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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その24> −

ブラジル3

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 なつかしい再会
カレンとミユキの3人でサンパウロを離れ、南西のへ車で3時間。
大西洋沿いの小さく静かな町、イグアペへたどり着いた。
ここは6年半前、大学の卒業旅行でブラジルに来た際にも 訪れたことのある、懐かしい場所だ。

町沿いにある川、古い町並み、教会…。
6年前に来た時と殆ど変わっていない様子。
なんだかホッとする。

「ご無沙汰しています!」
カレンのご両親、ヨシカワ夫妻にも再会。
おふたりともお元気そうだ。

カレンのお父さんは、 昔、日本に行った時、ブラジル移民の日系人ということで、 法律によるつめたいあつかいをうけたと、以前語ってくれたことを思い出した。

「ここらの山は一山100万円くらいで買えるよ。」
笑顔でそう教えてくれたことも思い出した。

大自然に囲まれた静かな町、イグアペで暮らすこと。
モノや情報であふれる世界で生きている自分に、シンプルに生きることの良さを感じさせてくれたヨシカワさん。
そんなヨシカワさんに再会できたことが、なんだかすごくうれしい。

[ ブラジル、イグアペにて ] 2001年 10月 7日
旅 327日目

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 なつかしい再会 その2
ヨシカワサンはイグアペの町内で引越しをしたらしく、以前来た時と家がかわっていた。

家の中をざっと紹介してもらう。
大きな居間、食堂、台所、そして2階にいくつも寝室がある。
土地がいっぱいあるだけあって、日本の都心部の家とは家の大きさは比べ物にならない。

「…うわ!」
物置を見せてもらった時、意外なものを発見してしまった。
それは日本の児童向け雑誌『小学2年生』だ!

日系の家族、ヨシカワ家に日本の雑誌があることは驚かない。
しかし、自分が小学生低学年だった1980年当時に読んでいた雑誌とブラジルの片田舎で めぐり合えてしまったことがなんだかすごくうれしい!

『ウルトラマン80』。
『鉄腕アトム』。
『怪物くん』。
『リトル巨人くん』。
『あさりちゃん』。
なつかしいマンガやアニメの記事がいっぱいだ。
当時はやっていた『ゲーム&ウォッチ』やLSIゲーム『デジコム・ファイター』の攻略法などものっている。

「あぁ、この頃シンガポールに引っ越したんだなぁ…。」
見ていたTV番組『ウルトラマン80』や『鉄腕アトム』を引っ越すためにみられなくなる…。
そのかわり、と買ってもらった『ゲーム&ウォッチ』。
兄が持っていたゲーム『デジコム・ファイター』をシンガポールで遊んだこと…。
当時のTV番組やはやりモノから、初めての引越し、そして 初めての海外=シンガポールのことを自然と思い出した。

ブラジルの片田舎でおもいっきり過去にひたる…。
「サンパウロに持っていっていいわよ。」
食い入るように雑誌を読んでいた自分にカレンがそういった。
何十冊もある中から3冊だけ、サンパウロに持って行かせてもらうことにした。
読むのがすごく楽しみだ。

[ ブラジル、イグアペにて ] 2001年 10月 7日
旅 327日目

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 W杯南米予選
曇り始めたイグアペの午後。
雨が降る前にヨシカワさん宅に戻り、TVでサッカー・ワールドカップ南米予選、ブラジルvsチリを観戦する。

ここまでブラジルは予選の成績がふるわず、2002年のワールドカップ本戦出場があやぶまれていた。
唯一ワールドカップ全大会に出場しているブラジル。
そのサッカー王国が本戦に出場できなかったら、ブラジル国内の情勢はどうなってしまうやら…。

「ワールドカップは出場しにいくところじゃない、優勝しに行くところだ!」
まわりのブラジル人の友達は真剣な顔でそう語る。
(日本人がこんなこと言ったら、笑われるだけだろう…。)

ここイグアペから車で6時間ほどの町、クリチーバで試合がおこなわれているとのことだった。
「そんなに近い場所でやってるんだったら、会場で試合をみたかった!」
いまだサッカー本場=ブラジルで、生で試合を観戦したことがないだけに、そう思ってしまった。

