Tilte_LOGO

− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その2> −

タイ〜カンボジア

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 旅、再開のうれしさ
これから訪れる予定の国、ラオス、カンボジア、ベトナム、そして中国。
これらの国へ行くにはビザが必要で、そのビザをバンコクで一気に申請、取得していた。
余裕のある旅程、日本で取得するより安いビザ代などがその理由。

でも、これだけのビザを一気に取得することは、それだけ時間もかかるということ。
申請中にバンコク市内を観光したりするものの、旅が足止め状態になった。

昨日、中国ビザの取得日がわかり、やっとバンコクから移動できる目処がたった。
やっと旅を再開できる!!
それがすごく嬉しかった。

これからも、旅を先に進めたくても、ルートが閉ざされてたり、政情不安定で行けなかったり、足止めをくらうことがあるだろう。
そういう時って結構イライラするのでは、って感じた。

それと同時に、それを乗り越えた時、クリアされた時、かなりうれしいこともわかった。
がんばってすすむ事の意義、達成感をこんなビザ取り作業から味わえた。

さぁ、バンコクを離れ、北へ進路をとろう!
でも、毎朝行っていた食堂のおばちゃんやそこで働く小さな女の子と会えなくなるのはちょっとさびしい…。

[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 22日
旅 38日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 不思議な朝の光景
タイ北部、チェーンライにて。

朝はやく起き、バス停を目指した。
食堂の前には、オレンジ色の袈裟を着たお坊さんの行列があった。
食堂のおばさんはお坊さん一人一人に食べ物を渡していた。

「不思議だよなぁ…。」
何度も何度もお頭を下げ感謝していたのは、食べ物をもらっているお坊さんでは無く、渡しているおばさんの方。
お坊さんは何か唱え一礼し、また次の食堂へ向かって行った。

世に言う『托鉢』の光景なのだが、初めて目の当たりにしてビックリした。
食べ物をあげる方ではなく、もらう方が感謝されるなんて、考えた事もなかった。
物質社会、貨幣社会の中で生きている人間としては、とても新鮮な光景だった。
仏につかえるお坊さんに托鉢をする事は『徳』を上げる事。
『徳』を上げれば来世で幸せになれる。
そういった信仰心からこういう行動が定着したのだろう。

お坊さんも唱えてあげる事でその食堂のおばちゃんに幸せを与えている。
いい循環がここに出来上がっている。

信仰心という『精神的なもの』と食べ物という『物理的なもの』が交換できてしまうってのはなんとも不思議に思えた。

「あ! 大好きな芸能人にプレゼントを渡して受け取ってもらえたら嬉しいのと一緒か。」
そう考えれば、ちょっと納得できるような気もした。

[ タイ、チェーンライにて ] 2000年 12月 26日
旅 42日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 国境を越える気分<1>
タイ北部、チェンコーンという小さな町で約2週間ぶりに出国。
手こぎのボロ船でメコン川をのんびりと渡り、すぐ先の対岸=ラオスへ入国した。

「第6ヶ国目突入!!」
旅のはじめのうちは国境越えが妙にうれしい。
旅がどんどん進んでいる実感を味わえるのと、記念となるパスポートのスタンプがどんどん増えるからだ。
さらに、国が変われば、言葉や文化、お金(貨幣単位、紙幣デザイン)や景色もかわり、その違いを知るのも面白いから。

さらに徒歩や車での陸路、小さな船による海路で国境を越える感覚は、なんだか楽しい。
空港で出国審査をし、飛行機に乗る事が国境を越える事の大前提になっている島国育ちの日本人。
そんな日本人にとって、こういう素朴な越境は旅の乙な気分を楽しませてくれる。

「ちょっと先にすすんだだけなのに、もう違う国なんだ…。」
陸地にも国境線があることを、改めて知らせてくれる。
「あっちはタイ、もうこっちはラオス。国以外、民族とか自然とか何か違うのだろうか?」
人間がつくった国境というものは、自然の摂理とは関係ないものなんだなとふと思えた瞬間だった。

