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ブラジル1
世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。
・ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ・ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア・ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国・ひとりごと<その4>へ
中国・ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド・ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン・ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー・ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.・ひとりごと<その9>へ
トルコ〜・ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア・ひとりごと<その11>へ
シリア・ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト・ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア・ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ・ひとりごと<その15>へ
ポーランド・ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア・ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ・ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス・ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス・ひとりごと<その20>へ
スペイン・ひとりごと<その21>へ
ポルトガル・ひとりごと<その23>へ
ブラジル2・ひとりごと<その24>へ
ブラジル3・ひとりごと<その25>へ
ブラジル4・ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1・ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2・ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ・ひとりごと<その29>へ
〜日本
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初の大西洋横断 …世界同時多発テロの2日後。
原因も状況もまだ何もわからないが、ポルトガルのリスボンからブラジルのサンパウロへ飛行機で向かった。
…飛行機はとりあえず順調に飛行を続けている…。そして、初めて大西洋を横断した。
日本から旅をする場合、太平洋は横断する機会は多々あっても、大西洋を横断することはなかなかないものだ。
そんな『偉業』達成(?)がうれしいが、こなしてしまうと、別にたいしたことでもない。
日本中心の世界地図で見ると、大西洋はずいぶん小さく見える。
ポルトガル→ブラジルなんて4〜5時間くらいと思っていたが、意外に時間がかかる。
ただ真西へ移動するだけでなく、南へもかなり移動するからか。
…なんでも、体験してみないと、わからないものだ。
[ 大西洋上にて ] 2001年 9月 13日
旅 303日目
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2つの大歓声 :
:
:
:
9時間のフライトで、飛行機は無事、サンパウロに到着した。
わぁあああぁぁ〜〜〜〜!!
飛行機の車輪が地面につくと同時に、機内では大歓声が上がった。
あんなテロの直後である。
みんな顔には出していなかったが、やはり不安だったのだ。
その気持ちは十分わかる!
「(…………よっしゃぁ!!)」
自分も、生きてブラジルにたどり着いたことがやっぱりうれしかった。
「(…そう言えば…!)」
アメリカ留学がおわり、日本に帰国した時。
同じように飛行機が着陸した瞬間に機内で歓声が上がった。
同乗していた留学仲間が大喜びをしたのだ。
1年間の留学をやりとげ、日本に帰国した時の大歓声。
テロの直後、無事に飛行機が到着した後の大歓声。
どちらも本当にうれしいものだった。…まだつづく世界一周の旅。
世界が混沌とし始めてしまったが、願わくば、無事に終わらせたい、と思った。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 13日
旅 303日目
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4つ目の大陸、37カ国目 オーストラリア、ユーラシア、アフリカに続いて、この旅の4つ目の大陸、南米へ!
そして、第37カ国目、ブラジルに入国だ。
ここまで来てしまったら、予定通り北米経由で帰国するのが日本への最短経路、のはず!
自ら強引に世界一周を達成するルートをつくりあげた。
…北米経由…。
…状況はまだ、ぜんぜんわかっていないのだが、テロは、大丈夫なのか?
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 13日
旅 303日目
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1年ぶりの再会 「よくも、まぁ、無事で!」
アメリカ留学時代から12年来の友人、リサが空港で出迎えてくれた。
ここ、ブラジル=サンパウロを旅のルートに選んだのも彼女がここに住んでいるからだ。昔馴染みの顔を見ることができ、なんだか一安心できた。
彼女とは、2000年8月にアメリカ、オークハーバーの 高校同窓会で会って以来、約1年ぶりの再会になる。
日本とブラジル、ものすごく遠い距離に住む二人なのだが、 アメリカの高校を卒業して以来、日本やブラジルで会う機会が多い。
彼女が日系人のためかもしれないが、なんとなく不思議な関係である。
「いろいろ大変なことになってるけど、ここでゆっくりして行ってね…。」
本当にありがたい一言だった。
飛行機のテロ直後で、今、正直に言ってあちこち旅する気分にはとてもなれなかった。
放浪する旅も10ヶ月が過ぎようとして、少し腰を落ち着かせたい気分だった。
自分としては知り合いも多いサンパウロにいいタイミングに来たな、なんて思った。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 13日
旅 303日目
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祝! 旅、10ヶ月経過 2000年11月15日に旅立ったこの旅も10ヶ月が経過した!