結果は2−0でブラジルの勝ち。
まだまだ気のゆるせない状況だが、今、ブラジル中が沸きにわいていることは間違いないだろう。
「サンパウロのバーかレストランで試合を見てもおもしろかったかも!」
なんだかちょっともったいない気がした。


TVでサッカーを見終えた後、ニュースで『米軍のアフガニスタン空爆開始』を伝えていた…。

[ ブラジル、イグアペにて ] 2001年 10月 7日
旅 327日目

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 重宝される居候
1晩だけかと思ったら、ここ数日はカレン宅に泊めてもらっている。
リサとカレンの間で『旅人誘致合戦』がおこなわれているらしく、毎晩どこで寝るのか、旅人本人がわかってない日々。
宿を提供してくれる友達が多いというのはありがたいことだが、少し問題もある。

下着がなくなること…。
荷物のほとんどがリサの家においてあるためだ。

お気に入りのペンと紙も手元になく、いつも描いている絵日記をかけない…。
やりたいことをやりたい時にできないのはつらい…。

…それらの荷物をとりに、数日ぶりにリサ宅へ。
「最近見かけなかったから、日本に帰っちゃったのかと思ったわ。もう驚かさないで!」
リサのお母さんに真顔で言われた。

その後、数日はリサ宅に泊めてもらう日々。
しばらくのち、カレン宅に行くとカレンのお母さんにも同じことを言われた。
ただの居候のことをそんなにも気にしてくれるなんて!
なんだかうれしいやら、心苦しいやら…。

気持ちのいいもてなしを思いっきり肌で感じられる。
それがすごくうれしい場所、サンパウロ。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 8日
旅 328日目

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 念願のブラジルでのサッカー観戦!
かねてより憧れだった本場ブラジルでのプロサッカー観戦。
『一緒に行く人がいないとあぶない』と言われたり、チケットがなかなか買えなかったり…。
いろいろ問題があってダメか…、と半ばあきらめかけていた。

「よし、シゲタ! これからサッカー、見にいこう!」
仕事を途中で切り上げてきてくれたマサオと急遽、サッカー観戦に行くことになった!
「やった!」
地元サンパウロFCのホームゲームをみに、モルンビースタジアムへ急ぐ。

入り口でチケットを買い、スタジアムの周りで売っているユニフォーム(レプリカ)を買ってすぐ着込む。
準備万端で、いよいよスタジアム内へ!

「うわぁ…。」
何度もこのスタジアムの前は車で通過したことはあったが、中に入るの初めてだ。
あきらめかけていたことだけに、なんだかうれしい。

これから、本場のサッカーをみれる!
それも、地元プロチームの真剣勝負。
日本でJリーグや日本代表戦、フランスでW杯を観戦したことがあるが、なんだか違うワクワク感がおそってきた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 試合での意外な発見
サンパウロFCvsグレミオ。
伝統の一戦で意外なことを3つ見つけた。


観客は、みな、おとこ、オトコ、男…だということ。
ここまでオトコしかいないなんて、ちょっと意外だった。
「アラブ諸国みたい…。」
なんて、思ったりした。


「あれ?レオナルド?」
鹿島アントラーズでもプレーしたことのある元ブラジル代表、レオナルドがサンパウロFCにいた!
そんなことを知らなかったので、なんだか、ものすごく得した気分になった。

…しかし…。
前半、プレー中に鼻をなぐられ、あっという間に負傷退場していった…。


試合の途中、大雨が降り出した。
26度あった気温が19度まで急降下。
シャツ一枚じゃ、ちょっと寒いくらいだった。

「ラ カッパァ〜! ラ カッパァ〜!」
売り子さんが大声で叫びながらビニールの雨ガッパを売り歩いていた。

「! そうか!」
雨ガッパの『カッパ』の語源はポルトガル語だ!
本か何かで知っていたことだが、その言葉を直接自分の耳できけたことが、なんだかうれしい。
1600年前後の大航海時代にポルトガルから輸出された言葉が、今もブラジルと日本で使われている。
そんな時間と空間を越えたつながりがうれしく感じられた。

しかし、雨の中のサッカー観戦はとても寒かった…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 歓喜!と…絶句…
前半7分。
サンパウロが早々先制!
オオオオオオオ!
雨など全く関係なく、もんのすごく盛り上がる地元サポーター。

その場でとびはね、周りの人間と喜びを分かち合う!
これだ!
この盛り上がりを体感したかったんだ!
本場ブラジルでサッカーを見れたことがものすごくうれしかった!

