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− 366日間世界一周旅行、ひとりごと <その8> −

タイ(3)〜U.A.E.

世界一周した際、思った事、感じた事、考えた事です。
重太の自由気まま、勝手ワガママな意見に触れてみて下さい。

ひとりごと<その1>へ
出発(日本)〜タイ

ひとりごと<その2>へ
タイ〜カンボジア

ひとりごと<その3>へ
カンボジア〜中国

ひとりごと<その4>へ
中国

ひとりごと<その5>へ
ネパール〜インド

ひとりごと<その6>へ
インド、パキスタン

ひとりごと<その7>へ
バングラデッシュ〜ミャンマー

ひとりごと<その9>へ
トルコ〜

ひとりごと<その10>へ
トルコ〜シリア

ひとりごと<その11>へ
シリア

ひとりごと<その12>へ
レバノン〜エジプト

ひとりごと<その13>へ
ギリシャ〜ボスニア

ひとりごと<その14>へ
クロアチア〜チェコ

ひとりごと<その15>へ
ポーランド

ひとりごと<その16>へ
ポーランド〜オーストリア

ひとりごと<その17>へ
オーストリア〜ドイツ

ひとりごと<その18>へ
ドイツ〜スイス

ひとりごと<その19>へ
イタリア(2)〜フランス

ひとりごと<その20>へ
スペイン

ひとりごと<その21>へ
ポルトガル

ひとりごと<その22>へ
ブラジル1

ひとりごと<その23>へ
ブラジル2

ひとりごと<その24>へ
ブラジル3

ひとりごと<その25>へ
ブラジル4

ひとりごと<その26>へ
アルゼンチン1

ひとりごと<その27>へ
アルゼンチン2

ひとりごと<その28>へ
アルゼンチン3〜アメリカ

ひとりごと<その29>へ
〜日本


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 なつかしのバンコク
3ヶ月半ぶりにタイ=バンコクに戻って来た。
この旅3度目のタイ入国にして、初の空路入国は新鮮な気分。
(前2回はマレーシア、そしてラオスからいずれも陸路で入国)

ラオスや、中国などのビザ取得のため、2000年末に2週間も滞在したこの町。
うまい屋台、レストラン、料金の安いインターネットカフェ、映画館などどこに何があるかわかっている。
住み慣れた地元に戻って来た気分。

伊勢丹にある本屋で日本の雑誌を立ち読みするのが楽しみだ。
タワーレコードにある視聴コーナーで邦楽をきけるのも楽しみだ。

空港から普通の市バスで町中へ。
料金はたった3・5バーツ。(10円前後)
ボロいし、停留所がいっぱいあるから時間もかかるが、この値段なら仕方なし。
タクシーなら一体何百バーツかかるやら…。

バスは町の中心へ。
サイヤームスクエア、マーブンクロンセンター、ラマ4世通り、BTS(電車)…。
見慣れた景色が視界に入る。
ただ、それだけでものすごくうれしい気分になった。

「俺のこと、覚えていてくれるかなぁ…。」
ホワランポーン駅すぐそばの泊まり慣れたホテルへチェックイン。
「バンコクは初めてですか?」
淡い期待はすぐに吹き飛ばされた…。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 4月 20日
旅 157日目

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 楽しみなネットカフェ<4>
旅をしていてもメールで日本や世界にいる友達とやりとりができる。
それが旅のちょっとした楽しみになっていた。

4月2日にバングラデッシュに入国して以降、つづくミャンマーとインターネットカフェがなかった。
バンコクで久々にメールを開いた。
「どのMDがほしいの?」
「あんた、生きてるの?」
「返事ください!」
この3週間、インターネット=メールで連絡をとれなかったため、日本の親には心配をかけたようだ…。

日本では新年度が始まり、大リーグで1年目のイチローや新庄が活躍。
野茂も大リーグ2回目のノーヒット ノーランを達成。
森総理(当時)がやっと辞め、橋本龍太郎と小泉さんの総理争いなどがくりひろげられているらしい。
ほんの数週間の間にも世界は色々変化しているんだな、と思った。