日々旅の自己最長記録を更新中。
これで、高校時代留学したアメリカの滞在日数(10ヶ月)を越えることになった。
自分にとって、2年半いたアルゼンチンにつぐ、2つ目に長い海外連続滞在経験。
突然大きなテロがニューヨークでおこり、とまどいもあるが、 目標である5大陸制覇、1度も帰国せずに世界一周はなんとか果たしたい。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 14日
旅 304日目
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6年半ぶりのサンパウロ 大学の卒業旅行以来、6年半ぶりのサンパウロになる。
知っている町を数年ぶりに訪れる、というのはなんだか不思議な気持ちだ。「おぉ! エルドラード(=巨大ショッピングモール)だ!」
「あ! ここで交通事故をみたよ!」
「モルンビー・スタジアムだ!」
「パウリスタ大通りだ!」
「このCD屋でチンバラーダのCDを買ったよ!」
懐かしい景色をみて、いろいろな思い出が鮮明によみがえってくる。
いちいち細かいことまで覚えているのは、自分でも意外だった。変わっていない町並みがうれしく、小さな変化に驚きを隠せない。
小さな里帰り気分を存分に味わえる町、サンパウロ。
日本から遠い南米にそんな町があるなんて、なんだか不思議な気分だ。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 14日
旅 304日目
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サンパウロの友達 「げんきぃ? シゲェタ!」
6年半前、友達になったカレンと再会した。
仕事やMBA習得のための勉強で忙しい中、わざわざあいに来てくれた。
「どれくらい、ブラジルにいるの? 北にきれいな場所があるから、旅行しましょう!」
楽しいイベントをあれこれ計画してくれる。
「はじめまして!」
リサとカレンの友達、ミドリと出会った。
「リサは私の英語の先生なの。シゲタも英語を教えてね。」
現地に友達がいることで、さらに友達の輪が広がるのを実感。
「おぉ! シゲタじゃないか!何してる!こんなところで!」
カレンの弟のマサオ、妹のミユキとも再会。
「また、おいしいカショーホ・ケンチ(ホットドッグ)を食べに行こう!」
前回来た時、サンパウロ大学内で食べたホットドッグのことを覚えていてくれた。
「はじめまして。」
前回のサンパウロ訪問時にはあえなかった彼らの兄弟、タダシとユミにあった。
「おいしいレストランがあるから、一緒にいきましょう!」
サンパウロ内での楽しいイベントをいろいろ提案してくれる。みんな日系の人たち。
日本語もうまく、会話はすべて日本語ですむ。
なんだかほっとする。
「世界一周してるんだって? すごいなぁ!」
自分の旅の話に耳を傾けてくれる友達がここにはたくさんいた。
「おもしろいねぇ!」
「これ、どこ? 何があったの?」
旅の間、ずっとつづけている旅の絵日記(ムンディアリオ)を見せると好評だ。
みんな快く自分を迎え入れてくれる。
何年も会っていなかった友達とのうれしい再会。
昔話に華をさかせる。
新しくあった友達もラテンのノリがあるからか、昔からの友達のように話せる。
みんなでどうでもいい話題で盛り上がる。
それがすごく楽しい!
これまで旅をしていて旅先で会う旅人とは、旅の情報交換をすること、簡単な自己紹介をすることが会話の中心だった。
いろいろな人と出会いその瞬間を共有することも重要。
でも、友達と過ごす時間って、大切だなぁ、と痛感した。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 14日
旅 304日目
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サンパウロのラーメン屋 「何を食べたい?」
リサに聞かれた。
「シュハスコ!」
ブラジルに来たからには、ブラジル式の焼肉をたらふく食べたかった。「それは、みんなが集まった時、一緒に食べに行きましょう。そうでなくて、お昼になにか食べたい日本食はない?」
自分は日本食がなくても困らないタイプの旅人である。
この300日間、白い米や味噌汁欠乏症にはならなかったが、1つだけ食べたいものがあった。
「ラーメン!」
そう言うと、リサがリベルダージ(東洋人街)に連れて行ってくれた。
日本で食べるようなラーメンを久々食べられたら、どんなにうれしいだろう。
でも、それを南米、ブラジルで求めるのは、むずかしいはずだ。
それっぽいラーメンを食べられたら、とりあえずよしとしようか。
「あすか」という店。
のれんをくぐるとそこは厨房がみえ、ラーメンを作っている様子の見える日本式のラーメン屋だった。
期待感が高まる。
…しょうゆ、みそ、とんこつ…。
ラーメンの種類も豊富だ。
「うまい!」
いい味出してる!