 :
 :
 :
つづいて、前半25分。
相手グレミオの同点ゴールがきまった。

……………………。
(うそだろ…)といわんばかりのサポーターたち。
一瞬、スタジアムが凍りついたかの様だった。
この瞬間を体感できたことも、貴重だと思った。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 ものすごいサポーター その1
ブラジルでサッカーを見る時、試合はもちろんだが、観客席のサポーターを見るのもものすごく楽しかった。
度が過ぎると暴動になりあぶない。
そう言われているが、少し離れた場所から見る分には、コレほど面白い人間ウォッチングはない。

「イィ〜ッソッ!!!!」(そこだ!)
いいプレイがでると、会場中が同じセリフを同じタイミングで叫ぶ。
これが面白い。

「ウゥ〜〜〜〜〜!」
味方のプレーがうまくいかないと、天をあおぎ、みな、一斉にうなる。
手を振り上げ、全身で怒るサポーターもいる。
これまた、面白い。

ブラジルには国民の数だけ監督がいる、というのを聞いたことがある。
スタジアムにきて、納得した。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 ものすごいサポーター その2
「ウゥ〜〜〜〜〜!」
 ●味方寄りでは『ない』ジャッジをする審判。(当然だが)
 ●怪我したフリでピッチ上に痛そうにねころんでいる相手選手。
 ●ちんたら走るメディカル・スタッフ。
全てがサポーターの怒りの対象だ。

「はっはっは!」
雨のため、ライン際で転んだ線審に対しては、みな大笑いしていた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 ものすごいサポーター その3
「おかまやろう!」
「デブぶたぁ〜!」
「おそいぞ、でか犬!」
「へたくそ!ケツに○△×でもつっこみやがれ!」

下手なプレーに対しては、応援しているはずの味方選手にも容赦なく浴びせられる罵声…。
「…今のは、日本語に訳せない…。」
マサオがそういうほど、ものすごい内容のヤジが飛んでいるようだ。

日本だとシュートをうって終わると、「よしよし!」「おしかった!」と味方をたたえることになる。
「何、はずしてんだよぉ!」
ブラジルだと、シュートは入らなければ、即、ブーイングにつながる。
サッカーの場合、放ったシュートが全部入ることなんて、ありえないのに…。
なんて厳しいサポーターなんだ…。

しかし、こんな厳しいサポーターの目があるからこそ、強くてうまいプレーヤーがどんどん登場してくるのだろう…。

 :
 :
 :
試合は1−1のまま後半も終盤にさしかかった。
「ケロ・ウム・ジョカドール!」
「ケロ・ウム・ジョカドール!」
「ケロ・ウム・ジョカドール!」
会場では、同じフレーズが繰り返えされていた。

『1人、真なるプレーヤーがほしい! 必要だ!』。
つまり『誰か、本当にうまい選手が1点いれろ!』ということらしい。
みな、一生懸命プレーしているのに『真なるプレーヤーが必要だ』とは、これまたカライ応援だ…。

「ホジェーリオ! 攻めろ!」
最後にはゴールキーパーまであがれ、という声まで…。
それほど『勝ち』にこだわるブラジルサッカーを観客席から思いっきり感じた。
日本も見習う…、べきところは、見習おう…。

……ちなみに試合は1−1のまま終わった。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 11日
旅 331日目

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 1箇所にとどまる世界一周
「1つの場所にずっととどまることなんて絶対にありえない。」
この旅に出る前は、と漠然とそう思っていた。
次から次へ新しい国や新しい場所へ導かれる自分を想像していた。
そうして世界一周の旅は、あっという間に過ぎていくと思っていた。

