞いてくれた。
「すごいねぇ! すごいねぇ!」
道中ずっと書き続けている旅の絵日記を見せると、また感激してくれた。

「こんな活動的な人、見たことがないよ!!」
自分勝手の気ままな旅なのに、こんなに好意的にとらえてくれるなんて。
なんだかこそばゆい感じがした。

「旅の最後はアメリカに遊びにきてね!」
「是非!」
ヨーロッパの後、南米、北米が控えているこの旅。
帰国直前にアメリカ西海岸でまたケリーやケリーの両親に会えるのが楽しみだ。

世界の片隅で、ほんの数時間の再会。
旅の不思議さ、人生の面白さを存分に味わうことができた。

[ オーストリア、ウィーンにて ] 2001年 7月 5日
旅 233日目

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 楽しみなネットカフェ<7>
旅をしていてもメールで日本や世界にいる友達とやりとりができる。
それが旅のちょっとした楽しみになっていた。

何故かインターネットカフェの少ないウィーン。
たまに見つけても物価が高いウィーンでは、ネット利用料も高い。
それで、なんだか気軽に使う気分になれなかった。

 :
 :
サービス時間帯をねらって、数日ぶりにメールをチェックする。
 :
 :
 :
旅を始めた頃は友達からそれこそたくさんメールがきたものだが、最近はメッキリ…。
みんな、仕事がいそがしんだろうけど、さびしいものだ…。
一言、なにかささいなことを書いてくれるだけでもうれしいのに…。

………。
しかし、それにしてもメールが来なくなった。
簡単な旅のレポートメールを出しているのだが、それに対するリアクションもなくなった。

移動、観光、移動、観光を繰り返すレポートに面白味がないからだろうか?
旅にもっと劇的な『何か』がないからだろうか?
日本のみんなが注目するような『旅の何か』をする必要があるのだろうか?

[ オーストリア、ウィーンにて ] 2001年 7月 6日
旅 234日目

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 地下鉄はタダ?
改札のないウィーンの地下鉄。
簡単にタダ乗りが出来てしまう。

思い返してみると、ギリシャもハンガリーもこうだった。
自動改札機設置費用がないのだろうか?
これで採算がとれるのだろうか、とか考えてしまう。

「えぇ?! ウィーンカードなんて買ったのかい?」
ユースホステルで同室になったイギリス人男性に小馬鹿にされた。
72時間地下鉄乗り放題のチケット(=ウィーンカード)を買ったからだ。
「地下鉄なんてタダじゃん!」
まぁ、確かにそうなのだが、買ってしまったものは仕方ない。
正しいことをしているはずなのに、なんだか損した気分になった。

 :
 :
 :
 :
 :
後日…。
スーツを着た男性が地下鉄に乗り込んで来た。
一見、普通の乗客なのだが、実は私服検札官。
一人ひとり乗車切符の確認をし始めた。
なるほど、こうやってきちんとタダ乗り乗車を防いでいるようだ。

「(…よかったぁ!)」
カードを買っていた自分をむちゃくちゃ誉めてあげたくなった。
チケットやウィーンカードがない人はそれなりの罰金が課せられるのだろう。
ユースで会ったイギリス人バックパッカーが隣にいなかったのが残念だった。

[ オーストリア、ウィーンにて ] 2001年 7月 7日
旅 235日目

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 ウィーン散策
地下鉄をうまく利用してウィーンの町を観光。

 ・世界遺産、シェーンブルン宮殿
 ・美術史美術館
 ・聖シュテファン教会
 ・モーツァルトの死せる場所
 ・ヨハン・シュトラウスの家
 ・ベートーベンの家

絵画、建築、音楽、…。
来てみてわかる、その素晴らしさ。
芸術で溢れている雰囲気が街全体からビシビシ伝わってくる魅力的な街だ。

地名はもちろん知っていたが、ここまで芸術の街だなんて知らなかった。
自分の無知さを知ると共に、新しい知識がどんどん増えていく。
旅する事の楽しさを思い出させてくれる街だ。

[ オーストリア、ウィーンにて ] 2001年 7月 7日
旅 235日目

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 下がりゆく旅の運気
観光スポットや見どころが多いウィーン。
もう少し見たい所があるので延泊しようとフロントへ。
「すでに予約がいっぱいだから…。」
ということで滞在していた安宿から半ば追い出される形になった。

