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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その23> −

ブラジル2

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 リオ目指して
午前10:00。
小雨ふるサンパウロを出発。
リサと車でリオ・デ・ジャネイロを目指す。
1週間のブラジル国内小旅子のはじまりだ。

カーニバルで有名なリオ。
ブラジルで有名なサッカークラブもあるリオ。
大きなキリスト像が丘の上にたつリオ。
行った事はないのだが、雑誌やTVで見たことがある世界的に有名な大都市。

半ば無計画な放浪の旅を続けていたため、ここ数ヶ月は、知識もなにもない町を訪れることが多かった。
それはそれでものすごく新鮮で緊張感もあり、楽しい。
しかし、自分の中でなんとなく知識やイメージのある町を実際にこれから訪れるっていうのも、 ちょっとワクワクする。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 22日
旅 312日目

この頃の世界一周旅行の日記
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 斬新、ブラジル! その1
「へぇ、『アイルトン・セナ』って名前なのか!」
『音速の貴公子』とよばれたブラジル出身のF1ドライバー、故アイルトン・セナの名前が すでに高速道路の名前なっていた!

歴史上の人物が道や公園や記念館の名前になることは世界中でよくあることだ。
町や国の英雄としてその名を残そう、ということなんだろう。
しかし、1994年になくなったばかりの現代人がすでにそんな扱いをされていることに、 なんだかすごく驚かされた。
斬新に感じられた。

ブラジルってなんだか、かなり進んでいる感じがした。

[ ブラジル、サンパウロのはずれにて ] 2001年 9月 22日
旅 312日目

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 聖地『サント・アウリオ』の出来事
12:20。
『サント・アウリオ』というレンガ造りのバカでかい教会のある町へたどりついた。

昔、釣り師が川で女神像を発見して以来、ここは聖地になったようだ。
人々はこの像を一目みようとブラジル各地から参拝にくるらしい。

教会の横には超巨大な鐘楼があった。
こんなビルのように大きな鐘楼、イタリアやスペインでも見たことがない!
ブラジルのスケールをこんなところから感じさせられる。

「へぇ!」
入ってみると、そこは実際にオフィスや博物館になっていた。
最上階は展望台だという。
これまたバカでかいエレベーターにのり、その展望台へ。

「…くすくす…。」
エレベーター内で横でリサが小さく笑い出した。
どうしたのか聞くと、目の前の人たちを見てみろ、という。

20歳くらいの若者が4,5人、それぞれの腕を絡ませ体を寄せ合い横に並んで立っていた。
顔を見ると、みんなおっかなビックリしている。
そして、なにか好奇心でいっぱい、という感じだった。

「あの人たち、エレベーターに乗るのが初めてみたいなの。」
巨大な箱に閉じ込められ、それが上に向かって移動していることに驚いているようだった。

なるほど!
このあたりは、土地が十分すぎるほどある。
建物は上にむかってではなく、横に作ればいいので、エレベーターなど必要ないのだ。
豊かさ的にもエレベーターとは縁がなさそうなエリアでもあった。

「…うおぉ…、あがってるぞぉ!」
「みんなに自慢できるぞ!」
「すごい、すごい!」
そんなことを言っているのだろう。
彼らの反応がとても新鮮でかわいく感じられた。

[ ブラジル、サント・アウリオにて ] 2001年 9月 22日
旅 312日目

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 ドライブ イン ブラジル
2:30。
高速道路沿いのぼろっちい休憩所で昼飯を食べ終え、車はさらに北東へすすむ。

「…じゃ、お願いね。」
毎日仕事でお疲れ気味のリサは助手席で眠り始めた…。
運転席に座る自分…。
そう、異国の地で運転をまかされてしまったのだ。

「国際免許、もってるんでしょ?」
国際免許といっても、ただ申請するだけで取得できてしまう。
特別な訓練や講習をうけたわけではない。

「これ、日本車だし、オートマ車だから大丈夫だって!」
「このままこの高速道路をずっと進めばいいだけだから!」
そんなリサの言葉にのせられ、運転することなってしまったのだ。

