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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その27> −

アルゼンチン2

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 フロリダ散策
フロリダ ブエノス・アイレス4日目。
ユースホステル近くに、繁華街=フロリダ通り(写真)があるので、散策。

「おおおぉ!」
おもちゃ屋でニンテンドー・ゲーム・キューブを初めてみる。
以前ゲーム会社に勤めていたから、昔ブエノスで日本のゲーム機なんて見ることができなかったから、つい反応してしまう。

「…うまい!」
昼は、フードコートでスパゲティをほおばる…。
肉はうまいのだが、さすがに、朝と昼は他のものが食べたくなってしまう。

「すげぇ…!」
TVでは、復活したマイケル・ジョーダンの試合をうつしていた。
バスケットボールの神様の復活劇には、やはり目がいってしまう。

「………!」
全然、アルゼンチンらしくないことをしている自分に気づく…。
つまりは、21世紀のブエノスでは、世界中のものや情報をいくらでも手に入れることができる、ということだ。

ま、なにより、今いる道の名前が『フロリダ』だから、仕方ないか…?

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 10月 31日
旅 351日目

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 コロン劇場
少しはアルゼンチンらしいことをしよう、と 7月9日通りにある世界3大劇場の1つ『コロン劇場』を見学にいった。

コロン劇場

中に入って、驚く!
広く、大きい!

オペラ用のステージがあり、客席があり、ボックスシートがあり…。
ロビーには大きな階段、有名作曲家の胸像…。
ウィーンやブダペストで訪れたオペラハウスと似ている。
というより、中は『ヨーロッパそのもの』だった!

小さい頃は、ヨーロッパだとか、南米だとか、ほとんどわからなかった。
全く、意識していなかった。
8歳で、ブエノスの町並みを見てから、21歳でローマの町並みを見た時、
…ローマってブエノスに似てる…。
なんて思ったくらいだ。

大人になってから見る『コロン劇場』は、歴史や文化の流れを教えてくれる存在になっていた。
同じものを見るにしても、子供の頃とでは、視点が変わることを実感した。

…結局、これが、『アルゼンチンらしいことをした』のか、不明だった…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 10月 31日
旅 351日目

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 本場でタンゴ鑑賞
夜、『セニョール・タンゴ』という店でタンゴを見ることに。
これは、バッチリ『アルゼンチンらしい』ことだろう!

お国柄か、夜9:30ころ、店内へ通される。

大きな店内は、ど真ん中にステージ。
その周りに、上からステージを見渡せるボックスシートのような観客席。
その壁際に食事をするシートがある。

まず、お食事シートでワインを飲みながらぶ厚いステーキを満喫。

しばらくすると、スーツを着たアントニオ・バンデラスチックな男性と、 ドレスを着たキャサリーン・ゼタ・ジョーンズチックな女性が各シートをめぐってくる。

tango 「お写真はどうですか?」
これらタンゴダンサーと一緒に写真を撮るサービスの様だ。
なかなか粋な計らいである。

その後、ステージを見下ろす観客席にうつり、タンゴを楽しむ。

バンドネオンの哀愁のメロディー…。
知らない曲でも、その旋律がなつかしくて、たまらない…。

『カミニート』
『ラ・クンパルシータ』

聞きなじみのある有名な曲を耳にし、思わず涙が出てきそうだった…。
タンゴでよみがえる幼い日々の記憶。
自分がアルゼンチンにいたことを強く感じさせてくる一夜だった。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 10月 31日
旅 351日目

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 月はじめ恒例行事 <最終回>
2001年、11月1日。
いよいよこの世界一周の旅、最後の月となった!

帰国までいよいよ、あと14日となった!


