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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その5> −

ネパール〜インド

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 旅の10ヶ国目、突入!
1ヶ月に及ぶ冬の中国放浪を終え、いよいよ旅の10ヶ国目、ネパールへ。
カトマンズ空港でビザを申告、無事入国。
1つの旅で10ヶ国も訪れると言う事はなかなかないだろう。
なんだかそれだけでちょっと嬉しい。

気候が少し温かく感じられるようになった。
寒さが嫌いな自分には旅の楽しみが戻って来た感じ。

1ヶ月間、中国では英語は殆ど通じず、時間のかかる筆談で過ごした。
しかし、ここネパールでは英語が通じる。
これまた旅の楽しみが戻って来た感じがした。

 ・東南アジアのにおい、雰囲気。
 ・チベットの文化。
 ・インドの文化。

これらがごちゃ混ぜになった面白い雰囲気の所だ。
なぜか南米の感じもある、不思議な町。
それがカトマンズだ。

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 17日
旅 95日目

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 微妙な時差
中国の時間は、3:05。
ネパール時間12:50。

時差は、2時間『15』分。
こんな細かい時差って必要なの?

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 17日
旅 95日目

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 初のオフ
世界一周の旅をはじめて3ヶ月強。
観光をし、次の都市へ移動。
また観光をし、次の都市へ移動を繰り返して来た。

放浪の旅と言えども、決して暇なわけではない。
 ・移動する列車、バスの座席をどこでとれるのか?
 ・移動した町でお手ごろ価格の宿がとれるか?
 ・どこを観光しようか?
 ・どうやって観光スポットをまわると効率的か?
 ・ここのおいしい地元料理は何か?
などなど、毎日ガイドブックをみたり、現地で歩いてさがしたり、と情報戦を繰り返しているからだ。
最初のうちはそれが旅の楽しみでもあるのだが、それが3ヶ月も続くとやはり息切れしてくる。

旅を楽しむつもりが、いつの間にかルーチンワークになり、義務化された旅になっていた感じもある。
ちょっと息抜きも必要。
『旅が息抜きじゃないの?』と言われそうだが、旅が続くと旅をしない休憩日も必要になってくるものである。

この旅が始まって初めて観光も何もしない日をのんびりと過ごした。
ちょっと気分がリフレッシュされた。
こういう日もたまには必要だ。

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 18日
旅 96日目

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 非合理的なシステム
カトマンズのインド大使館へ。
これから訪れるインドのビザを取得するためだ。

テレックスを送る用紙を「もらうだけ」に並ぶ事1時間。
テレックスを送ってもらうため「だけ」に並ぶことさらに1時間。
この手続きで申告者の身元を日本に確認して、問題が無ければ来週ビザ申請が可能となるらしい。
つまり、2時間も列に並んで待たされ、ビザ申請の『前段階の手続き』を終わらせただけ。

なんて非効率!
スローすぎる作業!
日本だったら、こんな作業、15分もかからないだろう…。

それも、身元確認は早くて1週間、もしくはさらに時間がかかるかもしれない、とのこと。
もっとうまいシステムはないのだろうか?

これから1週間、カトマンズで何をしよう?

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 19日
旅 97日目

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 混在の町、カトマンズ
『ブッダの目』が描かれたチベット仏教の塔。
細かい木彫りの窓枠とレンガが組み合わさった独特の建物。

細かく入り組んだ道をすすむと色々な珍しいものに出くわすカトマンズの谷。
異国情緒満点だ。

布の生地屋、刺繍屋さんが多い。

移動ポップコーン屋もたまにみかける。
自転車で移動、ポップコーンをコーン状にした新聞紙にいれ売っている。
ちょっと汚くて手を出しにくい。
台の4隅にポケット(=穴)があって、指ではじいたコインを落とす『指ビリヤード』をやっている若者もいる。

髪やヒゲをのばしっぱなしにした仙人のような人が街角に座っていたりもする。

バスキンロビンズ(31アイスクリーム)はあるのだが、マクドナルドやKFC、 バーガーキングやセブンイレブンなど他の外資系の店は入っていない。
これもなんだか、ちょっと不思議。

色々なものが雑多に混在するのがここカトマンズの魅力かも知れない。

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 20日
旅 98日目

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 見れないエベレスト
インドのビザ申請許可がおりるまで1週間。
ただ何もせずカトマンズに居るだけなのはもったいない。
ということで、バスで2時間かけ、ナガルコットというヒマラヤのふもとの小さな町へ。
そこから世界最高峰、「エベレスト」が見れると言う。
運(天候)さえ良ければ………。

 :
 :
 :
 :
 :
3日もねばって待った。
運はなかった…。

[ ネパール、ナガルコットにて ] 2001年 2月 22日
旅 100日目

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 祝! 旅、100日経過!
2000年11月15日に旅立ったこの旅も、いよいよ100日が経過した!
誰も祝っちゃくれないが、なんとなくお祝気分。

旅を1年続ける予定。
これから150、200、250、300、350日と旅を順調に続けていきたい!!