少し緊張する…。
ものすごく久しぶりの運転…。
旅に出てから10ヶ月、運転する機会なんて全くなかった…。

少し緊張する…。
日本と逆の右側通行…。

少し緊張する…。
あらっぽいドライバーの多いブラジルでの運転…。

かなり緊張する…。
人様の車、事故るわけにはいかない…。

 :
 :
 :
 :
運転を始めてみると、何の問題もなかった。
広い道路、ほどよい交通量。
サンパウロの町中みたいに、渋滞や強引すぎる割り込み、急な車線変更をする車など皆無だった。

…1時間半、経過…。
「すごい、すごい! ブラジルで運転できれば、世界中どこでも運転できるよ!」
リサのお世辞まじりの言葉にしばし浮かれていたが、大都市リオで運転する勇気はさすがにない。
その手前で運転をリサにかわった。

「…あ!」
国際免許の有効期限が切れていたことに気づいたのは、その直後だった…。

[ ブラジル、高速道路上にて ] 2001年 9月 22日
旅 312日目

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 リオ到着
夕方、5:40。
リサの友達、ホジェーリオの家に到着。
リオ滞在中はここに泊めさせてもらう。
リオの中心から車で40〜50分かかるところだが、寝床があるというのはありがたい。

ビーチまでは歩いて5分。
ビーチバレーをする人、ビーチサッカーをする人。
散歩する人、ジョギングする人。
イメージ通りのリオの風景がそこにはあった。

雲が多く、少し肌寒い。
さらに、蚊がかなり多い…。
イメージとはかけ離れたリオの現実もそこにはあった…。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 22日
旅 312日目

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 リオ観光 その1
リサとホジェーリオ、ホジェーリオの奥さんと4人でリオ中心部の観光へ。
片道13kmもある長いリオーニテロイ橋を渡ったり、 コパカバーナ、イパネマ、バハ、レブロンという有名なビーチ沿いを車で走ったり。

「ここが『イパネマの娘』で有名なイパネマだよ。」
「? なに、それ?」
「『イパネマの娘』を知らないの?」
信じられない!と言わんばかりの表情でブラジル人3人に驚かれた。

「リオの地下鉄、日曜日は休みなの?」
ありえない!と言わんばかりの表情で驚き返してやった。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 23日
旅 313日目

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 リオ観光 その2
雲が少なく、いい天気。
気候も涼しく絶好の観光日和。
リサと車でリオ・デ・ジャネイロの有名な観光スポット=『パン・デ・アスーカル』観光へ。

『パン・デ・アスーカル』とは『砂糖のパン』という意味。
小さな半島から小高い丘が『ふたこぶラクダ』の様にとび出している。

ロープウェーでふもとから砂糖の上へ。
そこはリオ中心部を一望できる絶好の展望台だった。

空港が真正面に見え、離発着する飛行機がよく見える。
コルコバードの丘の上に両手を広げてそびえ立つキリスト像もよく見える。
山と山の間に所狭しと乱立するビル群もよく見える。
入り江も船も海もよく見える。

リオがなんとも多彩な表情を持つ町であることが良くわかった。
高い所から町を見るのって、なんだかすごく楽しい。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 24日
旅 314日目

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 『ハードロック・カフェ』@リオ
1日、リオ中心部を観光した後、リサと『ハードロック・カフェ』リオ・デ・ジャネイロ店へ。

インドネシアのジャカルタ、そして、レバノンのベイルートに続き、この旅3度目の『ハードロック・カフェ』。
UAEのドゥバイでも見かけたし、以前遊びにいったラスベガスやオーランドにもデカイのがあった。
地元ヨコハマにもあるこの店は、全世界にチェーン展開する超有名店だ。

「でも、ブラジルにないと思ってた!」
そう言うリサは大喜び。

店内は他と同様、その国らしさなど関係なく、有名ミュージシャンのサイン入りギターや衣装などが飾られている。
これらを見るたび、いつも思うことがある。
「…これって、全部、ホンモノ…?」
世界中に店舗があるのに、そんなことって可能なのだろうか…?