 ・長旅の疲れ。
 ・9月11日の同時多発テロの旅への影響。
 ・そして友達が多く居心地のいい町、サンパウロ…。

これらの理由から、あっという間にブラジルに来てから1ヶ月が過ぎてしまった…。
こうなると、旅をしているのではなく、見事に1箇所にとどまっている状態だ…。

ま、こんなことも世界一周の間にはあってもいいか…、なんて思い始めた。
もはやこれは、『旅』でなく『生活』だが…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 12日
旅 332日目

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 ブラジルの結婚式と日本
リサやカレンの友達(=日系人)が結婚する、という。
マサオやタダシ、ミユキなどみんなも結婚式にお呼ばれしているそうだ。
「シゲタも行こうよ!」
そんなわけで、自分までその結婚式に出ることになった。
知り合いがつれてくる友達なら、飛び入り参加もオーケーらしい。

もちろん、旅人はスーツなど持っていない。
マサオのお兄さん、タダシがスーツを貸してくれた。
まさか、旅の間にスーツを着ることになるなんて思いもしなかった。
(まさに、『旅』でなくここで『生活』をしているみたいになってきた…。)

結婚式は、キリスト教の教会でおこなわれた。
日本でも何度か教会での結婚式に参加したことがある。
『ブラジルらしい』何か特別なことは特にないように思われた。

ラッパとパイプオルガンの生演奏ファンファーレで式が始まった。
その後、入場曲が流れ出す。
どこかで聞いたことのある曲だ。
よぉく、思い出すと、それはチャゲ&飛鳥の『SAY YES』ではないか!
その後、安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」も流れたりした。

日系のカップルの結婚式だから、日本の曲が流れても不思議ではない。
…のだが、ブラジルの結婚式で日本の曲を聴くのは、なんだか不思議な気分だった。


場所をかえ、結婚パーティー(2次会)へ。
料理はバイキング形式。
テーブルの上に寿司、さしみ、ごはん、おでん、などが並ぶ。
どれも懐かしい我が母国、日本の料理だ!

日系のカップルの結婚式だから、日本食があっても不思議ではない。
…のだが、ブラジルで日本食をたらふく食べている自分がなんだか不思議な存在に思えた。
一ヵ月もすれば日本に帰ることになって、たらふく日本食をたべられるのに…。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 12日
旅 332日目

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 日本語の中にある壁
日本食を食べ、ダンスを踊る、結婚式2次会。

「こんにちは!」
ひょんなことからカレンの知り合いの日系女性と話すことになった。
彼女は数年前、日本に留学したことがあるらしく、ものすごく自然な日本語を話す人だった。

海外で母国語が通じてしまう、というのはとても助かる話である。
普通に自分のことや相手のことを話したり、ささいな笑い話をできるからだ。

だが、違和感もあった。
というのも、その女性は明らかにはるかに自分より年下。
さらに初対面。
「ふーん、そうなんだ!」
「おもしろそうだね!」
向こうに悪気は全くないのだろうが、かなりお友達感覚の『タメ口』なのである。
これが、英語やポルトガル語だったら全く気にならないのだろう。
しかし、日本語だと、そうもいかない。

「そうなんですよ!」
「これ、知ってますか?」
自分は普段の習慣からか、タメ口の中にも、つい『です、ます』調で出てきてしまう。
『初対面の人に距離を置いている自分』を自分が使う言葉から感じた。

もし、同じ状況でも、英語なら、こんな違和感を感じなかっただろうに…。
日本語という言葉を使う以上、文法以外に『敬語』という存在がやっかいだな、なんていまさら思った。

大半を日本文化の中で育った自分にはその『敬語』が普通に染み付いている。
人生の先輩や年上の人を敬う気持ち、初対面の人との礼儀を重んじるいい風習ととらえることもできる。
反面、『敬語』は人との距離を置く言葉でもある、と感じた。

適度な敬語、適度なタメ口。
そこらへんのいいバランスが、気持ちのいいコミュニケーションになっていく様な気がした。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 12日
旅 332日目