これには思いっきり感激した!
日本から遠い南米でうまいラーメンを食えるなんて、なんだか不思議でものすごく得した気分だった。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 14日
旅 304日目
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満喫、日本食 「どんどん食べてね。」
リサ宅で食事をいただく時、豆料理や肉などのブラジル料理をたくさん用意してくれた。
列車やバスで移動中に気持ち悪くなったり、急に腹下しなどしないよう、旅の間は、 いつも腹八分目ならぬ『腹六文目』で過ごしてきた。
そんな自分にはものすごい良い待遇。
そんなリサの家の食卓にはご飯(白米)が並ぶ。
あればあったで『ご飯』はやはり日本人の自分にはうれしいものだ。
「こんなものもどうかしら?」
別の日にはうなぎを出してくれたり、お寿司があったり…。
「うまいぃぃぃぃ!!!!」
日本に帰国する前に日本食をおもいっきり満喫してしまった!
「…そういえば…。」
旅のはじめに、この世界一周の間、日本食はいっさい口にしない、みたいな誓いを立てたような気が…。
出されたものを食べないのは失礼だから、この際そんな誓いはなかったことに…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 14日
旅 304日目
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満喫、シュハスコ リサの一家とリサのおばさん、カレンとともにシュハスカリア(シュハスコ店)へ。
6年半ぶりのシュハスコにこころ躍らせる。
サラダ、そしてじっくり焼かれた肉を腹いっぱい食べる。
ベイビービーフ。
ピカーニャ。
ビフェ・アルフェンチーノ…。
あぶらののっているもの、カリッという食感がいいもの、やわらかく肉汁がでるもの…。
それぞれ、うまい!
あれもこれも食べたくなり、どんどん食べてしまう。「もっとどんどん食べてね。」
すでに腹いっぱい食べているのだが、もっと食べてくれとあれこれ勧められてしまう。
さらに肉を食べ、食後のデザートも無理やり詰め込む。ブラジルに来てから食べて食べて、食べまくっている気がする。
「…げ…。」
ゆるゆるだったGパンがきつくなってきたのは気のせいではない様だった…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 15日
旅 305日目
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サンパウロの朝市 日曜日、リベルダージ(東洋人街)、朝。
お祭りや縁日みたいにいっぱい屋台が出ていた。
たこ焼き、やきそば、あめ、…。
日本を思い出させる日本食がいっぱい売られている。
そこはまさに『日本』という感じだった。
世界一周も終盤を迎え、もうちょっとで日本に帰るのだが、帰国前に日本を満喫する機会がここサンパウロでは多い。
…パリッ…。
乾いた天ぷらをセンベイみたいに歩きながら食べる人があちこちにいる。
どうやらそれがサンパウロ流らしい。
…これに関してだけは『日本』を全く感じなかった。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 16日
旅 306日目
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自分史上、初のアイテム サンパウロにいる数多くの友達。
日中は当然、みな仕事をしているので、放浪旅人の相手をしている暇などはない。
こちらとしても、みんなに迷惑はかけたくないので、自分ひとりで何かできることはないか考えていた。
それで、ショッピングモールで時間をつぶすことにした。
警備員があちこちにいるモール内なら、凶悪な事件に見舞われることはまずないだろうし、みんなに心配もかけないだろう。
「待ち合わせに便利だから。」
リサのお母さんの携帯電話をお借りすることになった。
「…いいんですか?」
「私は日中はオフィスにいるから、持っててもほとんど使ってないの。」
ということで、『携帯電話』を生まれて初めて持つことになった。
自分史上初の大事件発生!
それも、南米、ブラジルで…!