月はじめの恒例行事といえば『体重測定』。
町中にある薬局で、体重を量ってみる。

………74kgもありやがる。

2000年 11月15日72.0 kg 日本=横浜出発時、自宅にて
2001年 1月1日68.0 kg タイ=バンコクホワランポーン駅内の黄色い体重測定機(有料)
2001年 2月1日67.0 kg 中国=上海知人宅の体重計
2001年 3月1日67.0 kg インド=ゴラクプル駅内の体重測定機(メンコに記録するタイプ、有料)
2001年 4月1日65.5 kg インド=プリーバス停の体重測定機(有料)
2001年 5月1日64.0 kg タイ=バンコク知人宅の体重計
2001年 6月1日66.0 kg ヨルダン=アンマン薬局の体重測定機(身長も測定可能、有料)
2001年 7月1日68.0 kg クロアチア=ザグレブ薬局の体重測定機
2001年 8月1日66.0 kg オーストリア=ウィーンスポーツショップの体重測定機
2001年 9月1日67.0kg スペイン=サンティアゴデコンポステーラ薬局の体重測定機
2001年 10月1日73.0 kg ブラジル=サンパウロ知人宅の体重測定機
2001年 11月1日74.0 kg アルゼンチン=ブエノス・アイレス薬局の体重測定機

2001年 3月20日62.0 kg パキスタン=ラホール旅の最低体重

太ったなぁ、と思った先月よりも、さらに1kg増量してる…。
そしてこれは、自己最重量記録だ…。

旅のはじめの頃は、重い荷物を背負い、1日何万歩も歩いて精力的に観光をしていた。
腹六分目の食事で済ませていた。
そのため、みるみるやせていった…。

9月に南米に来てからは、重い荷物を背負っての宿探しがなくなった。
どこに行くにも友達の誰かが車に乗せてくれた。
肉をたらふく食う日々が続いた…。

貧乏バックパッカーのはずが、どんどん肥えていっている…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 アルゼンチン・サッカー観戦へ!
…20年前。
中学生だった兄が友達とアルゼンチン・サッカーの試合を見に行っていた。
ものすごくうらやましかった。
 …サッカー観戦。
2年半におよぶアルゼンチン生活で唯一、やり残したことだ。

cancha 「今度アルゼンチンに行く時は、何が何でもサッカーを見てやる!」
その熱き想いを実現するべく、ボカのカンチャ(スタジアム)へむかった。

ボカ・ジュニオルスと言えば、あのマラドーナも在籍したアルゼンチンの名門チーム。
日本人フォワード・高原も在籍しているが、日本代表戦に召集され今日の試合には出ないらしい。

カンチャ近くのチケット売り場へ。
12ドル、25ドル、40ドルの席がある、という。

暴動騒ぎも多いアルゼンチン・サッカー。
わけのわからない輩が多数おしよせる安い席より、多分、安全だろうと思われる40ドル(5000円弱)の席を買った。

「グラシアス!(=ありがとう!)」
なんちゃってスペイン語を駆使し、ひとりでチケットを買った。
まだサッカーを見ていないのに、これだけでまず満足した。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 タンゴ発祥の地
開始の試合までまだ時間があるので、カンチャ周辺のボカ地区を少し散策。

caminito ここボカは、アルゼンチン・タンゴ発祥の地として有名だ。

タンゴ・ファンなら誰でも知っている『カミニート』(小道)と呼ばれる道へ。
派手なカラーリングの家の壁。
路上で売られている絵や鉄でつくられたオブジェ。
人通りが少なくても踊っている路上タンゴ・ダンサー。
『カミニート』らしさを十分感じることはできた。

しかし、昔ここに確実に来たことがあるのだが、あまり懐かしく感じられない。
…というか、ほとんど覚えていない…。

来たことを覚えていないが、来たことはあるはず…。
…なんだか、変な感じだ…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 物騒なカンチャ周辺
ボカ地区は貧しい一帯で、『危険地域』と言われている。
万が一にそなえ、所持金はできるだけ少なくし、荷物はカメラと新聞とペンだけにした。

police カンチャ(スタジアム)へ行く道中、暴動対策のためか警官がやたら目についた。
防弾チョッキを着込んだ警官、馬に乗った警官。
サッカー国内リーグの1戦に、これだけ厳重な警備…。
お国柄が感じられる。

ちょっとでも地元の人間っぽいさりげなさを演出しようと、新聞を手に持って歩いていた。
「それ、持ち込み禁止!」
なのに、ただの新聞を没収された…。

中にナイフも発火物もしこんでないのに?
危険物でもなんでもないのに、『ただの新聞ごとき』を没収された!