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 『ミニ・キャラバン』
マサオが所属する団体=アベウーニの『ミニ・キャラバン』に参加することになった。

ミニ・キャラバンとは、貧しい人たちに病気を見てあげたり、薬を上げたり、生活の正しい知識を与えたりするボランティア活動。
貧しい地域では、病気になっても医者にいけなかったり、薬がかえなかったり、ということがよくあるらしい。
そんな人たちのために、進んで活動をするマサオたち。
えらいなぁ、とただただ感心。

結婚式で夜遅くまで騒いだのに、翌日はあさ、5:30起き。
マサオの車でサンパウロを離れ、眠い目をこすりながらビリチバ・ミリンという町へ向かった。

すでにアベウーニで活動する日系の人たちがビリチバ・ミリンのとある学校に集まっていた。
ここがベースキャンプになり、近隣に住む人たちに様々な援助活動を行う。

聞くところによると、歯を磨く、シャワーをあびる、ということことすら知らない人たちもいるらしい。
知っていても、歯ブラシを買えなかったり、シャワーの設備がなかったり、という問題があったりする。
そういう人たちに正しい生活の知識を知ってもらい、病気の予防などしてもらおう、という教室が開かれたりもしていた。

栄養のある食べ物について。
生活の中にあるいろいろな病気について。
その治療薬について。
エイズについて。
生活の中の重要な知識をいろいろな教室で教えていた。

日本だとテレビで知ることが出来るようなことも、ここではそうもいかないらしい。
薬局も近くになければ、薬を買うおかねもない。

ブラジルの厳しい一面をここビリチバ・ミリンでいろいろ見ることになった。

[ ブラジル、ビリチバ・ミリンにて ] 2001年 10月 13日
旅 333日目

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 ファベーラの実地調査へ
『ミニ・キャラバン』で、自分は白衣を着て1日マサオについてまわった。
白衣を着るなんて、何もしてないのにちょっとだけドクター気分。

午前中は学校内で各教室のお手伝いをして過ごした。

午後は、3人一組になってファベーラ(貧民街)へ行き実地調査をすることになった。
実地調査とは、ここで住む人たちがどんな生活をしていて、何に困っているか、お宅に伺って直接話を聞くことだ。
マサオとヘジーナの3人で貧しい人たちの住む町の中を歩いた。

危なくないか少し不安もあったが、この地域はそういった危険はないらしい。
一人で夜に金品ぶら下げて歩いていたら話は別だが…。

「ちょっといいですか?」
マサオがとある一軒の家の前にいる女性に話しかけた。

そこらへんに落ちているような木を組み合わせた柵。
トタン屋根の家。
コンクリむき出しの壁。
泥の床の上にしかれた敷物。
それが彼女の家だった。

アジアやアフリカでも、貧しい場所をたくさん見てきたが、地球を半周したここにも同じような場所があった。
何がまずしさの原因なんだろう?
貧しさをなくすには、どうしたらいいんだろう?
なんで世界から貧困はなくならないんだろう?
ファベーラを見て、そんなことを思った。

[ ブラジル、ビリチバ・ミリンにて ] 2001年 10月 13日
旅 333日目

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 ファベーラで見た笑顔
マサオが自分たちのしていることを説明し、調査させてもらえるか、聞いてみる。
「いいわよ。」
気持ちのいい返事が返ってきた。

お宅にあげてもらい色々話を伺う。
家の奥には木の2段ベッドの上で、寝そべたたずむ父親がいた。
ファベーラ
父、母、そして5人の小さな子供がいる7人家族。
「5人の子供はみんな父親が違うの。」
母はあっけらかんと話していたが、その内容にショックをうけた。

病気になったら遠くにある町の病院までバスに乗っていかねばならないこと。
病院に行ったとしても、診察まで延々と待たされること。
それで、結局病院には行かないでいる、ということ。
日本で生まれ育った自分の身の回りでは考えられない実情を聞いた。