あわただしい日本にいても携帯電話の必然性を感じず、ずっと『携帯電話持たない派』で押し通してきた。
実際、待ち合わせ時間などをしっかり守るタイプの自分には、携帯電話など必要なかった。
それが、意外な国で意外にも携帯を人生で初めて持つことになるなんて…!
…なんだか、変な気分だ…。
屋外にいて、自分宛に電話がかかってくるなんて…。
…なんだか、恐ろしい気分だ…。
もし、間違い電話がかかってきても、全く対処できない…。
ポルトガルがわからないから…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 17日
旅 307日目
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サンパウロで一人… 『休日をリオの人はビーチで、サンパウロの人はショッピングモールで過ごす』
そう言われるくらい、ここサンパウロには駐車場完備のショッピングモールがたくさんある。
どのモールもキレイで大きい。
食料品売り場に雑貨屋。
洋服屋、本屋、スポーツ店、おもちゃ屋。
CD屋、家電ショップにペットショップ。
フードコートや、レストラン、カフェ。
そして、シネマコンプレックス。
それこそ何でもある。なんとなく貧しいイメージがある南米だが、この中を歩いている限り、そんなことは全く感じない。
お借りした携帯電話をカバンにいれ、ショッピングモール内を一人でさまよう。
本屋やゲームショップをぼんやり眺め、映画を見…。
1日いても飽きることはない。
「…そういえば!」
ブラジルで一人だけで行動をするのは、初めてのことだ。
前回6年前に来た時も、今回もいつも必ず誰か現地の友達がいてくれた。
ポルトガル語がわからない自分にとって、現地の友達の存在は大きかった。
食事をオーダーするのも、どこに行くのも、友達任せ。
さらに治安の悪さをきいているだけに、地元の友達と一緒にいる、ということは心強かった。
異国の地で一人で町をさまようことなど慣れっこだが、ブラジルでは初めての経験。
なんだか、ちょっとドキドキした。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 17日
旅 307日目
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靴のカカトの修理 今はいているトレッキングシューズ。
この1足だけで世界中を歩いてきた。
晴れの日も雨の日も、泥道でもジャリ道でもアスファルトでも、毎日1〜2万歩あるく日々。
そのため、カカトの外側のヘリ方が普通じゃない。
タイのミスターミニッツでは、カカトが減りすぎていて、修理できない、とまで言われた。
とはいえ、他に問題はなく、まだまだはけるトレッキングシューズ。
どうにかカカトだけうまく付け足して、はき続けたいと思っていた。2月にネパールで。
3月にはインドで。
そして、5月はレバノンでカカトを修理した。
そのレバノンでは、小さな小さなゴムを『クギ』でカカトにガンガン打ちつけられた…。
修復がきかなそうなありえない修復に涙が出そうだったことを思い出した。
…それから4ヶ月。
またしてもカカトがすり減り、なくなった。
そこで、リサにお願いしてクツを修理に出す。
…数日後。
カカト全体を水平に大胆にカットして、新しいゴムがカカト全面にばっちりはられたクツが返ってきた。
ものすごく、いい出来だ!
これでこのクツで旅の最後まで行けるだろう!
なんだか、とてもうれしかった。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 18日
旅 308日目
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ブラジル式あいさつ ブラジルで、友達と会う時、別れる時。
男女の間では、頬と頬をあわせて、『チュ』とする。
こんにちは、さようならの挨拶だ。
こっちに数日もいると、自分のことをいろんな人が見事に『友達扱い』をしてくれる。
となると、あいさつはこの『頬あわせ』。
女性との急接近にドキドキ…。
いい香りがすると、さらにドキドキ…。
それが、かわいい子だと、もっとドキドキ…。
…なんていい風習だ。
四六時中、挨拶したい気分だ。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 18日
旅 308日目
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増量中! …とある水曜日。
『フェイジョアーダ』という黒豆にブタの尻尾や耳をいれて煮込んだブラジル料理を食べに行った。
どっぷりと重いこの料理。
味もしっかりこってりついていて、ズシンと腹にくる。
「どんどん食べてね!」
その言葉に乗せられ、また食いすぎてしまった…。
サンパウロに来てから、歩く機会がものすごく減った。
重く大きい荷物を背負って、次の町へ移動することもない。
観光に行くにも、友達が車にのせてくれる。
そんなサンパウロでの生活が続くと体重は確実に、順調に増えていく…。
9月3日にスペインで計測した時は、67kgだった。
リサの家にある体重計にのってみた。
「…うそだろ?!」
なんと、71kg!