前回メールをしたのは4月1日。
インドの東で「もうアジアに飽きたんで、思いきってギリシャにきちゃいました。」と
友達には『エイプリルフールメール』を書いた。

「とうとうヨーロッパか!」
「無事ヨーロッパにはいったみたいだね!」
「急に地中海?」
どうやら、みんな「エイプリルフール」など全く考えずに信じた様だ…。
みなさん、なんて、純真なんだ…。
なんとも心苦しい…。
本当のことを書いたら、友達が一気に減りそうだ…。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 4月 22日
旅 159日目

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 久々に馴染みのあるサブカルチャー
日本の母に頼んでおいたMDプレーヤー一式を受け取った。
ミスチル、スピッツ、ラルク、ブルーハーツ…。
これで存分に邦楽をきける!
ものすごくうれしかった!!

バンコクのワールドトレードセンターにある伊勢丹へ。
本屋では、SAYAKAデビュー、三波晴夫死去、と女性雑誌の表紙。
CD屋では、ラルクのベスト盤CD、ジュディマリの最後のCD、宇多田ヒカルの新譜なども発売されている。
おもちゃ屋では、3ヶ月半前にはなかった「ゲームボーイアドバンス」を売っている!
マスターグレードモデルの「百式」がある!
久々に日本の雑誌やCD、ゲーム機にプラモデルなどを見れて感激だった。

タワーレコードで3ヶ月半前にはまっていたタイのドラマ『ロイラック・ロイアディー』』の主題歌CDを発見してしまった!
何も考えず、即購入!

こういったサブカルチャーがなくても今まで旅自体に支障はなかった。
しかし、あればあるで、そっちにおもいっきり目がいくんだ、と実感した…。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 4月 24日
旅 161日目

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 自分へのご褒美
列車やバス移動、重い荷物を背負って歩く事が多い旅。
精神力も体力も結構使う。
そのわりに食事がおろそかになりがちだ。

長旅を覚悟しているため、節約魂に火がついて飲み物も水ばかり。
「体調管理も必要だな…。」
減る一方の体重を見て思い始めた。

奮発して、オレンジジュースでビタミン補給!
ドーナツやヨーグルトも!!
ちょっとした自分へのご褒美。
随分とお安い、ご褒美だ…。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 4月 24日
旅 161日目

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 おりないビザ
5ヶ月にわたってオーストラリア、東南アジア、中国、インドと旅をしてきた。
次なる目的地は中東、オマーン。
ビザを申請しに大使館へ。

1日が過ぎ、3日が過ぎ、1週間が過ぎ…。
一向にビザがおりる気配がない。

すでにバンコクでは観光をすませているので、することがあまりない。
フットマッサージに行ったり、映画を見に行ったり、ゲームをしたり、マンガをよんだり…。
旅でバンコクにいるはずなのに、何をしているやら…。

ミャンマー、バガンでも足留めをくらい、ここのところ旅が全然進んでいない。
しかし、ビザがないと、次の国へはすすめない。
なんとも思い通りにいかない旅だ。

さらに1日が過ぎ、3日が過ぎ、1週間が過ぎ…。
大使館に確認の電話を入れるが、受け付けの女性が毎回申し訳なさそうに応えるだけ。
果たして、オマーンのビザは降りるのだろうか?

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 5月 3日
旅 170日目

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 さらば東南アジア!
結局オマーンのビザはおりなかった。
これ以上バンコクに長居するのは無意味に等しい。

出発前に買った世界一周チケットには色々条件がある。
 ・乗り降りは15回まで
 ・上限39000マイルまで
 ・大西洋、太平洋横断は1回ずつまで
 ・1年間有効
 ・出発前に搭乗地を確定しておく(変更は1回につき75ドル)
 ・出発前に搭乗日を仮決めしておく(変更可能=費用はただ) などなど

搭乗地変更手続きをして、次なる目的地はアラブ首長国連邦(U.A.E.)のドゥバイにした。

この旅もいよいよ中東へ突入だ。
長きにわたる東南アジアの旅もいよいよ終わる。

[ タイ、バンコクにて ] 2001年 5月 5日
旅 172日目

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 未来都市、ドゥバイ
バンコクから飛行機で6時間、インドを一気に横断し、アラブ首長国連邦(U.A.E.)の ドゥバイにやってきた。

