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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その6> −

インド 〜 パキスタン 〜 インド

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 うれしいビザ申請
パキスタン、バングラデッシュ、オマーン。
これから訪れる予定の国々のビザをここデリーでとっておこう、と大使館通いの日々。

タイのバンコクでは4ヶ国分のビザ取得に約2週間もかかってしまった。
仕方のないことだが、ビザ代の他にもホテル代や食費など滞在費が結構かさんでしまう。
進めたくても旅をすすめる事が出来ず、イライラがつのったのを覚えている。

今回もそうなることを覚悟して、まず、パキスタン大使館へ。
午前中にビザを申請、夕方には取得。
なんとビザ代はタダ!

翌日、バングラデッシュ大使館へ。
ここも即日発行、そしてこちらもお値段はタダ!

即日発行は滞在期間が短くなり、滞在費が節約出来るので大歓迎!
さらにビザ代までタダなんて、『うれしい』の2乗!
素晴らしい、パキスタン & バングラデッシュ!
ありがとう、パキスタン & バングラデッシュ!

「非合理的なシステム」を誇るネパールのインド大使館に見習ってもらいたい!

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 12日
旅 118日目

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 バカ者あつかい
「『デパート』に寄っていかないかい?」
パキスタンのビザを取ってホテルに戻る際、オートリクシャ(タクシー)の運ちゃんがしつこく言ってくる。
何度も「ホテルに直行してくれ」と言っても、「タクシー代を安くするから」とこちらの言う事をきかない。

「中をゆっくりのぞいて、何か買うようなそぶりだけすればいいからさ。」
ということで、半強制的にデパートへ連れていかれた。

そこは、日本人が想像する「高島屋」や「三越」といった『デパート』とはほど遠い『デパート』、 きれいな高級民芸品を売っている小さな『おみやげ屋』だったのだ。

貧乏バックパッカーにこんな場所は用がない。
言われた通り多少興味があるような振りをして小さな店内を歩いてみてまわった。
しばらくして、スーツ姿の店員の丁寧な対応でやんわりと店から追い出された。

「ちくしょう! クーポンをもらえなかったぞ!」
何やらオートリクシャの運ちゃんが怒っている。
どうやら、デパートで買い物をする客を連れてくると、クーポン(商品券のようなモノ)をもらえるらしい。
だが、今回は期待したクーポンをもらえず、憤慨していたのだ。

「あんたがヘボだからだ!」
なんだか怒りの鉾先は客であるこっちに向いている。

「最初から行きたくない、って言っただろ? 言われた通り、中で買うようなそぶりはしたよ!」
「いや、へたくそだったんだ!」
「それに、日本じゃデパートってのはもっとでかくて色々売ってんだよ! 水とかジュースとか食べ物なら買ってもいいと思って来たのに!」
「水? 食べ物? そんなの売ってるわけないだろ? バカじゃない?」

強制的にデパートへ連れて来た挙げ句のバカ者あつかい。
カッチーン!
これにはもう頭にきた。

金も払わず、リクシャを降りようとした。
「ごめん、ごめん!」
あわててあやまるが、こっちの怒りもおさまらない。

「ごめんよ、こいつが悪いんだ。許してやってくれよ。」
いつの間にか乗って来た運ちゃんの友達が仲裁に入った。
「あんた、客をバカ者よばわりしたんだ、謝れ!」
しぶしぶ謝った運ちゃんにありきたりの怒りをぶつけ、タクシーを降りた。

デリーでは乗るリクシャは殆どこんな感じ。
客が行きたい場所にただ連れていけばいいものを!
まったく、腹立たしい!

