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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その7> −

バングラデッシュ〜ミャンマー

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 弛緩感あふれる国境越え
カルカッタから電車でインドの東端、ベナポールへ。
駅からはオートリクシャ(3輪タクシー)で国境まで向かった。

「ここで出国手続きするの? それとも税関?」
そう思って書類に名前など書いていたら、どうやらインド=ルピーをバングラ=タカに両替えさせりところの様だ。
もうルピーはいらないから両替え自体は問題ないのだが、どれだけレートが悪いのか、ひっかかる。
半強制的両替えになにやらやられた気分。

いよいよ出国審査。
なんだかボロい建物にはいる。
夜のためか、国境をこえる人も少なく、審査官もダラけた感じ。
何人かは机を囲んで、トランプしてる始末。

インドの西側、パキスタンとの国境の緊張感あふれる国境越えとは大違い。
むこうはマシンガンを持った軍人があちこち歩いていたのに…。

同じ国の出国審査なのに、この落差、なんだか笑える。
パスポートを渡し、だらだら出国審査をしてもらう。
なぜか、審査官は声がデカく、怒ってるみたいでヤな感じだった。

なんともラクチンな国境越えを済ませ、無事インドを出国。
そして、すぐお隣のバングラデッシュに無事入国した。

[ バングラデッシュ、ベナポールにて ] 2001年 4月 2日
旅 139日目

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 闇のバングラデッシュ
いよいよ旅の13カ国目、バングラデッシュに陸路で入国した。
時差があるため時計を30分戻す。
夕方6:30を過ぎ、あたりは既にまっくらだった。
ここが一体どんな場所なのか、殆どわからない。

それにしても真っ暗すぎる。
街灯が全くついていないからだ。

税関の建物内には電灯がなく、ロウソクで明かりを確保している。
「こんな貧しい国なの?」
これが未知なる国、バングラデッシュの実状なのだろうか?
「ちょっとヤバイ国に来ちゃったのか?」
そんな不安が頭を過った。

「あ、これ? 停電のせいだよ。」
それをきいて納得。
いくらなんでも暗過ぎると思った。

[ バングラデッシュ、ベナポールにて ] 2001年 4月 2日
旅 139日目

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 修学旅行部屋
この国境の町から首都ダカまで312km。
今、夜7時過ぎ。
とてもではないが、今日中に首都にたどり着けそうもない。
というわけで、今夜の宿を探す事に。

ただの国境の町、ベナポールにはホテルが2軒しかない。
「今、満室なんだよ…。」
「悪いけど…。」
どちらのホテルも満室だった。
どうやら、バングラデッシュは今、ストライキ中とのことだ。
つまり、バスが動かず、みなここで足留めをくらっているらしい。
そのため、こんな寂れた町でもホテルは大繁盛、となっていた。

ストでバス移動もできず、ホテルには人いっぱいで停まる場所がない!
寂れた町でたいしたレストランもない!
 :
 :
 :
 :
気分はまさに『電波少年』だ……。

「事務所にザコ寝でいいなら泊めてあげるよ。」
机を端に移動させたその部屋には既に4人ほど同じ境遇の旅人がいた。
「選択の余地なし、か…。」
修学旅行で泊まる様に1部屋に大人数がザコ寝する状態になってしまった…。

翌朝、6:30。
相部屋のやつらのラジオや話し声がうるさい。
まわりを気にしない、なんともマナーのない旅人たちだ。

西に向かってお祈りを始めた人もいる。
どうやら、イスラムの人らしい…。
ストライキの朝なんだから、ゆっくり寝させてほしい…。

[ バングラデッシュ、ベナポールにて ] 2001年 4月 2日
旅 139日目

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 な〜んにもない…
バングラデッシュ、西端の国境の町、ベナポール。
観光する場所もなければ、レストラン、ショッピング街などな〜んにもない。
鋪装されていない道路の両側に生活必需品をうっている店があるだけ。

ストライキで足留めをくらったので、な〜んにもすることのない1日。

「いつ、ストライキは解除されるの?」
「バスはいつ出発するの?」
やる事と言ったら、この確認だけ。

 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
 :
午前中がおわり、午後もすぎていった…。

「一生、ここに足留めなんてこと、ないよな…。」
恐ろしい想像をしてしまった…。

[ バングラデッシュ、ベナポールにて ] 2001年 4月 3日
旅 140日目

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 首都、目指して!
午後6時。
首都、ダカ行きのバスがやっと出発した。
さいわいにも、丸1日足留めを食らうだけで済んだ。