ビザなしであっさり入国。
名前やパスポート番号などを記入する入国カードも書かされなかった。
この旅1番のあっけなさすぎ&簡単な入国だった。

ほとんど予備知識の無い国、U.A.E.。
「すげぇ…。」
道は広く平らに舗装されている。
車はどれも新車の様にキレイ。
町並みはビルが立ち並ぶ超近代都市。

我が日本より未来的なイメージをうけ、たまげた。
タクシー代、ホテル代など物価は少々高い印象をうけるが今までが安すぎたのだろう。
油田があると、国がリッチになれることをみせつけられた。

意外すぎるほど未来都市なドゥバイ。
自分が中東に抱いていたイメージなどどこにも見当たらない。
「砂漠やラクダはどこにいるんだろう?」
日本に来た外人が「忍者はどこ?」と言っているのと変わらない気がした。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 5日
旅 172日目

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 人の違い
とうとうやってきた、中東、アラブ首長国連邦(U.A.E.)。
人の顔つきは明らかにかわった。
東南アジアの平ベったく丸みのある顔から、浅黒いメリハリのある顔が町を行き交う。

ここには、アジア各国で必ず見かけた「ものごい」が全然いない。
国のリッチさはそんなところにも影響しているのだろうか?

人に嫌な下心を感じられない。
タクシーにのろうとしたり、水を買おうとしたりすると大抵、値段をふっかけてくるものだ。
しかし、ここでは観光客から小銭をちょろまかそうという感じをうけない。
空港のロビーでホテルまでタクシーでいくらか、目安料金をきいた。
タクシーに乗ったらほぼ同じ料金をあらかじめ教えてくれるくらい。
国のリッチさがちょっとしたやすらぎ、安心感を与えてくれている気がした。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 5日
旅 172日目

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 灼熱の都市
さすが、中東。
日中の暑さはものすごい!
気温はかるく40度は越えていそうだ。。。

湿気がないから、肌がベトつく気持ち悪さはないものの、日射しが体全体に突き刺す。
その場にいるだけで、体中の水分が失われている感じがする。
頻繁に水を飲まないと本当にひからびそうだ。
熱を跳ね返す白い服をきている理由がよく分かった。

都市が近代的なおかげで、建物内に入れば冷房が思いっきり利いていて助かる。
暑さに強いつもりでいたが、町中を歩くだけで、こんなに体力を奪われるなんて…。

石油で町は富み、水は人間に重要なもの。
中東で「ガソリンより水が高い」と言われる理由が、数時間ドゥバイにいるだけでなんとなくわかった。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 6日
旅 173日目

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 デザートサファリ
「ドゥバイにいったら、絶対やってみて!」
留学時代のアメリカ人の友達に勧められたデザートサファリ。
4WDの車にのり、砂漠の上を突っ走るだけとのこと。
これがものすごく「おもしろい!!」

ドゥバイから少し車で走るとすぐそこは砂漠。
やっと抱いていたイメージに近い中東に来る事が出来た!

デザートサファリ 夕方、気温も下がった砂漠の上を4WDでただ疾走する。
砂丘を上がるとき、フロントガラスは空だけがみえる。
そして、丘の上からおりる時は視界はすべて黄土色に…。
そして、また上へ、下へ…。
すごいスピードで疾走する4WDは下手なジェットコースターよりずっと面白い!!

斜面を走る時、車がスピードに乗れず横滑りする時がある。
砂が車を支えられず、下へ向かって流れて行くのだ。
車がスキーをしてるみたいで、なんとも不思議な感覚だった!

4WDが10台ほど連なり、砂漠の上をかけめぐる。
たまに砂にはまって動けなくなる車もある。
そんな時は前後の車がワイヤーを出して、砂から引っぱり出す。
何台も連なってデザートサファリへ行く理由がよくわかった。

果てしなく続く砂漠の果てに沈み行く夕陽が、デザートサファリをより思い出深いものにしてくれた。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 6日
旅 173日目

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 月と砂漠とラクダとシーシャ
デザートサファリを終え、夜は冷えきった砂の上にじゅうたんがしかれたキャラバンへ。
観光客向けのツアー、夜の部開始である。

まず、満月をバックにラクダにのった。
たちあがると視界がかなり高くなるラクダ乗り。
このまま不思議の世界へつれていってくれそうだった。
もう、これだけでアラジン気分。

