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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その18> −

ドイツ〜スイス

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 キックボードでの移動
ミュンヘンでの滞在を終え、次なる地を目指す。
まず、ユースホステルから駅まで行かねばならない。

「試してみるか…。」
20kg近くあるデカいバックパックを背負ったまま、キックボードに乗ってみる。

しっかりバランスをとり、ゆっくり、ゆっくり地面を蹴って進む。
「………。」
意外といけるものである。
スピードを出さなければ、歩くより楽かもしれない、なんて思った。

ただ面白そう、という思いでつい買ってしまったキックボード。
結構本気で使えるかもしれない。

[ ドイツ、ミュンヘンにて ] 2001年 8月 9日
旅 268日目

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 大活躍のキックボード
昼過ぎ、列車で大都会ミュンヘンを離れた。
バイエルン地方の豊かな自然に囲まれた小さな町フュッセンへ到着。
「まじかよ!」
夏のヨーロッパは、旅のハイシーズン。
やっぱり宿がない…。
予約無しで旅をするのが少し無謀にすら思えて来た。

宿がない町にいても仕方がない。
バスで5kmほど離れたさらに小さな町、ホーエンシュヴァンガウへ宿を求めて移動した。

ホーエンシュヴァンガウはとても歩いてはまわれない距離に宿が点在している。
バスは1時間に数本しか来ない。
タクシーを使うのも不経済。
歩くにはムリがある。
と、いうわけで、キックボードに乗って宿を探し続けた。

「満室です…。」
「予約でいっぱいなの…。」
…やはりここも宿はいっぱいである。
断られては、キックボードで次の宿をめざし、また断られては、次の宿をめざし…。
ミュンヘンで手にいれた足が、こんなに大活躍するなんて、思ってもみなかった。
買っておいて、本当によかったと思った。

フュッセンとホーエンシュヴァンガウの中間地点にクレジットカードもつかえ、空きのある宿をやっとみつけることができた。
キックボードの起動力があったからこそ、見つける事ができた宿だ。

「あら、『自家用車』で来てくれたのね!」
フロントのおばちゃんが、キックボードをみながら、茶目っ気たっぷりに笑う顔が印象的だった。

[ ドイツ、フュッセンにて ] 2001年 8月 9日
旅 268日目

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 憧れの城へ
城

ここ、ホーエンシュヴァンガウに来たのはどうしても見たいお城があったからだ。
そのお城とは、ディズニー映画『シンデレラ』のお城のモデルになったとも言われる『ノイシュバンシュタイン城』である。

大自然の山の中にポツゥンと建つ白い城。
城までは上り坂。
そのためキックボードに乗る事はできないが、たためば簡単に持ち運び出来てしまう。
これがキックボードのいいところだ。

観光客が多いため、入場制限までされるくらい大人気の『ノイシュバンシュタイン城』。
入り口付近で自分の入場順を待つ人々であふれかえっている。

やっと自分の順番がまわってきて、城の中に足を踏み入れる。
ガイドに導かれ、足早に次の部屋、次の部屋へと移動を繰り返す。
「わぁぁぁ…。」
外観もさる事ながら、内装も素晴らしい。
1880年前後に作られた城だけあって、中世の古城とは違い壁画が新しいのが印象的だった。
キックボードを肩にかついで訪れるような場所ではない事だけは確かだった。

[ ドイツ、ホーエンシュヴァンガウにて ] 2001年 8月10日
旅 269日目

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 ネット上での旅の報告
アジアのインターネットカフェでは、日本語を読み書きできる場所が多かった。
日本人旅行者が多いためだろう。

一転、ヨーロッパに入ってからは日本語をタイプ出来るインターネットカフェを探すのに苦労する。
場合によっては、日本語を読めない事すらある。
コンピュータに日本語のシステムが組み込まれていないためだ。

そんなところでインターネットをしても何の意味もないので、インターネットカフェに入る度、
「このコンピュータは日本語を読める? 書ける?」
と聞く習慣がついてしまった。

親しい友達へ、不定期で旅のレポートメールを書いていた。
いろいろ報告したいことがあっても、日本語じゃないと読んでもらえないだろうと、 メールを書けない日々が続く。
自分のウェブサイトの旅の報告ページ=『ゲイターをさがせ!』も、 なかなか更新できない。

ずっと旅を続けていると、日々新しい事に出会う。
味わった感動は新鮮なうちに、起こった事は忘れる前に書き記しておきたくなる。
しかし、『日本語を書けるコンピュータ』になかなか巡り合えないため、ネタだけがどんどんたまってしまう。
場合によっては3〜4週間も更新できないこともあった。