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 12日
旅 118日目

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 はじめての散髪
旅の間、散髪や髪を洗うのが面倒だろうと、丸坊主で旅立った。
坊主も4ヶ月も経てば髪はのびる。
ということで、この旅初めて髪を切る事にした。

なぜか持参しているバリカンで人生初、「自分で自分の髪を切る」。
人の髪も切った事がないので、最初はとにかくドキドキした。

「失敗は許されない」緊張感。
鏡を見ながらゆっくりと慎重に自分の髪を切っていく。
そのうち、コツをつかんで慣れて来た。
側面と頭頂部の髪をへらし、かなりスッキリした。

でも、どうもバランスは悪い…。
切り過ぎのところがいくつもある…。
ま、知り合いにあうわけでもないからいいか…。
帽子をかぶってごまかそう。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 13日
旅 118日目

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 ひげに挑戦
インドではヒゲは男性のステータス。
成人は誰もがはやしている。

自分もインドに入る間はのばしてみることにした。
 :
 :
 :
 :
なんか、かっこわるい。
ヒゲの生え際がまばらで、ちょびヒゲすぎる。
インド人の様に密集した立派なヒゲにならないのだ。
誰もがきれいにピッチリかっこよくヒゲが生えるわけではない事がよぉーくわかった。

散髪ついでに、ヒゲを生やすのもやめた。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 13日
旅 118日目

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 映画で知る異国文化
映画大国、インド。
せっかくだから、インド映画を見ようと、映画館へ行った。

ちょっとボロいたたずまいの建物が映画館。
日本で言う「単館上映」といった雰囲気。
入り口には、なまめかしいインドスタイルの絵で映画のポスターが描かれている。
上映時間は、アメリカの映画館前の様に、劇場前にタイトルと共に数字で分かりやすく示されていた。

席にはランクがある。
映画は誰でも楽しめる大衆娯楽のはずだが、見る人の身分をシートで分けている様子だ。
(それとも、ただ、見やすさにやる値段のちがい?!)

劇場は男ばかり…。
女性は全く見かけない…。
これは宗教上?の理由なのだろうか、女性はあまり外にでないというお国柄なのだろうか?

場内は両側の壁に大きな扇風機がいくつも並べてつけられていて場内に風を起している。
冷房完備、というわけには行かない様だ。

アイスクリームやジュースは日本と同様にロビーで販売されていた。

「ヴァツヤヤナ・カーマスートラ」という何やらあやしそうなインド映画を見た。
何語かわからない言葉での会話シーンが多く、内容は全く掴めない。
小太りなヒーローにインド映画にしては あまり奇麗でないヒロインで画面に華はない。
突飛な物語の展開、4000年前の物語のはずなのに頻発する爆発シーン。
「カーマスートラ」というタイトルが付いているクセに中途半端なベッドシーン…。

だらだら無駄に長い映画は途中に休憩時間があった。
お陰様で劇場から出るきっかけができて、救われた。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 14日
旅 120日目

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 TVで知る異国文化
宿をきめるポイントでTVがあるかどうかはあまり重要視しなかった。
TVをみても言葉が違うため理解できなかったり、TVなしの部屋の方が値段がやすかったりするからだ。
貧乏バックパッカーには、TVは必需品でない。

しかし、TVがその宿全ての部屋についている事もある。
そんな時は何気なくTVをつけ、ぼーっと見る事も。
ニュースやドラマはよくわからないが、歌番組やCMでその国の雰囲気が伝わってくる事がある。

きれいな女優さんや歌手をみつけたり、面白いCMを見つけたり。
ここインドでは、ヒゲヅラ美男と目ぱっちり美女の2人1組でうたって踊るビデオクリップが多い。
女性はきまって普段の3オクターブくらい高い声で歌うのが相場だ。

日本とは違った演出、カメラワークなどがあって、これはこれで面白い。
「放送」というここ数十年の間に世界に広まった文化でも、様々な形態に進化、発展している事がわかる。


音楽チャンネルを見ていると、MTVでアメリカイギリスなどの音楽が紹介されている。
洋楽ってつよいんだなー、とここに来て実感した。

中国を去り西へむかうにつれ、邦楽を聞くチャンスはもうなさそうだ…。
邦楽欠乏症は深まるばかり…。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 14日
旅 120日目

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 謎多きクリケット
インドのTVではよくクリケットの試合を中継している。
野球の様な、違う様なよくわからないスポーツ、クリケット。
点数はやけにはいるが、ルールがわからないから、見ていても全然面白くない。

一説によると、1試合に数日かかるとか。
ということは、TVで見るにしても数日かかるのだろうか?
それでも、インドの人は熱中してクリケット中継を見ていた。
よっぽど暇じゃないと、見れないスポーツってのも…。

放映されるのはクリケットの試合ばかり。
サッカーやバスケのTV中継はないのだろうか?