バスは悪路を豪快なスピードで東へ突き進む。
はずむように上下の揺れる。

バスはフェリーにのり、川をさらに東へ。
「言ってた値段とちがうじゃん!」
フェリーの食堂でライスとスープをたのんだら、ぼられそうになった。
話しても全然ラチがあかない。
最初にいわれた値段だけはらって、食堂をあとにした。

陸に上がったバスは再び東へ。
時刻は深夜になった。
初めて行く場所なのに、こんな時間になるのは避けたいところだったが仕方ない。

やっとたどりついた首都ダカ。
とっととホテルをみつけ、腰と気持ちを落ち着かせる事にした。

それにしても、この一帯は蚊が多い。
1年前、アフリカでマラリアになった自分は、海外で見る蚊にはもうウンザリ…。

ストライキがあけても、首都に辿り着いても、なんだか小さなトラブルの絶えない感じがした。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 3日
旅 140日目

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 厳しい面接
午前中、次の訪問国ミャンマーのビザを入手するため大使館へ。
名前、生年月日、国籍、パスポート番号など、一通り書類に書いた後、係りの人が出て来た。

「ミャンマーに行く目的は?」
「ミャンマーの政治に関心がありますか?」
その場でビザ申請の面接が始まった。
政治的に複雑な事情を抱えている国のためか、質問が続く。
入国者をきちんと審査する必要があるからだろう。

「現在の職業はなんですか?」
「なぜ無職なんですか?」
「帰国後はどんな仕事につくつもりなのですか?」
ミャンマーに入国するだけなら、直接関係なさそうな質問までいろいろ浴びせられた。
プライベートな話題に立ち入られたようでなんだか不愉快…。

「政治的なことに首をつっこむとかなりやっかいなことになりますよ。」
その面接官は口調はおだやかで、こちらの身の上を心配してくれている感じがした。
しかし、なんとなく脅迫されているようにも聞こえた。
こんなうっとおしく厳しいビザ申請手続きは初めてだった。

…………ミャンマー、一体、どんな国なんだろう?

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 4日
旅 141日目

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 よってくる人々 <1>
バングラデッシュの首都、ダカ市内を観光する。
面白い風景をみつけカメラを取り出す。
「なんだ、こいつ、何するつもりなんだろう!」
現地の人がすぐまわりに集まってくる。

次はどこに行こうかとガイドブックを開く。
「なんだ、こいつ、何するつもりなんだろう!」
現地の人がすぐまわりに集まってくる。

バングラデッシュは観光客があまり訪れない国の様だ。
異国の人を見ると人が寄って来て、ものめずらしそうに旅人を眺める。
こうなると自分は、まるで動物園のパンダや像といった見せ物状態…。

…不思議な国だ、バングラデッシュ。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 5日
旅 142日目

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 よってくるリクシャ
ダカ市内を観光する。
「のらないかい?」
サイクルリクシャ=3輪自転車タクシーが寄って来て催促する。
ことわってもことわっても、しつこく追って来る。
まるでストーカー。

町はリクシャであふれている。
派手な絵が車体に描かれ、その個性はどれも強烈。
そんなリクシャが道を埋め尽くしている光景はなんだか異様ですらある。

交差点で1台のリクシャがとまる。
後ろから後続のリクシャが前のに追突するなんて日常茶飯事だ。
「後ろのやつがぶつかってきたんだよ!」
「そうか、なら、仕方ない…。」
こんな調子で示談成立。

…不思議な国だ、バングラデッシュ。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 5日
旅 142日目

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 よってくる人々 <2>
ダカ市内を観光する。
「はろー!」(=こんにちは!)
現地の人にふいに声をかけられた。
そしてその人は横に並んで歩き始めた。
「ほえあ あーゆー ふろむ?」(=どこから来たの?)
英語で質問をしてきた。

「あいむ ふろむ じゃぱん。」(=日本から)
こちらも英語で答える。
「わっちゅよわ ねいむ?」(=名前はなに?)
「しげた」
初対面の人同士の会話が続く。
名前をきかれたので、名前を聞きかえしてみた。
「わっちゅよわ ふぁーざーず ねいむ?」(=あなたのお父さんの名前はなに?)
こちらの質問には答えず、次の質問が飛んで来た。
それも、そんなこと聞いてどうすんだ?という質問が…。

父の名を答えると、次の質問がまた飛んで来た。
「わっちゅよわ まざーず ねいむ?」(=あなたのお母さんの名前はなに?)
母の名を答えると、その現地の人は別れを言い、笑顔で去っていった…。

物取りやだましてお金をとろうとするタイプの人でない事はわかる。
しかし、一体なんの為に近付いて来たのか、さっぱりわからない…。

「はろー!」
しばらくすると、別の現地人が声をかけて来た。
「ほえあ あーゆー ふろむ?」(=どこから来たの?)
英語の質問が始まった。
「わっちゅよわ ねいむ?」(=名前はなに?)
「わっちゅよわ ふぁーざーず ねいむ?」(=お父さんの名前はなに?)
「わっちゅよわ まざーず ねいむ?」(=お母さんの名前はなに?)
次々先程と「全く同じ」質問を聞かれた。