「やった!」
『日本語を書けるコンピュータ』に出会った時のうれしさは格別である。
こんな時のため、小さなメモ帳にいつ どこで 何をしたか、書いて持ち歩いていた。

ためにためた旅のネタを一気に日本語で書くのは、かなり気持ちいい。
できれば、数日おきに旅の報告や記録をしたいものなのだが…。

[ ドイツ、フュッセンにて ] 2001年 8月 12日
旅 271日目

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 ドイツ出国前のふた焦り
今回ドイツには旅のルートの都合上、1週間バイエルン地方(ドイツ南東部)に滞在しただけだった。
独特の文化や素晴らしい自然。
うまいビールのあるドイツには、もっとじっくり滞在をしてみたくなったが、 それはまた別の機会にとっておくことにした。

バスでドイツを出国、アルプスを南下する。
フュッセンのバス停に現れたバスはどう見ても『ただの市バス』。
国境越え、山越えをするバスにとうてい見えなかった。
「え? これがオーストリア行きのバスなの?」
バスの運転手に確認しなければ、来もしない山&国境越えをする豪華なバスを延々と待っていた事だろう。

オーストリアまでのバス代は20〜25ドイツマルク、と聞いていた。
「170払って下さい。」
バスの運転手は言った。
「え?!」
手元には170もないので、思いっきりあせる。
お金がなければバスには乗れない。
かといって、銀行がどこにあるか、気にもしてなかったのでわからない。
どうしようか、その場困り果ててしまった。

「170オーストリア・シリングだよ。」
「…ああぁ、なぁんだ!」
170シリングはだいたい24ドイツマルクくらい。
ほっと胸をなでおろし、バス代を払って無事バスに乗る事ができた。

旅を9ヶ月続けていても、国境越えの度に通過単位の違いに悩まされる。
統一通貨があれば、どんなに楽だろう、なんて思った…。


※ 旅をしていた2001年8月当時は、ヨーロッパ統一通貨(=ユーロ)はありませんでした。

[ ドイツ、フュッセンにて ] 2001年 8月 13日
旅 272日目

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 新しい町での確認事項
ほんの1週間だけのドイツ滞在を終え、この旅、3度目のオーストリアを目指した。
バスは3時間半ほどでオーストリアの西の町、インスブルックに到着。
バスの車窓からある事をしきりに確認する自分がいた。

以前なら町に着く際、「いい宿があるかなぁ」とか「おいしい店はあるかなぁ」など気にしていた。
しかし、最近は確認することが変わった。
道路の路面状況を気にするようになったのである。
買ったばかりのキックボードで走りやすいか、チェックしてしまうのだ。
新しいアイテムを手に入れ、旅の視点が変わった事に気付く。

「…いい路面だ!」
ここ、インスブルックの道路は鋪装されていて、走りやすそうだった。
ヨーロッパは石畳の町が多い。
そんなところではキックボードの出番はまずない。
上り坂が多い所でも活躍できないし、急なくだり坂もブレーキがきかなくなりそうでこわい。
平らな大理石の床の様な所が一番キックボードには向いていてありがたいのだが、などと自分に都合のいい考え方をついしてしまう。

[ オーストリア、インスブルックにて ] 2001年 8月 13日
旅 272日目

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 祝! 旅、9ヶ月経過
2000年11月15日に旅立ったこの旅も9ヶ月(1年の4分の3)が経過した!
無事にとはちょっと言い難い時もあったが、日々旅の自己最長記録を更新中。

幼少期過ごしたシンガポール滞在記録(8ヶ月)をいつの間にかぬりかえ、
高校時代留学したアメリカの滞在日数(10ヶ月)にせまる、長い海外生活。
それも1ケ所に留まるのではなく、旅をこれだか長い間続けることなんて、あとにも先にもないだろう。

旅は1年続ける予定。
明日からいよいよ旅の第4クォーター、最終4半期である。
四半期ごとに変えている帽子もこれで最後の交換。
ここ、インスブルックで買ったadidasの帽子で夢の世界一周を達成したい!!
目標である5大陸制覇、1度も帰国せずに世界一周はなんとか果たしたい。

[ オーストリア、インスブルックにて ] 2001年 8月 14日
旅 273日目

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 小さな悩みの積み重なり
 ・メガネの表面のキズがひどく、見えにくい…
 ・残った小銭 ドイツマルクを両替え(処理)できない…
 ・カメラを落としてしまい、ちょっとヒビがはいってしまった…
 ・この先の旅のルートをどうしようか、考え込む…
 (友達のいるローザンヌに行って、行ってみたい町=ベルンに行くには金と手間がかかる?)