店内のBGMが『YMCA』になった。
「『ハードロック・カフェ』に来ると絶対この曲が1度はかかるでしょ?」
リサは大はしゃぎだ。

客もウェイターもウェイトレスもみな、両腕を頭上にあげ、曲に合わせてあのフリを踊りだす。
世界中にはそれこそ何万、何億という楽曲があるのだろう。
その中で、全世界に知れ渡っている曲って、すごいなぁ、って思った。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 24日
旅 314日目

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 『コルコバードの丘』
翌日、リサと巨大キリスト像が立つ『コルコバードの丘』へ。

車で迷路のように入り組んだ山道をすすむ。
とても歩いては上がれそうもないし、公共のバスがあるのかもわからない…。
日本人の自分一人だけだったら、来ることは出来たなかっただろう…。
あらためて、リサの存在に大感謝…。

コルコバード

「…うおおおおぉぉ…!」
丘の上に立ち、両腕を広げるキリスト像。
間近で見ることができ、大感激!
「これぞ、リオ・デ・ジャネイロ!」という感じだ。

パン・デ・アスーカル。
その向かいの飛行場。
大きな湾、小さな船々、海…。
イパネマ、コパカバーナ、レブロンのビーチ。
マラカナン・サッカー場、そして競馬場…。
ここからは、リオの全てを見渡せた!

ここから見るリオは、パン・デ・アスーカルの上から見るリオとまたちょっと違っていたりするから面白い。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 25日
旅 315日目

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 世界一大きなサッカー場
カーニバルで有名なリオのサンバ場を横目に見ながら通り過ぎ、世界一大きなサッカースタジアム『マラカナン』へ!
サッカーが好きでリオに来たのなら是非訪れてみたい場所の1つだ。

ここは、1950年ワールドカップブラジル大会、決勝の地。
そんな歴史の舞台にこれたことがすごくうれしい。

約20万人も収容するという巨大スタジアムがどんなものなのか、期待は膨らむ。

入り口にはブラジルが生んだスーパースター、ペレーやジーコの足型があった。
その足型の上に自分の足をのせてみる。
「たいしてオレと変わんないジャン!」
足の大きさが同じくらいなのが、なんだかちょっとうれしかったりする。

マラカナン

「…あれ?」
中に入ってみると意外だった。
世界一大きなサッカースタジアムは思っていたほど『バカデカく』ないのだ…。

地元、横浜国際競技場と大きさは変わらない感じがした。
横浜は収容人員7万人弱。
こちらは約20万人。
その差は歴然なのだが、客席が3倍もあるようにはどうしても見えない…。

世界一大きなサッカースタジアムといえども、行われるスポーツは同じサッカーで、ピッチの大きさまで3倍になるわけがない。
スタジアムの大きさも観戦に適したサイズになってしまう。
だから、他のサッカースタジアムと顕著な大きさの違いは感じられなかったのだろう。

勝手に『想像を絶するものすごく大きなサッカースタジアム』を想像してしまったせいだろうか。
『マラカナン』にちょっぴり物足りなさを感じてしまった。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 25日
旅 315日目

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 斬新、ブラジル! その2
翌日、リオの『メトロポリタン大聖堂』へ。

教会だろうが普通の家だろうが、ゴシック様式だろうがバロック様式だろうが、たいてい建物は四角い、直方体の建物が一般的だ。
しかし、この大聖堂は違った。

catedral

「おおおおおぉぉぉ!」
円錐形の上部を切り取った、プリンの様な形。
連続する四角で構成された壁面。
宇宙船(大気圏帰還船)のようなその外観に圧倒された。
これがキリスト教の聖堂とは!