この現地人が去り、また次の現地人が現れる。
「はろー!」
「わっちゅよわ ねいむ?」(=名前はなに?)
 :
 :
 :
(以下同文)

どうやら珍しい外国人とただ英語でお話をしたいようだ。
…不思議な国だ、バングラデッシュ。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 5日
旅 142日目

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 邦楽欠乏症<2>
ホテルでMTVを見ていたら、宇多田ヒカルのビデオクリップが流れていた。
白い小さなロボットと共演し、「秘密を守れる…?」って歌っている。

あぁ、邦楽だ…。
2ヶ月前、中国にいた頃もTVで偶然邦楽紹介番組を見て邦楽が恋しくなった。
そして、今、また、バングラデッシュでも。

日本にいた時は、好きな時に好きな曲を聞いていたが、今はそれが出来ない。
邦楽がないと、なんだかおさまりがつかない。
思いっきり邦楽欠乏症…。
あぁ、邦楽を存分に聞きたい…。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 7日
旅 144日目

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 あっと言う間の滞在
ものごいが溢れるダカの空港入り口。
何度こういう状況にあっても慣れないし、どうしていいかわからない。

そんな人たちをかきわけ、空港内へ。
そして、飛行機でバングラデッシュから次なる国、ミャンマーへ向かった。

あっと言う間の滞在。
ミャンマーのビザを申請するための滞在。
そんな滞在だった。

今後、バングラデッシュだけを目指して旅をすることってないだろう。
そう考えると貴重な訪問だったかもしれない。

[ バングラデッシュ、ダカにて ] 2001年 4月 8日
旅 145日目

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 馴染みのある文化圏
バングラデッシュの首都=ダカから飛行機で1時間強、ミャンマーの首都=ヤンゴンへ到着した。
旅の14カ国目に入国だ。

2月中旬から1ヶ月半の間、ネパール、インド、パキスタン、バングラデッシュと移動をしてきた。
彼らは肌が浅黒く、顔の掘りが深く、毛深い感じ。
店先に女性がでることは殆どなく、外には男ばかりの印象がした。

しかし、ここ、ヤンゴンの空港の雰囲気はがらっと違う事に気付く。
肌は日本人に近い色で、顔はのっぺりと平べったい『東南アジアの人の顔』だ。
なんだか懐かしくうれしい。

「わぁ〜、女だぁ!」
空港スタッフや店の売店で女性が働いている。
これもインド文化圏では殆どみられなかった風景。
こんな些細な事が、なんだか妙にうれしい。

[ ミャンマー、ヤンゴンにて ] 2001年 4月 8日
旅 145日目

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 強制両替え
「約300アメリカドルを入国した空港で兌換券(だかんけん)に強制両替えさせられる。」
ガイドブックにそう書かれていた。
1泊10ドル前後で物価の安いミャンマーに数日しか滞在予定がないのに、300ドルも使い切れない!
それもホテルや限られたレストランでしか使えない兌換券を…。
この強制両替えは旅人の間で不評で、うまくやれば強制両替所を強行突破できる、という話だった。

ASEAN市民としてすぐ入国審査を終える。
その直後、ガイドブックに書かれている通り、強制両替所の人がよってくる。
無視してロビーへ出ようとしたが、あっけなくつかまり両替所へ連れていかれた。
むこうもこんな旅行者が多いのを知っている様だ…。

「300ドルも替えたくないよ…。」
そうぼやくと両替所窓口のかわいい女性から意外な答えが返って来た。
「あなたたちも困っているだろうけど、私たちも困っているの…。」
!!!
なるほど、そういうことか。
『手数料』数ドルで100ドルだけの両替えで済ませてくれた。
むこうもこんな旅行者が多いのを知っている様だ…。

[ ミャンマー、ヤンゴンにて ] 2001年 4月 8日
旅 145日目

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 ミャンマーと日本のつながり
「あれ! 横浜市バスだ!」
ヤンゴンの街中で、見慣れた横浜市バス(おさがり)がたくさん走っていた。
ミャンマーは右側通行のため、乗降口をバスの右側に新たにこしらえていた。
そんなちょっとした修復で利用できるなら、どんどん再利用して欲しいと思った。

運行中のバスの行き先が「故障中」と日本語で表示してあったのが、笑わせてくれた。

TVでは、日本のドラマ『ホテル』をやっていた。
セリフはそのまま日本語で画面下に字幕が出ていた。
ミャンマーには結構日本のモノが入ってきてるんだな、と意外に思えた。