1ヶ月前のポーランドでの大きな事件をのり越え、なんとか旅を再開した。
旅を続けていれば、些細な悩みも発生する。
もうどんなことが起きても平気なつもりでいたが、 小さな悩みでもそれが積み重なるとなんだか気分がブルーになる。
世界一周達成の障害になるほどのものではないが、気分なんてちょっとしたことでいくらでも落ち込める事を再確認した。

[ オーストリア、インスブルックにて ] 2001年 8月 14日
旅 273日目

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 旅の31ヶ国目へ
オーストリアのインスブルックから西へ。
電車、バスを乗り継いで旅の31ヶ国目へ向かう。
その国は、リヒテンシュタイン公国。
生まれて初めて訪れる『公国』だ。
(※ 『公国』=ヨーロッパで君主を公とよぶ小国)

全人口3万人、首都の人口は5000人。
この旅で訪れた国の中で最も小さな国の1つだろう。
でも新聞発行部数は1000人あたり653と世界で1番の国だったりする。
(※ 日本は577で世界4位)

この国の知識もなければ、イメージもわかない。
TVの旅番組で見た事すらない気がする。

オーストリアとスイスの間に挟まれた小国、リヒテンシュタイン。
どんな国なのか、全く想像もつかない…。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 国境を越える気分<2>
青い空、白い雲、緑の山々…。
バスはのどかな風景を進む。
 :
 :
 :
 :
なんだかいつの間にかリヒテンシュタインに入っていたみたいだ。
たいてい国境にはパスポート検査や税関や両替所などあるものだが、そんなもの全くなかった。
国境を越えた瞬間というのが全く分からなかった。

パスポートに次々押される新しいスタンプ。
旅の初めの頃は国境を越え、新しい国へ入る事がうれしかった
日本人には馴染み薄い『陸路での国境越え』。
それも旅を続けている実感をわかせてくれるものだった。

しかし、旅に慣れてくると、陸路だろうがなんだろうが国境越えをたいして意識しなってくる。
今まですでに40回近く国境を越えれば、それがもう特別なことではなく思えてしまうものだ。

陸上での『国境』はなんともあいまいなものである。
壁や有刺鉄線などあれば見た目で国の境がわかる。
インドーパキスタンの国境がそうだった。
しかし、そうでない場合、国境ってたいして意味がないんじゃないかな、なんて思ったりした。
こう思えるのは平和な場所を移動しているからかもしれない。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 謎のリヒテンシュタイン
いつの間にか入国してしまったので、リヒテンシュタインの通貨『スイス=フラン』を まだ持っていない。
首都ファドゥーツまで行く市バスに乗るのも少しばかり不安だ。

「まぁ、乗れって!」
バスの運転手はきさくな感じ。
「(バス代はいくらなんだろう?)」
「(あとですんごいお金を請求されたどうしよう?)」
ファドゥーツまでの道中、終始落ち着かない気分だった。

「(あれ?)」
結局最後まで代金を払うことなくバスを下りることが出来てしまった。

「(なんで?)」
バスに乗ったらお金を払うもの、と思い込んでいる自分にこの展開は意外だった。

その後、訪れた美術館の入場料も払わずに済んだ。
切手博物館でも。
入場料くらい普通に払う気でいるのに、タダだとかえって薄気味悪い。

リヒテンシュタインは、外国人には寛大な国なのだろうか?
福祉国家で公共料金は税金でまかなわれていたりするのだろうか?
真相はよくわからないが、誰にも文句を言われてないし、警察もまだ登場していないから、 いいことにするか…。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 世界の国旗論
Lihiten_flag 日本人には殆ど馴染みのない国(と思われる)、リヒテンシュタイン。
国旗もここに来て初めて見た。
青、赤に二分され、王冠が模されている。(右図 参照)


自分は結構、『国旗好き』である。
今まで訪れた国々でも国旗のデザインは必ずチェックしていた。

<パターン1>
世界的に国旗は、主に『直線で構成されたもの』が多いことに気付く。
italia_flag
(インドネシア、タイ、イタリア、ハンガリー、オーストリアなど)
線で区分して色を塗れば、いろんなパターンの国旗を作ることが出来るからだろう。
直線で構成されていれば、布で縫い付けたり、紙に描いたりするのも楽だ。

<パターン2>
他には星(☆)や三日月をデザインしたものもよく見受けられる。
(ベトナム、中国、トルコなど)

直線で区分された国旗<パターン1>に、星や三日月<パターン2>など加えたものも良く見かけられる。
(マレーシア、シンガポール、パキスタン、ヨルダン、ボスニア=ヘルツェゴビナなど)

ふと、日本の様にマル(●)が主な構成要素になっている国旗は少ない様に思えた。
(他には韓国、バングラデッシュくらい)
真円は描くのが難しいからだろうか?
リヒテンシュタインの王冠の方がよっぽど描きにくいと思うのだが…。
●には何か悪い言われでもあるのだろうか?