らくだが座る時、前足からたたむため、かなり前傾姿勢になる。
背中にのった人間は思いっきり後ろに体重をかけておかないと落ちそうになる。
ラクダからおりる時、これはかなり重要なポイントだ。

ラクダ乗りの後は、夕食をたのしみながらベリーダンスをみる。
露出度の高い服をつけた女性が腰をくねらせる踊りはアラビアンナイトの世界を半分だけ味あわせてくれた。
残りの半分は、ダンサーのおばさんがもう少しわかく、スリムだったら満たされるものとは…、限らない。

キャラバンではワシと写真をとったり、ヘンナペイントとよばれる肌に入れ墨もどきをしてくれる場所があった。
そこは、ちょっとした夏の縁日、夏祭り状態だった。

水タバコ(シーシャ)を吸える場所もあった。
シーシャは、縦長のガラスの瓶から1本管がのびており、それを口にあて、瓶の上におかれたタバコを吸い込むシロモノだ。
普段、全くタバコを吸わない自分にとって、これをためすのはかなり抵抗があった。
しかし、なんでも1度は試してみるべきと吸ってみた。

「あまい」。
タバコと言うよりは、アロマテラピーかお香をすっている感じがした。
可もなく不可もなく、といったところだろうか?

なんでも試すべき、と思ったが、デザインがいまいちだったのと、それを描く人がへたくそだったので、 ヘンナペイントは試す気すらおきなかった。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 6日
旅 173日目

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 天然の泉へ
今日は4駆で天然の泉があるという「ハッタ」へ。
左右に壁となっている岩場を進むと、そこには大きな『水たまり』があった。

透明で綺麗な水は小さなプールの様だった。
左右、そして上を岩におおわれたその水たまりは、1つの特別な空間をつくり出している。
岩場のおかげで外からは見えないので、お忍びデートにもってこいな、天然のプールとも言える。

早速、海水パンツになり水の中に入ってみる。
つめたくて気持ちいい!
水からでれば40度の世界なのに、ここはまさに『オアシス』だった。

一泳ぎして、着替え、その間濡れた海パンを岩の上においておいた。
それだけで海パンはカラッカラに乾いてしまった。
どうやら乾燥機など全く必要のないお国の様だ。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 7日
旅 174日目

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 リベンジ達成!
ドゥバイも天然の泉のあるハッタもU.A.E.(アラブ首長国連邦)にある場所である。
しかし、その2点を移動する際、1瞬オマーン領土内の高速道路を利用する事になる。
つまり、数分間だけだがオマーンに入国することになるのだ。

バンコクで2週間待ってもオマーンの入国ビザがおりなかった。
門前払いを食らったようなもんだ。
なんとも苦い思い出のあるオマーン。
しかし、数分間だけだが、ビザ無しでオマーンに入国してやった。
税関もとおらず、入国スタンプも押されなかったが、国に入った事は事実だ!
ざまぁみろ、オマーン!
ささやかなリベンジが達成された!

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 7日
旅 174日目

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 リッチなビーチ
ドゥバイからタクシーで西へ。
ペルシャ湾に面したジュメイラビーチへ。
高級ホテルが立ち並び、プライベートビーチが続くリッチな一角だ。

空のあざやかなブルーとペルシャ湾の深いブルー。
大きな白い雲に輝く白い砂浜。
目に入るもの全てが夏のリゾートを演出する。

ホテルのプライベートビーチのベンチへ座る。
「あなたはここの宿泊客ですか?」
あっという間に見回りの人につかまり、追い出された…。

仕方なく、約3000円も払いビーチ1日利用券を買う事にした。
貧乏バックパッカーには手痛い出費だった。

なにをするわけでもなく、ベンチでのんびり過ごす。
高級ホテルのプライベートにいるだけで、ものすごくリッチな気分だけは味わえる。

視線を海にやる。
大人も子供も、波と無邪気に遊んでいる。
その姿は世界共通の様だ。

視線を砂浜に戻す。
綺麗な白人の若い女性がベンチにタオルをしきのんびりと日焼けをしている。
世界中どこで見ても微笑ましい光景だ。
イスラムの国で、女性は肌を露出してはいけないと思いこんでいたが、こういうリゾートは全く西洋風の様だ。