[ ミャンマー、ヤンゴンにて ] 2001年 4月 9日
旅 146日目

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 世界一やすい増補
増補。
パスポートにページを追加する事。
こんな日本語、初めて知った。

ここ、ヤンゴンの日本大使館だと、147チャット(=30、40円)で増補を出来るという。
世界中で増補は大体2400円くらいかかるらしいが、裏レートのあるミャンマーだとこういう値段になってしまうらしい。
あちこち出入国スタンプを押されて、ページが足りなくならないか、ちょうど悩んでいたところだった。
これで気がねなくスタンプを押してもらえる。

[ ミャンマー、ヤンゴンにて ] 2001年 4月 9日
旅 146日目

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 強制水浴び
首都=ヤンゴンから寝台列車で北の町=マンダレーへ。
「なんだ、なんだ??」
列車にむけてバケツにはいった水をぶちまけてくる連中がいる。
暑苦しいので窓を開けておきたいのに、これでは窓をしめるしかない。

ばしゃ!
窓をしめているのに、隙間からもろ水をあびた。
何がどうなってるんだ、ミャンマー。

[ ミャンマー、列車内にて ] 2001年 4月 10日
旅 147日目

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 女性との接点
列車は朝早くマンダレーに到着した。

たどり着いたホテルの従業員は若い女性ばかり。
それもかわいく、明るく、すごく気さく!
いいなぁ、ミャンマー。

サイカー(自転車タクシー)をチャーターして市内に点在するパゴダ(塔)を観光。
「日本の方ですか?」
境内で働く若い女性に声をかけられた。
オンマーというその子は日本語を勉強しているとのこと。
漢字だらけの日本語の本をひらがなに直して欲しい、と頼まれた。

夜、サイカーでたくさんの平家が立ち並ぶエリアの一角にあるに彼女の家へ。
子供が元気に走り回って遊んでいる。
近所付き合いがしっかりありそうな、昔の日本を思わせる雰囲気の地域だった。

どうやら今度スピーチコンテストがあるらしく、そのために上座部仏教を勉強している、とのことだった。
日本人が読んでも難しい内容の本をひらがなにして、訳をした。
ミャンマーやタイの仏教についてくわしく書かれていて興味深い本だった。

お礼にミャンマー家庭料理を夕食に頂いた。
ちょっとしたアルバイトをした気分。

ネパール、インド、パキスタン、バングラデッシュじゃ、こんな些細な女性との接点すらなかった。
国によって、こんなことにも違いがでるんだ、なんて感じた。

[ ミャンマー、マンダレーにて ] 2001年 4月 11日
旅 148日目

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 完全な足留め
マンダレーから船で10時間かけ、仏塔が多数点在する幻想の町=バガンへ。
この町は以前雑誌で見てから、行きたくて仕方のない町だった。
長かった東南アジアの旅で最後の目的地となるはず。

「まじ??」
この先1週間、ミャンマーの年末年始でバスも列車も飛行機も船も何も動かないと言う。
ここバガンで完全な足留めをくらってしまうことになった。

いそぐ旅ではないが、2、3日で済みそうな滞在を1週間もしなくちゃならないのはもったいなく思えた。
動けないのでどうしようもないが、どうにかして移動したい気持ちでいっぱいだった。

旅なんて思い通りにいかないもんだ、って改めて実感した。
神様のくれた『ゆっくり休息期間』ととらえ、のんびりすることにした。
唯一、救いはホテルの受け付けの女の子たちが明るくかわいいこと。
1週間の滞在じゃ、足りないか??

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 12日
旅 149日目

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 壮大な風景
パゴダ

ホテルで自転車を借りて、寺院が点在するバガンを散策した。

すごい!

すごい!!

すごい!!!

大小、白 - 赤茶 - 金色の様々な形をした仏塔、寺院がそこにはあった。
寺の中には仏像が安置されている。
寺1つ1つのデザインも違い、どれも見ごたえがある。
ざっとみたって、とても1日じゃ見て回れない数の寺が荒野のあちこちにあるのだ。

質、量、保存状態、どれも申し分ない。
だが、ここは世界遺産ではない。
たぶんミャンマー政府の国際的立場?など複雑な事情があるのだろうが、十分世界遺産レベルの遺跡だと思った。
来る価値が十分過ぎるほどあると思えた。

世界にはまだまだ素晴らしい場所がいっぱいあるんだって、再認識させられた。
とにかく大感激だった!!!

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 13日
旅 150日目

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 祝! 旅、150日経過!
2000年11月15日に旅立ったこの旅も、いよいよ150日が経過した!
日々、旅の自己最長記録を更新中。
誰も祝っちゃくれないが、なんとなくお祝気分。

旅を1年続ける予定。
これからも200、250、300、350日と旅を順調に続けていきたい!!

