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200年11月15日から200年11月15日まで世界一周の旅をしたゲイター。
旅の間に少しずつ更新した日記の改訂版です。


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2001年7月1日 (日) ===== クロアチア [ ザグレブ ] 229日目-----

大雨と雷で7月は始まりました。

小雨降るザグレブはなぜか人がかなり少ない気がします。
傘をさしながら市場や教会など観光しました。

「Shrek」という映画をみました。
早々と劇場へいき、見やすい座席をキープしましたが、 後から来た家族に丁寧に席からどかされてしまいました。
確かにチケットに数字がかかれていましたが、まさか全席指定とは思いませんでした。

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2001年7月2日 (月) ===== ハンガリー [ ブダペスト ] 230日目-----

▲▲▲ マラリア発症1周年です。▲▲▲
生きていれば色々楽しいことやすばらしい体験をできるものですね。
マラリア早期発見、完治、でよかったです。

=================
列車でザグレブから東北東へ移動、列車内で出入国審査を受け、 第26ヶ国目ハンガリーへ入国を果たしました。

車窓から見える湖沿いには、別荘やリゾート地が延々と続いています。
こういう所に一つ、避暑用の家がほしいな、と思いました。

6時間半かけ、到着したハンガリーの首都、ブダペストには マクドナルドやバーガーキング、KFCがいっぱいです。
なんだか思っていた東欧のイメージとかなり違います。

この頃のひとりごと、 列車内で出入国審査  楽しい列車の旅  予想外の東 へ

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2001年7月3日 (火) ===== ハンガリー [ ブダペスト ] 231日目-----

午前中は次の目的地への移動手段やチェコ入国にビザが必要かなど調べたり、 いいレートで両替ができる場所を探したり、と事務処理で終わってしまいました。

午後はドナウ川沿いを散策、国会や教会、オペラハウスなど、 あちこち観光をし、忙しい1日でした。

ここブダペストはどこを切り取っても絵になる石作りの町並みをしています。
のんびり歩いているだけで、十分旅をしている気分にさせてくれる不思議な街です。

この頃のひとりごと、 地下鉄あれこれ  店頭ファッションショー へ

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2001年7月4日 (水) ===== ハンガリー [ ブダペスト ] 232日目-----

ドナウ 世界遺産である「ブダ城」へ行きました。
中は美術館になっていました。
その展示されている絵画、彫刻の量の膨大なこと。。。
見て歩いているだけで疲れきってしまいました。

城の正面からはドナウ河を見下ろす事が出来ました。

また、城の近くにある「ラビリンス」に行きました。
どうやら、真っ暗な地下都市をおそるおそる進んでいく場所のようです。

不気味な雰囲気、何かを感じさせる効果音。
そして、意外な展示物の数々。

この旅で1番楽しめたアトラクションだったことは間違いありません。
ズバリ、お勧めです!!

この頃のひとりごと、 小さな言葉のトラブル  超目玉! ラビリンス! へ

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2001年7月5日 (木) ===== オーストリア [ ウィーン ] 233日目-----

列車でブダペストからオーストリアのウィーンへと移動しました。
27ヶ国目に突入です。

ボスニアにいるケリーに会いに行く途中のケリーの両親に ここ、ウィーンであいました。
アメリカ留学時代以来、実に11年ぶりの再会です。

留学時代のこと、それぞれのその後のこと、旅の話題などに花が咲き、 とてもいい時間を過ごせました。

自分を知っている人と会い話す、というのは、やはりいいものです。

この頃のひとりごと、 ほのぼの車内  町にあふれる韓国人学生団  11年ぶりの再会 へ

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2001年7月6日 (金) ===== オーストリア [ ウィーン ] 234日目-----