直線、星、三日月、マル…。
国旗には色々な構成要素があるが、基本は『外ワクは長方形(もしくは四角)』。
しかし、ネパールの国旗だけ、外ワクが三角を二つたてに並べたようなデザインだ。
なぜ、あんな形になったのだろう?
世界唯一の独創的な国旗がちょっとだけうらやましかったりもする。

旅をしていて、国旗だけ見ていてもあれこれ色々考えてしまう。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 謎のこたえ
キックボードでファドゥーツの町を散策する。
「…うーん。」
丘が多く、キックボードには不向きな場所だ。

夕方になり、人が多くなって来た。
なんだかイメージと随分違う。
よく見ると屋台、出店が多い。
どことなく夏祭りムードだ。

「今日はナショナルホリデーなのよ。」
水を買ったスーパーのおばちゃんが教えてくれた。
なるほど、それでこんなに人がいるのか!
バス代や入場料がタダだったのも、それが理由かもしれない。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 夜空の花火
家族連れ、友達連れ、カップル、おじいさん、おばあさん…。
夜になると、小さなメインストリートは人で埋め尽くされた。
とても『人口5000人の首都』とは思えないくらいの人出である。
どうやらリヒテンシュタインが1年で1番にぎやかな日に来てしまった様だ。
せっかくなら、5000人の静かな首都を味わいたかった。

夜10時からは花火大会となった。
夜空を彩る花火。
みな、地面に寝そべり夜空を見上げる。
なんだか、日本の夏が思い出される。
日本の人たちも、今頃各地でおこなわれる花火大会をたのしんでるんだろうなぁ…。

一人、ヨーロッパで迎える夏。
ちょっとだけセンチメンタルになったりした。

大会の最後を締めくくる仕掛け花火。
FUR GOTT FURST UND VATERLAND
浮き上がる文字の意味はさっぱりわからなかった…。

[ リヒテンシュタイン、ファドゥーツにて ] 2001年 8月 15日
旅 274日目

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 旅の32ヶ国目、突入!
1泊だけリヒテンシュタインに滞在し、次なる国、スイスへ。
これまたいつの間にかバスで出国と入国を果たし、いつのまにかスイスに入っていた。

1993年、イタリアに行く際、チューリッヒの空港には来た事があるが、きちんとスイスに入国するのは初めてである。

車窓の景色はアルプスの山々。
ここらへんがあの有名な『アルプスの少女』の舞台のはずだ。
この物語を殆ど知らないので、なんの感激もなく、列車で一気に通り過ぎた。

ガイドブックをみると、『ペーターの家』という写真が載っていた。
実話じゃないのに、なんでこんな家があるんだろう?
客ひきのためわざわざ作ったのだろうか、などと冷めた考えを持ってしまう。

たどり着いたチューリッヒは大都会。
マクドナルドの普通のセットが約800円!
インターネット代がたった10分で約175円!
現増代がほかの国じゃ100〜200円のところ、ここでは420円!
ほか、水やバナナなどの食料、宿泊費など、なんでも高い!
この旅1番の物価が高い国だ!

物価が高い国って、それだけで貧乏バックパッカーには居心地が悪い。
なんだか、長居できない国に来てしまった気がしてならなかった。

[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 16日
旅 275日目

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 チューリッヒの街角で
チューリッヒの町なかで不思議なものを見つけた。
人間用の信号の『黄色』。
「こんなもの、いらないだろう!」
と思うのは日本人的発想なのだろうか?

かと思えば、信号のない横断歩道がチューリッヒ市内には結構ある。
ここでは、横断歩道上は絶対に人間優先。
『渡った者勝ち』なのである。
後から人間が横断歩道にさしかかろうが、車が止まってくれるのがとても気持ちいい。
調子にのってると、本当にひかれそうになることもあるが。

電話ボックス内、電話の横にキーボードがあった。
何かとおもったら、タウンページ(電話番号検索装置)のようだ。
なるほど、これは便利かもしれない、と思った。

地下道の壁に大きなガラスがあった。
中を覗き込むとチョコレートやクッキーやジュースが飾ってある。
よく見ると、飾ってあるのではなく、売っているのだ。
そのガラスはなんと、自動販売機だった。
その名も『24ショップ』、24時間自動販売機、ということだろう。
こんなことができるなんて、よっぽど治安がいいんだろうな、って思った。

[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 16日
旅 275日目

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 ベンチ ベンチ ベンチ
靴の形、バスタブの形、バスの形。
歩道から地下道から町の至る所に、いろいろな形のベンチがあった。

一般公募して、面白いものは実際に作りました、という感じがする。
肉の塊をスライスしたもの、宇宙船のシートになってるもの。
マンガのコマをはりつけたもの、穴の開いた背板から顔を出すもの。
いろいろなベンチを見て歩くだけでもおもしろい。
町がなんだか楽しい空間になる。
スイス人の遊び心にちょっとふれた感じがした。
[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 16日
旅 275日目

