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200年11月15日から200年11月15日まで世界一周の旅をしたゲイター。
旅の間に少しずつ更新した日記の改訂版です。


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2001年2月1日 (木) ===== 中国 [ 上海 ] 79日目-----

お邪魔しているお宅でこの旅で一番ゆっくりで優雅な朝を 過ごさせていただきました。
いやぁ、のんびりすごせる朝っていいですねぇ・・・。

その後、1日のんびりとメールをうったり、おしるこを頂いたりしました。
「帰国するまで日本食を口にしない」という自分一人で勝手にたてた誓いは 早くも、もろくも破られました。
いやぁ、日本食っていいですねぇ・・・。

これからは「帰国するまで日本食レストランに行かない」誓いを新たにたてました。

日本の食事、TV、新聞、音楽などを満喫、身も心もバッチリ再充電して また新たな旅立ちをしました。

聞きなれた邦楽にはかなり元気をもらいました。
スピッツ、ゆず、どうもありがとう!!

そして高松夫妻。
食事、洗濯、寝場所の提供など、何から何まで本当に 色々ありがとうございました!!

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2001年2月2日 (金) ===== 中国 [ 開封 ] 80日目-----

寝台列車は昼前、開封に到着しました。
宿を駅の近くに決め、すぐ市内観光です。

せまくて内部の暗い「鉄塔」や、高台に建物がある ちょっといい雰囲気の「竜亭」へ行きました。

人が少ないこの町はちょっと寒さを感じます。

竜亭前

あっと言う間にこの旅も80日が経過しました。
どこかの物語の様にはまだ世界一周はできていません…。

この頃のひとりごと、 80日世界一周

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2001年2月3日 (土) ===== 中国 [ 登封 ] 81日目-----

開封で乗ろうとした列車は満員で乗せてもらえず、
「おいてけぼり」をくらいました…。
中国は全く驚くべき国です。

気を取り直して、かなりボロいバスで開封から鄭州、
そして登封と移動を続けました。

バスの車中では、ツバを床にはく人、たばこを吸う人など、
ここでも中国人のマナーの悪さを散々みせつけられました。

落した缶コーラの栓をすぐに開け、「ぶしゅーー!」と、
車中にばらまく人までいて、本当におったまげです。

さらに中国のほとんどの赤ちゃんのズボンのお尻には穴があいていて、
「いつでも」「どこでも」できるようになっています。
尻あき小僧

清潔かもしれませんが、列車の通路で「大」をするのはどうかと思いました。

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2001年2月4日 (日) ===== 中国 [ 洛陽 ] 82日目-----

登封からノロいバイクタクシーで嵩山にあるカンフー映画で 有名な「少林寺」へ行きました。

まわりに武術学校がたくさんあり、生徒達が校庭で一斉に構えの 練習をしていました。

武術学校

その姿はとてもかっこよかったです。

しかし、ジャッキーチェンが苦労した木人が並ぶ「木人拳」の 修行用の建物は見つかりませんでした。

夕方、バスで古都、洛陽に到着しました。
ここもかなりしっかり寒いです。

この頃のひとりごと、 少林寺  コーヒー欠乏症

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2001年2月5日 (月) ===== 中国 [ 洛陽 ] 83日目-----

小雪の降る中、岩壁に沢山の穴や仏像が掘られた「龍門石窟」へ行きました。
そのスケールの大きさ、量の多さに圧倒です。
世界遺産とのことですが本当なのでしょうか?

龍門石窟

その後、「関林廟」へ行きました。
三國志で有名な武将、関羽の首がおさめられている、という所です。
関羽、関平、周倉の塑像、青龍刀などファンには
たまらないモノが各所に置かれていました。

「杏仁豆腐事件」が発生しました。
食堂で食後、杏仁豆腐を頼もうと「あんん にんん とうー ぷうぅ」と
中国語っぽく発音してみましたが全く通じません。

泣きが入り、筆談してみると、中国では「しょーるーとーふー」と言うらしいです。

こんなに発音が違うなら通じるはずもありません。

10分ほど経ってから出てきたものは我々の想像を遥かに越えたモノでした…。
そのモノとは…。

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2001年2月6日 (火) ===== 中国 [ 洛陽 ] 84日目-----