[ ラオス、フエサイにて ] 2000年 12月 26日
旅 42日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 死ぬ? <2>
スピードボート。
入国したてのラオス=フエサイから世界遺産の町=ルアンプラバンへ行くのに乗ることになったとんでもない『ボロ船』。

グワアアアアァァァーーーーー!
船体後部にむき出しでつけられたエンジン。
とにかくスゴイ音を出すので、うるさい。
うるさすぎて、隣の人と話す事なんて出来やしない。
耳栓をしても、ヘルメットをかぶってもまだうるさい。

そのヘルメットもライフジャケットも色んな人の汗がこびりついていて、とても臭い…。

ボロ船に体育座りで座らされ、身動きは殆ど出来ない。
せまくて、座り直しすら出来ない。
もちろん立ち上がる事なんてできやしない。
ただ、ひたすら黙って座っているだけ。

このボロ船はものすごいスピードで水面をきるように疾走するシロモノ。
「バランスを崩したら、絶対死ぬな…。」
それくらい迫力と恐怖感にあふれた乗り物。
遊園地にあるどんな絶叫マシンよりも『コワイ』。

そんなうるさく、身動きも出来ないスピードボートでメコン川を下ること6時間。
川に標識などないので、あとどれくらいでルアンプラバンへ到着するのか、全くわからない。
ただ体育座りをして耐えるだけの辛く長い船旅が続く。

日も傾き、段々寒くなってきた。
そろいに揃った悪条件にさらに加わる大嫌いな寒さ。
「寒い…。ギブアップ…。」
早くどこかでお茶でも飲んで、ゆっくり温まりたい。

それからしばらくして、日が沈みかけた時、ボロ船はやっとルアンプラバンに到着した。
「よかったぁ!!!!!」
岸に足をつけた時、本当に、心の底からうれしかった。
この旅を生き延びた気すらした。
苦難の連続の旅をする『電波少年的気分』をなんと無料で味わえてしまった。

地獄の様な6時間強。
生涯、もう2度とこのスピードボートには乗りたく無い…。

[ ラオス、ルアンプラバンにて ] 2000年 12月 26日
旅 42日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 旅とトイレ<1>食事制限
長時間移動を控えている場合、大抵食事を制限する。
乗り物酔い対策、というより、トイレ対策。(大きい方)
腹を下してトイレの事ばかり気にしていたら、景色も旅も楽しめない。

と言うのも、アジアで旅をする場合、バスにしろ列車にしろ、移動するものにトイレが無い状況が多々ある。
あっても汚な過ぎて使いたくないことも多い。
移動中にトイレに少しでも関わらない様、食事は控えめにする。

何より、出したい時に出せないつらさ、次の休憩所を今か今かと待つツラさを味わいたく無いのである。
小学生のように学校でトイレにいくのが恥ずかしい、とかでなく、トイレそのものに行けない状況にはまりたくないのである。

休憩所のトイレも汚い場合が多いし、トイレなどない休憩所もあったりして…。
だから、長時間移動前は食事に気を使う事が本当に多い。

食事制限をしっかりしたからこそ?ほとんどこう言ったトラブルに見舞われたことがないんだけど…。

さらには旅の間のトイレのトラブルでは、せっかく確保した席をとられたくなかったり、大荷物が邪魔だったり、色々あったりする。


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 旅とトイレ<2>『ほけしょん』
移動直前にはバス停やら駅にあるトイレへ必ず『ほけしょん』(=保険でしておくしょんべん)に行く。
その時したくなくても、保険で用を足しておくとその後の移動中、気分がかなり楽になるからだ。

男の場合は万が一『小』をしたくなってもどこでも出来るからいい。
立ちションはどの国でもみられる男の特権だ。
(後日、インドでは、男性は屋外で立ってではなく座ってしているのを目撃。)

だけど、女性はそうもいかず大変だなぁ…。
同じ旅をするにしても、ここら辺に男女という性別の差が出るなぁ、なんて思った。

「男性は人目のある屋外でも『小』を出来るけど、女性は個室が必要だよなぁ…。同じ人間なのに、なんでこれは違うんだろう?」
旅の一幕から、男女のトイレの習慣の違い、性別による羞恥心の差なんてのも考えたりした。