砂浜の上に観光客をのせるためのラクダがやって来た。
ラクダの上で携帯電話をかけ、何やら話をしている。
ペルシャ湾、砂浜、ラクダ、携帯電話。
なんとも今時の中東を目の当たりにして、不思議な気分だった。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 8日
旅 175日目

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 世界共通のモノ
旅をはじめて約半年。
オセアニア、アジアと移動を繰り返し、様々な文化や食べ物、言葉や文字の違いに触れて来た。
不便でもあるが、その違いが興味深いものでもある。

他方で世界共通のモノも色々あるな、と気付いた。
以下はその一例。

●暦の概念(1週間=7日、1年=365日)
昨日いたタイは5月5日、今日来たアラブ首長国連邦は1月24日、みたいにその国ごとに 独自の暦があったら不便極まりないだろう。
(それぞれの国で旧暦はある様だが、とりあえず西暦で統一されているので混乱なく旅を出来る。)

●時間の概念(1日=24時間)
「この国では1日は38時間でしめします。」
「この国は1日は16時間なんだよ。」
と言った具合に訪れる国によって、1日が24時間『以外』であらわされたら、混乱しまくることだろう。
国によって違うのは、通過単位だけにして欲しい。
(国境をこえる度レートがかわり、円換算が面倒なのに…。)

●「はい」=「首をたてにふる」、「いいえ」=「首を横にふる」
この動作も国によって全く逆のジェスチャーをしなくてはならなかったら、誤解をうみまくることだろう。
(インドでタクシーの乗る前に行き先をしってるか確認すると、クビを横に振られることがあった。
 知らないのかと思いきや、『のりな!』というジェスチャーだったようで、毎回とまどっていた。)

●信号の色(赤=とまれ、青=すすめ)
国によって、とまれとススメの色がちがったら、異国人による交通事故が絶えない事だろう。

●お金は紙幣とコイン(=金属)
木や陶磁器、プラスチックなどで出来たお金は20世紀末ころの世界で目にした事はなかった。
もっと言えば、物々交換や金本位制など、国によって貨幣の単位価値感、流通形態が違っていたら、戸惑う事だろう。
モノをかったり、飯をくったりする際、支払い方法で戸惑うかも知れない。


当たり前といえば当たり前かも知れないが、ここらへんのことは世界でそれなりに共通である。
旅をしていてもカルチャーショックを受けたり、システムの違いにとまどう事は殆どない。

しかし…、である。(以下、次項)

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 8日
旅 175日目

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 アラビア数字? 算用数字?(クイズ付き)
「????」
電話(プッシュホン)、アナログ時計、車のナンバープレートなどを見るとなにかおかしい事に気付く。
U.A.E.で使われている数字は見た目が我々日本人が馴染んで来たものと全然ちがう!!!
どうやら10進法は同じ様だが、形がとにかく違う!
世界には、ローマ数字(I, V, X, M, Cなど)以外にも独自の数字もあるのだ!


ここでアラビア数字クイズ!!

〜〜〜 以下のアラビア数字を0から9に並べかえなさい 〜〜〜

あ)
い)
う)
え)
お)
か)
き)
く)
け)
こ)


 →→→ 答えは、● こちら ●

今まで信じて来た0、1、2、3、4、…というものは本当にアラビア数字と言うのだろうか?
本当は、上記のモノがアラビア数字と呼ばれるものではないのだろうか、などと考えてしまった。

いずれにしろ、コインに上記の数字「だけ」表記するのはやめてほしい…。
そのコインがいくらなのか、わからないって!