洛陽は、朝から雪が降っていました。
寒さが大嫌いなので、何もする気になれませんでしたが、 両替をしに繁華街へ行かねばなりませんでした。

その後は、焼き芋を食べたり、昼寝をしたり、
TVでアニメ「キャプテン翼」を見たりして、1日のんびり過ごしました。

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2001年2月7日 (水) ===== 中国 [ 西安 ] 85日目-----

洛陽から列車に乗り、5時間かけ古都、西安へ来ました。

西安は昔、長安と呼ばれた城壁がしっかり残っている威厳のある町です。
城壁はあるゲームメーカーの歴史シミュレーションゲームの戦闘画面を
思い出させてくれました。

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2001年2月8日 (木) ===== 中国 [ 西安 ] 86日目-----

おんボロ自転車を借りて、1日西安の市内観光をしました。
三蔵法師、空海、阿倍仲麻呂など、遠い昔に学校の授業で習ったような
記憶がある人たちにゆかりのある寺が数ヶ所あり、どこも訪れ甲斐がありました。

それにしても、三蔵法師はバッチリ天竺にたどり着いて、
きちんと中国に戻って来ていた、ということを今日初めて知りました。

色々と勉強になる旅です。

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2001年2月9日 (金) ===== 中国 [ 西安 ] 87日目-----

バスに乗って「秦の始皇帝陵」、土で作られた実物大の兵士や馬が
土中から発掘された「兵馬ヨウ」(世界遺産)、
楊貴妃がつかったという温泉がある「華清池」などを観光してきました。

シ皇帝陵

ここ、西安はポカポカ温かく、とても気持ちのいい1日を過ごせました。

この頃のひとりごと、 楽しみなネットカフェ<2> へ

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2001年2月10日 (土) ===== 中国 [ 西安 ] 88日目-----

ポカポカ日差しの中、バスで郊外の観光地、乾陵へ行きました。
中国で唯一の女帝、武則天のお墓の様です。
山に向かって一直線に伸びる道がとても綺麗で印象的でした。

西安では水餃子を堪能しました。
素直な味でしつこくなく、なかなか楽しめました。

この頃のひとりごと、 邦楽欠乏症 へ

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2001年2月11日 (日) ===== 中国 [ 列車内 ] 89日目-----

昨日までの穏やかな天気がうそのように、雪がふっています。

久々にケンタッキーなどに行ってしまい、
コーヒーをすすりながらのんびりしてしまいました。

午後、列車で成都を目指しました。

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2001年2月12日 (月) ===== 中国 [ 成都 ] 90日目-----

朝7時、列車は無事、成都に到着しました。
中国は時間帯が1つしかないため、西にある成都は7時だというのにまだ真っ暗です。

三國志の孔明をまつった祠、「武侯祠」へ行きました。
劉備、関羽、張飛、馬超、趙雲、黄忠など蜀の武将の塑像などが並んでいたり、
三國志グッズがてんこもりの店がありました。
三國志ファンにはもう、たまらない所でしょう。

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2001年2月13日 (火) ===== 中国 [ 成都 ] 91日目-----

朝、ホテルのボーリング場で何故かボーリングをしてしまいました。
ここで、なんと自己ベストを更新してしまいました!!
ボーリングのスコアが伸びない人に成都はお薦めかもしれません。

麻婆豆腐発祥の地と言われる店「陳麻婆豆腐店」で麻婆豆腐を食べてきました。
ズバリ、「うまかった!!」です。

この頃のひとりごと、 麻婆豆腐発祥の店  イメージ通りの中国 へ

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2001年2月14日 (水) ===== 中国 [ ラサ ] 92日目-----

シンガポールから、マレーシア、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、
中国とずっと列車移動を続けてきましたが、久々飛行機に乗り、
憧れの地、ラサへやってきてしまいました。

昔からずっと一目見たかった「ポタラ宮」を見れた時は、
感動して涙が出そうでした。

…………感激、とにかく、感激です…………!