ブラジルに来てたった数日で、旅立った時とほぼ同じ体重まで戻ってしまうなんて…!
ショッピングモールで買ったばかりのチノパン。
しゃがんだ時、そのお尻の縫い目がさけたのは、このせいだ…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 19日
旅 309日目
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もてなしの国、ブラジル リサ宅で、寝る場所を用意してもらう。
旅人にとっては、これだけでも、ものすごくありがたいことだ。
なのに、朝、昼、晩にしっかりお食事まで用意して頂いた。
ただ、ただ、ありがたい…。
「うちにも泊まりに来てね。」
別の日、カレン宅でも寝場所を用意してくれた。
そして、当然の様に、朝、昼、晩のお食事もご馳走になってしまう…。
…もう、全てがありがたい…。
「じゃ、7時ころ、迎えに来るからね!」
日中を過ごすショッピングモールに必ず誰かが車で送り迎えしてくれる。
本当にありがたい…。
別の晩、友達同士で外食に行く。
「この時ばかりは、オレがお金を払うぞ!」
そう、意気込むも、いつの間にか支払いが終わっている。
「お代、払うよ!」
とお金を差し出すと、
「う〜〜ん、シゲタの持っているブラジルのお金は、今、使えないの…。」
とブラジリアン・ジョークでかわされてしまう。
「私たちが日本に行った時、シゲタもいろいろしてくれたでしょ?」
「ブラジルにいる時は、何も気にしないで。」
「私たちが今度、また日本にいったら、その時はよろしくね!」
いろいろな言葉でお金を使わせてくれない…。
・寝る(ホテル代)
・食べる(レストラン代)
・移動する(列車、バス代など)
これらは、旅をしている限り、ごく当たり前の出費である。
しかし、ブラジルに来てから、ほとんどこれらの出費がない。
「来週、リオに行こうね!」
「今度、また、あのピザ屋に行きましょう!」
さらに、思いっきりお客様扱いしてくれる。
それが、うれしくもあり、なんだかちょっと申し訳ない。
それにしても、ブラジルの人は、もてなしがうますぎる!
ただの放浪旅人に、こんなにまでしてくれるなんて…!
なんでもない自分をここまでVIP扱いしてくれる場所は、世界広しといえど、ここ、ブラジル・サンパウロだけだ!
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 19日
旅 309日目
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その後、テロ情報 2001年9月11日。
自分はポルトガルにいたため、同時多発テロについて、ほとんど理解できなかった。
しかし、ブラジルに来て、リサの家でインターネットを使わせてもらい、 やっと日本語でテロのニュースをあれこれ読むことができた。
テレビではCNNを見ることが出来る。
英語でも事件やその後の経過を知ることができた。とりあえず、9月11日以降、大きなテロは起こっていない様子だ。
しかし、またいつ大きな混乱がおきるかもわからない。
自分の旅をどうしようか、悩ませる。ブッシュ大統領が対テロ戦争開始を宣言。
同盟国である日本も戦争状態になった、という。
そんな最中、旅などしてる場合じゃないだろう、と兄からメールがくる。いますぐにでも帰国した方がいいのか。
北米を経由せず、東回りルートで帰国した方がいいのか。
ブラジルでの日々は、テロとは全く無関係。
とりあえず、もうちょっとこの地で状況を見守ろう、と思った。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 18日
旅 308日目
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初のロック・クライミング カレンのいとこ、ベチとその友達と一緒にロック・クライミングをしに行った。
ロック・クライミングといっても、室内にある練習用の場所。
垂直の壁に岩っぽい出っ張りがいくつもあり、それに指やつま先をひっかけ、 ひたすら上がっていくものである。
補助のロープもあり、落下することはない。とはいえ、全くの初挑戦。
最初のうちは、とにかく一生懸命。
なんとか指先やつま先を出っ張りにひっかけ、滑り落ちないようにして、上を目指す。
天井にタッチ。