[ ネパール、ナガルコットにて ] 2001年 2月 22日
旅 100日目

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 世紀越え<3>
2001年 2月 24日。
うそか誠か、噂によると、きょうはチベット暦の新年らしい。

旅を始めてまだ100日強(3ヶ月)しか経っていないのに、なぜかもう3回も新年を迎えてしまった。

 <1>世紀越え 2000年12月31日、タイ、バンコクにて
 <2>世紀越え 2001年1月24日、中国、南昌にて

この世に生まれてきて28年と8ヶ月。
普通ではありえない『人生で3度目の世紀越え』を体験してしまった。

[ ネパール、ナガルコットにて ] 2001年 2月 24日
旅 102日目

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 旅と別れ
ナガルコットからカトマンズに戻った。
インドのビザも無事取得できた。
これで旅を再開できる。

「え? 行っちゃうの?」
いつも昼飯を食べていた店のウェイターが悲しそうな顔をした。

ちょっとした出会いだったのに、片言しか言葉をかわさなかったのに。
別れのつらさはその数倍の大きさになってしまう。
人が冷たい町は嫌だけど、温かい人と出会いが多い町を去るのも辛いものだ。

旅には出会いがあり、別れがある。
当たり前のことだけど、これが嬉しくもあり、つらくもある。
そんなことを繰り返しながら、旅はまだまだ続く。

[ ネパール、カトマンズにて ] 2001年 2月 26日
旅 104日目

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 天国から地獄へ?
カトマンズから山あいの道を延々12時間。
期待したわりにあまり感動のなかったブッダ生誕地を見てから、インドに向かった。

「ネパールはどうでしたか?」
ネパールの出国審査官も温かくとてもいい感じ。
最後まで気持ちよく滞在出来た国だった。

「はい、パスポート出して!」
インド側ではぶすっとした無愛想なヒゲのおっさんが入国審査をしていた。
最初からイメージの悪い国だ。

国境を挟んでほんの数十mしか違わないのに、この対応の違い。
国民性の違いをまざまざと見せつけられた。

[ インド、スノウリにて ] 2001年 3月 1日
旅 107日目

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 印象悪いインド
ネパールの南からインドに入り、バスで南下、ゴラクプルという町へ到着。
駅で次の町への列車を待つことに。

「ほら、どけよ!」
駅員が待ち合い室で段ボールを敷いて座っている母子をほうきで殴るように追い払っていた。
列車を待っているのでなく、屋根のある空間に住みついた人なのだろうか?
カースト制(階級差別)からの行動なのだろうか?
なんにせよ、人を人と思わぬような対応を目の当たりにし、この国に対していやな印象を植え付けられた。

さらに、駅には大量の蚊はとびまわり、落ち着けない。
仕方なく散歩に出ることにした。

すると、いきなり肩をたたいて声をかけてくる奴や、手首をつかんで店に強引に引き込む奴に出会う。
向こうとしては悪気はないのだろうが、見知らぬ人から突然触れられるのはかなり不快で心休まらない。

腹が減ったので、何か食べようとした。
食堂らしき場所では、店頭でカレーを作っているが、ハエが飛び交い、水も汚く、見るからに不衛生。
こんなの食べたら、どうなることやら…。

「このインドで生きていけるのか…?」
入国して数時間で不安になった。

[ インド、ゴラクプルにて ] 2001年 3月 1日
旅 107日目

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 旅、記録更新中
2001年、3月。
また新しい月になった。

月が変わる度、旅がどんどん続いていると実感する。
毎日『我が旅、最長記録』を塗り替えていることになる。

水曜日に旅を始めたので、毎週火曜日が終わると、
「また1週間が終わった。」
という気持ちになる。
毎週『旅○週経過記念』を味わっている。

11月15日に出発したので、毎月14日が終わると、
「旅も丸○ケ月がたったのか…。」
とちょっと感傷的になる。
毎月『旅○ヶ月記念』も味わっている。

インドに入ったことにより、この旅11ヶ国目に突入した。
これまた1回の旅で複数の国々を訪れる『旅○ヶ国目記念』更新中である。

そのうち、こんな事も気にならなくなるのだろうか?
こんなことを喜んでいるうちは、まだまだ旅も序盤ということなのだろうか?