ポタラ宮

そして、いつの間にかバレンタインは何事も無く、無事終わってしまいました…。

この頃のひとりごと、 世界一遠い空港  ポタラ宮 へ

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2001年2月15日 (木) ===== 中国 [ ラサ ] 93日目-----

「ポタラ宮」内部、ダライラマ夏の離宮「ノルブリンカ」など
ラサ市内を観光しました。

ここは3650mと標高が高いせいか、普通に歩いて観光しただけで
かなり疲れてしまいました。

この頃のひとりごと、 五体投地  高山病 へ

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2001年2月16日 (金) ===== 中国 [ ラサ ] 94日目-----

「大昭寺」、「セラ寺」とチベット仏教に触れる1日でした。
お寺の中は「香」ではなく、寄付で仏像の前のロウソクにつぎ足す
「バター」のにおいでいっぱいです。

輪廻、鳥葬など、チベット仏教の精神、考え方をきき、
なんだかとても神聖な気持ちになれました。
「人間として、1ランク上にあがったな…。」
などと勝手に自分で思い込んでしまえる素敵な所です。

「禅問答」は、見ていて心奪われるものでした。

禅問答

座った僧が問いを出し、立った僧がしばらく考えてから答えを出します。
その際、「パチ」と柏手をうち、足で地面を「ドン」と踏み締め、
「これで、どうだぁーー!!」
とまわりの動物やアリなどにまで自分の考えを聞かせようとする派手なアクションがとても印象的でした。

この頃のひとりごと、 禅問答  行方不明ポスター へ

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2001年2月17日 (土) ===== ネパール [ カトマンズ ] 95日目-----

ビザ有効期限ギリギリで中国を無事に出国し、
この旅の10カ国目、ネパールに入りました。
時差が中国と2時間「15分」違う中途半端ぶりにまず困惑しました。

ここカトマンズは東南アジアの雰囲気があり、チベット仏教、 インドの影響を受けたとても面白い所です。

英語が通じてとても便利です。
中国の筆談も楽しかったのですが、やはり言葉が通じる方がずっと楽です。

寒さもやわらぎ、過ごしやすくなり、とても救われています。

それにしても、なぜ、ネパールの国旗は四角くないのでしょうか?

この頃のひとりごと、 旅の10ヶ国目、突入!  微妙な時差 へ

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2001年2月18日 (日) ===== ネパール [ カトマンズ ] 96日目-----

1日ホテル&ホテルの周辺で日記を書いたり、散歩したりのんびり過ごしました。
旅立って以来、初めて散髪もしました。
ほんのちょっとだけですが。

これまで中国では、ずっと移動や観光が続いていたので、
こんなにのんびり過ごしたのは、この旅を始めてからは初めてかもしれません。

この頃のひとりごと、 初のオフ へ

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2001年2月19日 (月) ===== ネパール [ カトマンズ ] 97日目-----

インド大使館へビザの申請に行きました。
ビザを発給するためにその人の身元を日本に確認するらしく、
そのための用紙をまずもらい、再び提出するだけのために2時間も並びました。
日本なら、10ー20分の作業です。

インドはどうやらこういった合理化できそうな事に手間をかけるのが
大好きな国の様です。

その後、レンタサイクルで「スワヤンブナース」という
小高い丘に立つ仏塔へ行きました。
目の付いた仏塔(ストゥーパ)がとても印象的な所です。
映画、「リトルブッダ」のロケ地と思って来ましたが、どうやら違うようです。

続いて、デュルバル広場へ行きました。
そこは、木で緻密に掘られた窓枠とレンガと瓦の組み合わせが
独特なネパール式の塔がたくさん立ち並ぶ所です。

そこで1時間ほど、中国で買った足で蹴って遊ぶ羽、「ちぇんずぅ」を使って
現地の人達と楽しく過ごしました。
スポーツは言葉の壁を越え楽しめるので、とてもいいものです。

この頃のひとりごと、 非合理的なシステム へ

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2001年2月20日 (火) ===== ネパール [ カトマンズ ] 98日目-----

ビザを取得しようと、バングラディッシュ大使館を目指しました。
が、タクシーの運ちゃんの
「勘違い & 目的地を知らないのに知っていそうな素振り」の
犠牲になり、午前中を丸々無駄にしました。