ヨーロッパで見た教会や聖堂はどれも伝統的なものばかり。
大小の差こそあれ、悪く言えばどれも『似たような』ものばかりだった。
しかし、この大聖堂は違った。

斬新、とにかく、斬新!
インパクトありまくりだ!
この聖堂は見ているだけで、なんだかうれしい気分にさせてくれる。

なんて自由な発想だろう!
たしかに、こんな聖堂があってもいいと思う。

そういえば、ブラジルの首都=ブラジリアも斬新なデザインの建物が立ち並ぶ都市になっている、と何かで読んだことがある。
新しいものをドンドン取り入れている姿勢が町から感じられるブラジルって、なんかいい。

[ ブラジル、リオ・デ・ジャネイロにて ] 2001年 9月 26日
旅 316日目

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 すべてを越えて…
1週間のリオ滞在を終え、いよいよサンパウロへ帰る日が来た。
寝床を提供してくれたホジェーリオにお礼を言い、リサと車で出発する。

リオのジーコ・サッカースクールを軽く見学。
ここは少年サッカースクールで、日本からもサッカー留学にくる小学生がたくさんいるようだ。

クラブハウスには日本で行われたサッカー大会の様子がうつった写真やトロフィー、ペナントがたくさん飾られていた。
『未来のJリーガーや日本の風景が写った写真がリオにある。』
それがなんだか、うれしい気持ちにさせてくれた。

遠い2つの国、日本とブラジルの交流の深さ。
スポーツにせよ、映画や音楽などの文化的なものにせよ、国や人種や宗教を越えて、交流しあえるってなんかいい。
お互いを認め合い、競い合うことが出来たら、なんかいいことがあるんじゃないだろうか?
なんて、ぼんやり思った。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 28日
旅 318日目

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 ちょっとだけ地元気分
午後3:30。
渋滞のリオを抜け出し、高速道路へ。
午後9:20。
ながいドライブの末、サンパウロのリサ宅へ戻ってきた。

たった1週間、リオを旅しただけ。
なのに、あつかましくも、なんだかちょっと地元に戻ってきた気分。
早くサンパウロにいる友達と会って、リオで見てきたこと、体験したことを話したくなった。


…そして、あと1ヶ月半後には、本当の地元に戻ることになる。
1年間、離れている親しい友達や家族といろいろ話すのが、とても楽しみに感じられた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 28日
旅 318日目

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 サンパウロの怒れる友達
「ハロー、『カリオカ!』」
1週間ぶりに会ったカレンが少し怒った顔で言った。

『カリオカ』とはリオっ子のこと。
1週間リオに行ってきたことで、サンパウロの宿敵『リオっ子』扱いされてしまった。

ブラジルの地元意識が強いことは、サッカーの熱狂的なサポーターなどを見てもわかること。
リオに行ったのは、マズイことだったのだろうか?

サンパウロの友達はみな親切で思いやりのある、いい人ばかり。
そんな人を怒らせてしまったのだろうか?

「リオはどうだった?」
続いてカレンがいつもの笑顔で聞いてきた。
さきほどのは『怒ったフリ』をしてからかうブラジリアン・ジョークだとすぐわかった。
…ほっと胸をなでおろした。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 29日
旅 319日目

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 意外なお墓
カレンの姉妹、ユミとミユキとモルンビー・セメタリー(=墓地)へ。

広い敷地内は、公園のように芝生で覆われている。
この奥にでも墓地があるのだろうか?

芝生の上をよく見ると、長方形のプレートが『ポツン』といろいろな場所においてある。
そのプレートのまわりには、きれいな花が飾られていたりもする。
そう、芝生の上のプレートの1つ1つが『お墓』なのである!