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 14日
旅 120日目

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 0%ビーフ!
デリーでマクドナルドを発見!
今まで訪れた他のインドの都市では1度も見なかったので、興味本位で行ってみた。

多分、インドオリジナルメニューである「マハラジャ・マック」を食べてみる。
ま、普通に食べれる味。

インドは宗教によって、牛や豚を食べてはいけないらしい。
多分、この「マハラジャ・マック」はビーフ0%なんだろうなぁ…。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 15日
旅 121日目

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 新たなる旅の元気
「お邪魔させてもらいなさい。」
母の友人の娘さんがデリーに住んでいるとのことで、親同士でいつのまにか話が進み、相川さん宅へお邪魔させてもらう事になった。

全く面識もない方のお宅へ訪問。
「もっとヒゲも髪もボサボサの猿岩石みたいな人がくるかと思った…。」
ポロシャツにチノパン姿のこざっぱりとした旅人をみて相川さんもかなり意外だった様だ。

「どんどん食べて!」
見知らぬ旅人を快く迎え入れてくれ、日本食をたらふく食べさせてくれた。
ごはん、味噌汁、やきとりなどがとにかく懐かしく、おいしい。
旅の間、和食欠乏症にはなっていないが、やはり馴染みのある食事を口にするのはうれしいものだ。

過去4ヶ月に渡るこの旅についても熱心に耳を傾けてくれた。
旅の間はなかなか自分の旅を語る機会がないので、こちらも熱が入ってしまう。

「これも持っていって!」
おみやげにおにぎりや雑誌、新聞などをいっぱい頂いた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。」
至れり尽せりのもてなしに、とにかく感謝するしかなかった。
久しぶりに触れる日本の情報、活字はなんだかとてもワクワクさせてくれるものだった。

初対面の人間にあんなに親切に接してくださるなんて。
久々人の優しさに触れた気がした。
こっちまで優しい気持ちになれた。
そして、新たなる旅の元気が出て来た。

[ インド、デリーにて ] 2001年 3月 16日
旅 122日目

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 参拝時の願いごと<2>
デリーから列車で8時間45分。
スィーク教の総本山、ゴールデンテンプルのあるアムリトサルにやって来た。
まわりを見渡すと、ターバンをした「いかにも」インド人ぽい人ばかり。

旅の間、観光でいろいろなお寺や教会をお参りする事が多い。
せっかくだから、どこに行ってもある事を必ずお祈りする。
旅のはじめのころは、

『旅の安全』だけを願っていた。

旅がすすむにつれ、
『家族の健康』も参拝時にお祈りするようになった。

こんな気ままな世界一周の旅が出来るのも家族の理解のおかげ。
自分だけでなく、日本の家族も健康であるようにお祈りするようになった。

これで、これからも、多分みんな元気だろう。

[ インド、アムリトサルにて ] 2001年 3月 18日
旅 124日目

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 インドで買う水
とにかく暑いインド。
水は必需品で、いつも大きいボトルのミネラルウォーターを買う事にしていた。

ここで気をつけなくてはならないのが、キャップである。
さかさにして、少しボトルをにぎって水がこぼれなければとりあえず合格。
値段に納得できれば、その水を買う。

というのも、ボトルにそこらへんの水をいれて売る輩もいる、という噂を聞いた事があるからだ。
お金を払って、水道水を買う気はしない。
もしかしたら、細菌などがうようよいる水が入っているかも知れない。
それで体調をくずし、旅に支障がでたのではたまらない。

とかく腹を下しやすいと言われるインドの旅。
自衛手段をしっているなら、それを実践すべきだと思った。

[ インド、アムリトサルにて ] 2001年 3月 18日
旅 124日目

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 さすがにあきるインドカレー
「うまい!」
インドに入った頃、本場のインドカレーのうまさに感激をしていた。