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 13日
旅 150日目

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 水かけ祭り<1>
ミャンマーで2001年 4月17日は新年ということだ。
その前4日間は『水かけ祭り』(WATER FESTIVAL)といって、道行く人に水をバシャバシャかける年末行事がミャンマー中でおこなわれるらしい。
これで、ヤンゴンからマンダレーに行く列車で車外から水をかけられた理由がわかった。

自転車で寺院をめぐっていると、沿道でバケツに水をたくわえた子供達が待ち受けている。

バシャ!!!

そこを通った瞬間に全身に水を思いっきりかけられる!
暑いから気持ちいいのだが、水のかけ方は容赦ない!
腹、背中、顔に水を思いっきりあててくるのだ!
時々「いたい」時もある。

当然、シャツ、ズボン、パンツまでビショビショになる…。
それでも、水をかける、というだけの単純行為が人々を喜ばせる。
たしかに面白い!

あっちの寺へいく途中でバシャ!
こっちへいくとまたバシャ!
「…………………。」
最初はおもしろがっていたが、どこへいっても容赦なく水をかけられるのが、だんだんうっとしくもなったりする…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 13日
旅 150日目

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 楽しみなネットカフェ<3>
旅をしていてもメールで日本や世界にいる友達とやりとりができる。
それがちょっとした楽しみになっていた。

しかし、バングラデッシュではインターネットカフェがちょこちょこあるのだが、日本語を見れなかったため、メールを読めなかった。
ここ、ミャンマーにはそのインターネットカフェすら見当たらない…。

4、5日に1度はインターネットカフェに行っていたこの旅。
この2週間はインターネットと離れる日々となってしまった。
ちょっとメールが恋しい日々がはじまった。
日本の友達は自分のことをおぼえていてくれるだろうか??

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 つかの間の恋人気分
年末のミャンマーでは、バスも列車も飛行機も船も何も動かないと言う。
ここバガンで完全な足留めをくらってしまうことになった。

日中は暑く、寺院散策も毎日でかけるほど元気がない。
となると、ホテルで何をするわけでもなく、ぐだぐだするのだ。

ホテルのロビーで受け付けの女の子、サンディと暇つぶし。
持っている写真を見せたり、折り紙したり、絵を描いたりとほのぼのムード。
近くのカラオケにもいったりと、なんだかとってもいい雰囲気!

アイドルみたいにかわいい彼女は、明るいながらも控え目な性格。
それがまた、一層彼女を魅力的にしていた。

明らかに彼女もこちらに好意を抱いてくれているのがわかった。
でも、年の差が10才もあるときいて、ちょっとばかし、落ち込んだ…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 顔にドロをぬる
ヤンゴンの町中を歩いていると、顔にドロをぬっている女性が目に付いた。
おでことほっぺたに黄土色のドロを丸く広げて塗っているのだ。

マンダレーやバガンでも見かけた。
ファッション?
と思ったら、どうやら日焼け止みたい。
最初は変に感じたが、見慣れてくるとちょっと可愛く見えてしまう。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 みたくなる映画
バガンに足留めされること3日。
観光も終え、町も静かでやる事がない。
時間をもてあますと、あれこれゆっくり考えてしまう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ミャンマーといえば、政権交代前はビルマという国名だった。
 ビルマと言えば、『ビルマのたて琴』という映画があった。
 行った事のある国が舞台になっている映画を見るのっていいかも…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そんなことを考えていたら、この旅ですでに訪れた場所が舞台になっている色んな映画がある事を思い出した。

 映画のタイトル  舞台になっている国
 アンナと王様  タイ
 セブンイヤーズ イン チベット  チベット(ラサ)
 リトルブッダ  チベット
 ゴールデンチャイルド  ネパール
 地雷を踏んだらさようなら  カンボジア
 グッドモーニングベトナム  ベトナム
 エントラップメント  マレーシア
 太陽の帝国  上海
 ガンディー  インド
 

見た事があるもの、ないもの、など色々。
改めて見てみると、映画を違った視点で楽しめるかも。
旅自体も楽しいものになるかも。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 TV番組に大感激!!
ホテルのロビーでぼーーっとTVをみていた。
MTVでは今はやりの洋楽が流れている。
エアロスミスの JADED は何度も何度もかかっていた。

アジアサッカークラブ選手権の決勝?かなにかでジュビロ磐田の試合を見ることも出来た。
藤田や中山といった馴染みのある選手のプレーを久しぶりにみれて、なんだかうれしい。

お隣、タイのTV番組も映るようだ。
3ヶ月前、タイで見ていたドラマの主題歌をシラサックという歌手が歌っていた!
聞き慣れた、懐かしいメロディにちょっと感激!!