お墓というと、石の墓標や十字架といった、『立って正面に向き合えるもの』を想像してしまう。
しかし、ここの墓は『芝生の上におかれたプレート』。
見下ろすタイプの珍しいものだった。
ブラジルの斬新さにここでも驚かされてしまう。

他より少しばかり花が多いお墓があった。
「え? これが??」
ブラジルが生んだ天才F1ドライバー=アイルトン・セナのお墓だった。

他のお墓とかわらず、芝生の上にプレートが1枚…。
世界的なF1ドライバーの墓がこんなにも質素なのに、またまた驚かされた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 30日
旅 320日目

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 ブラジルに会う
今日の夜はリサ宅ではなく、カレン宅に泊めてもらう。
泊めてもらう場所がいくつもある、というのはバックパッカーには本当にありがたい。

カレンのいとこ=タイースが彼と一緒にやってきた。
「はじめまして。ブラジルです。」
「え?」
「ブラジルっていう名前なんです。」

なんと、それは彼の本当の苗字だった。
免許証までみせてもらい、確認してしまった。
苗字が国名と同じなんて!
そんな人がこの世にいるんだ、とかなり驚いた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 9月 30日
旅 320日目

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 驚きの月はじめ恒例行事
長らく旅を続け、また新しい月を迎えた。

月はじめの恒例行事といえば『体重測定』
リサ宅の体重計に何気なくのってみる。

………73kg!!!!

1ヶ月前より6kgも増えている!!!
よく考えてみたら、出発時の72kgより、重いではないか!
つまり、自分史上、最重量になってしまったのだ!

ブラジルに来てからの2週間、あまり歩かず、食べてばかりの生活が続いたからだろう…。
半年前、パキスタンでは、62kgだったこともあるのに…。

本人としては、やせたからといって体力不足を感じたり、太ったから体が重く感じられたりすることはほとんどない。
とはいえ、こんな短期間にこれだけやせたり太ったりという経験は、ボクサーでもない自分には今までなかったことだ。

…世界一周。
思わぬところでいろいろなことが経験できるものである。…

2000年 11月15日72.0 kg 日本=横浜出発時、自宅にて
2001年 1月1日68.0 kg タイ=バンコクホワランポーン駅内の黄色い体重測定機(有料)
2001年 2月1日67.0 kg 中国=上海知人宅の体重計
2001年 3月1日67.0 kg インド=ゴラクプル駅内の体重測定機(メンコに記録するタイプ、有料)
2001年 4月1日65.5 kg インド=プリーバス停の体重測定機(有料)
2001年 5月1日64.0 kg タイ=バンコク知人宅の体重計
2001年 6月1日66.0 kg ヨルダン=アンマン薬局の体重測定機(身長も測定可能、有料)
2001年 7月1日68.0 kg クロアチア=ザグレブ薬局の体重測定機
2001年 8月1日66.0 kg オーストリア=ウィーンスポーツショップの体重測定機
2001年 9月1日67.0kg スペイン=サンティアゴデコンポステーラ薬局の体重測定機
2001年 10月1日73.0 kg ブラジル=サンパウロ知人宅の体重測定機

2001年 3月20日62.0 kg パキスタン=ラホール旅の最低体重

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 1日
旅 321日目

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 狂牛病の影響は?
『ヨーロッパで狂牛病』
ヨーロッパを旅していた8月、9月頃、そんなニュースが日本で騒がれていたらしい。
「肉を食べれなくてかわいそうだな!」
そんなあわれみまじりのメールが日本からたまぁ〜に来ていた。

ブラジルに来てからは、シュハスコ(ブラジル式焼肉)でおいしい牛をたべまくっている。
狂牛病など、どくふく風、だ。

『日本で狂牛病の牛、発見!』
今度は逆に、日本で牛を食べられなくなっているようだ。

「肉を食べれなくてかわいそうだな!」
そんなメールを送り返してやった。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 2日
旅 322日目