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 久々のインスタントラーメン
町のスーパーでインスタントラーメン『出前一丁』を見つけた。
手ごろなお値段、何より懐かしい食べ物に、思わず買ってしまった。

早速、宿の共同キッチンで作って食べてみる。
…………………………
腹にたまり、味も楽しめたが、それほど懐かしさはなかった。
別に大した感動もなかった。
[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 16日
旅 275日目

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 念願の救援物資
『13日の金曜日事件』で使えなくなってしまったVISAカード。
ないと不便。
手持ちのJCBカードだけではちょっと心細い。
ということで、夏休みにスイス旅行をするという大学時代の友達に旅のついでに持ってきてもらう手はずをとった
その待ち合わせ日、待ち合わせ場所が、『今日=8月17日、ここ=スイスのチューリッヒ』である。

待ち合わせに間に合うよう、この1ヶ月旅をつづけ、無事前日に現地入り。
そして、約束の時間、約束の場所で、あやちゃんに会うことができた。

約束のVISAカード、現金を無事受け取る。
感謝!
これで、『13日の金曜日事件』の回復作業は本当に完了した。
あとは、純粋に世界一周を達成するのみだ!

旅をしていて、知り合いに異国の地で再会。
旅の救援物資を受け取る取る。
こんな経験、めったにない。
電波少年みたいでおもしろいと思った。

[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 17日
旅 276日目

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 意外な救援物資
続いて、日本の新聞、日本の雑誌も受け取る。
感謝、感謝!
久々日本の新しい情報を入手でき、大満足!
インスタントラーメンより、ずっとうれしかった。

さらに続いて、たのんでおいたMDを受け取る。
ミスチル、スピッツ、エレカシ、…。
感謝!
これで、お得意の邦楽欠乏症が癒される。

「これ、たつきから…。」
「おおおお!」
『13日の金曜日事件』で失った万歩計、ポケットピカチューカラーをを親友がわざわざ買って送ってくれたのだ。
ありがたい!
ミュンヘンのおもちゃ屋で見つけ、買おうかどうかものすごく悩んだ一品だ
でも、買わなくてよかった!
日々記録していたその日の歩数をこれで再びカウントできる!
ありがとう、ともよ!

無事、現金やクレジットカードを運んでくれたあやちゃん。
そして、MDやポケットピカチュー、そしてお守りまで用意してくれたたつきに大感謝。
友達のありがたみが身にしみた。
「(いつか、ビッグになってこのご恩を…。)」
こうして、家族や友達にささえられ、旅が続いていることを再認識した。

『13日の金曜日事件』はいやな思いもたくさんしたが、こういったうれしいことにつながっていたとも考えられる。
なんにせよ、この旅で貴重な体験をたくさんしていることだけは確実だ。

[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 17日
旅 276日目

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 新たなる決意
チューリッヒで、親からの救援物資(クレジットカード、現金ほか)を無事補給。
これまで上限のあるクレジットカードのキャッシングだけでなんとか生き延びてきた。
しかし、これからはもう少しゆとりのある旅ができるはずだ。
13金事件の後処理がこれで完全に終了し、一安心。
事件後の1ヶ月、気分的に落ち込み、身近に友達も知り合いもなく、金銭面や言葉などの制限のある状況下、よく生き延びたものだ。
感心、感心。

カードや現金を用意してくれた親。
いろいろ思いをめぐらし救援物資を用意してくれたたつき。
それらを無事運んでくれたあやちゃん。
この旅はいろいろな人の助けを受けなりたっていることを再認識。
やりたいことを誰の迷惑もかけずやっていたつもりだったが、そうもいかなかった。
今は旅をサポートしてくれる人たちにただ、ひたすら感謝。

そんな人たちのため、そして何より自分のために絶対に世界一周を達成しなくては!
そんな新たなる決意を胸に旅を続ける。

当面はヨーロッパの最終目的地=ポルトガルの首都リスボンを目指し、西へ向かう旅が続く…。

[ スイス、チューリッヒにて ] 2001年 8月 17日
旅 276日目

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 スイスの車窓から
チューリッヒから列車で西へ。
スイスの列車はとてもきれいで快適だ。
車両は新しく座席数も多く、それでいてゆったりしている。

緑、山々、アルプスの町。
車窓からの景色は見ていて飽きない。
救援物資で受け取ったばかりのMDをBGMにして、列車内で楽しい時間を過ごす。
列車の旅が好きな自分には最高の時間だ。
こんな快適な列車な旅なら何時間でも構わない。

………のだが、チューリッヒ 〜 ベルン間はたったの1時間。
あっという間に目的地に着いてしまった…。

目的地にすぐたどり着くことはうれしいことのはずだ。
なのに、なんだかもったいないような、残念の様な気がしてならない。

[ スイス、ベルンにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 ベルン散策
スイスの首都=ベルンを散策する。

町のはずれにある『熊公園』。
その名の通り、一段低い囲いの中に熊が3頭いた。
にしても、なんで熊がこんなところにいるのだろうか?