[ インド、列車内にて ] 2001年 3月 1日
旅 107日目

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 聖なる河、ガンガ−
ボロくて汚い寝台列車でゴラクプルからヴァラナシー(ベナレス)に到着した。
ここは、ガンガ−(ガンジス河)が流れていることで有名な町である。

河に足を運んでみると、全身を水にひたし沐浴をする人が大勢いる。
TVや雑誌で見た事のある「インドらしい」風景だった。

さらには、洗濯や体を洗う人、歯を磨く人なども。
生活排水を聖なる河に流すなんて…。
そんなこと、彼らには関係ないのだろうか?

「せっかくここまできたんだから…。」
体は水に沈めないまでも、手くらい水につけようと、川辺に足を運んだ。
「う、うわああ!!」
水際に体が半分くさった犬の死体が浮いていた。
これを見つけるのが一瞬遅かったら、水をさわっていた…。

そういえば、人の死体も河に流すと言う話を聞いたことがある。
聖なる河だからこそなんだろうが、そこに体をひたしている人は変な病気になったりしないのだろうか?

[ インド、ヴァラナシーにて ] 2001年 3月 2日
旅 108日目

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 聖地、ヴァラナシー
ガンガ−の川沿いで火がたかれている。
「あれ、死体を焼いてるんだよ。」
現地の少年が教えてくれた。
なんともショッキングなシーンにでくわしてしまった。

火葬シーンは撮影禁止らしい。
見つかるととんでもない事態になるとか、ならないとか…。

ここには火葬場がいくつかある。
ここ聖地ヴァラナシーを死ぬ場と決め、はるばる遠くからやってくるインド人もいるらしい。
その灰はやはりガンガーに流すんだろうなぁ…。

ひげや髪の毛をのばしっぱなしでフェイ・ひとりごと<その20>へ
スペイン

トをした聖人も良く見かける。
みなガリガリに痩せ細っていてそれだけでも印象的。

なんだか不思議な空間の町にきた。
日本人の常識なんてここじゃ全く通じなんだろうな、なんて思った。


入り組んだ路地で『聖人』と自称する老人と話した。
暇つぶしにあれこれ話をきいていると、色々精神論を語ってくる。
「ためになったかい? じゃ、お金を頂戴。」
最後はお金の催促をされた。
先程まで説いていた精神論はなんだったんだろう?

[ インド、ヴァラナシーにて ] 2001年 3月 2日
旅 108日目

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 初転法輪の地
ブッダが初めて説教をした地(初転法輪)、サールナート(鹿野苑=ろくやおん)を訪れた。
手塚治虫著、『ブッダ』を読んでいたので、この地については前から知っていた。

悟りをひらいた後、ブッダはこの地を訪れ、まず近くにいた鹿に世の真理を語る。
マンガならではの(?)演出だが、実際にここには鹿がいっぱいいた。
5人の弟子に教えを説く像もあった。
自分が前もって知っている知識と旅で巡り合えたものが合致すると、なんだかかなり感激するものである。

自分まで直接ブッダの教えを頂いた気になった。

[ インド、サールナートにて ] 2001年 3月 4日
旅 110日目

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 決死の寝台列車 
中国では、列車による長距離移動は快適だった。
列車もきれいで新しい。
コンパートメントで暖房完備。
毛布も枕もあり、ふかふかベッド。
「インドもそうだろう。」
勝手にそう思い込んでしまったのが、つらい列車の旅の始まりだった。

まず列車がボロくて汚い。
寝る場所も硬く、毛布や枕などついていない。

コンパートメントでないので、人の出入りは自由。
荷物のセキュリティーに常時気を配っていなければならない。
大きな荷物はキーチェーンをつけ、小さな荷物は枕代わりにした。

コンパートメントでないと言う事は、蚊も冷気も入り放題。
殺しても殺しても蚊はやってくる。
顔や足、腕にもタオルをまき、蚊に刺されないようにしたが、なかなか寝れない。