悪いことをしたわけでも、とられてもくやしいものでもない。
しかし、謎は残る…。
…なぜ、新聞を…?

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 あこがれのカンチャへ入場!
ticket 危なくないか、まわりを気にしながら入場ゲートへ向かう。
とりえあず、危険はなさそうだ。

日本で電車に乗るように、カード型のチケット(写真1)を改札機に通し、カンチャの中へ入った。

「…よっしゃぁ〜!!」
まだ入り口を通過しただけなのに、初めてアルゼンチンのサッカー場に足を踏み入れ、早くも興奮状態だ!

cancha 階段をいそいで駆け上がり自分の席を目指す。
「…うおおおぉぉぉ〜!!」
通路の先に、光り輝くピッチが見えた。(写真2)

「ピッチが近い…!」
陸上用のトラックがないから、もう、すぐそこがサッカーフィールドだ!
これは、試合をものすごく見やすい!
サッカースタジアムとして、これってかなり重要なことだ。

正面には、マンションのベランダ様なボックスシートがあった。
サッカースタジアムに限らず、野球にしろ、陸上競技場にしろ、座席は『段々畑状』なのが一般的だ。
この垂直の観客席はかなり独特!

cancha キックオフまであと2時間もあるのに、すでに人が入っていた。(写真3)
よっぽどのサッカー好きか、暇人なのだろう。
(自分は両方。)

女性も結構いるのが印象的だった。
ブラジルでもサッカーの試合を見に行ったが、見られなかった風景だ。

観客席はボカの色=青と金色(黄色)で塗りつぶされている。
自分の好きなチームのホームスタジアムに来たことを思いっきり実感させてくれる。

「…やっと、やっとボカのカンチャに入れた!」
まだ試合は始まっていないのに、一人で興奮しまくっていた。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 試合、開始!
cancha インチャーダス(サポーター)で埋まったカンチャ。
やまない太鼓の音。
みな、試合開始がまだか、といきりたっていた。

4:15。
いよいよボカ(ホーム)vsラシン(アウェイ))の試合が始まった。
「バーモスッ!!」
自分ももちろん、ボカを応援する!

 ・ダイレクト・パスがつながる!
 ・ピンチの時、ボールをうまくキープ!
 ・攻撃をシュートで終える。

ボカ・インチャーダスはいいプレーへの拍手を惜しまなかった。
ブラジルの『ものすごい』サポーターとは一味違い、 こっちの方が気持ちがいい!
自分の好きなチームなんだから、罵声を浴びせるのではなく『応援』すべきだ。

ボカの10番=リケルメがボールをキープする。
ターンして相手プレーヤーをかわす。
「オォレェ〜!」
同時にカンチャ中から大声で掛け声が加わる。

闘牛士が牛を交わすの掛け声だ。
スター選手の『見せるプレー』に会場が一体化した。
これまた気持ちいい!

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 ゴーーーーーーーーーーーール!!
GOOOOOOOOOOOOOOOOOOL!

GOOOOOOOOOOOL!! 前半26分、地元ボカ(7番=バロスチェロット)が先制した!

一気に盛り上がり、ゆれるカンチャ!
大よろこびするインチャーダス(写真、画面中央:下に注目!)

ゴール裏のインチャーダスは、試合が見やすいように、少し高い位置で試合を観戦している。
しかし、ゴールが入ると、あいている前方のスペース(ゴール真裏)に向かって一気に詰め寄る!
人間『なだれ』状態!!

興奮のあまり、ネットによじ登るヤツもいる!
ゴールも気持ちいいが、まわりの興奮ぶりも気持ちいい!
生でサッカーを見る醍醐味はこれだ!!

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 ゴーーーーーーーーーーーール!!<2><3>
1−0のまま、前半が終了。

GOOOOOOOOOOOOOOOOOOL!

後半15分に11番=デルガドが、
続く32分に16番=カレーニョがゴール!
3−0でボカがラシンを突き放す。

ゴールの度にゆれるカンチャ。
老朽化で壊れないか、不安になるが、ゴールは何度あってもうれしい!!