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 8日
旅 175日目

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 なかなかいけるペルシャ料理
「サダフ レストラン」でビュッフェスタイルのペルシャ料理を楽しんだ。

<前菜>
タン、法蓮草すっぱ巻き、白身さかな、薫製クリーム、カツレツ。

見た目で何かわからず、最初皿に取るのをためらったが、味は日本人でも抵抗なく食べられおいしいものばかり。
これだけでお腹いっぱいになってしまいそう。

<メイン>
カバブ(くし焼き)、チキン、ヨーグルトで焼いたラム、ラム肉、ブリヤニ(いためご飯)。

調理された肉系をあれこれつまみ食い。
どれもしっかり味付けされていてうまい。

<デザート>
黄色いアラブライスプディングが甘くてうまい。
ババロア、ココナッツもとろーりとしていて、うまい。
甘めのデザートもいい感じ。

ペルシャ料理、なかなかいける、と思った。
お値段は、東南アジアをまわって来た貧乏バックパッカーにはちょっとしたものだった…。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 7日
旅 174日目

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 どこにでもいるアイツ
<<イスラム文化を誹謗中傷している『ポケモン』
 そのグッズを持っているものはムチうちの刑>>

サウジアラビアでそんな話が話題になっている、とメールできいた。

旅のお供に身につけている万歩計はピカチュー。
ほか、ヨーロッパの子供にうけるかと、ポケモンカードも数枚持っている。
インドのインターネットカフェにたむろしている子供達にカードをあげたらむちゃくちゃ喜ばれたのを思い出した。
しかし、アラブ圏に行くとポケモングッズを持っているだけで身に危険がふりそそぐのだろうか?

U.A.E.のスーパーではピカチューの絵のはいった子供用のカバンや靴、Tシャツなど売っていた。
どうやらムチうちの刑はサウジアラビアだけの話らしい。

それにしてもポケモン人気はすごい。
ブームはとうに過ぎたと思っていたのだが、 オセアニア、そしてアジアをまわって来て、大抵の国でピカチューを目にした。
なかには茶色くて不細工なピカチューもいたりして、微笑ましかったりもした。

ピカチューと共に、児童文学『ハリーボッター』の本もほとんどの国で見かけた。
キックボードをしている子供も大抵の国で見かけた。
国境を越え、世界のどこにでもアルものってすごいと思った。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 9日
旅 176日目

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 自分の目で見て…
テレビをつけると赤いMTVをオンエアしている。
男女1組が向かい合って踊りながら歌っているインドっぽい楽曲を流している。
インドにいた頃、よく見かけた。

チャンネルをかえると、欧米の曲もたくさん流れている。
肩だしヘソだしジェニファーロペスもオンエアされてる。

「イスラム圏では御法度だから女性の露出度が高いTV番組はやってないよ。」
ある知人から熱弁されたのだが、どうやらそうでもないらしい。
そういえば、その知人はたしか、中東に行った事がないはず…。
どうやら知ったかぶりされただけのようだ…。

本から得た知識、人から聞く事は全て本当ではない。
その国に来てみないとわからないことっていっぱいあると、改めて思う一幕だった。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 9日
旅 176日目

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 スークめぐり
ドゥバイ市内にあるゴールドスーク(金市場)へ。
狭い路地にズラーっと軒を連ねる貴金属店。
金、銀の装飾品、アクセサリー、時計、ネックレス、ブレスレット、イヤリング…。
さすが石油産国、リッチなU.A.E.。
どの店でも金目のものをたくさん売ってる。
女性とはあまり来たくない場所の一つだ。

足早にゴールドスークを抜け、スパイススークへ。
この一角は町中が香辛料のニオイで充満している。
黄色や黄土色した粉末からわけのわからない木の根などが陳列された店が並ぶ。

興味本位である店に入ってみると片言の日本語を話すおっさんがいた。
「これ、○#&。こっちは△%*□。で、こっちは…」
色んな種類のスパイスを見せてくれたが、何がなんだかよくわからない…。
買う気もないので笑顔をふりまいて店を後にした。

さらに歩をすすめると、テレビやCDプレーヤーなどを売っている「電荷製品スーク」があった(秋葉原っぽい)。
人形、ぬいぐるみ、ロボット、キックボードなどを売る「おもちゃスーク」。
ほか、「衣類」「スポーツ用品」「くつ」「文房具」などのスークがそれぞれまとまって存在している。
ほしいモノを探す時や他の店と値段をくらべたりする時、このスークスタイルは便利だな、と思った。

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 9日
旅 176日目

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 アラビア数字クイズのこたえ
 →→→ ● アラビア数字クイズ、問題はこちら ●

〜〜〜 こたえ 〜〜〜

う)
け)
こ)
い)
か)
え)
あ)
お)
く)
き)