この町の名をきめる時、最初に捕らえた獲物の名前を町名にしよう、ということになりベーレン(熊)からベルンになったそうだ。
それでここに熊公園があるわけだ。
…納得。

三方を川で囲まれ、時計塔、噴水塔のある静かな町並み。
世界遺産の町、そしてアインシュタインの過ごした町。
コンパクトにまとまったヨーロッパの町並みはゆっくり歩いているだけでなんだか心が落ち着く。

しかし、難点が1つある。
石畳が多く、キックボードが使えないことだ…。
折りたたんで肩にかけ持ち歩くだけのキックボードなんて、ただの足かせでしかない…。

[ スイス、ベルンにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 11年ぶりの再会
半日のベルン観光を終え、列車でさらに西へ。
目的地ローザンヌで、ある友人と会う約束をしていた。

ベルンからは、またたった1時間でたどり着いてしまったローザンヌの駅。
「あ!」
停車直前、見覚えのある女性をホームに発見した。
静かに停まった列車を降り、その女性のいる方へ向かって歩き出す。

「シゲェータ!」
やはり彼女だった!
「アン! 元気?」
アメリカ留学時、一緒に1年間オークハーバー高校に通った スイスからの留学生、アンとハグして再会を喜び会う。
1990年の卒業以来、実に11年ぶりの再会だ。

世界一周の旅前半は世界の観光スポットをいかに多く回るかが自分の中で重要なことだった。
しかし、旅の後半はこういった人との再会の楽しさ、意義を実感することが多い。

ボスニアで会ったケリーに次いで、2人目の留学仲間との再会。
11年前にがんばった1年間のアメリカ留学が、今につながっていることがとても楽しくうれしい。
世界のどこかに自分を知っている友達がいるってなんかいい。
この再会で素直に思った。

[ スイス、ベルンにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 11年ぶりの再会 x2
「アンってすぐわかったよ!」
「あなたも変わってないわね、シゲタ!」
「アンも! ええっと、おなか以外は…。」
もともとぽっちゃりした体形の彼女だが、おなかのふくらみの理由は明らかに体質とはちがうものだった。
「いつ生まれるの?」
「11月ころ。3人目なのよ!」
「リサから聞いているよ。」

ブラジルからの留学生=リサと自分はアメリカの高校を卒業して以降、地球の反対側に住んでいるにもかかわらず、 4回も日本やブラジルやアメリカで会っている。
 ( 1)'94年 横浜にて 2)'95年 サンパウロにて  3)'98年 東京にて 4)2000年 オークハーバー、リユニオンにて )
そのリサとは旅の前も、そして旅の間もメールでよく話していた。

「リサ、先月ここに来たんでしょ?」
リサとアンは留学時代から親友同士である。
しかし、親友とは言えブラジルとスイスにお互いの生活があって、卒業以降まったく会えなかったようだ。
先月リサが休暇をとって、ここに来たとメールで聞いていた。
それこそこの二人も先月11年ぶりの再会を果たしたのだ。

「オークハーバー高校を卒業して以来11年、オークハーバー高校の人とは会う機会が全くなかったのに、親しい二人がこの2ヶ月に立て続けにここに来てくれるなんて!」
輝かしい日々を思い出したのか、友達の訪問がうれしかったのか、アンはすごくうれしそうだった。
去年のリユニオン(高校卒業生の同窓会)にアンは赤ちゃんがいて来れなかったもんな…。」
「リサもあなたも世界中飛びまわってるわね! うらやましい!」
11年ぶりの再会など感じさせず、日本とスイスの距離など関係なく、すぐ昔のように会話がはずんだ。
これまた不思議な体験だ。

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 11年の時の流れ
ローザンヌの駅前にアンのだんなさん=ザビエルが車を泊めて待っていてくれた。
「はじめまして。 Nice to meet you!」
ザビエルとフランス語でなく、英語で挨拶を交わす。
「外国から友達が来ると英語を話す機会が増えていいね!」
警察官のだんなさんは笑顔で東洋からの旅人を受け入れてくれた。
先月ブラジルから来たリサとも英語で話せて楽しかった様だ。