応援するチームが3点もとってくれるなんて!
はるばる見にきた甲斐がありまくりだ!

ボカ、なんていいチームなんだろう!

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 相手へのいやがらせ
後半34分に10番=司令塔のリケルメ、そして1点目をいれたバロスチェロットをベンチにさげ、余裕モードのボカ。
二人は地元ボカ・インチャーダスの大きな拍手に包まれ、ピッチをあとにした。

 ・相手チームのコーナーキック。
 ・相手選手が倒れた時。

対照的にボカ・インチャーダスは、この時ぞばかりに紙テープを投げ、相手チームにいやがらせをする。
わかりやすすぎる露骨な嫌がらせ…。

インチャーダスも選手たちと共に戦っている感じで、これもすごい…。
日本じゃ決して見れないシロモノだ…。

…後半42分。
相手にPKが与えられた。

ゴール前にまい散る紙テープ。
相手はなかなかボールをけることが出来ない。

1度やり直ししたあと、PKが決まり、3−1になった。
「ナイスゴール!」
ボカ・インチャーダスは、相手のゴールに拍手する。
残り時間も少なくなり、勝ちを確信したからこそ出きるかなり屈辱的ないやがらせだ。

…おもしろい!!
ボカ側からすれば、とてもおもしろい行動だが、相手にしてみればかなり腹が立つハズ。
こんなことしてるから、暴動になったりするんだろう…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 試合終了…、そして…
試合はそのまま3−1で地元ボカが勝った。

応援するチームが勝つのは気持ちいい!
わざわざカンチャに足を運んだ甲斐があったというものだ!

やっと見れたアルゼンチンでのプロ・サッカー。
彼らの生活の一部になっているサッカーを生で見ることが出来、大満足だ!!!

じっくり余韻にひたっていたいところだが、トラブルに巻き込まれないように、試合後はとっととカンチャをあとにした。

途中、警官にしょっぴかれていくインチャーダスを数人みかけた…。
パトカーの中でショボンとしてるヤツも…。
やっぱり、あちこちでトラブルがあったみたいだ…。

本場で体験したサッカー観戦。
試合前、試合、試合後…。
どれも実に面白く、とにかく貴重な体験だった!

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 1日
旅 352日目

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 テロの恐怖、再び
アメリカ同時多発テロから2ヶ月弱。
ビンラディンやら、アフガニスタン侵攻やらテロにまつわるコトバをいろいろ耳にする。

サン・フランシスコの橋をテロがねらっている…。
そんなウワサまで聞くようになった。

帰り、サン・フランシスコに寄る予定なのだが…。
危ないと言われている日をはずすため、フライトを変更した。
これによって、ブエノス滞在が伸びることになった。

最後の最後につきまとう『テロの恐怖』…。
あと、13日で終わる(予定の)世界一周。
無事に終わるのか?

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 2日
旅 353日目

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 ブエノス観光
5月広場 カサロサーダ

ブエノス・アイレスの中心部を散策する。

いろいろ見てまわるが、全然懐かしくない。
何一つ、記憶にない。
小さい頃、ここらへんには来ていないようだ…。

メトロポリタン大聖堂 コロンブス像


そういえば、町の中心へ買い物や映画には行った記憶はあるが、『ブエノス・アイレス観光』をした記憶があまりない。
来たことある町なのに、初めてきたような不思議な感じだ。

小さい頃は、一人で知らない町を歩こうという覇気もなかった。
今は迷いながらでも町を散策するのがとても楽しい。

初めて入ったメトロポリタン大聖堂。
中に南米では有名な『サンマルティン将軍』の棺があった。
ブエノス・アイレスにあるなんて知らなかった!
自力での意外な発見があると、散策はさらにたのしくなり、やめられない。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 3日
旅 354日目

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 最高のアサード
週末、日本人学校のS先生宅へお邪魔する。
アサード

先生のお宅でいただくアサード(焼肉)。
「うまい!」
じっくりていねいに炭火で焼かれたステーキや内臓。
肉汁たっぷりで、たまらなくうまい!