注) ●独自リサーチによるものなので、もしかしたら真実と違うかも知れません。ご了承下さい。

我々日本人のセンスだと (=1)や (=9)は見た目が似ているので理解しやすいが、 (=5)はどうしたってゼロ(=0)に見えてしまう。

(=6)も7に見えてしまうし、 (=7)と (=8)はどっちがどっちか慣れないと混乱する…。

ところで、小数点や分数、ルートなど、どうやって表記するんだろう?
(そんな事言ったら、漢数字で小数点や分数、ルート表記はあまりしないか…)

[ U.A.E. ドゥバイにて ] 2001年 5月 8日
旅 175日目

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ドイツ〜スイス

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イタリア(2)〜フランス

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スペイン

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ポルトガル

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ブラジル1

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ブラジル2

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ブラジル3

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ブラジル4

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アルゼンチン1

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アルゼンチン2

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アルゼンチン3〜アメリカ

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〜日本



 世界一周旅行、ひとりごと その8 ー目次ー  
なつかしのバンコク (2002/ 10 /15 更新) ………ちょっとした里帰り気分(2001/ 4/ 20、バンコク)

楽しみなネットカフェ<4> (2002/ 10 /15 更新) ………めまぐるしく変わる世界(2001/ 4/ 22、バンコク)

久々に馴染みのあるサブカルチャー (2002/ 10 /15 更新) ………あるとうれしい娯楽もの(2001/ 4/ 24、バンコク)

自分へのご褒美 (2002/ 10 /15 更新) ………ささやかなご褒美で体調管理(2001/ 4/ 24、バンコク)

おりないビザ (2002/ 10 /15 更新) ………次の目的地へすすめず…(2001/ 5/ 03、バンコク)

さらば東南アジア! (2002/ 10 /15 更新) ………おりないビザに見切りをつけ、新たなる地へ!(2001/ 5/ 04、バンコク)

未来都市、ドゥバイ (2002/ 10 /22 更新) ………想像をはるかに越えた都市の様子に圧倒(2001/ 5/ 05、ドゥバイ)

人の違い (2002/ 11 /12 更新) ………国の豊かさから来る人の対応の違い(2001/ 5/ 05、ドゥバイ)

灼熱の都市 (2002/ 10 /22 更新) ………想像をはるかに越えた暑さに圧倒(2001/ 5/ 06、ドゥバイ)

デザートサファリ (2002/ 10 /22 更新) ………最高の砂上エンターテインメント(2001/ 5/ 06、ドゥバイ)

月と砂漠とラクダとシーシャ (2002/ 10 /29 更新) ………キャラバンで味ワルアラビアンナイト(2001/ 5/ 06、ドゥバイ)

天然の泉へ (2002/ 11 /05 更新) ………砂漠のオアシスを訪問(2001/ 5/ 07、ドゥバイ)

リベンジ達成! (2002/ 11 /05 更新) ………ビザのおりなかった国へ密入国?(2001/ 5/ 07、ドゥバイ)

リッチなビーチ (2002/ 11 /05 更新) ………ペルシャ湾のビーチにて(2001/ 5/ 08、ドゥバイ)

世界共通のモノ (2002/ 11 /05 更新) ………これらは世界の共通なもの(2001/ 5/ 08、ドゥバイ)

アラビア数字? 算用数字?(クイズ付き)(2002/ 11 /05 更新) ………何か違うアラビアの数字(2001/ 5/ 08、ドゥバイ)

なかなかいけるペルシャ料理 (2002/ 11 /12 更新) ………馴染みはなくてもうまいものはうまい(2001/ 5/ 07、ドゥバイ)

どこにでもいるアイツ (2002/ 11 /12 更新) ………日本が世界に誇る黄色いネズミ(2001/ 5/ 09、ドゥバイ)

自分の目で見て… (2002/ 11 /12 更新) ………しったかぶりに御用心(2001/ 5/ 09、ドゥバイ)

スークめぐり (2002/ 11 /12 更新) ………昔ながらの?商業エリア(2001/ 5/ 09、ドゥバイ)

アラビア数字クイズのこたえ (2002/ 11 /12 更新) ………想像しにくい答え…(2001/ 5/ 08、ドゥバイ)

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