ロープにぶら下がった状態で、ゆっくりおろしてもらう。
のぼる、降りる、のぼる、降りる、…。
徐々にコツをつかみ、楽しみがわかってきた。
しかし、そのうちに、
「オレ、何のためにこんなに何度も壁をよじ登ってんだろう…?」
と思うようになってきた。
サッカーやバレーボールといった球技が好きな自分にロッククライミングは、 あまりのめりこめるものではなかった。次の日、両腕がパンパンにはってしまった。
ものを持ち上げるのもつらいくらいだ…。
旅をしていて、腕を使うことなんてないからだが、なんだか情けなさが身にしみる…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 19日
旅 309日目
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この旅<初> 疲労でダウン 『日本から来たVIP様に暇をさせてはならない!』
ブラジルに来てから、いろいろな友達があちこち連れ出してくれる。
自分は暇な旅人のくせに、なぜか多忙な日々。
かまってもらえるのはうれしいことなのだが、自分のペースでないので、少し疲れ気味。
意外にも涼しい春先のサンパウロ。
『サンパウロ=暑い』というイメージを持っているため、ずっと薄着でいた。
そのため、少しずつ体調がくずれていった。さらに、なれないロッククライミングに挑戦。
久々の体力を使うイベントで体力的にものすごく疲れた。
そんなこんなで珍しくダウンした。
少し熱っぽく、だるい。
のども変だ…。
こんなこと、この旅で初めてだ…。
リサ宅でゆっくり寝させてもらうことに…。
大きな予定も何もないから、しっかり回復に専念しよう。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 20日
旅 310日目
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サンパウロの古本屋、ビデオ屋 リサ宅で1日ゆっくりさせてもらうことで、体調はすぐ回復した。
次の日の昼。
のんびり、リベルダージ(=東洋人街)で過ごすことにした。
ここは日系の人が経営するブラジル土産店や日本料理屋が多い。
「おぉ!」
街角で、日本の古本を売る店を発見した。
古雑誌や古週刊少年誌、漫画や小説の単行本などが売られている。
日本語が書かれた表紙を見ているだけで、なんだかうれしい。
読む気などないのだが、つい本を手にとり、パラパラとめくってしばらく離れている日本を懐かしんでしまう。
日本を旅立ってから10ヶ月。
いろいろ変わってるんだろうなぁ、なんて思ってしまう。店の奥はレンタルビデオ店だった。
生テープに録画された日本のドラマがずらぁ〜っと並んでいる。
見るのは日本語がわかる日系人なのだろう。
「アジア諸国でなく、南米のブラジルで日本のドラマを楽しめるんだぁ…。」
そう思うと、なんだかちょっと不思議な気持ちになった。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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サンパウロのレンタルCD屋 「おぉ!」
さらにリベルダージを散策していたら、レンタルCD屋を発見してしまった!
店内には演歌歌手から最近のミュージシャンまで、いろいろな日本人アーティストのポスターがはってある。
なんだか、懐かしく、かなり、うれしい。
「おぉ!」
意外や意外!
古CDではなく、新しいCDシングルもバッチリ入荷されていた!
けみすとりぃ、ばんぷおぶちきん、みにもに…。
インターネットでかろうじて知っている新しいミュージシャンたち。
そのCDジャケットを初めてサンパウロで見る。
ブラジルで新しい日本のポップカルチャーにふれる。
…これまた不思議な体験だ。
「おぉ!」
聞きたくてしょうがなかったミスチルの新曲『優しい歌』もあるではないか!
「う〜ん、ぜひ、ききたい!」
このレンタルCD店の会員じゃなくても、借りられるのだろうか?
どうせなら、持ってるMDに録音したい。
リサ宅のCDプレーヤーからMDにどうにかおとせないだろうか?
まだ知らぬ新曲を聞くため、あれこれ期待を膨らませる。
「なにぃ!」
よく見ると、そのCDは、レンタル中だった…。
一体、ブラジルのサンパウロで、誰がミスチルを聞いてるんだ!