「次へ行けってことか…。」
他の宿を探す気にもなれず、ウィーンに思いっきり未練を残したまま、チェコのプラハを目指す事にした。

「プラハのあと、どこへ行こう?」
列車から灰色の空を眺めながら、まだ何も決めていないその後の旅のルートを悩みはじめた。

夕方、たどり着いたチェコ共和国の首都=プラハ。
旅の28ヶ国目は小雨で迎えてくれた。

駅の旅行代理店で宿を探すも、シーズン中のためということで、なかなかいい『安宿』が見つからない。
やっと条件のあう宿を見つけたが、手付け金が必要だと言う。
「あ、もう満杯になっちゃいました。」
押さえておいてもらったはずのベッドは、お金を下ろして来ている間に他の誰かに取られてしまった…。

重い荷物を背負ったままあちこち歩いてATMを探したり、長い列に並んだりした挙げ句のこの始末…。
「ふざけるなよ!」
このずさんな受付けに頭に来ると同時に、(今晩の寝床がないかも)という危機感を感じた。

外はまだ小雨…。
ウィーンを追い出され、プラハでは宿が見つからず…。
なんだか小さな悪い事が続く…。
『旅の神様』に少し見放された気分だった…。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 8日
旅 236日目

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 何事も気の持ちよう
「中央駅の旅行案内所なら宿を探せるかも。」
言われた通り、そこでなんとか条件にあった安宿をおさえる事が出来た。

一安心して、地下鉄で最寄りの駅へ移動。
そこからもらった地図を片手に今晩の宿に向かう。

少し前方にあごヒゲが立派なおじさんが立っていた。
黒いTシャツ、黒い皮のズボン、黒髪パーマ。
ちょっと怪しげなその男性は、キョロキョロして何かを探している様子。
「…ちょっといいかい?」
通り過ぎようとした時、意外にもその男性が話しかけて来た。
「英語を話せるかい?」
「…はい、話せるけど…。」
こんなことを聞かれ、一体どんな事態になるのか、内心ドキドキしていた。

「よかったぁ! ねぇ、どこかいい安い宿を知らないかい?」
どうやらその男性も旅人のようだった。
自分もこれから宿に向かうことを告げると、一緒に行ってもいいかと聞かれた。
断る理由もないので、一緒に歩き始めた。
「ほらな! 『バックパッカーを見たら、ついて行け!』だよ!」
大喜びしながら彼は独自の旅の持論を自信満々に語り始めた。

「ウィーンから夕方の列車で来たんだけどさぁ、宿が満つかんなくて…。」
歩きながら話を聞くと、どうやら今日、同じ列車でプラハに来た様だ。
「ウィーンでは、クレージーなパレード(Rough Palade)に飛び入り参加してさ!」
「あ、それ、見たよ!」
「なんだ、同じ様な所にいたんだな!」
奇妙な偶然の一致が楽しい。

その陽気なカナダ人、バートはいきあたりばったりで、楽しい事に首をつっこむ放浪の旅をしているようだ。
「ま、旅って、なんとかなるもんだよな!」
今晩の宿にありつけることができた彼は声高に笑った。

自由奔放、プラス思考。
何より人生を体全体で楽しんでいる様子がたった数分の付き合いで伝わって来た。
「…そうだよな、旅ってなんとかなるもんだよな!」
ちょっとした旅の不都合で、世の中全ての不運を背負い込んだかの様な自分の陰気さを彼の明るさがふり払ってくれた。
バートに旅の楽しみ方を思い出させてもらった気がした。

一人旅を満喫していたが、人との関わりも大事だってことを痛感した。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 8日
旅 236日目

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 物価と旅心地
宿もきまり、近くのレストランでやっと夕食にありつく。
「え? こんなに安いの?」
ビール、ジョッキ1杯が約60円!
アジアからヨーロッパに来て以来物価が高くなり、それにやっと慣れてきたところにこの安値。
はっきり言ってびっくりした。

物価が安いとなんとなく心が落ち着く。
食事をする、宿に泊まる、バスや列車で移動する。
何をするにも出費が押さえられる。

「もうちょっとリッチな旅をしてもいいかな」
「もうちょっとここで長居しようかな。」などと思えてしまう。
とにかく、旅をしやすく感じられるものだ。

裏をかえせば、物価の高い日本にくる外国人は、何をするにも心が落ち着かないかもしれない…。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 8日
旅 236日目

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 ボヘミアン
 ・次の目的地をどうするか、旅をどうすすめるか?