シェーンブルン宮殿 世界遺産「シェーンブルン宮殿」を訪れました。

無料で借りられる携帯電話の様なハンディガイドが宮殿にまつわる 話を色々聞かせてくれ、大変意義ある見学をできました。

ここは、建物も飾られている絵画も、壁や家具などの装飾もどれも美しく、 歩いているだけでどっぷり芸術にひたることができました。

夜はシェーンブルン宮殿敷地内にあるオランジェリーでコンサートを楽しみました。

「モーツァルト」に「ヨハン=シュトラウス」。
最高の楽曲に、最高のパフォーマンス。

普段は聞きもしないクラシック音楽を本場ウィーンで存分に楽しみました。
朝から晩まで芸術的な一日でした。

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2001年7月7日 (土) ===== オーストリア [ ウィーン ] 235日目-----

日中は「オペラハウス」「美術史美術館」を見学しました。
ここはレンブラントにブリューゲル、グレコと絵画にどっぷりつかれる美術館です。

夜は市庁舎前で無料のフィルムコンサートでオペラ「アイーダ」を楽しみました。

今日も芸術びたりで大満足な1日でした。

この頃のひとりごと、 地下鉄はタダ?  ウィーン散策 へ

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2001年7月8日 (日) ===== チェコ [ プラハ ] 236日目-----

既に予約がいっぱいとのことで、ホステルに延泊できず、 今日の列車でウィーンを去ることにしました。

午前中、聖ステファン教会、ヨハンシュトラウスや ベートーベンの家(博物館)を足早に観光しました。

午後、4時間かけ、列車でプラハへたどり着きました。
第28カ国目、チェコに入国です。

ここもどこも安宿がいっぱい、と言われ、ややイライラ気味になってしまいました。

「なんとかなるもんさ!」
そんなところに現れた「ポジティブで陽気」なカナダ人男性に会い、 イライラしていた自分にはっとし、少し気持ちが落ち着きました。

ここプラハは他のヨーロッパより物価が安く、ちょっと長居してしまいそうです。
ビールが1杯60円くらいなので、肌寒いにもかかわらず、 1杯飲んでしまいました。

この頃のひとりごと、 下がりゆく旅の運気  何事も気の持ちよう  物価と旅心地 へ

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2001年7月9日 (月) ===== チェコ [ プラハ ] 237日目-----

洗濯、両替、安いフィルム探し、列車の時間チェックと 1日事務作業で終わってしまいました。

夕方、ホステルに戻ると昨日のカナダ人男性がアメリカ人(女性)、 イギリス人(女性)、スウェーデン人(男性)たちと話しています。
話が盛り上がり、みなで夕食へ行きました。

ビールを飲んでおこなう「質問ゲーム」で 話題は徐々に「セックス」関連の話になり、初対面の人にも色々な刺激的な体験をさらけ出して話す 西洋人のオープンさに圧倒されました。

いやぁ、スゴイ…。

この頃のひとりごと、 ボヘミアン  問題ある映画の邦題  『つづりと発音』がわかりにくい関係の言語論
『質問ゲーム』  『私は〜した事がありませんゲーム』 へ

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2001年7月10日 (火) ===== チェコ [ プラハ ] 238日目-----

昨晩いっしょに夕食へ行った女性3人と4人でプラハ観光へ出かけました。
「両手に花」状態です。

城、教会、銅像が並んだカレル橋、大きな時計のある広場。
世界遺産の歴史地区をゆっくりとあるいてまわりました。

カレル橋

天気もよく、女性も一緒で撮る写真が映えまくります。

この頃のひとりごと、 プラハ、思い出深き地  いろいろないろいろ へ

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2001年7月11日 (水) ===== チェコ [ プラハ ] 239日目-----

チェコや世界の著名人が並ぶロウ人形の館、ワックスミュージアム、 模型やお人形などたくさんのおもちゃが飾ってあるトイミュージアムへ行きました。

芸術的な博物館めぐりが続いていたので、こういう博物館は とても気楽に楽しめました。

この頃のひとりごと、 旅のルート模索 その3 へ

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2001年7月12日 (木) ===== ポーランド [ クラクフ ] 240日目-----