レストランで食べるより、うまいんじゃないか!
かなり感激である。
心もお腹もいっぱいになった!

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 4日
旅 355日目

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 これ、川?
食後は先生と電車に乗り、ティグレというラプラタ川上流の町へ。

ラプラタ川はあいかわらずデカイ。
対岸なんて見えやしない…。
川と呼ぶには、あまりにも大きすぎる。

「…海だよな…。」
つい、つぶやいたのは、20年前と同じ感想だ。

ここ数日、いろいろ懐かしい場所も見てきた。
大抵の場所は、自分が成長したからか、記憶があいまいなのか、小さく感じられるものだ。

しかし、この川だけは昔と変わらない『大きさ』と存在感をみせつけてくれた。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 4日
旅 355日目

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 小さな親切、大きな感謝
フロリダ通りのとあるホットドッグ店で昼飯。
食べ物を買い席についたら、店内を掃除していたおっさんに何か言われた。
何を言っているのか、よくわからない。

床を指差すおっさん。
自分が落とした腕時計のことを教えてくれていた。
つい先ほど、ゴムのバンドが切れてしまい、どこかで取り替えてもらおうとしていたところだった。

「黙って拾って、もらっちゃえ!」
という発想をせず、しっかり持ち主に教えてくれるなんて!
なんか、うれしかった。

ボロTシャツ、ボロトレーナー、セーター、下着…。
この旅の間、いろいろ捨てたり、現地の人にあげたりした。
バイザー(パームコンピューター)、1眼レフのカメラ、パスポート、現金…。
盗られるモノもイロイロあった…。

この腕時計くらい、キチンと一緒に世界一周を果たしたいものだ!
その後、10ドルでバンドを修理してもらった。
あの時、おっさんが時計のことを教えてくれなかったら…。
改めて、おっさんに感謝した。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 5日
旅 356日目

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 チャランゴの先生と再会 その1
兄の同級生であり、アルゼンチンでチャランゴ奏者として活躍するマリさん。
彼女と共に、昔チャランゴを教えてくれていた先生のお宅へ行くことに。

「何かアルゼンチンらしいことを身につけたら?」
20年前、母は南米の民族楽器チャランゴを自分に習わせた。

弦が10本ある小さなギター、チャランゴ
『コンドルは飛んでいく』を演奏するのに最適な楽器の一つだ。

先生はボリビア出身の女性だった。
スペイン語を話せなかった自分が当時どうやって先生から習っていたのか、今となっては不思議で仕方がない。

そのチャランゴの先生と実に20年ぶりの再会を果たした。
「教え子がわざわざ会いにきてくれるなんて…!!」
ものすごく喜んでくれた。

白髪が増え、なんだか小さくなってしまったように感じられたが、先生は先生だ。
またまたタイムスリップをしたような、不思議な気持ち、不思議な再会だった。

小学4年生だった自分は、当時身長は140〜145cmくらいだっただろうか?
それがいまや180cmはある大人となって目の前に現れたのだ。
先生も時の流れをものすごく感じたに違いない。

先生がそっと棚からアルバムを取り出した。
「自分だ!」
先生と一緒に写っている昔の自分の写真だった。

これが、いつ、どこで撮ったものか、全く覚えてない!
…だが、これは確実に自分だ!

背景は、どうやらコロン劇場のようだ。
「あなたのお母さんが一緒行きましょうって言って、行ったのよ。」
ありえる…。

昔の自分の話、お互いの近況報告、家族のこと、と話題はつきなかった。
また、3日後にマリさんと一緒にお邪魔することを約束してお宅を後にした。

「よかったね。先生、すごく喜んでたよ。」
マリさんもうれしそうに言っていて。

アルゼンチンに自分を知っている人が何人もいる。
…とにかく、なんだか、とても不思議だ…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 6日
旅 357日目

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 ロカ線からの贈り物
午後、コンスティトューション駅へ行き、在来線=ロカ線にのる。
写真を撮ってきてくれ、と父に頼まれたからだ。

父の仕事はこのロカ線関連だった。
「この路線のため、自分は20年前アルゼンチンに来ていたんだ…。」
そう思うと、妙な親近感を感じる。
貴重な経験をさせてくれた存在に敬意を表したくなる。

ブエノス・アイレスを離れ、郊外へ。
…さびしくなる景色。
…くたびれた列車。
…ボロボロのシート。
少し危ないエリアに来てしまったのだろうか?