食事をする際、衛生面でどうしても不安が残るインド。
しっかり火の通った食べ物を選ぶとなると、やはりカレーとなってしまう。

エッグカレー、チキンカレー、キーマカレー、ベジタブルカレー、…。
約3週間、種類は違えど、昼も夜もカレーを食べる日が続いている。

自分はキレンジャーではない。
毎食カレーはさすがにきつい。
いくらうまくても、似たような味が続くとさすがにあきてしまう。
というか、当分インドスタイルのカレーは見たくもなくなった…。

[ インド、アムリトサルにて ] 2001年 3月 18日
旅 124日目

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 『不浄』の左手、大活躍
インドにきて3週間弱。
『不浄』と言われる左手をつかうインド人をよくみかける。

もちろん、食事の時は右手だけをうまくつかいカレーとライスをなじませ、食べている。
しかし、食べ物やチャイ(お茶)をよそって客に渡す時、左手は大活躍している。

ラーメン屋のオヤジの指みたいに食べ物に直接触れているわけではない。
しかし、彼らはトイレットペーパーなどつかわず、左手で直接お尻の残り物を拭きさるのだろう。
その左手で食べ物をさわられるとなると、やはりいい気はしない…。

[ インド、アムリトサルにて ] 2001年 3月 18日
旅 124日目

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 緊張感あふれる国境越え
インドの西端の街、アムリトサルから列車でさらに西へ、パキスタンを目指した。

駅のホームに出国審査所、税関手続き所がある。
まわりにはマシンガンを持つ軍人があちこちにいた。
パキスタンと緊張関係の続くインド。
この国境越えはちょっと物騒だった。

税関も無事通過。
ラホール行きの列車を待てども列車が来る気配は全然ない。
イライラばかりつのる。

暇つぶしにデリーで頂いた日本の雑誌を読んでいたら現地の子供たちが寄って来た。
雑誌を覗き込む子供達。
「わあああーーーー!」
水着姿のアイドルのページでおおはしゃぎ。
様子を見にきたお父さんがそれを見て怒り始めた。

「教育に悪いからそういうものは見せるな!」
「俺が見せたんじゃなくて、こいつらが勝手に見たんだよ…。」
いくら説明してもラチがあかず、イライラ。
ここにも緊張関係が生まれてしまった…。

[ インド、国境にて ] 2001年 3月 19日
旅 125日目

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 近くて遠いパキスタン
ホームで列車を待つ事4時間。
「やっと列車が来たよ…。」
しかし、出発する気配は全然ない…。

40分ほどして、列車はゆっくりと発車。
鉄線がはられたバリケード国境をゆっくりと越え、バキスタンヘ入国。

「やっと列車がすすんだよ!」
と思ったのもつかの間、列車はすぐに次の駅に到着し、入国審査。
税関でパームコンピュータ用の折り畳み式キーボードにいちゃもんをつけられること10分。
いくら説明してもこれまたラチがあかず、ここでもイライラ…。

なんとか、全ての入国手続きを終え、列車に再び乗り込むが、この列車も発車する気配が全くない。
再び待つ事4時間半。
イライラしてもどうしようもないが、イライラ。
とっくに日も沈み、真っ暗な闇の中、ほんのちょっと先にあるラホール駅に列車はやっと到着した。

たった80kmの移動に手続きやら列車待ちやらで丸1日費やす羽目になった…。
こんなに手間がかかり、面倒くさく、時間ばかりかかった不愉快な国境越えは初めてだった。

[ パキスタン、ラホールにて ] 2001年 3月 19日
旅 125日目

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 物騒?なラホール
パキスタンのお金がないから、両替えするため銀行へ。
銀行の窓枠には鉄格子が頑丈にこさえてある。
入り口にはマシンガンを構えた警備員がいる。

パキスタン、見た目の雰囲気はかなり物騒…。

[ パキスタン、ラホールにて ] 2001年 3月 20日
旅 126日目

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 いい人が多いパキスタン
「この銀行じゃ両替え出来ないんだよ。」
その後、両替えができる別の銀行を丁寧に教えてくれた。