マサオの質問に気さくに答えてくれ、さらに、よくしゃべる元気な母。
住んでいる家、着ている服など質素なものだが、ポジティブなパワーをすごく感じた。

愚痴や自分の生活を卑下したような態度は全くみられなかった。
それが少しだけ意外でもあり、なにか心を温かくしてくれるものだった。

サイズの大きな服を着て、せまい家の中を裸足で走りまわる子供たち。
見知らぬ『お客様』が来たことがなんだかうれしい様子だ。
マサオが支給品の歯ブラシや石鹸を渡すとものすごく喜んでいた。

マサオがお母さんにいろいろ聞いている間に、自分はテニスボールを投げて子供たちと遊んだ。
言葉は全く通じないのだが、ボールを通じてのコミュニケーションがなんだか楽しい。
子供たちも無邪気によく笑う。
それがすごく救いだった。
というのも、インドやアフリカで、やせ細り動けずに苦しむ人たちをたくさん見てきたからだ。

ここが砂漠でもなければ、極寒の地でもない。
水もあれば、なんとか食料も確保できる。
住む家があること。
そして、何より家族でいられること。
それが子供たちの無邪気な笑顔につながっているのだろう。

ファベーラでみた子供たちの笑顔になんだか逆に自分が元気付けられた。

[ ブラジル、ビリチバ・ミリンにて ] 2001年 10月 13日
旅 333日目

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 祝! 旅、11ヶ月経過
2000年11月15日に旅立ったこの旅もいよいよ11ヶ月経過した!

放浪日数も330日を越え、1年を予定している旅のゴールももうすぐ。
その前に自分にゆかりのある『旅の最終目的地』を目指すのがとても楽しみだ。

…そして、1ヵ月後には母国日本へ。
友人、知人、家族との再会が楽しみだ。
自分がどんなに浦島太郎になったか、実感するのも楽しみだ。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 14日
旅 334日目

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 時差
2001年、10月14日。
朝、10:30のつもりが、すでに11:30だった。

今日からサマータイム実施ということで、時計を1時間遅らせるとのこと。
同じ場所にいながら『時差』を感じる日本では味わえない貴重な体験だ。

夏は日が長いから、時間を後ろ倒しに。
冬は逆に日が短いから時間を前倒しに。
電力消費量のことだけを考えると、とってもいい省エネなんじゃないか、なんて思った。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 14日
旅 334日目

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 サンパウロの車上あらし
たまっていたフィルムを現像しに、リサの友達=ミドリのお兄さんのお店へいった。

現像したり、おしゃべりしたり、お店で過ごすこと30〜40分。
路上駐車していた場所に戻ると、なんだか様子がおかしい。

よく見ると、助手席のトビラがずれてる。
「!!!」
ミドリが驚いた表情をした。
車内を見ると、なんと、カーステレオが盗まれていたのだ!
夜でもない、昼過ぎの町のど真ん中でだ!

そういえば、前回ブラジルに来たとき、友達のエジモンが いつもカーステレオを持ち歩いていたことが不思議で聞いたことがあった。
その理由を目の当たりにしてしまうなんて…。

そういえば、数ヶ月前にリサが財布を盗まれたことがあると言ってた。
それも、日中、信号待ちで車に乗っていた時、いきなりガラスをわられ、助手席の上においていた財布をとって逃げたという。
その話を聞いたときも驚いたが、目の前で起こった盗難事件をみて、愕然とした。
日中に、自分の友達が窃盗事件にあうなんて、かなりショックだった…。

「私たち二人が怪我もしてないから、大丈夫!」
ミドリがしっかり現状を把握して、そういい放った言葉が強く心に響いた。


 :
 :
 :
  考えてみれば、自分もポーランドでひどい盗難事件にあったではないか…。
カーステレオ泥棒に、イヤなことまで思い出される羽目になった。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 16日
旅 336日目

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 旅のゴール
サンパウロにある全日空のオフィスに行き、帰国ルートを模索した。
旅を始める前と今では、自分の旅の気分も世界の情勢もかなり違う。
予定とはかなり違った旅をしていて、飛行ルートも変更せざるを得ない状況だ。