車の中には小さな娘さんが2人いた。
「彼女はオヘリー。しっかりもののお姉さんよ。」
「ハロー! 元気?」
つい、英語で挨拶をしてしまった。
「○#&+□ △*# ▽◇!」
オヘリーは舌ったらずなフランス語で何か一生懸命言ってくれた。
もちろん挨拶してくれたんだろうが、フランス語の知識のない自分にはよくわからなかった。

「こっちはセリーヌ。1才半。まだ言葉はしゃべれないけど怖いもの知らずなの。」
「こんにちは!」
セリーヌはニコッと笑顔を返してくれた。
11年ぶりの再会は、新しい出会いの場でもあった。

「ほら、セリーヌ、これをちゃんと持って。」
最後に会った時はお互い高校生だったのに、アンのいいお母さんっぷりに11年の時の流れを感じた。
「子育て、忙しそうだね。」
「もう、本当に忙しいわよぉ!」
アンは困った顔をしつつも、幸せそうにこたえてくれた。

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 友達による豊かな旅
アンは車でレマン湖周辺を見せて回ってくれた。

オリンピック博物館の入り口を見る。
「あ、そうか。ローザンヌに国際オリンピック委員会の本部があるんだっけ!」
ガイドブックから得たばかりの知識を思い出す。
それほどオリンピックに思い入れはないが、世界の祭典の本部のある町に来た、というだけで何かうれしいものだ。

「まぁまぁの味ね。」
昼に食べたチーズフォンデュ。
アンはその店の味に納得していなかったが、自分としては本場でフォンデュ食べられ、ちょっと満足。

「シゲタ、対岸の町がみえる?」
「あぁ、見えるけど?」
「あそこ、『エヴィアン』よ。」
なんとなくなじみのある名前である。
「知らないの? 『エヴィアン』よ。」
「…………。 あぁ!」
あのミネラルウォーターの『エヴィアン』であると気づくのに少し時間がかかってしまった。
エヴィアンがこんな所にあるなんて、ぜんぜん知らなかった。
というか、エヴィアンがどこにあるかなんて気にもしたことがなかった。

車で移動した隣町。
「あそこに見えるのがネスレの本社だよ。」
コーヒーやチョコレートで世界的に有名なネスレの本社を思わず見てしまった。
「なじみあるあのネスレはここが本社のなのか…。」
コーヒー好きの自分にとって、なんとなく感慨深いものがあった。

このエリアにはいろいろな本部や発祥地があることに気づかされた。
地元に住む友達がいると、知らないこと、気づかないこと、ガイドブックには出てない情報を聞けてしまう。
なんだかものすごく得した気分になり、旅がより豊かにより楽しいものになる。

韓国、 イタリアブラジル
過去、旅した国々でもこういったことがあった。
他の人が味わえない深みのある異文化体験。
これがとても楽しい。
それで自分は異国めぐり=浪夢が好きなんだなぁ、と再確認。
改めて、異国の地の友達に感謝。

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 『人と人とをつなぐもの』
その日はアンの家に一泊させてもらった。
緑に囲まれた閑静でゆったりとした住宅街。
その中の静かなプール付きの一軒家。
ちょっとリッチな気分でゆっくりと寝ることができた。

寝る前にアンと久しぶりにゆっくり話した。
こちらの世界一周の旅のこと。
1年前のオークハーバー高校のリユニオン(=同窓会)のこと。
アンの二人の子供のことや仕事のことなど話はつきない。

あわただしく生きる人が多い中、こんなゆったりとした時間をもてることって貴重なんじゃないか。
そんなことを思った。

「この後、ブラジルに行くの?」
「うん。リサに会ってくるよ。」
「よろしく言っておいてね!」
「もちろん!」
各地を巡る世界一周の旅。
実は自分が『人と人とをつなぐもの』になっているのではないか?
『じろおむんど』=世界をまわす一役を担っているのではないか?
アンと話していて、なんだがそんな気がした。

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 歩数測定、復活
救援物資として受け取った『ポケットピカチュー』(=万歩計)。
そのおかげでまた今日から1日の総歩数を測定できるようになった。

今日の歩数は 18857歩。

うん、まずまずだ。

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 18日
旅 277日目

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 旅情をあおる別れ
翌日。
アン一家は車でスイスとイタリアの国境まで送ってくれた。
「もう仕事が始まっちゃうから全然かまえなくてごめんね。」
アンが申し訳なさそうに言った。
「いやいや。久々に会えて楽しかったよ。いろいろありがとう!」
たった1日の再会だったが、とても貴重な時間を過ごすことができた。

イタリアへ向かうバスがいよいよやってきた。
ザビエル、オヘリー、セリーヌ、そしてアンと国境でお別れ。
「ばいばい。」
3才の長女、オヘリーが別れのキスを頬にしてくれた。
こういったヨーロピアンスタイルのお別れは、なんだか旅情をあおってくれる。
「元気に旅を続けてね。」
古い友達との別れは、さびしい気持ちにさせてくれる。
9ヶ月も旅を続けていれば、出会いと別ればかり。
別れには慣れっこだが、さすがに今回は少し感傷的になった。

色々な人に見送られ、自分が旅をしていることを実感させられる。
自分の世界一周の旅はまだまだ続く…。
まずはヨーロッパのゴール、リスボン目指して!