「その銀行までのタクシー代(=パキスタンのお金)がないんですよ…。」
そう言うと、その銀行員は片道のタクシー代を出してくれた。

タクシーの運ちゃんも素早く、間違いなく、丁寧に銀行へ連れて行ってくれた。

パキスタンはいい人が多い気がした。

そういえば、昨晩遅くラホールに着いた時も「泊まる場所あるの?」と聞いてくる人が何人もいた。
「あやしい」とその時は警戒したが、雰囲気は親切だった。
お隣、インドのうさんくさい客引きやうざいリクシャドライバーとは大違い。
物騒な街の雰囲気ながらも、ちょっと好印象になった。

[ パキスタン、ラホールにて ] 2001年 3月 20日
旅 126日目

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 旅=ダイエット?<2>
「ええええ?!」
ラホール城の前で体重計にのってみてビックリした。
正月頃、バンコクで68kgだったのに、今はなんと62kgしかない!
出発前は、72kgだったから、4ヶ月間の旅で実に10kgやせたことになる。

生まれてから28年間、ずっと『やせ形』の体型で生きて来た。
減る体重なんてどこにもないと思っていた。
正月にバンコクでやせたと分ってからはなおさら。
それなのに、さらにやせれるなんて…。
それも10kgも…。

自分としては、やせた自覚など全然ない。
体調の変化とか、疲れやすくなったとか、全く感じない。
でも、確実にやせている…。
たしかにズボンのウエストはゆるくなってる様だ…。

確かに、1日中観光で歩きまくって、食事はカレーに飽きてあまり食べてないからか…。
体調もいいし、何の問題もないが、もうちょっと食べる事を心掛けよう。

[ パキスタン、ラホールにて ] 2001年 3月 20日
旅 126日目

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 奇妙な里帰り
「ここがそうなんだ…。」
住所だけを頼りに『昔の我が家』へ行ってみた。

『昔の我が家』といっても、自分が生まれる前、両親や兄たちが住んだ事が場所。
自分は住んだ事はない。
それでもなんだか懐かしい感じがした。

雑草が生え放題、廃虚と化した建物。
それなのに、なんだか妙に懐かしい感じがしてたまらなかった。

[ パキスタン、ラホールにて ] 2001年 3月 20日
旅 126日目

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 やっぱり波長があわないインド
たった2日のパキスタン滞在を終え、再びインドへ。
ゴミゴミの街、モンバイを経由して、今度は一路東を目指す。

アウランガバードという街を起点に世界遺産『エローラ石窟群』、そして『アジャンタ−石窟群』へ。
偉大な仏教絵画や彫刻が残るこのインド。
文化的な魅力はたくさんあるのに、人はあいかわらず汚い。

ホテル代を払う。
おつりが今ないから後で払うといわれる。
チェックアウトの際、いくら説明しても、おつりのことなど知らない、という。

リクシャの運ちゃんは頼んでもいない場所へ連れていこうとする。
こちらが頼んだ場所を知らなくても、知っている様なそぶりであちこち本気で迷う。
迷った挙げ句、知らないからしかたないだろ!と怒ってごまかす。

郵便局で荷物を送ろうとする。
「きちんと、早く届けたいならもうちょっと出しな。」
わいろが横行する。

遺跡から駅へ向かう乗り合いタクシー(ジープタイプ)。
1回の輸送で一人でも多く乗せた方が得だと、ギュウギュウに人間を押し込める。
前部席は、なんと4人がけ。
ドライバーの真横に座る人は、シフトレバーをまたいで座る事になる。
何度もギアをいれかえるドライバー。
なんだか気分が落ち着かない。

南米、アメリカ、ヨーロッパなどどの地域でも人と接して困った事は少なかった。
『郷にいっては郷に従え』
と言うが、自分の感覚とインド人のセンスがあわないのだけはよーくわかった。

[ インド、アウランガバードにて ] 2001年 3月 23日
旅 129日目

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 ここ、どこ?
インドのやや西方にある世界遺産『エローラ石窟群』、そして『アジャンタ−石窟群』を見終えた。
次なる目的地はインドの東方にある世界遺産『コナーラクの太陽神寺院』。
移動は列車。
アウランガバードから、セグンデラバードという街を目指す。
列車内で隣になったおじさんから、
「コナーラクへ行く途中そこで一息つくといい」と言われたからだ。