もっと感激する出来ことが起こった!
チャンネルをかえると中沢ゆうこが「♪悔し涙ポロリィ〜」と多分新曲らしき歌を歌っている!!
福山雅治やプッチモニ、愛内リナ(←誰?)などのビデオクリップも見ることができた!
これで邦楽欠乏症がちょっと癒された。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 楽しみなバンコク
ここ、ミャンマーの次の目的地は、タイのバンコク。
年末年始を過ごした国、ビザ取得のため2週間も滞在した町である。

ホテルの人たち、駅前の屋台、カオサン通り、サイヤームショッピングエリア…。
かってを知っている町を3ヶ月ぶりに訪れるのはとても楽しみである。
ちょっとした、なつかしい里帰り気分ダ。

4月に入ってからいけずにいるインターネットカフェ。
友達からのメールを見るのもとても楽しみである。

バンコクには伊勢丹やそごうといった日本資本のデパートがある。
そこで、日本の雑誌、マンガなどにふれるのも楽しみだ。
タワーレコード視聴コーナーで邦楽もきけるはず!
かねてからの邦楽欠乏症もこれで癒されるはずだ。

日本の親に頼んでおいたMDプレーヤーもバンコクの知人宅に届いているはずである。
これも楽しみだ。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 14日
旅 151日目

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 文字のはなし <1>
バガンの町をのんびり歩いていると、看板に書かれているミャンマーの文字が目に付いた。
目の検査表の様な穴があいたような円をいくつも組み合わせた文字。
もちろん、全く読めない。
「世界中に文字の種類っていっぱいあるんだ。」
なんて改めて思う。

日本で触れる事がある文字は、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットがメイン。
日韓共催ワールドカップのおかげか、場所によってはハングル文字も見かける事もある。
アルファベットに馴染みがあるということは、欧米に行った際、標識を読んだり看板やメニューを読むのに助かる。
漢字も中国に行った際、かなり役に立った。

だから日本人にとって、タイ、カンボジア、ラオス、韓国、インド、アラブ諸国、 ミャンマーなどのアジアの旅は、文字の面でつらいかもしれない、と思った。
裏をかえせば、ひらがな、カタカナ、漢字を読めない海外の方々は日本の旅に苦労するかも…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 16日
旅 153日目

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 水かけ祭り<2>
バガンに足留めされること4日。
点在する寺院散策も終え、ホントにやる事がなくなってきた。

ホテルの前では相変わらず通行人に水をかける水かけ祭りがおこなわれている。
「俺もやろうっと!!」
ペットボトルをもってきて、それに参加する事にした。

バシャ!!!
水をかける側に加わる際、まずみんなから水をかけられる。
『洗礼儀式』をうけて、水をかける仲間に加えてもらった。
「よろしくぅ!」
まわりは皆、ニコニコしたちっちゃなガキんちょや10代ばかり。

バシャ!!!
道の前に車やバイク、自転車などが通ると容赦なくその人たちに水をかける。
これでもか!と言わんがかりにひたすら水をかけまくる!
これだけの単純なことなのに、とにかくおもしろい!
そして、気持ちがいい!
これは病み付きになるのわかる気がした。

「仕事があるから!」
皆がたのしそうに水をかけあっているのをうらやましそうにサンディはみていた。
しかし、そんなことはお構い無しに、みんな彼女に水をかけ始めた。
仕事などしている場合ではないと思う。

通行人が少ないと、たまに内輪で水をかけあって遊ぶ事もあった。
昼から、暗くなるまで、ひたすら人に水をかけて過ごす1日だった。
こうしてミャンマーの大晦日はふけていく…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 16日
旅 153日目

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 世紀越え<4>
2001年 4月 17日。
今日はミャンマーの新年、元旦だ。

旅を始めてまだ150日強(5ヶ月)なのに、これでもう4回目の年越しである。
ひとりでどんどん年をとっている様な気すらしてきた。
その割に正月らしい食べ物は1回も口にしておらず、元旦を迎えた気に慣れない。

 <1>世紀越え 2000年12月31日、タイ、バンコクにて
 <2>世紀越え 2001年1月24日、中国、南昌にて
 <3>世紀越え 2001年2月24日、ネパール、ナガルコットにて

この世に生まれてきて28年と10ヶ月。
普通ではありえない『人生で4度目の世紀越え』を体験してしまった。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 17日
旅 154日目

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 笑顔を見つける旅
4月17日、ここミャンマーはめでたく新年を迎えた。
歩いて『シュエ ズィゴン パゴダ』へ西暦2002年、4回目の初詣へ。