世界一周チケットには、飛行距離制限内(39000マイル)がある。
その条件を満たし、いかに現実的に、そして無事に日本に帰れるか、考えた。

予定していた中米放浪、アメリカ列車の旅はもう今となってはどうでもよく思えてきた。
中米には行ったことがある
テロ直後のアメリカを旅をする気にはなれない。

行きたい国はどこだろう?
…20年前に住んでいたアルゼンチンを再び訪れてみたい。
自分が2年半も住んでいた街、ブエノスアイレスにどうしても行ってみたかった。

アルゼンチンは日本からなかなか行ける国ではない。
しかし、ここサンパウロからは目と鼻の先だ。
今、行っておくべきだと強く思った。

そして、帰りに社会人時代の先輩が住んでいるサンフランシスコに寄ればいいのではないか。
確認してもらうと、このルートでなんとか飛行距離制限内におさまった。

…ブエノスアイレス、サンフランシスコ、そして成田。

いよいよ、帰国ルートが決まった。
世界一周の旅のゴールが初めて現実的に見えた気がした。
少し、ワクワクしてきた。

[ ブラジル、サンパウロにて ] 2001年 10月 17日
旅 337日目

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出発(日本)〜タイ

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タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その24 ー目次ー  
なつかしい再会 (2004/ 1/ 20 更新) ………6年半ぶりのうれしい再会(2001/ 10/ 07、イグアペ)

なつかしい再会 その2 (2004/ 1/ 20 更新) ………20年ぶりの雑誌(2001/ 10/ 07、イグアペ)

W杯南米予選 (2004/ 1/ 20 更新) ………静かにTV観戦(2001/ 10/ 07、イグアペ)

重宝される居候 (2004/ 1/ 27 更新) ………もてなされる旅人(2001/ 10/ 08、サンパウロ)

念願のブラジルでのサッカー観戦! (2004/ 1/ 27 更新) ………生でサッカー観戦!(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

試合での意外な発見 (2004/ 1/ 27 更新) ………スタジアムでみつけたもの(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

歓喜!と…絶句… (2004/ 1/ 27 更新) ………ゴール後の陰と陽(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

ものすごいサポーター その1 (2004/ 1/ 27 更新) ………怒りをぶつけるさまざまな対象(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

ものすごいサポーター その2 (2004/ 1/ 27 更新) ………すべてに怒る観客(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

ものすごいサポーター その3 (2004/ 1/ 27 更新) ………味方にも浴びせる罵声(2001/ 10/ 11、サンパウロ)

1箇所にとどまる世界一周 (2004/ 2/ 03 更新) ………『旅』でなく『生活』しているこの1ヶ月(2001/ 10/ 12、サンパウロ)

ブラジルの結婚式と日本 (2004/ 2/ 03 更新) ………教会に響く意外な曲(2001/ 10/ 12、サンパウロ)

日本語の中にある壁 (2004/ 2/ 03 更新) ………『タメ口』と『敬語』(2001/ 10/ 12、サンパウロ)

『ミニ・キャラバン』 (2004/ 2/ 03 更新) ………ブラジルの貧しい一面(2001/ 10/ 13、ビリチバ・ミリン)

ファベーラの実地調査へ (2004/ 2/ 03 更新) ………世界でみてきた貧しい地域を思い出す(2001/ 10/ 13、ビリチバ・ミリン)

ファベーラで見た笑顔 (2004/ 2/ 03 更新) ………貧民街の実情を見る(2001/ 10/ 13、ビリチバ・ミリン)

祝! 旅、11ヶ月経過 (2004/ 2/ 10 更新) ………いよいよ残り1ヶ月!(2001/ 10/ 14、サンパウロ)

時差 (2004/ 2/ 10 更新) ………どこにも移動せずに味わう時差(2001/ 10/ 14、サンパウロ)

サンパウロの車上あらし (2004/ 2/ 10 更新) ………治安の悪い一面を見る(2001/ 10/ 14、サンパウロ)

旅のゴール (2004/ 2/ 10 更新) ………やっと帰国が身近に感じられる(2001/ 10/ 14、サンパウロ)

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