言われた通り、セグンデラバードで降りてみる。
インドのガイドブックは持っていないので、ここがインドのどこら辺なのか、検討がつかない。

目隠しされ、想像も付かない場所へ連れて来られたわけでもなく、自分がインドにいることは明白。
しかし、いつもはなんとなくながら、地図で自分がいる場所を確認していた。
そのためか、この時ばかりは妙に自分が今どこにいるのか、知りたくなった。

街を歩いていると、インド全土の地図をみつけた!
セグンデラバードを探そうとしてみた。
地図に描かれた文字はアルファベットではなく、何もよめなかった…。

「ここ、インドのどこらへんなんだろう?」
たった一つの情報がどうしても知りたい。
でも、知る術がない…。
知的欲求を満たせないこのイライラ…。
どうしたらいいんだろう?

自分が地球上のどこに立っていようが、呼吸する分には大きな問題じゃない。
自分がいる場所がわかったからって、生態的なメリットは何も生まれないはず。
なのに、それがわからないだけで、どうしてこんなに不安になるんだろう?

[ インド、セグンデラバードにて ] 2001年 3月 25日
旅 131日目

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 生きる事、そして死ぬ事
インドの東端を目指す列車の旅は続く。
停まる駅ごとに、窓の外からガリガリにやせ細ったおばあさんが食事をくれと、手をのばしてくる。
子供達はお金をくれと、近寄ってくる。
列車で隣にすわった子供が飲み終わった紙パックジュースを拾ってきてストローをすすってる。
インドは、『生きる』ことの大変さをまざまざとみせつけてくれる国だ。

久々訪れたネットカフェで祖母の死を知らされた。
老衰での大往生だったとのこと。

インドでは、厳しい社会の中でひもじい思いをして生きている人がたくさんいる。
死なないため、生きる事に精一杯もがいている。

日本では、温かく見守られお腹をいっぱいにして天寿をまっとうする人がいる。
穏やかに生き、やわらかに死を迎える。

生きる事、そして死ぬ事。
乾いたインドの大地を見ながら、そんなことをぼんやり考えさせられた。

セグンデラバード駅では、駅の入り口で担架にのった男の死体があった。
「………。」
死が生活の近い位置にあることを見せつけてくれる国だ。
今までの人生において、自分のまわりに「死」というものが身近でなかったことを実感させてくれる。

[ インド、セグンデラバードにて ] 2001年 3月 25日
旅 131日目

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 絶望慣れ、不慣れ
裸足で歩く人々。
お金も食べるモノもない。
多分、帰って休む家などないのだろう。

それでもしたたかに生きている。
「食べるモノをくれ…。」
覇気はないが、必至な顔で慈悲を乞う。
大抵の場合、何ももらえないのだろう。
こんな言い方は失礼だろうが、『絶望慣れ』している感じがした。

不況が続く日本では、リストラされお先真っ暗になった人が自殺するケースが増えている、という。
豊かな国、というイメージが強いが、そうでなくなると打たれもろい。
『絶望に不慣れ』なんだろうと感じた。
どっちがイイとか、悪いとかでなくて、そんな事を思わされた。

[ インド、セグンデラバードにて ] 2001年 3月 25日
旅 131日目

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 アカデミー賞授賞式
朝早く起き、「アカデミー賞授賞式」を生放送で見た。
1990年、アメリカ留学時代にテレビで見てから、その華やかさに目を奪われ、毎年楽しみにしている。

ラッセルクロウ主演の「グラディエーター」が作品賞を受賞した。
ジュリアロバーツが主演女優賞を獲得した。
アジア映画、「グリーンデスティニー」の健闘していた。

知らない映画が多かったが、あの授賞式の雰囲気が好きだ。
映画大国インドでアメリカの映画賞を見るのもなんかオツだな、と一人勝手に思ってた。

生きる、死ぬとか考えてたって、自分の興味のあるものの方がよっぽど現実的に思えた。
そうやって自分は日々生きてるんだって実感した。

[ インド、セグンデラバードにて ] 2001年 3月 26日
旅 132日目

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 世界って広い
インドの東端を目指す列車の旅はまだ続く。

日本から飛行機に10時間ものれば、アメリカ、ヨーロッパへひとっ飛び出来る世の中。
インターネットで情報のやり取りは瞬時に世界中に対してできる。
「世界は小さくなった」と言われている。