 ・レートのいい場所をさがして両替え

 ・値段の安い店でカメラ用フィルムを大量購入

 ・値段の安い店で撮影済みフィルムを大量現像

 ・観光する前に本でプラハの予習

 ・たまっている絵日記を処理

 ・インターネットカフェ探し

長旅が続くと、観光以外にもすることが多くなってくる。
雑用で1日プラハの町をさまよった。

何度も目に入ったショーウィンドウの文字。

 『ボヘミアン グラス』

『ボヘミア』という単語をなんとなく耳にする機会があったが、ここらへんのこととは知らなかった。
旅をしていると、何気ないことから、ちょっとした知識が身につくことが多いことに気付く。


ボヘミアン [ Bohemian (ボヘミア風、ボヘミア人) ] (三省堂 『常用外来語辞典』 より)
1)ジプシー ★ボヘミアがジプシーの故郷と考えられていたことから
2)転じて放浪者、俗世間のおきて習慣などを無視して自由・奔放な生活を送る人。芸術家などに多い。
→ バガボンド 

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 9日
旅 237日目

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 問題ある映画の邦題
泊まった宿はドミトリー形式の8人部屋。
同じ宿、同じ部屋にいれば、話す機会も自然と増える。
陽気なカナダ人、バートとの会話がはずむ。

ふと、『ジェリー・マグワイア』という映画の話題になった。
話を聞いていると、以前見たトムクルーズの主演映画『エージェント』みたいな内容だ。
聞けば聞く程、話の内容が似ている。

「…もしかして?!」
実はこの2つは同じ映画のことだった。
原題『ジェリー・マグワイア』は、主人公の名前からとったもの。
邦題『エージェント』は、主人公の職業からとったものだった。

最近、日本で映画のタイトルがそのままカタカナ表記されるものが多い。
(リーサルウェポン、ブレイブハート、マトリックス、…)
タイトルを見ただけでは内容がよくわからず問題があると思っていたが、これはこれで外人と話す時は助かる。

逆に今回の一件で、カタカナを使った『原題っぽいけど実は邦題』の方が問題だと思った。
バートと同じ映画のことを話しているにもかかわらずタイトルが違うため、 なんとも話がかみあわず、変な時間がたっぷりと過ぎて行った。
今回の場合は、内容が一目で推測できる日本語表記で『代理人』とか、原題を生かした『ジェリー・マグワイア物語』とかにして欲しかった。
でも、こうすると、集客力が減る、ってことなんだろうか…。

『カタカナによる原題』をメインタイトルにしてなんとなくかっこいい映画をアピールしつつ、 日本人が分かりやすいような『日本語での副題』をつけるような工夫はできないのだろうか?
『フォレスト・ガンプ 〜一期一会〜』の様な…。
(この副題はまた論議の的になりそうだが…。)

『カタカナで原題っぽいけど実は邦題』がこんなトラブルのもとになるなんてこと、 日本の配給会社、宣伝会社は考えていないんだろうな、なんてこの一件で思った。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 9日
旅 237日目

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 『つづりと発音』がわかりにくい関係の言語論
バートとふと、いろんな国の言葉の話題になった。
自分の今までの旅や海外生活の経験上、アルファベット(つづり)と発音が一定規則のものになりたっている言語は学びやすく、 会話をしやすいということをバートに熱く語った。
スペイン語、イタリア語など、書かれた文字(アルファベット)を『ローマ字』式に読めば通じてしまうからだ。
韓国語だって、ハングル文字の読み方の基本を学べば、意味は分からずともほぼ正しく発音する事ができる。

フランス語は、日本人のセンスだとつづりからは想像できない発音の単語がある。
「フランス語って、勉強しにくいよなぁ。」
そう言うと、バートから意外な言葉がかえってきた。
「英語だってそうだろう?」
「!!!!」
確かに言われてみると、ものすごくそうだ。

『B O O K』と書いてなんで『ボーーク』ではなく『ブック』と発音するんだろう?
『I D E N T I F Y』を『アイデンティファーイ』と発音するなんて、ちょっと英語をかじっただけの日本人には想像もつかない。
アメリカ留学中、この単語を『イデンティフィー』と発音して大笑いされた事を思い出した。

自分が慣れてしまっているだけ。
実は、英語も『つづりと発音』がわかりにくい関係の言語だと言う事を思い知らされた。

「そうか、そうか!」
意見を交わすことって面白い。
違う環境、違う言葉で育った人とならなおさらだ。
自分の知識が深まる感覚。
自分の世界が広がる感覚。
人との出会いからも、色々新しい事を知る事が出来ることを実感する一幕だった。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 9日
旅 237日目

この頃の世界一周旅行の日記
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 『質問ゲーム』
泊まった宿はドミトリー形式の8人部屋。
それもなんと同じ部屋に男女が寝泊まりする!
日本じゃ考えられない様な状況がうれしいような、恥ずかしいような…。