バガンの町は新年だからといって特別の変化はない。
門松も国旗掲揚もなく、着物をきた女性などもちろんいない。
かえって普段より静かな印象すら受ける。

金色のストゥーパ(仏塔)のたつ『シュエ ズィゴン パゴダ』へ到着。
じっくりお参りをして、のんびり散歩した。
境内に木の柵で囲われた巨大迷路があった。
ポイントごとに仏像がおいてあり、なんだか歩いているだけでご利益がありそう。

しばらくすると、15、6才くらいの少年、少女たちがやってきた。
無邪気に笑い、みんなで迷路を楽しんでいた。
みんな、すっごくいい笑顔。
「あぁ、こんな笑顔を見つける旅をしていたのかも…。」
一つ、旅のゴールをくぐった気がした。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 17日
旅 154日目

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 参拝時の願いごと<3>
旅の間、観光でいろいろなお寺や教会をお参りする事が多い。
せっかくだから、どこに行ってもある事を必ずお祈りすることにしていた。

『旅の安全』 そして、
『家族の健康』

まずは自分のこと、そして家族のことと、徐々にお祈りにも余裕が出て来た。
そして、ここバガンの境内で素晴らしい笑顔に出会い、願いごとももうちょっと範囲を広げてみる事にした。

『世界の平和』

世界が笑顔でつつまれればいい、なんて柄にもないことを思った。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 17日
旅 154日目

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 すこし悲しい別れ
思わぬ足留めをくらってしまったため、1週間も同じホテルに居座ると、少なからず愛着がわく。
それもかわいい受け付けの子がいればなおさらだ。

ゆったりと過ごす事が多かったバガンのホテル。
ロビーでTVをみたり、食事時に従業員の人たちと話したり、いっしょに水かけ祭りで遊んだり。
楽しい時間が多い1週間だった。

「…さようなら。」
ホテルの従業員、そして受け付けのサンディと別れた。
客が従業員に見送られただけなのに、すこし悲しい別れだった。

出会いと別れ。
それを繰り返しながら、旅はまだまだ続く…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 19日
旅 156日目

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 旅=ダイエット?<3>
夕方4時発、翌朝6時着の深夜バスでバガンから首都ヤンゴンを目指した。
日本からのおさがりバスなのだが、乗り心地は余りよくない。

「?」
バスが上下にはずむ度、振動がお尻から体につきささる。
どうやら無意識ダイエットによって、おしりの肉がなくなったようだ。

もともとやせ形の自分の体重が減る時は、お尻の肉がなくなることがわかった。
旅による意外な発見であるが、落ち着いて座る事すら出来ない。
ヤンゴンはまだまだ遠い…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 19日
旅 156日目

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 綺麗な夜空
バスでヤンゴンへ向かう途中、休憩所で夜空を見上げる。
「うわぁーーー!」
頭上には幾千もの星が瞬いていた。
小さい頃、アルゼンチンで見上げた空もケニアで見上げた夜空も、こんな感じだった。
空気の澄んでいるとこんなにも星が見える事を思い出さされた。

日本では夜空なんてあまり見上げない。
旅の間は、夜は宿でゆっくりする事が多い。
身近の様であまり見る事がすくなくなっていた夜空。
なんだか懐かしい気分にさせてくれたミャンマーでの最後の夜だった。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 19日
旅 156日目

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 そして、三度バンコクへ…
明けて早朝5時半。
バスはヤンゴンに到着した。

市内のシュエ ダゴン パゴダをお参りして空港へ。
途中の路上で、倒れている人がいた。
どうやらバイクで転倒したようだ。
「!!!」
グッタリ倒れ、頭部が開き、すごい出血をしていた。
飛行機にのる前にちょっと見たくないものを見てしまった。

先程のシーンが頭から離れない…。
何か悪い事の暗示なのだろうか?
楽しみにしていたバンコクに行くとなにかあるのだろうか?
そして、3ヶ月半ぶり、3度目のタイ=バンコクを目指す…。

[ ミャンマー、バガンにて ] 2001年 4月 20日
旅 157日目

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ひとりごと<その8>へ つづく


ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その8>へ
タイ(3)〜U.A.E.