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 楽しみなネットカフェ<1>
「旅も順調そうだね。そっちは暑そうだけど、日本は寒いです…。」
「キムタクと工藤静香ができちゃった結婚したよ!」

インターネットが普及し、電子メールのおかげで世界を放浪しながら、日本の最新のニュースを聞けたり、 旅の話をリアルタイムに語り、感想を聞けたりできる世の中になった。
インターネットカフェに行き日本や世界の友達と電子メールのやり取りをするのは、旅の間の大きな楽しみの1つになった。

それまで旅の報告は、旅先から絵ハガキを書き、一方的に送りつけるだけだった。
でも、メールは旅の報告をあれこれ書け、大人数に送れる上、返事までくる素晴らしいアイテム。
旅をしている距離すら感じさせない不思議さもあったりする。
でも、そんな友だちの何気ない普段通りのメールが旅の励みになり、心を癒してくれた。

これまで訪れた国、オーストラリア、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、 そしてこのラオスにもちゃんとインターネットカフェがあった。
値段も安く、ちゃんと日本語を読み書きできる店が多く、すごく助かった。
これも一重にアジアへの日本人旅行者が多いから、である。
みなに感謝。

ルアンプラバンのインターネットカフェでメールを書いていると、オレンジ色の袈裟を着た、 若いお坊さんたちがやって来て一生懸命メールを書いていた。

修行僧にコンピュータ。
なんとも現代風な光景が微笑ましかった。
…21世紀もすぐそこだ。

[ ラオス、ルアンプラバンにて ] 2000年 12月 27日
旅 43日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 世界一素朴な首都
ここには、渋滞なんてない。
道路は一部しか鋪装されていなく、どこもホコリっぽい。
信号もなく、道にはまばらにのんびりと車やバイク、自転車が走っている。

ここには、高層ビルなんてない。
高い建物はホテルくらいで、大抵3階建ての建物しかない。

ここには、スーツ姿の人などいない。
暑さのためか、みなラフな格好でいる。

ここには、マクドナルドや、7ー11などのフランチャイズ、チェーン店などない。
広く、のどかで緑が多い。

これがラオスの首都、ビエンチャンだ。

ローマ、パリ、ロンドン、バンコク、クアラルンプール、ジャカルタ、ソウル、東京。
世界の首都といえば、人と車と高層ビルであふれ、大気汚染、人口過密な場所というのが大体のイメージ。
でも、ここはそんなものとは無縁の首都。
世界一素朴な首都。

町の雰囲気も素朴だけど、官庁とか首都に有るべきものがあるのかすら疑わしい程、首都っぽく無い。
映画館やボーリング場などの娯楽施設、テレビ局や新聞社などもあるのだろうか?
どこかの『ある田舎町』といっても語弊は無いくらい。

でも、
「世界にこんな首都があったっていいよなぁ…。」
なんて思ったりした。

[ ラオス、ビエンチャンにて ] 2000年 12月 29日
旅 45日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 里帰り?
1週間程ラオスをめぐり、一旦バンコクへ戻ることにした。

各国のビザを取るため2週間滞在したホテル。
毎朝食べに行った駅前の食堂。
よく行ったインターネットカフェ。
ちょっとだけ住み慣れた町に戻るのがなんだかうれしい。
1週間離れただけなのに、すごく懐かしい帰郷気分。

ホテルの受け付けの人、食堂のおばちゃんたち、俺のこと、覚えてるかなぁ?

[ タイ、バンコクに向かう列車内にて ] 2000年 12月 31日
旅 47日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 世紀越え<1>
今世紀もあと3時間程。
1日かけ列車でバンコクに到着し、以前に泊まったホテルにすぐチェックイン。
「あら、また来たの?」
受付のお姉さんは俺の事を覚えていてくれた。
ちょっとした地元っ子気分が味わえ、うれしい。

年越し&世紀越しカウントダウンはどうやらワールド・トレード・センター(通称ワートレ)前が1番盛り上がるらしい。
急いでバスに乗り、ワートレへ。

すでにタイ人、西洋人など様々な人種が入り交じり、ワートレ前の道路は大混雑。

 5

 4

 3

 2

 1

 0!
ハッピー・ニュー・センチュリー!!!(新世紀おめでとう!!!)