[ スイス、ローザンヌにて ] 2001年 8月 19日
旅 278日目

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ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

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バングラデッシュ〜ミャンマー

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タイ(3)〜U.A.E.

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トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

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シリア

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レバノン〜エジプト

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ギリシャ〜ボスニア

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クロアチア〜チェコ

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ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

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オーストリア〜ドイツ

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イタリア(2)〜フランス

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スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その18 ー目次ー  
キックボードでの移動 (2003/ 7/ 01 更新) ………大きな荷物と一緒に乗ってもOK!(2001/ 8/ 09、ミュンヘン)

大活躍のキックボード (2003/ 7/ 01 更新) ………宿探しに大活躍(2001/ 8/ 09、フュッセン)

憧れの城へ (2003/ 7/ 01 更新) ………キックボードと共に(2001/ 8/ 10、ホーエンシュヴァンガウ)

ネット上での旅の報告 (2003/ 7/ 08 更新) ………見つからない日本語可能なネットカフェ(2001/ 8/ 12、ホーエンシュヴァンガウ)

ドイツ出国前のふた焦り (2003/ 7/ 08 更新) ………国境越え前の珍騒動(2001/ 8/ 13、フュッセン)

新しい町での確認事項 (2003/ 7/ 08 更新) ………新アイテムによる旅の視点の変化(2001/ 8/ 13、インスブルック)

祝! 旅、9ヶ月経過 (2003/ 7/ 08 更新) ………第3クォーター終了(2001/ 8/ 14、インスブルック)

小さな悩みの積み重なり (2003/ 7/ 08 更新) ………なんでもこい!のはずが…(2001/ 8/ 14、インスブルック)

旅の31ヶ国目へ (2003/ 7/ 15 更新) ………未知の国を前に(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

国境を越える気分<2> (2003/ 7/ 15 更新) ………感動うすれる陸路越境(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

謎のリヒテンシュタイン (2003/ 7/ 15 更新) ………無料の国?(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

世界の国旗論 (2003/ 7/ 15 更新) ………国旗を見て考えること(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

謎のこたえ (2003/ 7/ 15 更新) ………国の祝日?(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

夜空の花火 (2003/ 7/ 15 更新) ………花火をみて感傷的に(2001/ 8/ 15、ファドゥーツ)

旅の32ヶ国目、突入! (2003/ 7/ 22 更新) ………物価の高い国へ…(2001/ 8/ 16、チューリッヒ)

チューリッヒの街角で (2003/ 7/ 22 更新) ………初めて見るいろいろなモノ(2001/ 8/ 16、チューリッヒ)

ベンチ ベンチ ベンチ(2003/ 7/ 22 更新) ………町中にあふれる不思議なベンチs(2001/ 8/ 16、チューリッヒ)

久々のインスタントラーメン (2003/ 7/ 22 更新) ………あまり感動せず…(2001/ 8/ 16、チューリッヒ)

念願の救援物資 (2003/ 7/ 22 更新) ………13金事件の後処理、完了!(2001/ 8/ 17、チューリッヒ)

意外な救援物資 (2003/ 7/ 22 更新) ………家族、友のありがたみを再認識(2001/ 8/ 17、チューリッヒ)

新たなる決意 (2003/ 7/ 29 更新) ………世界一周達成に向け(2001/ 8/ 18、チューリッヒ)

スイスの車窓から (2003/ 7/ 29 更新) ………快適な列車の旅(2001/ 8/ 18、ベルン)

ベルン散策 (2003/ 7/ 29 更新) ………静かな首都(2001/ 8/ 18、ベルン)

11年ぶりの再会 (2003/ 7/ 29 更新) ………留学仲間アンと再会(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

11年ぶりの再会 x2 (2003/ 7/ 29 更新) ………先月、アンとリサも再会(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

11年の時の流れ (2003/ 7/ 29 更新) ………母になったアン(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

友達による豊かな旅 (2003/ 7/ 29 更新) ………地元の友達の地元情報(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

『人と人とをつなぐもの』 (2003/ 7/ 29 更新) ………『じろおむんど』を認識(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

歩数測定、復活 (2003/ 7/ 29 更新) ………万歩計、再装着!(2001/ 8/ 18、ローザンヌ)

旅情をあおる別れ (2003/ 7/ 29 更新) ………少し感傷的なお別れ(2001/ 8/ 19、国境)

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