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 ちゅらさん?
リサの友達、ミドリの車の中で、彼女のお父さんが日本から持ち帰った言う 日本のCDをきかせてもらった。

「ねぇ、この曲しってる?」
彼女が好きという曲『ベストフレンド』。
いい曲だが、聞いたことがない…。
多分自分が旅に出てからの曲だろう。

「NHKの『ちゅらさん』ってドラマの曲だよ。」
『ちゅらさん』…。
そんな日本語、聞いたことがない。
自分がいない間に、日本がちがう言葉をつかう国になってしまっているのではないか?
そんなバカなことを一瞬だけ、思ってしまった。

「沖縄を舞台にしたおはなしみたいだよ。」
それを聞いて、少し安心した。

最近はやりの日本の曲、ドラマ、言葉をブラジルの友達=ミドリに教えてもらった。
うれしいやら、なさけないやら…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 2日
旅 322日目

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 ストリートチルドレン
マサオとサンパウロ中心地を車で移動。

それは、信号待ちをしている時におこった。
はだしの子供たちが車を取り囲む。

「なんだ、なんだ?」
いきなり、ペットボトルに入った水を窓ガラスにかける。
その後、ゴムベラで窓ガラスをきれいにふきとり始めた。
そう、彼らは信号待ちの間に、窓ガラスふきしてお金をかせぐストリートチルドレンだったのだ。

家や両親もなく、路上で暮らすストリートチルドレン。
食べるためのお金を得るため、犯罪にはしるストリートチルドレンも多いと聞く。
しかし、こうやって人の役に立ってお金をえようとしている彼らの姿は、なんだか輝いてみえた。

「でも、この車、洗ったばっかなんだよね…。」
マサオがチップを払った後、ちいさくぼやいていた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 2日
旅 322日目

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 でかいホットドッグ
6年前、ブラジルに来たとき、 世界一うまいホットドッグを食べた。
その時のことは、今回もよくリサやカレン、そしてマサオと話をしていた。

「よし! それじゃ、今度はすんごいホットドッグを食べに行こう!」
ということで訪れたサンパウロ大学近くの屋台街。

「うわああ!」
そこで目にしたホットドックは、ただ、ひたすらでかかった!

パンを『土台』に1本だけソーセージをのせる。
その上にトマト、ねぎ、細いポテトチップス。
その上に全てをつつみこむスマッシュポテト山盛りでコーティング…。
ホットドッグというより、でかいカマボコみたいだ。

透明なプラスチックのスプーンですくいながら食べるホットドッグ。
ちょっと味気ない…。

かんじんなお味の方は…。
「………。」
それぞれの味が単発で、いまいち。
量も多いため、味にあきてしまい食べ切れなかった。

でかいホットドッグ。
以前食べた『世界一うまいホットドッグ』の名を汚すとんでもない代物だった…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 2日
旅 322日目

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 白昼、ドラマのような1シーン
リサと昼飯を食べおえ、駐車場へ向かう時の事。
「ちょっと、どいてくれ…。」
うしろからスーツ姿の男性が小走りで自分たちをおいぬいていった。

「うわ!」
よく見ると、右手に拳銃を持って、それを背後にまわし隠している。
ある家の前につくと、突入しようか、どうか、見計らっている様子だった。

何かの取り締まり?
人質事件?
くわしくはわからないが、なにか事件のようだ…。
流れ弾にあたってる場合じゃないので、その場からとっとと撤収した。

白昼の街角で、刑事ドラマのワンシーンみたいな状況にでくわし、ちょっとビックリした。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 5日
旅 325日目

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 ブラジルでサッカー体験!
マサオにさそわれ、フットサルをしに行った。

フットサルとは、小さなコートで少人数でおこなう、いわばミニサッカーである。
ブラジルでブラジル人とフットサル(=サッカー)をできるなんて!
サッカー好きの自分としては、こんな機会にめぐりあえ、ワクワクしていた。