やっとウトウトし始めた頃、寒さがやってくる。
日中は暑いクセに夜は『さむい!』
もうそろそろ使わないだろうと、セーターやフリースはカバンの奥深くにしまったので列車内では簡単に取り出せない。
長そでのシャツとTシャツを重ね着して、寒さをしのぐ決死の寝台列車。
インドの旅は苦難の旅、「快適」という言葉は無縁だ。

[ インド、列車内にて ] 2001年 3月 4日
旅 110日目

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 決死の列車移動
車内放送などないインドの寝台列車。
降りるべき駅をいつの間にか通り過ぎてしまっていた…。
中国だったら、夜でも車掌さんが起して教えてくれるのに…。

「乗り越しの罰金を払って!」
そう車掌さんに言われる始末。
降り損ねてしまった上に、罰金を払えって?
なんとか状況を説明して罰金は払わずに済んだが、インドをどんどん嫌いになっていく自分がわかる。

次の駅で降り、来た方向へ行くの列車に乗る。
その列車の混みようと言ったら、日本の通勤電車や中国の旧正月前後の列車並み!
ひ ど い !!

乗車率は400%。
立つ場所すらないくらいに、通路までギッシリ人でうめ尽くされている。
こちとら大きなバックパックがあるので、皆から白い目で見られてしまう。

現地の人は3人架けのシートに7、8人座っている。
「ここ隙間があるから座りナよ。」
本当にちょっとだけ出来たスペースに座らせてもらった。
しかし、立っているよりはずっとましである。

時折り、ジュースや食べ物など、車内販売の人がやってくる。
しかし、とてもそいつが通れるスペースがない。
向こうも仕事なので、人の雑木林の中で必至に商売していた。

「ぴーーーひゃらーー。」
しばらくすると不思議なフエを吹きながら丸い藤の入れ物をもった男がやってきた。
入れ物のフタをとると、中からヘビが顔を出した!
「ヘビ使いかよ!」
ちょっと驚いたと同時に生でへんなパフォーマンスを見れて、なんだかうれしかった。

それにしても、暑く人口密集の車内。
インドの旅に「快適」という言葉は全く無縁だ。

[ インド、列車内にて ] 2001年 3月 4日
旅 110日目

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 決死のバス移動 
寝台列車に乗っていて降りそびれてしまったサトナ駅になんとか着く事が出来た。
久しぶりの暑い場所。
ベトナムにいた1月中旬以降、久しぶりにTシャツになった。
1ヶ月強で寒い冬が終わってくれたのは嬉しい限り。

サトナから世界遺産のあるカジュラーホまでバスで4時間。
悪路を軽快なスピードでつっ走るバス。
アンコールワットに行く道もひどい悪路だったが、ドライバーはここまでスピードは出さなかった…。

 ガタンゴトン、ガタゴト…。
 ガタゴト、ガタンゴトン…。

上下にはずむはずむ…。
下手なジェットコースターよりずっと迫力がある4時間。
てすりにつかまっていないとどうなることやら…。
屋根の上の荷台にしばりつけたバックパックが振り落とされていないか、かなり不安だった。

「うわ!!」
バスがおもいっきりはずんだ。
そのため、バスの天井に会心の頭つきをするはめになった…。
普通に座っていたので、1mくらい宙にういたことになる…。
プロレスラーをもノックアウトしそうな頭つきだった…。

信じられないインドのバス…。
それにしても、インドの旅に「快適」という言葉は本当に無縁だ。

[ インド、サトナにて ] 2001年 3月 5日
旅 111日目

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 なやましいミトゥナ像
世界遺産のある町、カジュラーホ。
建造物群の壁には「カーマスートラ」を題材にした彫刻が一面に施されている。

男性のシンボルから女性のふくよかな裸像まで、リアルで色っぽく表現されている。
その数の多さ、その描写力の豊かさ。
「よくもまぁ、これだけあっけらかんに公の場に…」と思ってしまう。

男女1対のミトゥナ神たちは、いろいろな体位を見せつけてくれている。
オーソドックスなものから「こりゃ、むりだろう…」というアクロバティックなものまで千差万別。
昔からこれらの研究がインドではさかんに行なわれていたのだろうか?