そのため、精神的にゲッソリ疲れ、午後はお昼寝を余儀なくされました。

この頃のひとりごと、 混在の町、カトマンズ へ

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2001年2月21日 (水) ===== ネパール [ カトマンズ ] 99日目-----

タクシーで「ボタナース」という大きな仏塔へ行きました。(世界遺産)
ここもブッダの目が塔にある大きなストゥーパが特長的です。

ボタナース

続いて「パシュパティナース」という(多分ヒンドゥー教の)お寺へ行きました。
今日はシヴァ神の誕生日らしく、「シヴァラトリ」という祭をやっていました。
寺一帯は正月の明治神宮の様にヒンドゥー教徒でいっぱいです。

そこに出来た行列の長さはディズニーランドのアトラクション待ち状態の様な、
ものすごいものでした。

境内のまわりでうろうろしていたら、インド人の様な赤い斑点を
おでこにくっつけられました。
ちょっと怪しい雰囲気ただようお寺です。

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2001年2月22日 (木) ===== ネパール [ ナガルコット ] 100日目-----

■■■祝! 旅、100日経過!!■■■
この旅もいよいよ100日目を迎えました。

バスで2時間弱かけてカトマンズから山頂にある村、ナガルコットへ行きました。

ナガルコットはテレビもインターネットもない人里離れた静かな村です。

緑の山々や樹々、薄茶色の丘や段々畑、黄色い菜の花、
その中に映える赤いサリーを着た女性たち。

窓から見えるのどかで、奇麗な景色に自然と心が奪われてしまいます。
こんな所でしばらくのんびり暮らすのも、いいかもしれません。
心のリフレッシュにもってこいの場所です。

この頃のひとりごと、 見れないエベレスト  祝! 旅、100日経過! へ

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2001年2月23日 (金) ===== ネパール [ ナガルコット ] 101日目-----

朝早く起きてご来光とエベレストを見に行きました。
しかし、あいにくの曇り空で何も見えませんでした。

ナガルコット

その後、ホテルにこもり、日記や旅のデータの整理を1日かけて、
のんびりこなしました。

テレビ、雑誌、ゲーム、漫画、インターネットなど、日本人向けの娯楽が
全くない、ナガルコットでは、時間はゆったり流れます。
なんだか、1日が36時間くらいありそうな感じです。

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2001年2月24日 (土) ===== ネパール [ ナガルコット ] 102日目-----

今日もあいにくの曇空です。
雲だか霧のため、すぐ近くの景色すらよく見えない状態でした。
いつになったらすぐそこにあるはずのエベレストを見ることが出来るのでしょう??

ちなみに今日はチベットの新年とのことです。
また、この旅の間に新たな年(3回目)を迎えてしまいました。
「数え年」だと私は今、一体何歳になるのでしょう??

この頃のひとりごと、 世紀越え<3> へ

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2001年2月25日 (日) ===== ネパール [ カトマンズ ] 103日目-----

今日もあいにくの曇空です。
結局、すぐそこにあるはずのエベレストを見れないまま、
カトマンズに戻って来てしまいました。
・・・残念、無念です・・・。

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2001年2月26日 (月) ===== ネパール [ カトマンズ ] 104日目-----

ビザ申請のため、今週もインド大使館へ行きました。
先週同様、長時間列に並ばされまくりましたが、
なんとかインドのビザを入手出来ました。

これでなんとか旅を再開できます。

いつも昼飯を食べに行っていた店「Peace & Gerry」ともお別れです。
ウェイターの青年と最後に握手した時、珍しく切なくなってしまいました。

カトマンズ、いい町でした。
なんだかとっても去りがたいです。

この頃のひとりごと、 旅と別れ へ

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2001年2月27日 (火) ===== ネパール [ バイラハワ ] 105日目-----

朝、7時に肌寒いカトマンズを去り、バスで10時間かけ、
「バイラハワ」をいうインドとの国境の町へやってきました。

予想外のバスの長旅に心身ともにクタクタです。

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2001年2月28日 (水) ===== ネパール [ ルンビニー ] 106日目-----

仏陀生誕の地、ルンビニー(世界遺産)を観光しました。

ルンビニー

「ふーん、ここが・・・。」

というくらいの感想しかもてないとっても素朴な所でした。

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