フットサルをするのは初めてだが、小学校時代からサッカーをしてきたから、 それなりにプレーする自身はあった。
「…あれ…?」
だが、少人数制のため、少し動きのちがうフットサルにとまどう…。
フットサル慣れしているブラジル人たちの動きについていけない…。

「…あれ…?」
さらに、ブラジルに来てからの運動不足+食べすぎで体が重い…。
そして、10ヶ月以上ぶりの激しい運動に、体はすぐ動かなくなり、ヘロヘロになってしまった…。
情けなさが身にしみる…。


そんな自分のことより、驚いたことがある。

ブラジル人はゴールに近くても『ものすごく思い切りシュートをうつ』ということだ。

ゴールにこだわる、そして勝ちにこだわるブラジル人たちのサッカー。
そんな彼らのプレースタイルを、こんな草フットサルからもみることができた。
…でも、キーパーだけは、絶対やりたくない、と思った。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 5日
旅 325日目

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 おどろきの寺!
「日本人にとって面白い建物があるから、見にいこうよ!」
カレンとマサオに連れられ、サンパウロの郊外、イタペセリーカ・ダ・セーラへ。

「うわ!」
そこで目にしたものは、日本人なら誰もが知っているあの『金閣寺』だったのだ!

ブラジルで生活している日系人がはるか遠い故郷に想いをはせ、作ったのだろうか?
壁の色こそ少し暗めの金色なのだが、見た目はずばり『金閣寺』。
「似ても似つかない様なマガイモノでも建っているんだろう…。」
行く前のそんな予想を見事ぶちやぶってくれる素晴らしいものだった。

中に入ってみると、また自分の想像をはるかに越えたものが、そこにはあった。
教会とお墓だ…。

…なぜ、教会?
…なぜ、お墓?
…日本の伝統とブラジル人の斬新さが見事にマッチして………るか?
…なんとも頭の混乱するものをみてしまった気がした。

[ ブラジル、イタペセリーカ・ダ・セーラにて ] 2001年 10月 6日
旅 326日目

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 ブラジルでカート体験!
夜、マサオとその兄のタダシと3人でカートをしに行った。

ブラジルはF1で『音速の貴公子』と呼ばれた『アイルトン・セナ』を生んだ国。
そのセナも小さい頃はカートでならしたという。
そんな国でカートをできるなんて!
そう思うだけで、無性にうれしかった。

自分は、自動車の普通免許は持っているし、カートゲームもそれなりにやりこんだ。
(テレビゲームで。)

「むかうところ、敵なし!」
自信過剰でのぞんだ予選はなんと3位通過…。
地元少年2人のタイムにおよばなかった…。

「本戦(レース)になったら、一気にぬきさってやろう。」
そう思っていたのだが、レースでも追い抜かすどころか、引き離される一方…。
結局順位は全くかわらないまま、レースも終わった。

10代後半の少年2人に全く歯がたたず…。
カート王国=ブラジルの底辺の広さを身を持って思いしらせられた…。

とりあえず、『第3位』ということで、表彰台にのぼった。
…が、うれしさも半分…。
なにせ参加者は、5人だけだったから…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 6日
旅 326日目

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出発(日本)〜タイ

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タイ〜カンボジア

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カンボジア〜中国

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中国

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ネパール〜インド

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インド、パキスタン

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バングラデッシュ〜ミャンマー

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タイ(3)〜U.A.E.