保存具合もよく、他では目にすることの殆どない題材なだけに、見ていて全然飽きがこない!
もし、日本でこんなものを展示したら、教育委員会のお偉方がとんできて、すべてにモザイク処理をしそうな気がする。

この地で一人旅をしているらしき日本人旅行者(女性)を数人見かけた。
「こういうの、好きだから来たのかなぁ…?」
などとちょっと思ってしまう。

「一人デスカ?」
インド人男性が日本人女性に近付いていった。
一人が声をかけてはふられ、また別の人が来ては声をかけていた。
どうやら、インド人男性も日本人男性も考えることは同じみたいだ。


[ インド、カジュラーホにて ] 2001年 3月 6、7日
旅 112 〜 113日目

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 そしてタージへ!
カジュラーホからバスや列車を乗り継ぎアーグラへ。
いよいよあのタージ・マハルを訪れる時がやって来た!

目の前に現れたあの白い霊廟。

 そのスケール!
 その美しさ!
 この世のモノとは思えない雰囲気!

TVや雑誌以上のインパクトがあった!!!
カンボジアのアンコールワットやラサのポタラ宮を見た時と同等の感動があった!
さすがは世界遺産! という感じ!!


芝生や大理石の上など、立ち入り禁止区域を管理する警備員があちこちに。
ピー−ー−!
フエの音もあちこちから聞こえて来てやかましかった。

入場前に厳しい荷物検査があった。
「ビスケット」と「万歩計」を預けさせられた。
場内をよごさないためにビスケットを預けさせられるのはわかったけど、万歩計は別にいいじゃン…。



[ インド、アーグラにて ] 2001年 3月 8日
旅 114日目

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 世界遺産=ファテープルスィークリー
アーグラからワゴンをチャーターして、『ファテープルスィークリー』へ。
名前だけ聞いても何があるのかさっぱりわからない世界遺産。
でも、世界遺産に登録されているくらいだから、きっと何かがすごいのだろう。

そこは、イスラムスタイルのモスクとお墓がある昔の都だった。

日照りが強く暑いこの地に水をひく工夫をしなかったため、14年で放棄された都らしい。
なんでそんな所にわざわざ都をつくったんだろう?

たしかにイスラム建築として目をみはるものがあるのだが、タージ・マハルを見た後だとどうしてもかすんでしまう。
美しさ、スケール、装飾など、どれもインパクトが弱い。
先にこちらを訪れるべきだったかも知れない。

この世界遺産より、道中見た熊を引き連れた大道芸人?、熊使い?の方に興味をそそられた。


[ インド、ファテープルスィークリーにて ] 2001年 3月 9日
旅 115日目

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 世界遺産=アーグラ城
世界遺産『アーグラ城』へ。
4日連続で毎日違う遺産をめぐっている。

外見は赤いお城。
丈夫そうで、いくさで攻め落とすのはかなり大変そう。

中に入ると緑の庭や白い大理石の塔、金色の小屋根があり、雰囲気がガラっとかわる。
豪華でリッチな居住空間になっていた。

ヤムナ−河沿いにぼんやりとタージ・マハルが見える。
幻影のようなその景色がなんとも幻想的だった。


[ インド、アーグラにて ] 2001年 3月 10日
旅 116日目

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 世界遺産=クトゥブミナール
アーグラから列車でインドの首都、デリーへ。
オートリクシャ(3輪バイクタクシー)で世界遺産『クトゥブ・ミナール』へ。
5日連続で毎日違う遺産をめぐっている。

5層からなる塔は、円柱や四角い柱をたばねた独特なフォルムをしている。
その表面は、全く読めないアラビア文字が彫り込まれ、エキゾチックな雰囲気をかもし出す。
上に行くほど先細りするものすごく高い塔。
他に類を見ない外観の塔にかなり感激した。

境内にある『さびない鉄柱』も拝見した。
直径=約44cm、高さ=7m。
普通、鉄は時がたつとさびゆくものらしい。
しかし、この鉄柱は作られてから約1500年も経っているのに、ほとんどさびていない。
それも室内でなく、屋外においてあるのにかかわらず。
現在の科学技術をもってしても、この鉄柱がさびない理由はわからないのだそうだ。
不思議なり、インド。

「ここは一見の価値のある世界遺産だ!」
そう素直に思えた。


[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 11日
旅 117日目

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 世界遺産=フマユーン廟
赤い墓、『フマユーン廟』へ。
これで6日連続で毎日違う遺産をめぐったことになった!