危険、危険と言われるブエノス。
金品目当ての強盗、窃盗も多いとよく聞く。
「あまりよく知らない場所へ行くのは、望ましくないのかも…。」
素朴な車窓を見ながら思った。

父の依頼通り、列車や駅などをたくさん撮影する。
カネを持った日本人観光客と思われないよう、手際よく、パッパッと撮影する。

列車の運転手は笑顔でポーズをとってくれた。

「しゃしん、とってよ!」
降りた駅では素朴な子供たちが笑顔でアピールしてきた。

すれ違った2人組の女子学生も笑顔で手をふってくれた。

なんだ、いい人ばかりじゃないか!
危ないエリアに来てしまったのかと思ったが、そんなことは全くなかった。

 :
 :
 :
 :
ロカ線は、昔は自分に貴重な海外生活体験を。
そして、今は心温まる現地の人とのさりげない交流を与えてくれた。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 6日
旅 357日目

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 ブエノスで何を?
泊まっている宿で延泊手続きをした。
ついでにブエノスの隠れた観光名所を聞いた。
すでに10日もいるので、大体の所は観光済みだからだ。 「あなた、ブエノスで何してんの?」
不思議そうに受付けの女性に聞かれた。

…たしかに不思議かもしれない…。
観光目的なら、ブエノスには3〜4日もいれば十分だ。
それなのに、すでに10日も滞在している上に、さらに4日も延泊するなんて…!

「他にもアルゼンチンにはいい場所がいっぱいあるわよ。」
それは知っているが、今はいろいろな都市を観光したいと思わない。
ブエノスで、昔の自分めぐりをしたくてたまらない。
知っている人に会い、話をしたいのだ。

ブエノス滞在の理由を熱く英語で語った。
どうやら、納得してもらえたようだ。

その後、受付の女性は、気持ちよくブエノス市内の観光名所を教えてくれた。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 7日
旅 358日目

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 意外な?発想
pueruto 受付けの女性が教えてくれた臨海地区『プエルト・マデーロ』を散策する。
お台場のような、ヨコハマのようなおシャレな一角には、レストランやカフェが並んでいた。

その先に、カジノがあった。
ブエノス市内にカジノは作ってはいけないようなことを聞いたことがある…。

興味本位でカジノを探索してみることにした。

そのカジノは停泊している船内にあった。
「海上にある船は、ブエノス市内にはない。」
とか言う素晴らしい理由でオーケーなのだそうだ。

面白いと言うか、なんと言うか…。
住宅地から離れた場所にある、娯楽施設に文句を言う人は多分、いないんだろう…。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 7日
旅 358日目

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 万国共通のモノの一つ
pueruto 町のゲームセンター。
人だかりがすごい。

なんだろう、と思い覗いてみると、人が踊っている。
日本製のあのゲーム『ダンス・ダンス・レボリューション』がアルゼンチンでも一世を風靡していたのだ!
日本でも見たことのある風景を、アルゼンチンでも見られるなんて!

体を動かすゲームは万国共通で楽しまれること。
まわりで見る人も一緒に楽しめること。
そんなことをわかりやすく示してくれていた。

日本製のゲームが地球の裏側で見れること。
なんだかいろんなことがうれしかった。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 9日
旅 360日目

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 おみやげのアイス
pueruto 再びチャランゴの先生宅へ伺う日。
おみやげにアイスを買って行くことにした。

バケツ型の白い発砲スチロールに数種類のアイスをヘラで豪快につめてもらう独特のスタイル。
1kg=4ドル(500円弱)の量り売り。

売り子さんは1度でほぼ1kgぴったりにアイスをつめこんだ!
ささいなことだが、そんなことに思いっきり驚かされた!