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トルコ〜

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トルコ〜シリア

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シリア

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レバノン〜エジプト

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ギリシャ〜ボスニア

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クロアチア〜チェコ

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ポーランド

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ポーランド〜オーストリア

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オーストリア〜ドイツ

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ドイツ〜スイス

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イタリア(2)〜フランス

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スペイン

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ポルトガル

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ブラジル1

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ブラジル3

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ブラジル4

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アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その23 ー目次ー  
リオ目指して (2003/ 12/ 23 更新) ………ブラジル国内小旅行へ(2001/ 9/ 22、サンパウロ)

斬新、ブラジル! その1 (2003/ 12/ 23 更新) ………頭のやわらかい発想(2001/ 9/ 22、サンパウロ郊外)

聖地『サント・アウリオ』の出来事 (2003/ 12/ 23 更新) ………かわいい田舎モノたち(2001/ 9/ 22、サント・アウリオ)

ドライブ イン ブラジル (2003/ 12/ 23 更新) ………異国の地で緊張まじりの運転(2001/ 9/ 22、高速道路上)

リオ到着 (2003/ 12/ 23 更新) ………イメージ通り?の町(2001/ 9/ 22、リオ・デ・ジャネイロ)

リオ観光 その1 (2003/ 12/ 23 更新) ………名所を車でざっとまわる(2001/ 9/ 23、リオ・デ・ジャネイロ)

リオ観光 その2 (2003/ 12/ 30 更新) ………『パン・デ・アスーカル』にのぼる(2001/ 9/ 24、リオ・デ・ジャネイロ)

『ハードロック・カフェ』@リオ (2003/ 12/ 30 更新) ………世界中にあるあの店へ(2001/ 9/ 24、リオ・デ・ジャネイロ)

『コルコバードの丘』 (2003/ 12/ 30 更新) ………リオに来たことを実感!(2001/ 9/ 25、リオ・デ・ジャネイロ)

世界一大きなサッカー場 (2003/ 12/ 30 更新) ………意外に大きくない?スタジアム(2001/ 9/ 25、リオ・デ・ジャネイロ)

斬新、ブラジル! その2 (2003/ 12/ 30 更新) ………大聖堂をみて驚く(2001/ 9/ 26、リオ・デ・ジャネイロ)

すべてを越えて… (2003/ 12/ 30 更新) ………交流と発展について思うこと(2001/ 9/ 28、リオ・デ・ジャネイロ)

ちょっとだけ地元気分 (2003/ 12/ 30 更新) ………1週間ぶりのサンパウロ(2001/ 9/ 28、サンパウロ)

サンパウロの怒れる友達 (2004/ 1/ 06 更新) ………リオから帰ると…(2001/ 9/ 29、サンパウロ)

意外なお墓 (2004/ 1/ 06 更新) ………見たこともないお墓(2001/ 9/ 30、サンパウロ)

ブラジルに会う (2004/ 1/ 06 更新) ………意外な人名(2001/ 9/ 30、サンパウロ)

驚きの月はじめ恒例行事 (2004/ 1/ 06 更新) ………自分史上、最重量!(2001/ 10/ 01、サンパウロ)

狂牛病の影響は? (2004/ 1/ 13 更新) ………日本と立場逆転(2001/ 10/ 02、サンパウロ)

ちゅらさん? (2004/ 1/ 13 更新) ………日本ポップカルチャーを教わる(2001/ 10/ 02、サンパウロ)

ストリートチルドレン (2004/ 1/ 13 更新) ………ブラジル社会の底辺(2001/ 10/ 02、サンパウロ)

でかいホットドッグ (2004/ 1/ 13 更新) ………新ホットドッグに挑戦(2001/ 10/ 02、サンパウロ)

白昼、ドラマのような1シーン (2004/ 1/ 13 更新) ………突入前?(2001/ 10/ 05、サンパウロ)

ブラジルでサッカー体験! (2004/ 1/ 13 更新) ………本場でフットサル!(2001/ 10/ 05、サンパウロ)

おどろきの寺! (2004/ 1/ 13 更新) ………日本の伝統とブラジル人の斬新さ(2001/ 10/ 06、イタペセリーカ・ダ・セーラ)

ブラジルでカート体験! (2004/ 1/ 13 更新) ………本場でカート対決!(2001/ 10/ 06、サンパウロ)

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