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その7 ー目次ー  
弛緩感あふれる国境越え (2002/ 8 / 27 更新) ………インドの国境、西と東で大違い(2001/ 4/ 02、ベナポール)

闇のバングラデッシュ (2002/ 8 / 27 更新) ………真っ暗の未知なる国(2001/ 4/ 02、ベナポール)

修学旅行部屋 (2002/ 8 /27 更新) ………ストライキの弊害(2001/ 4/ 02、ベナポール)

な〜んにもない… (2002/ 9 / 03 更新) ………すること、みるもの、やること、何もない場所で(2001/ 4/ 2、ベナポール)

首都、目指して! (2002/ 9 / 03 更新) ………小さなトラブルの多い首都への道(2001/ 4/ 3、ダカ)

厳しい面接 (2002/ 9 /03 更新) ………ビザ取得のための長い面接(2001/ 4/ 4、ダカ)

よってくる人々 <1> (2002/ 9 / 03 更新) ………珍しがられる観光客(2001/ 4/ 5、ダカ)

よってくるリクシャ (2002/ 9 / 03 更新) ………町にあふれまくるリクシャ(2001/ 4/ 5、ダカ)

よってくる人々 <2> (2002/ 9 / 03 更新) ………繰り返される無意味?な質問(2001/ 4/ 5、ダカ)

邦楽欠乏症<2> (2002/ 9 / 03 更新) ………久々きくふるさとの新曲に感激(2001/ 4/ 7、ダカ)

あっと言う間の滞在 (2002/ 9 / 03 更新) ………貴重な訪問?(2001/ 4/ 8、ダカ)

馴染みのある文化圏 (2002/ 9 / 10 更新) ………懐かしく馴染みのある人種、顔(2001/ 4/ 08、ヤンゴン)

強制両替え (2002/ 9 / 10 更新) ………噂通りの強制両替え(2001/ 4/ 08、ヤンゴン)

ミャンマーと日本のつながり (2002/ 9 / 10 更新) ………意外にも日本のモノをみかける(2001/ 4/ 09、ヤンゴン)

世界一やすい増補 (2002/ 9 / 10 更新) ………パスポートのページを安く増やす!(2001/ 4/ 09、ヤンゴン)

強制水浴び (2002/ 9 / 10 更新) ………何故かバケツの水をあびせられる事件(2001/ 4/ 10、列車内)

女性との接点 (2002/ 9 / 17 更新) ………日本語を勉強する女の子を手伝う(2001/ 4/ 11、マンダレー)

完全な足留め (2002/ 9 / 17 更新) ………ミャンマーは年末、全てがストップ(2001/ 4/ 12、バガン)

壮大な風景 (2002/ 9 / 17 更新) ………東南アジアのゴールで待っていた風景(2001/ 4/ 13、バガン)

祝! 旅、150日経過! (2003/ 5 / 06 更新) ………どんどん旅の記録、更新中(2001/ 4/ 13、バガン)

水かけ祭り<1> (2002/ 9 / 24 更新) ………楽しい年末行事(2001/ 4/ 13、バガン)

楽しみなネットカフェ<3> (2002/ 9 / 24 更新) ………メール欠乏症?(2001/ 4/ 14、バガン)

つかの間の恋人気分 (2002/ 9 / 24 更新) ………かわいい子と楽しい時間を過ごす(2001/ 4/ 14、バガン)

顔にドロをぬる (2002/ 9 / 24 更新) ………ドロパックする女性たち(2001/ 4/ 14、ヤンゴン)

みたくなる映画 (2002/ 10 / 01 更新) ………訪問地が舞台の映画(2001/ 4/ 14、バガン)

TV番組に大感激!! (2002/ 10 / 01 更新) ………暇つぶしに見たTVに映るモノ(2001/ 4/ 14、バガン)

楽しみなバンコク (2002/ 10 / 01 更新) ………次の目的地に想いを馳せる(2001/ 4/ 14、バガン)

文字のはなし <1> (2002/ 10 / 01 更新) ………看板をみて思った事(2001/ 4/ 16、バガン)

水かけ祭り<2> (2002/ 10 / 01 更新) ………本当に楽しい年末行事!!(2001/ 4/ 16、バガン)

世紀越え<4> (2002/ 10 / 08 更新) ………4度も世紀を越えてしまった男(2001/ 4/ 17、バガン)

笑顔を見つける旅 (2002/ 10 / 08 更新) ………旅の目的を一つ達成(2001/ 4/ 17、バガン)

参拝時の願いごと<3> (2002/ 10 / 15 更新) ………笑顔をみて思うこと(2001/ 4/ 17、バガン)

すこし悲しい別れ (2002/ 10 / 08 更新) ………旅につきものの出会いと別れ(2001/ 4/ 19、バガン)

旅=ダイエット?<3> (2002/ 10 / 08 更新) ………お尻から肉はなくなるらしい(2001/ 4/ 19、バガン →)

綺麗な夜空 (2002/ 10 / 08 更新) ………久々見上げた夜空(2001/ 4/ 19、バガン →)

そして、三度バンコクへ… (2002/ 10 / 08 更新) ………不吉な旅立ち前(2001/ 4/ 20、ヤンゴン)

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