生まれて初めての『世紀越え』はタイのバンコクで、となった。
そしてこれが最初で最後の『世紀越え』だろう。

『世界一周の旅』をしながら『新世紀を迎え』た。
100年前の20世紀になる頃なんて、世界旅行をする人なんていなかっただろう。
ということは、もしかして、これは人類史上初の快挙なのでは?
そう勝手に思い込んでいる。

[ タイ、バンコクにて ] 2000年 12月 31日
旅 47日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 新世紀、初仕事
21世紀になった。

旅の間、服は着ないわけにいかないし、着れば当然よごれる。
暑い東南アジアでは汗も良く出るので、こまめな洗濯は結構重要。
でも、1週間のラオス放ろう中は、移動続きで洗濯をする暇が全然なかった。

それで、新世紀初日はたまった洗濯物を洗うことになった。

Tシャツ、長そで、パンツ、靴下…。
量があると、洗うだけでもかなり大変。
洗う、脱水、洗う、脱水。
半日かけて、ただ、ひたすら洗う。
最後に大量の洗濯物をホテルのベランダに干し、この大仕事を終えた。

こうして世界一周を目指す旅人の新世紀は地味ぃーに始まった。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 1月 1日
旅 48日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 長旅の洗濯、ABC
長い旅の間、洗濯は手で行なう。
洗濯屋に出すのも選択肢の一つだが、長い旅をする場合、これは経済的でない。
夜、時間がある時に自分で洗えばすむからだ。

以下は『長旅の洗濯のポイント』。
短い旅をする人や日本で洗濯機がある生活をしている人は読む必要が全くない項目。


■旅に持って行く服■
洗濯を頻繁にすることを考え、乾きがいい服を旅に持って行くことが大切。
Gパンは大きく洗いにくくさらに乾きにくいので、乾きのいいチノパンを普段はくようにしていた。

■洗う前に気にする事■
せっかく洗っても服が乾かなければ洗濯は完了しない。
半乾きの服をカバンにつめるのは気持ちが悪いしニオイも気になる。
天気がいい、湿気が少ない、扇風機があるなど、干す場所があり乾きがいい場所を確認してから、洗濯するように常に考えていた。

■洗面所とmyゴム栓■
部屋にある洗面所に水をため、ひたすら手でこすって洗う。
ゴムせんがない所も多いので、自分で1つゴム栓を持っているといい。
自分のゴム栓がうまくはまらない場合は、靴下を栓代わりにすることもあった。

■洗剤? 石鹸?■
はじめのうちは日本から持参した粉洗剤を使っていたが、なくなると石鹸で服を洗う様になった。
石鹸はシャワーの時に体も洗え、洗濯時には服も洗えるなんとも使え頼れるやつ。
ホテルに備え付けのチビ石鹸あったら、ストックがあっても長い旅のことを考え、いつもキープしておいた。
『石鹸、きらすべからず』

■脱水は1番大変■
一通り洗い終えると、次は脱水。
これがまた面倒臭い。
脱水に手を抜くと乾きが悪いし、力をいれ過ぎると服がいたむ。
この加減が難しい。
ここバンコクみたいに乾きがいい所は、脱水も程々ですみ、服もいたまず、疲れなくていい。

■干す(洗濯ロープ、針金のハンガー)■
脱水も終われば最後は干す作業。
アジアで旅をしていると、ホテルの裏に干す場所があったりするが、それがどこにでもあるとは限らない。
そんな時は手持ちの洗濯ロープを部屋に張り巡らし、服を干す。
暑い東南アジアの場合、たいてい部屋の天井に備え付けの扇風機があり、その風が良くあたるように干していた。