同じ宿、同じ部屋にいれば、話す機会も増え、親しくなる機会も増える。
そんなみんなで夕食を食べにいくことになった。
以下、そのメンバー。

名前 性別 国籍 ひとこと
バートカナダ人 陽気でやんちゃな41才。実は子持ちなのだが…。
ホーキンスウェーデン人 細く背が高い37才。寂しがり屋でほれやすい男。
シゲタ日本人 世界一周放ろうの旅をする29才。旅最大の危機を目前に控えている。
アナイギリス人 大学を卒業したばかりの21才。就職前に姉と旅行中。
キャサリンイギリス人 妹のアナと旅をしている24才。OL。
ロビンアメリカ人 旅先であったホーキンと行動を共にしている。25才くらい?

ピザとビールで盛り上がり、ゲームをすることに。
まずはロビンが『質問ゲーム』のルールを説明した。

「誰でもいいからその人の顔をしっかり見て、何でもいいから質問するの。」
「質問をされた人はその質問には答えずに、次に違う人にまた何でもいいから質問するの。ただ、それだけ。」

実際にゲームをしてみる。
「犬を飼ってる?」
「ピザを食べた事がある?」
「映画は好き?」
何も答えず、ただ次の人に何か質問すればいいだけ。
どんどんゲームは進んで行く。

「なんだ、簡単じゃん!」
しかし、物価の安いチェコでビールをガンガンくらっているうちに、段々思考回路がおかしくなってくる。
「コーラすき?」
「…、ペプシの方がすきかなぁ…。」
「ダメだよ、答えちゃ!」

そのうち、ひっかかり出す人も増え、その人が罰としてビールを飲むことに。
「どの国にも酒の場でたのしむゲームがあるんだなぁ…。」
なんてぼんやり思いながら、その一時を楽しんだ。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 9日
旅 237日目

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 『私は〜した事がありませんゲーム』
つづいてアナ、キャサリン姉妹が『私は〜した事がありませんゲーム』("I HAVE NEVER DONE..." Game)のルールを説明した。

「誰かが『私は〜〜〜した事がありません』ってお題を出すの。」
「それをした事がある人は正直に黙って自分のビールを一口飲むの。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「なんだ、簡単じゃン!」
なんて思っていたら、そんなに生易しいものではなかった。

『私は…、インドに行った事がありません…。』
行った事がある人はビールを口にする。
最初はこんな程度のお題ばかりだった。

『私は…、道具を使ってHをした事がありません…。』
『私は…、複数人数でした事がありません…。』
『私は…、友達のパートナーとした事がありません…。』
話はだんだん『夜の営み』の『ディープな』内容になっていった。

「えぇ? ホントに?」
「だってさ、友達が…。」
酒の勢いか?
オープンな性格の人たちが集まったからか?
初対面なのに? 初対面だからこそ? できるのか?
話題はどんどんエスカレートし、ものすごいことになっていった。

国籍の違い、性別の違いを越えて盛り上がる話題って、やはりこういうネタなんだなぁ!
なんて思いながら、その素晴らしいゲームを満喫した。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 9日
旅 237日目

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 プラハ、思い出深き地
酒の場で盛り上がるゲームのおかげで、すっかり宿の同室の人たちと打ち解けた。

次の日、アナ、キャサリン、ロビンと一緒にプラハ市内を観光することになった。
異国の地で金髪美女3人と4人で観光。

カレル橋を渡り、カテドラルを見、プラハ城を歩き…。
「こんなこと、後にも先にもないだろうなぁ…。」
プラハはこの旅1番の思い出深き地になった。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 10日
旅 238日目

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 いろいろないろいろ
オペラを見に行くという美女3人と別れ、夜はホーキン、バートとバーへ。

「ぼくはロビンのことが気になってさぁ…。」
37才のスウェーデン人、ホーキンが身の上話を語り出す。
「彼女も僕に気があると思うんだけどさ…。」
聞いていると、自意識過剰、自慢話が多い。
だんだん、うんざりしてくる…。
「(スウェーデン人ってもっとスマートなイメージがあったのに…。)」
国民性と人格は必ずしもひとくくりに出来ないことを改めて思わされた。

「僕は旅をしていて、次の町に行く前、寂しくて仕方ないんだ…。」
上背のある37才の男のセリフとは思えないことをホーキンは口にすることが多かった。
「あった人との別れが悲しくて仕方ないから…。」
よっぽど人恋しいやつなんだなぁ…と黙って見守る。
じゃ、旅なんてしなければいいのに、と思ったその時だった。

「オレは全く逆だね!」
陽気なカナダ人、バートが口を開いた。
「次の町に何があるのか、どんな人と会うのかが楽しみで仕方ないよ!」
なんだか元気になる意見を彼はどんどん口にした。

国籍いろいろ。
人間いろいろ。
旅のスタイルも、考え方もいろいろだ。
そんないろいろな人たちと出会い、話し、考えることってすごく楽しいとビール片手に思った。

「自分はこんな旅を出来て、ラッキーだなぁ…。」
そう思えるようになって来た。

[ チェコ、プラハにて ] 2001年 7月 10日
旅 238日目

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ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

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ネパール〜インド

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インド、パキスタン

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バングラデッシュ〜ミャンマー

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タイ(3)〜U.A.E.