実際、この旅でも飛行機にのり数千kmの距離を一気に飛んだり、電子メールで海外から日本の友達とやり取りしている。
小さくなった世界を実感している。

一方、「世界って広い、地球って大きい。」
と素直に思わされることも多い。

中国やインドで陸路移動を繰り返す。
1度列車にのると、10時間以上かけ次の都市まで移動する事などもよくある。
車窓から果てしない大地が見え、見た事のない山や川、村や人々を見る。
移動しても移動しても大地は続いている。
「世界が小さくなったなんて、人間の思い上がりだよな。」
なんて思ったりしてしまう。

1107kmを19時間20分かけ、インドの東海岸の町、ブバネシュワールまでやってきた。
世界の大きさを実感しつつ、腹下しのため、散々な列車移動だった…。

[ インド、ブバネシュワールにて ] 2001年 3月 28日
旅 134日目

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 旅の適正身長
インドの寝台列車。
線路に対して垂直の寝台は長さが十分ある。(右図、画面 右側の横長のベッド)
通路に向かって足をほうり出す事もでき、狭苦しく感じる事はない。

しかし、壁つたいの寝台は長さがちと短い。(右図、画面 左側のたて長のベッド)
小さめな?インド人にあわせて作られているのだろうか。
180cmの自分は体を少し曲げないと壁で仕切られたボックスにおさまらないのだ。

これはなんとも寝にくい。
列車と言う公共の場、がたがた揺れる車内と、ただでさえ寝にくいのに…。
身長が低い方がいいのか? などと考えてしまった。

しかし、身長が低かったら低いで列車内で棚の上に荷物を上げ下げできなかったりするだろう。
それも困る。
列に並んで前が見えないのも不安になったりする。
前に人だかりがあって、何があるのか全然見えないのもストレスだ。

旅の適正身長って一体何cmくらいなんだろう?と寝つけない寝台の上で考えたりした。

[ インド、ブバネシュワールにて ] 2001年 3月 28日
旅 134日目

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 ものすごい腹下し
誰でも1度は腹を下す国、インド。
でも、インドに入ってから最初の3週間はしっかり火の通ったカレーを食べていたためか、腹を下す事がなかった。

カレーに飽き、中華料理屋で酢豚などを食べたりすることが増えて来た。
そのせいか?ものすごい腹下しになった…。
下痢止めを飲んでも『まっっっっったく』効果なし!

「なんか、ひどい感染症にでもなったか?」
いらぬ心配が頭をよぎってしまう…。
体調不良は旅の意欲を最もそぐものだ…。

[ インド、プリーにて ] 2001年 3月 29日
旅 135日目

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 女性専用のバスのシート
インドでは、バスの前方が『女性専用のシート』になっているものもある。
宗教上の理由で?公共の場で見知らぬ男性と隣同士に座る事すら御法度なんだろう。
他では余り見かけないこのルールが新鮮だった。

とはいえ、そのシートに男性が座っているのをよく見かけたものだ。

そういえば京王線で
「夜中11時以降はこの車輌は女性専用です。」
というのを見た事がある。
宗教的理由?
ま、ただの痴漢対策なんだろうなぁ。

[ インド、プリーにて ] 2001年 4月 1日
旅 138日目

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 さらば! インド!!
プリーから寝台列車でカルカッタへ。
そこからさらに東へ向かい、インドとバングラデッシュとの国境まで来た。

1ヶ月におよんだ、インドの旅。
 ・素晴らしい歴史的建造物。
 ・にくたらしい人間たち。
 ・カレー三昧の日々。
 ・快適でない寝台列車。
 ・不衛生な街。
 ・もうれつな腹下し…。

いいことより、嫌な事の方が多かったが、それだけに印象深い国だった。
そのインドの旅もいよいよ終わり!
東の国境を越え、バングラデッシュへ!
さらば、インド!
もう自分一人で来る事は決してないだろう!