靴下や下着だけ洗った場合は、手持ちの針金のハンガーにぶらさげ干していた。
針金のハンガーってかさばらず、使えてとても便利。


上記のことに気を配れば、洗濯も乾燥もバッチリ!
長い旅も安心!
………のはずである。


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 偉大なり、文明
移動、観光、移動、観光が続くと洗濯している暇が無い。
服は5組くらいもっていたが、洗濯物がたまるとやはり気分がよくない。
たまに『洗濯休憩日』をとろうかと思ったこともある程。

旅の間、3日に1回はしておいた方がいい洗濯。
それも毎回『手洗い』。
これが疲れるし、大変。

でも、たまぁーに知人宅で洗濯機を使わせてもらえることもあった。
洗剤を入れ、ボタンを押すだけ。
洗って、脱水までしてくれる。

楽。
とにかく楽。
その便利さにひたすら感激。

文明ってすごいって素直に感じた。
昔の人や、洗濯機の買えない国や地域の人は今でも手洗いしていて大変だな、って実感した。
こんなこと、日本で生活しているだけじゃ、感じる事なんてできない。
『洗濯機』=文明の便利さを改めて知る旅にもなっている。


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 参拝時の願いごと<1>
21世紀になった。
大仕事の大洗濯大会をおえ、ホテル近くにある『ワット・トライミット』へ新世紀初詣に行った。

旅の間、観光でいろいろなお寺や教会をお参りする事が多い。
せっかくだから、どこに行ってもある事を必ずお祈りする。
それは、ズ バ リ

『旅の安全』

まだまだ長い道のりの世界一周。
無事、この旅を終われるように。
幼き頃からの夢、目標を達成できるように、参拝時に必ずこれをお祈りするようにしていた。

新世紀初詣でも、黄金の仏像に『旅の安全』を何回も何回もお祈りしてきた。
これで、この先、多分大丈夫だろう。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 1月 1日
旅 48日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 国境を越え、変わる世界
タイの東端の町、アランヤプラテートからカンボジアへ陸路で国境をこえた。

舗装されていない、ホコリっぽい道。
片足が無く松葉づえをつく人。
荷物をたくさん乗せた荷車を引く人々。
子供や大人のものごいたち…。

貧しさと雑踏が混在する場所…。

人が作った境界線をこえただけで、雰囲気がガラっと変わってしまった。
先程までいたちょっと向こうの土地とこっちでは、世界が変わってしまった気すらした。
少しの移動、大きな変化に戸惑った。

[ カンボジアにて ] 2001年 1月 3日
旅 50日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 死ぬ?<3>
ピックアップトラック=荷台のある車。
その後部座席に乗り、カンボジアの西端、ポイペットから一路東を目指した。

1月とは言え、かなり暑いカンボジア。
ピックアップトラック内では冷房をつけているのに、一向に涼しくならない。
窓を開けた方がマシな気もするが、道が鋪装されていないためほこりが舞い込むのでそうもいかない。

車内は2人がけのシートに3人で座るのでものすごくせまい。
道路は車が普通に走る事が困難な程、でこぼこ。
リラックスなどとても出来ないくらい揺れまくる。

そんな『大地震+蒸し風呂』状態のまま、車は進む。

でも、『死しにそう』なのはこれらが理由ではない。
この鋪装されていない道路の脇に地雷があちこち埋められているからだ。

「道路以外は歩かないで下さい。」
トイレ休憩でおしっこをしに道から離れしげみに行くのは半ば自殺行為なのだ。
こんなところで用をたして、死んでる場合じゃ無い…。

さっき国境の町で見た足の無い人も多分地雷の犠牲者だろう。
なんともひどく、なんとも悲しい話である。

[ カンボジアにて ] 2001年 1月 3日
旅 50日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 感動のアンコールワット
来た、アンコールワット!
テレビや雑誌で何でも見た事のある不思議な遺跡。

見た、アンコールワット!
自分の肉眼でみるその遺跡。

…ただ、ただ、感動。

入った、アンコールワット!
石の巨大建造物、回廊、壁のレリーフ(彫刻)。
「こんなでかいもの、よくつくったなぁ。」
遺跡に来る度に思う感想をここでも感じさせられた。