この『フマユーン廟』は、アーグラにあるタージ・マハルに影響を与えたという建物。
たしかに外観は似ている。
しかし、薄朱色が建物は青空に映えない。
ひっそりとした場所にあるためか、観光客も少ない。
タージ・マハルのようなきらびやかさ、優雅さは全く感じられなかった。


世界一周の旅を始め、約4ヶ月。
ここまで訪れた世界遺産の数は24。

見た目の独自性が強く、素人目にもすごさがわかるものから、 歴史的、資料的価値があるのだろうが、 「なんでこれがすごいの?」と思ってしまうボロボロの遺跡まで、 世界遺産とは色々あるものだとわかってきた。

人によって興味は違い、何に感動を受けるかも差があると思う。
実際に行ってみなければわからないが、世界遺産とは言え、 どれもこれも見た目がすごいものばかりでないことがこの旅を通してだんだんわかってきた。


DATA
世界一周で訪れた世界遺産の評価、一覧


 ・世界のうまいもの

 ・驚きの世界のビッグイベント

 ・不思議な体験

 ・世界の不思議な乗り物 などの情報も追加。


[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 12日
旅 118日目

この頃の世界一周旅行の日記
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 世界一周旅行、ひとりごと その5 ー目次ー  
旅の10ヶ国目、突入! (2002/ 7 /09 更新) ………うれしい旅の第10ヶ国目!(2001/ 2/ 17、カトマンズ)

微妙な時差 (2002/ 7 /09 更新) ………信じられない単位の時差(2001/ 2/ 17、カトマンズ)

初のオフ (2002/ 7 /09 更新) ………旅の息抜き、休息日(2001/ 2/ 18、カトマンズ)

非合理的なシステム (2002/ 7 /09 更新) ………ビザ申請の前段階にかかる手間と時間(2001/ 2/ 19、カトマンズ)

混在の町、カトマンズ (2002/ 7 /09 更新) ………独特な雰囲気で魅力のある町(2001/ 2/ 20、カトマンズ)

見れないエベレスト (2002/ 7 /09 更新) ………天候に左右されるエベレスト見学(2001/ 2/ 22、ナガルコット)

祝! 旅、100日経過! (2002/ 7 /09 更新) ………旅の一つの通過点(2001/ 2/ 22、ナガルコット)

世紀越え<3> (2002/ 7 /09 更新) ………普通ならありえない人生3度目の世紀越え(2001/ 2/ 24、ナガルコット)

旅と別れ (2002/ 7 /16 更新) ………旅につきものの小さな出会いと別れ(2001/ 2/ 26、カトマンズ)

天国から地獄へ? (2002/ 7 /16 更新) ………ネパールは心温かい人が多かったが…(2001/ 3/ 01、スノウリ)

印象悪いインド (2002/ 7 /16 更新) ………最初から人も蚊も嫌な感じ(2001/ 3/ 01、ゴラクプル)

旅、記録更新中 (2002/ 7 /16 更新) ………いろいろな旅の記録を塗り替え続ける(2001/ 3/ 01、列車内)

聖なる河、ガンガ− (2002/ 7 /23 更新) ………なんでも受け入れる驚きの河(2001/ 3/ 02、ヴァラナシー)

聖地、ヴァラナシー (2002/ 7 /23 更新) ………聖人と町中で出会う(2001/ 3/ 02、ヴァラナシー)

初転法輪の地 (2002/ 7 /23 更新) ………仏教の聖地へ(2001/ 3/ 04、サールナート)

決死の寝台列車 (2002/ 7 /23 更新) ………寝台列車は危険がいっぱい(2001/ 3/ 04、列車内)

決死の列車移動 (2002/ 7 /23 更新) ………おちつけない日中の列車移動(2001/ 3/ 04、列車内)

決死のバス移動 (2002/ 7 /23 更新) ………悪路を暴走するバス(2001/ 3/ 05、サトナ)

なやましいミトゥナ像 (2002/ 7 /30 更新) ………目のやりばに困る世界遺産(2001/ 3/ 06,07、カジュラーホ)

そしてタージへ! (2002/ 7 /30 更新) ………幻想的な世界遺産(2001/ 3/ 08、アーグラ)

世界遺産=ファテープルスィークリー (2002/ 7 /30 更新) ………モスクとお墓がある昔の都(2001/ 3/ 09、ファテープルスィークリー)

世界遺産=アーグラ城 (2002/ 7 /30 更新) ………赤い大きなお城(2001/ 3/ 10、アーグラ)

世界遺産=クトゥブミナール (2002/ 7 /30 更新) ………独特なフォルムをした5層の塔(2001/ 3/ 11、デリー)

世界遺産=フマユーン廟 (2002/ 7 /30 更新) ………タージ・マハルに影響を与えた建物(2001/ 3/ 12、デリー)

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