[ インド、東の国境にて ] 2001年 4月 2日
旅 139日目

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ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その6 ー目次ー  
うれしいビザ申請 (2002/ 8 /06 更新) ………時間もお金もかからないビザ申請(2001/ 3/ 12、デリー)

バカ者あつかい (2002/ 8 /06 更新) ………デリーのリクシャ運ちゃんとのいざこざ(2001/ 3/ 12、デリー)

はじめての散髪 (2002/ 8 /06 更新) ………自分自身で散髪を行なう(2001/ 3/ 13、デリー)

ひげに挑戦 (2002/ 8 /06 更新) ………男性のステータス?に挑戦(2001/ 3/ 13、デリー)

映画で知る異国文化 (2002/ 8 /06 更新) ………映画文化も国それぞれ(2001/ 3/ 14、デリー)

TVで知る異国文化 (2002/ 8 /06 更新) ………芸能、大衆文化も国それぞれ(2001/ 3/ 14、デリー)

謎多きクリケット (2002/ 8 /06 更新) ………人気スポーツも国それぞれ(2001/ 3/ 14、デリー)

0%ビーフ! (2002/ 8 /06 更新) ………インドのマクドナルドに珍メニュー(2001/ 3/ 15、デリー)

新たなる旅の元気 (2002/ 8 /06 更新) ………初対面の人に丁重にもてなされ(2001/ 3/ 16、デリー)

参拝時の願いごと<2> (2002/ 8 /06 更新) ………必ずお祈りする『家族の健康』(2001/ 3/ 18、アムリトサル)

インドで買う水 (2002/ 8 /06 更新) ………水を買う前に1つチェックすること(2001/ 3/ 18、アムリトサル)

さすがにあきるインドカレー (2002/ 8 /06 更新) ………毎食カレーはさすがに…(2001/ 3/ 18、アムリトサル)

『不浄』の左手、大活躍 (2002/ 12 /31 更新) ………使わない事などない左手(2001/ 3/ 18、アムリトサル)

緊張感あふれる国境越え (2002/ 8 /13 更新) ………至るところで一触即発状態…(2001/ 3/ 19、インド国境)

近くて遠いパキスタン (2002/ 8 /13 更新) ………手間と時間がかかり過ぎる入国(2001/ 3/ 19、パキスタン国境)

物騒?なラホール (2002/ 8 /13 更新) ………厳重な警備の銀行(2001/ 3/ 20、ラホール)

いい人が多いパキスタン (2002/ 8 /13 更新) ………親切な人が多いパキスタン(2001/ 3/ 20、ラホール)

旅=ダイエット?<2> (2002/ 8 /13 更新) ………さらに減り行く体重(2000/ 3/ 20、ラホール)

奇妙な里帰り (2002/ 8 /13 更新) ………昔の我が家へ(2001/ 3/ 20、ラホール)

やっぱり波長があわないインド (2002/ 8 /20 更新) ………根本的に自分とは何か違う…(2001/ 3/ 23、アウランガバード)

ここ、どこ? (2002/ 8 /20 更新) ………見知らぬ地に下り立った不安(2001/ 3/ 25、セグンデラバード)

生きる事、そして死ぬ事 (2002/ 8 /20 更新) ………考えさせられる人類の永遠のテーマ(2001/ 3/ 25、セグンデラバード)

絶望慣れ、不慣れ (2002/ 8 /20 更新) ………生きようとする気持ちの違い(2001/ 3/ 25、セグンデラバード)

アカデミー賞授賞式 (2002/ 8 /20 更新) ………毎年楽しみにしている行事(2001/ 3/ 26、セグンデラバード)

世界って広い (2002/ 8 /20 更新) ………文明の発展は世界を小さくしたが…(2001/ 3/ 28、ブバネシュワール)

旅の適正身長 (2003/ 5 /27 更新) ………何cmが旅に最適だろう?(2001/ 3/ 28、ブバネシュワール)

ものすごい腹下し (2002/ 8 /20 更新) ………インドではやはり下さぬわけがないらしい…(2001/ 3/ 29、プリー)

女性専用のバスのシート (2002/ 8 /20 更新) ………日本にはないシステム、いや!(2001/ 4/ 1、コナーラク)

さらば! インド!!(2002/ 8 /20 更新) ………いよいよインドを去る瞬間!(2001/ 4/ 2、カルカッタ)

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