とにかくすごい!!!!
実際に行って見る感動は映像や写真、文章なんかからじゃ、絶対に伝わらない。

[ カンボジア、シェムリアップにて ] 2001年 1月 4日
旅 51日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 「地球に生まれてよかった。」
アンコールワットから、バイクタクシーにのり、バンデアイスレイ遺跡を目指す。
バイクの音を聞き付け、小さな子供たちが家から道ばたに走り出てくる。
ボロボロの服の子供。
中には何も着ていない子供さえいる。
その子供達が大きく手を振ってくる。
無邪気に笑顔で、大きく何か叫びながら。

歓迎されているようで、何だか嬉しい。
こちらも手を振り返す。
見知らぬ観光客に手を振り返してもらって、子供達も大喜び。

手を振ったどちらもが嬉しい、このほんの一瞬のやりとり。
言葉など関係のない挨拶。
小さな彼らとほんの一瞬だけ心の交流出来た事がものすごくうれしかった。

「オレ、地球に生まれてよかった…。」
バイクタクシーの後部座席に座りながら、素直にそう思った。

[ カンボジア、シェムリアップにて ] 2001年 1月 5日
旅 52日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 おれ、カンボジア人?
「君はカンボジア人の有名歌手そっくりだ!」
ホテルに戻ると、バイクタクシーの運ちゃんが言う。
まわりのカンボジア人も大笑いしながらうなずいていた。

どうやら自分は相変わらず『ものすごく』東南アジア顔をしているらしい。
ここでも日本人扱いされない。
悲しんだ方がいいのか、喜んだ方がいいのか……??

「いやぁ、本当に似てるよ!」
「自己紹介の時、僕は『ブリアップ・ソウ・ワット』です、って言ったらみんな信じるよ!」
そこまで言われると、その『ブリアップ・ソウ・ワット』という歌手を見てみたくなった。

「これがそうだよ!」
バイクタクシーの運ちゃんがその歌手カセットテープのケースを持ってきた。
「どれほど似ているんだろう?」
ドキドキしながらケースを見てみる。








…全然似てない!
どこをどう見たら、似てるのだろうか?!

「いや、似てるよ!」
彼らは決して譲らない。

多分、彼らの目に自分はこういう風に映っているのだろう。
ちょっとショックだったりもした…。

[ カンボジア、シェムリアップにて ] 2001年 1月 5日
旅 52日目

この頃の世界一周旅行の日記
『ゲイターをさがせ!』へ


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 旅の便利アイテム<1>
旅をしていて感じた、『便利なアイテム』

●●●ボールペン●●●
ホテルにチェックインする際、
入国時、入国カードを記入する際、
ちょっと感じた事をメモとったり、習った現地の言葉をかきとめたり、 何かと出番の多いボールペン。

地域によってはあげると喜ばれたり、物々交換できたりもする。
安くてあげてもいいようなボールペンは何本あってもいい。

●●●コンパス●●●
行きつけのホルモン焼き屋のマスターにもらった方位磁石。

有名ホテルや通りの名前など、目印になるものを見つけ、 このコンパスで方角(東西南北)を調べ、町の地図があれば、 初めてきた町でも大体自分がどこらへんにいるのか、位置を知ることができる。
旅の間、全然迷子にならなくて済んだのはこのコンパスのおかげ。

ものすごく使えるやつ!!

●●●アタッチサングラス●●●
普段から眼鏡をかけているので、そのフレームに取り付けるサングラスを持って行った。
普段、日本ではサングラスなどしないが、日射しがまぶしい東南アジアではサングラスはものすごく重宝する。

しかし、曇りの日などの不要時には帽子のツバに取りつけていた。
「何、それ?」
現地の人たちが興味津々に帽子の先端についている2つの黒い楕円形について聞いてくる。
ちょっとしたコミュニケーションを始めるきっかけにもなる素敵なアタッチサングラス。
眼鏡をしている人に特にお勧め。