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トルコ〜

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トルコ〜シリア

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シリア

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レバノン〜エジプト

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ギリシャ〜ボスニア

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ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

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オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その14 ー目次ー  
うれしくさせてくれる事 (2003/ 3/ 25 更新) ………知っている場所を訪問する喜び(2001/ 7/ 01、ザグレブ)

列車内で出入国審査 (2003/ 3/ 25 更新) ………超あっさり出入国(2001/ 7/ 02、国境付近)

楽しい列車の旅 (2003/ 3/ 25 更新) ………次々変わる車窓、旅の楽しみ(2001/ 7/ 02、車内)

予想外の東 (2003/ 3/ 25 更新) ………西の大衆文化の世界侵攻(2001/ 7/ 02、ブダペスト)

地下鉄あれこれ (2003/ 3/ 25 更新) ………日本と違う地下鉄あれこれ(2001/ 7/ 03、ブダペスト)

店頭ファッションショー (2003/ 3/ 25 更新) ………スタイルのいい女性たち(2001/ 7/ 03、ブダペスト)

小さな言葉のトラブル (2003/ 3/ 25 更新) ………小さな旅のストレスに(2001/ 7/ 04、ブダペスト)

内容不明のラビリンス (2004/ 3/ 16 更新) ………何気なく入った未知の洞窟(2001/ 7/ 04、ブダペスト)

奇想天外、ラビリンス (2004/ 3/ 16 更新) ………次々現れる不思議なもの(2001/ 7/ 04、ブダペスト)

意外なラビリンス (2004/ 3/ 16 更新) ………必見、お薦めのスポット!(2001/ 7/ 04、ブダペスト)

ほのぼの車内 (2003/ 4/ 01 更新) ………小学生の団体と出会う(2001/ 7/ 05、列車内)

町にあふれる韓国人学生団 (2003/ 4/ 01 更新) ………その多さに驚きまくり(2001/ 7/ 05、ウィーン)

11年ぶりの再会 (2003/ 4/ 01 更新) ………欧州で米人と再会(2001/ 7/ 05、ウィーン)

楽しみなネットカフェ<7> (2003/ 4/ 01 更新) ………本当にこなくなったメール(2001/ 7/ 06、ウィーン)

地下鉄はタダ? (2003/ 4/ 01 更新) ………改札のない地下鉄(2001/ 7/ 07、ウィーン)

ウィーン散策 (2003/ 4/ 01 更新) ………芸術の街に感激(2001/ 7/ 07、ウィーン)

下がりゆく旅の運気 (2003/ 4/ 08 更新) ………旅の運がなくなり始める?(2001/ 7/ 08、プラハ)

何事も気の持ちよう (2003/ 4/ 08 更新) ………旅の楽しさを思い出させてもらう(2001/ 7/ 08、プラハ)

物価と旅心地 (2003/ 4/ 08 更新) ………物価が安い地にいる安心感(2001/ 7/ 08、プラハ)

ボヘミアン (2003/ 4/ 08 更新) ………ちょっとした知識を得る旅(2001/ 7/ 09、プラハ)

問題ある映画の邦題 (2003/ 4/ 08 更新) ………外人と話す事で起こる問題(2001/ 7/ 09、プラハ)

『つづりと発音』がわかりにくい関係の言語論 (2003/ 4/ 08 更新) ………意外な事実の発見(2001/ 7/ 09、プラハ)

『質問ゲーム』 (2003/ 4/ 08 更新) ………酒の場で盛り上がるゲーム(2001/ 7/ 09、プラハ)

『私は〜した事がありませんゲーム』 (2003/ 4/ 08 更新) ………ものすごいゲーム(2001/ 7/ 09、プラハ)

プラハ、思い出深き地 (2003/ 4/ 08 更新) ………人生、最高の?1日(2001/ 7/ 10、プラハ)

いろいろないろいろ (2003/ 4/ 08 更新) ………夜、バーにていろいろ語る(2001/ 7/ 10、プラハ)

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