かなりがっかりしながら、店をあとにした…。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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おれ、本当はなに人? つづく、リベルダージ散策。
『日本移民史料館』へ足を運ぶ。
入り口でもらったパンフレットはポルトガル語版。
まぁ、仕方ないかと思ったら、日本語版もある様子だった。
日本語で頼んで取り替えてもらう。
「あら、日本の方? いやぁ、現地の人かと思ったから!」
「…はぁ…。」
リアクションしにくい勘違いをされていた様だった…。
タイ、 カンボジア、 といった東南アジアの国々でもよく現地の人と間違えられた。
ドイツのミュンヘンじゃ、日本人旅行者に『アジアからの人』呼ばわりされた。
そしてここ、ブラジルでは、現地の日系人と思われたようだ。
ここで思う、自分の『見た目の国籍』。
何人に見られると「うれしい」とか、「いやだ」という話ではない。
「…自分は一体なに人に見えるのだろう…?」
考えてもどうにもならないことだが、素朴に、純粋に、考えてみた。
「ま、なに人に見えても自分は自分。」
しばらくして、そんな単純な答えにいきついた。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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『日本移民史料館』 『日本移民史料館』
そこは、過去100年に渡る日本からの移民の歴史やその子孫たちの生活ぶりが展示された場所。
1910年代に、当時の人々がどんな服装で、どんな荷物をもって、どんな船にのり、日本からブラジルに来たのか 写真や実際の持ち物などが展示されていた。
当時は赤道を通過するのための許可証が発行されていたことを、その展示で知った。
数ヶ月に及ぶ船旅の間に生まれた子供がいた、という話も知った。
(その場合、その生まれた子供は日系1世なのか、2世なのか?)
ブラジルに来てからは農業を中心にブラジル社会に貢献し、ブラジルに浸透していったことをここで知った。
第2次世界大戦時は日系人社会の中でも戦争賛成派、反対派にわかれ、大きな対立や混乱があったことを知った。
明治以降、地球の裏側で別の発展をしたもう一つの日本史にふれることができた。
なれない地でつつましく働き、混乱を乗り越え栄えていった日系の人々。
その子孫たちが、今もサンパウロで活躍している。
生活や習慣、環境、そして言葉もかなり違うサンパウロの友達。
リサ、カレン、マサオ、ミユキ、ミドリ、…。
ルーツは同じだが、別の歴史をたどってきた人たちと再び地球の裏側で 会うことがなんだか不思議なめぐりあわせの様な気がしてならない。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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日本とブラジルの交流 『日本移民史料館』には他にもさまざまなものが展示されていた。
・皇后様がブラジルを訪れた際、かかれた句。
・日本のサッカー、Jリーグで活躍した元ブラジル代表キャプテン=ドゥンガの浴衣姿の写真。
・日本に帰化したロペスの家族写真。
・ブラジルにサッカー修行にきたカズ(三浦和良)選手のサイン入りユニフォーム。
日系の移民、そしてサッカー王国ブラジルと日本サッカーのかかわり。
この2点だけみても、日本とブラジルの交流が盛んなことがここ移民資料館を訪れてよくわかった。日本から遠く、あまりなじみのないように感じられるブラジル。
その地に行くだけで、飛行機で2日くらいかかりまだまだ遠さを感じるが、 文化交流の面ではかなり親密なんだな、とうれしく思った。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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『世界一うまいピザ』、ふたたび! 世界一うまい 『あの』 ピザ屋『1900(=ミレ ノベチェント)』に行くこと!
サンパウロを訪れる際、楽しみなことのひとつだ。
6年半ぶりに訪れるピザ屋。
店内の様子が変わっていないのが、まずうれしい。
「う ま い !!!」
肝心の味も、相変わらずのうまさ!