このページの目次へ出発ゲートへ戻る

 無名の300万人都市
「あなたは日本のどこ出身ですか?」
旅をしていると、出会った人から必ず聞かれる出身地。

「横浜です。」
うそ偽りなく答えるが、殆どわかってもらえない我が故郷。
人口が300万人もいる巨大都市なのに…。
日本で2番目(多分)に人口が多い都市なのに…。

「…東京のすぐ隣です。」
そう言って横浜を説明しなくちゃならないのが面倒臭い。
「2002年ワールドカップの決勝の都市です!」
誇らし気にこう言っても、サッカーに興味の無い人にはまったく無意味な説明だった…。

世界的に見れば、無名な都市=片田舎からの出身者なんだな…、オレって。

がんばろう、よ こ は ま!


このページの目次へ出発ゲートへ戻る


next page ひとりごと<その3>へ つづく


ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その2 ー目次ー  
旅、再開のうれしさ (2002/ 3/ 19 更新) ………足留め状態だった旅が再開!(2000/ 12/ 22、バンコク)

不思議な朝の光景 (2002/ 3/ 26 更新) ………偶然遭遇した托鉢の風景(2000/ 12/26、チェーンライ)

国境を越える気分<1> (2002/ 3/ 26 更新) ………旅の進み具合を実感(2000/ 12/26、フエサイ)

死ぬ? <2> (2002/ 3/ 26 更新) ………この旅でワースト1(?)の乗り物(2000/ 12/26、→ルアンプラバン)

旅とトイレ<1>食事制限 (2002/ 4/ 02 更新) ………トイレに行けなくて困らない様に

旅とトイレ<2>『ほけしょん』 (2002/ 4/ 02 更新) ………トイレから感じた性別の違い、旅の違い

たのしみなネットカフェ<1> (2002/ 4/ 02 更新) ………旅先での双方向通信の魅力(2000/ 12/ 27、ルアンプラバン)

世界一素朴な首都 (2002/ 4/ 02 更新) ………驚かされたその町並み(2000/ 12/ 29、ビエンチャン)

里帰り? (2002/ 4/ 02 更新) ………2週間すんだバンコクへ(2000/ 12/ 31、→ バンコク)

世紀越え<1> (2002/ 4/ 02 更新) ………史上初?『世界一周 & 世紀越え』(2000/ 12/ 31、バンコク)

新世紀、初仕事 (2002/ 4/ 09 更新) ………たまった洗濯をして新世紀の初日が終了(2001/ 1/ 01、バンコク)

長旅の洗濯、ABC (2002/ 4/ 09 更新) ………旅の洗濯にかかわること、あれこれ

偉大なり、文明 (2002/ 4/ 09 更新) ………洗濯機の偉大さを痛感

参拝時の願いごと<1> (2002/ 4/ 09 更新) ………必ずお祈りする『旅の安全』(2001/ 1/ 01、バンコク)

国境を越え、変わる世界 (2002/ 4/ 09 更新) ………貧しさと混沌の中へ(2001/ 1/ 03、ポイペット)

死ぬ? <3>(2002/ 4/ 09 更新) ………ひどい道、どこにあるかわからない地雷(2001/ 1/ 03、→ シェムリアップ)

感動のアンコールワット (2002/ 4/ 16 更新) ………自分の目で直接見るその偉大な遺跡(2001/ 1/ 04、シェムリアップ)

「地球にうまれてよかった。」 (2002/ 4/ 16 更新) ………何気ない交流で心温まる(2001/ 1/ 05、シェムリアップ)

おれ、カンボジア人? (2002/ 4/ 16 更新) ………現地の歌手に似ていると言われ…(2001/ 1/ 05、シェムリアップ)

旅の便利アイテム<1> (2002/ 4/ 16 更新) ………あると便利な旅道具

無名の300万人都市 (2002/ 4/ 16 更新) ………世界的には片田舎の横浜

next page



to_TOP PAGE
出発ゲートへ戻る

(c)2000-2004 GC_Factory

[PR]
衝撃!あなたの本当の裏の顔!:実は貴方はΟΔ県出身?ここで分かる真実