朝早く起き、列車で29カ国目、ポーランドに入りました。

クラクフは街の雰囲気が良く、人々が明るく気さくでいい感じがします。
東欧で1番「第1印象のいい街」でした。

そこに大きな落とし穴があることに、この時、まだ彼は気がついていませんでした。

この頃のひとりごと、 フレンドリーなクラクフ へ

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2001年7月13日 (金) ===== ポーランド [ クラクフ ] 241日目-----

クラクフ 中央市場広場、ヴァヴェルの城、教会、竜の洞窟と世界遺産の街を観光しました。

夕方、一人でオープンカフェでアイスを食べていると、 ポーランドの青年が近寄ってきました。

いろいろポーランドや町のことを親切にきれいな英語で教えてくれます。
いい店がある、とのことなので、一緒に夕食を食べに行きました。

そこでポーランド流ということでウォッカをガブ呑みしました。

時がたち、陽気に彼と街を歩いていました。
気が付くと、カメラ、そして、パスポートや現金、航空券などをいれた ウェストバッグがなくなっていました。

そして、彼もいません…。

…やられてしまいました。

手元にある金品関連はバックパックの奥底にいれておいた JCBのクレジットカード1枚だけです!!

これで、あと4ヶ月、この旅を生き延びられるでしょうか?!

それとも、この世界一周の旅も志半ばで終わりなのでしょうか?

============================
後に、この事件は「13日の金曜日」に起こっただけに、
「13金(いちさんきん)事件」と呼ばれる様になりました。

この頃のひとりごと、 最悪の1日の始まり  嵐の前の楽しさ 
『13日の金曜日』事件  まず、何を?! へ

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2001年7月14日 (土) ===== ポーランド [ クラクフ ] 242日目-----

日本の親に電話をし、クレジットカードを停止してもらいました。

そして、深夜1時過ぎ、警察に行きました。
が、英語が通じず、追い返されました…。

ホステルに戻り、あれこれ悪い事ばかり考えてしまい、その晩は眠れませんでした。
万歩計も取られている事に気がつきました。
これから1日何歩歩いたか、知る術がなくなってしまいました。
まったく、残念、無念です。

手元に残ったたった1枚のJCBカードのおかげでなんとか食いつないでいます。
あぁ、ありがとう!
JCBカード!!
何とも頼れるやつです!!

「これがなかったら…。」
そう思うとぞっとします。

この頃のひとりごと、 次に何を?!  たどり着いた本署にて  捨てる神のさらなる仕打ち  なぜか犯罪者気分… 
眠れない夜  温かい励ましの言葉  本署にて その2  直面している最大の問題 へ

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2001年7月15日 (日) ===== ポーランド [ クラクフ ] 243日目-----

「パスポート再発行まで2週間かかるらしいな…。」
「トラベラーズチェック、再発行されないかもな…。」
「JCBカードだけであと4ヶ月も旅ができるかな…」
「…。やっぱり、帰国するしかないのか?」

ホステルでぼーっと寝転がっていると、悪いことばかり考えてしまいます。

多分、週があけた明日は、何かいいことがあるはずです。

………多分。

この頃のひとりごと、 ふりかかる次の問題  『やれることを やれるうちに やっておこう』 へ

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2001年7月16日 (月) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 244日目-----

朝1で訪れたクラクフのシティバ○クでは、トラベラーズチェック(以下TC)の 再発行の手続きを何もしてもらえず、ただ
「ワルシャワのオフィスへ行け」 と言われただけでした。

そんなぁ…。
あなたを頼ってきたのに、それだけですか?

急遽、ワルシャワを目指すことになりました。

急いでいるというのに、列車は途中で30分も駅のない草原で 原因不明の停車をしてくれました。

そしてやっとこさたどり着いたワルシャワのシティバンクでtcの 再発行手続きをしました。
イギリスにあるシティバンクへ電話をしました。
盗難状況、住所、過去の職業や会社の電話番号まで聞き取りにくい イギリスアクセントの英語であれこれ聞かれました。
徹底した調査っぷりです。

果たしてtcは戻ってくるでしょうか?