「写真をとってもいい?」
そう聞くと、断りつつも、笑顔を見せてくれた。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 9日
旅 360日目

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 チャランゴの先生と再会 その2
チャランゴの先生宅にて、マリさんと共にお昼をいただく。

マリさんが持ってきたビールを普通に飲んだいた。
「あなたは小さいからビールなんて飲まないと思った!」
先生は『9歳の少年』のまま、自分を見ているようだ。

先生にしてみれば、9歳だった少年が突然29歳になって現れたようなものだからか、仕方のないことか…。
これまたなんとも不思議な感じを味わった。

最後に3人で一緒にチャランゴも弾いた。
音楽的な才能のない自分が、プロの音楽家と一緒に演奏するなんて…!

この20年間、まったくと言っていい程、チャランゴなんてさわってこなかった。
しかし、最初の頃に習った曲は、意外にも覚えているもんだ。
どうにかこうにか、なんとかチャランゴをひいた。

「おぼえてるじゃない!」
先生も誇らしげで、うれしそうだった。
自分も先生と一緒に演奏できて、ものすごくうれしかった。

[ アルゼンチン、ブエノス・アイレスにて ] 2001年 11月 9日
旅 360日目

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ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

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バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

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シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その27 ー目次ー  
フロリダ散策 (2004/ 3/ 23 更新) ………ブエノスを満喫?(2001/ 10/ 31、ブエノス・アイレス)

コロン劇場 (2004/ 3/ 23 更新) ………ヨーロッパを感じる場所(2001/ 10/ 31、ブエノス・アイレス)

本場でタンゴ鑑賞 (2004/ 3/ 23 更新) ………でよみがえる幼い日々の記憶(2001/ 10/ 31、ブエノス・アイレス)

月はじめ恒例行事 <最終回> (2004/ 3/ 23 更新) ………太る貧乏バックパッカー(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

アルゼンチン・サッカー観戦へ! (2004/ 3/ 30 更新) ………長年の夢、現実化へ!(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

タンゴ発祥の地 (2004/ 3/ 30 更新) ………『カミニート』散策(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

物騒なカンチャ周辺 (2004/ 3/ 30 更新) ………警官がいっぱい…(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

あこがれのカンチャへ入場! (2004/ 3/ 30 更新) ………いよいよ場内へ!(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

試合、開始! (2004/ 3/ 30 更新) ………気持ちいい場内の雰囲気(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

ゴーーーーーーーーーーーール!! (2004/ 3/ 30 更新) ………ボカ、先制!ゆれるカンチャ!(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

ゴーーーーーーーーーーーール!!<2><3> (2004/ 3/ 30 更新) ………ゴールラッシュ!!(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

相手へのいやがらせ (2004/ 3/ 30 更新) ………相手チームへの容赦ない攻撃(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

試合終了…、そして… (2004/ 3/ 30 更新) ………気持ちいい勝ちゲーム後(2001/ 11/ 01、ブエノス・アイレス)

テロの恐怖、再び (2004/ 4/ 06 更新) ………フライトを変更(2001/ 11/ 02、ブエノス・アイレス)

ブエノス観光 (2004/ 4/ 06 更新) ………初めての中心部観光(2001/ 11/ 03、ブエノス・アイレス)

最高のアサード (2004/ 4/ 06 更新) ………めちゃくちゃうまい焼肉(2001/ 11/ 04、ブエノス・アイレス)

これ、川? (2004/ 4/ 06 更新) ………はばの広すぎる川(2001/ 11/ 04、ブエノス・アイレス)

小さな親切、大きな感謝 (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 05、ブエノス・アイレス)

チャランゴの先生と再会 その1(2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 06、ブエノス・アイレス)

ロカ線からの贈り物 (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 06、ブエノス・アイレス)

ブエノスで何を? (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 07、ブエノス・アイレス)

意外な?発想 (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 07、ブエノス・アイレス)

万国共通のモノの一つ (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 09、ブエノス・アイレス)

おみやげのアイス (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 09、ブエノス・アイレス)

チャランゴの先生と再会 その2 (2004/ 4/ 13 更新) ………(2001/ 11/ 09、ブエノス・アイレス)

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