厚めの生地にたくさんの具がのったピザはまさに絶品だった。
店構え、雰囲気、そして味…。
当時のままの『1900』を味わえ、ものすごく大満足だ。
「!!」
オリーブオイルをいれる器が当時は小さな缶だったのに、今はおしゃれなガラス瓶に変わっていた。
たった一つ、このことにだけ、時代の流れを感じさせられ、ちょっぴり切なくなった。
[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 21日
旅 311日目
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・ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ・ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア・ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国・ひとりごと<その4>へ
中国・ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド・ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン・ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー・ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.・ひとりごと<その9>へ
トルコ〜・ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア・ひとりごと<その11>へ
シリア・ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト・ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア・ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ・ひとりごと<その15>へ
ポーランド・ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア・ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ・ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス・ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス・ひとりごと<その20>へ
スペイン・ひとりごと<その21>へ
ポルトガル・ひとりごと<その23>へ
ブラジル2・ひとりごと<その24>へ
ブラジル3・ひとりごと<その25>へ
ブラジル4・ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1・ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2・ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ・ひとりごと<その29>へ
〜日本
世界一周旅行、ひとりごと その22 ー目次ー ・初の大西洋横断 (2003/ 10/ 28 更新) ………意外に広い大西洋(2001/ 9/ 13、サンパウロ) ・2つの大歓声 (2003/ 10/ 28 更新) ………無事到着の喜び(2001/ 9/ 13、サンパウロ)
・4つ目の大陸、37カ国目 (2003/ 10/ 28 更新) ………進む世界一周の旅(2001/ 9/ 13、サンパウロ)
・1年ぶりの再会 (2003/ 10/ 28 更新) ………馴染みの顔と会い落ち着く(2001/ 9/ 13、サンパウロ)
・祝! 旅、10ヶ月経過 (2003/ 11/ 04 更新) ………海外滞在期間、自己ベスト2に!(2001/ 9/ 14、サンパウロ)
・6年半ぶりのサンパウロ (2003/ 11/ 04 更新) ………遠い異国に里帰り(2001/ 9/ 14、サンパウロ)
・サンパウロの友達(2003/ 11/ 11 更新) ………再会する友、新たに出会う友(2001/ 9/ 14、サンパウロ)
・サンパウロのラーメン屋 (2003/ 11/ 11 更新) ………発見!うまいラーメン屋(2001/ 9/ 14、サンパウロ)
・満喫、日本食 (2003/ 11/ 11 更新) ………南米で食べる日本食(2001/ 9、サンパウロ)
・満喫、シュハスコ (2003/ 11/ 11 更新) ………本場で食べる焼肉(2001/ 9/ 15、サンパウロ)
・サンパウロの朝市 (2003/ 11/ 18 更新) ………(2001/ 9/ 16、サンパウロ)
・自分史上、初のアイテム (2003/ 11/ 25 更新) ………携帯電話を所持することに!(2001/ 9/ 17、サンパウロ)
・サンパウロで一人… (2003/ 11/ 25 更新) ………ブラジルで初めての一人歩き(2001/ 9/ 17、サンパウロ)
・靴のカカトの修理 (2003/ 11/ 25 更新) ………この旅4度目のカカト直し(2001/ 9/ 18、サンパウロ)
・ブラジル式あいさつ (2003/ 11/ 25 更新) ………『ほほ合わせ』(2001/ 9/ 18、サンパウロ)
・増量中! (2003/ 11/ 25 更新) ………食べて、あるかずを繰り返すと…(2001/ 9/ 19、サンパウロ)
・もてなしの国、ブラジル (2003/ 11/ 25 更新) ………超VIP扱い(2001/ 9/ 19、サンパウロ)
・その後、テロ情報 (2003/ 12/ 02 更新) ………徐々にわかってきた世界情勢(2001/ 9/ 20、サンパウロ)
・初のロック・クライミング (2003/ 12/ 02 更新) ………ひさびさの大運動(2001/ 9/ 20、サンパウロ)
・この旅<初> 疲労でダウン(2003/ 12/ 02 更新) ………過労?でダウン(2001/ 9/ 20、サンパウロ)
・サンパウロの古本屋、ビデオ屋 (2003/ 12/ 09 更新) ………なつかしい日本の本(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
・サンパウロのレンタルCD屋 (2003/ 12/ 09 更新) ………新譜もいっぱい(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
・おれ、本当はなに人? (2003/ 12/ 09 更新) ………見た目の国籍は?(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
・『日本移民史料館』 (2003/ 12/ 16 更新) ………二つの近代日本史(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
・日本とブラジルの交流 (2003/ 12/ 16 更新) ………遠いけど、親密な2つの国(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
・『世界一うまいピザ』、ふたたび! (2003/ 12/ 16 更新) ………懐かしさに大満足!(2001/ 9/ 21、サンパウロ)
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