====
手元に残っているJCBカードには1ヶ月間の使用上限があります。
その1ヶ月の使用開始日は、なんと16日、つまり「今日から」、とのことです!!

もし、tcが戻ってこない場合、使用上限いっぱいいっぱいで 今後1ヶ月を暮らし続けなければなりません。

なんとシビアなシチュエーションにおかれてしまったのでしょう!!
電波少年のロケですか、これ???

この頃のひとりごと、 信じられない対応  チェックアウト一騒動  急がば止まれ?  これぞ一流! 
面倒な再発行手続き  同じ銀行、違う対応  さらなる苦難 へ

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2001年7月17日 (火) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 245日目-----

パスポートの再発行手続きをしました。

日本大使館のスタッフにすごく温かく対応してもらいました。
異国の地でのトラブルの際、こういうちょっとしたことがすごくうれしいものです。

続いてシティバンクへ行きました。

調査の結果、盗まれた事、身元が証明され、 トラベラーズチェック(tc)が全額戻ってきました!!!!

  や り ま し た !!!!!!

どうやら人生、悪いことばかりじゃないようです。

この数日、超低空飛行を続けていましたが、 ここにきて「ちょっとだけ」高度があがりました。

逆境に負けず、進んで行きましょう!!
また、何かいいことがあるはずです!!!!

………多分…。

この頃のひとりごと、 航空券の再発行手続き  パスポート再発行手続き  トラベラーズチェック、復活! へ

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2001年7月18日 (水) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 246日目-----

航空券再発行手続きをしました。
盗まれたのは全日空の航空券なので、全日空が加盟している 「スターアライアンス」というグループが手助けしてくれるだろうと思い、 そのオフィスへ行きました。

夕方、JCBカードが使えるホテルのシングルルームへ移動しました。

お手ごろ価格なのに、トイレ、シャワー付き。
広くきれいで居心地がとてもいいです。

ユースホステルのドミトリー(多人数部屋)生活が続いていたので、 心も体もゆっくり休める空間を久々手にしました。

この頃のひとりごと、 ワルシャワでの根城 へ

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2001年7月19日 (木) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 247日目-----

パスポートが再発行されました!!!!
再発行までの期間はたった2日!!
これで、旅を再開できます!!!

有効期間は、再発行された日から新たに10年間かと思ったら、そうはいかないようです。

しかし、なんにせよ、徐々に風向きは、確実に上向きになってきています!!!

この頃のひとりごと、 パスポート、復活! へ

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2001年7月20日 (金) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 248日目-----

全日空の航空券は他のスターアライアンスのオフィスでは どうやら再発行できないようです。
一体、何のための提携グループなんでしょう!!

次の当面の目的地は「全日空のオフィスがある都市」になりそうです。

とりあえず、ここワルシャワですべき「13金事件」後の旅復帰への 事務作業はすべて終わりました。

いやぁ、長く忙しい1週間でした。

日本からメールでいろいろサポートがあったとはいえ、 英語があまり通じないポーランドでよく一人で全部こなしたと思います。

   はぁ …………。

この頃のひとりごと、 事後処理、一時終了 へ

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2001年7月21日 (土) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 249日目-----

平日、パスポートやトラベラーズチェックなどの再発行手続きで ずっと大使館や銀行を駆け巡っていたので、やっとゆっくりできる週末になりました。

洗濯、髪きり、フィルムや書類の整理、日記の記入。
これまであわただしくて出来なかった一連の事務的作業をゆっくりこなしました。

ワルシャワは小雨つづきなので、ちょうどいい休日の過ごし方です。

この頃のひとりごと、 のんびりワルシャワ へ

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2001年7月22日 (日) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 250日目-----

ゴタゴタしている間にこの旅も250日目を迎えてしまいました。

昨日同様、今日もホテルにこもり、事務作業をしました。

こういう時間って自分には大切だと、改めて気づかされました。
どんどん突き進むだけが旅じゃないようです。

この頃のひとりごと、 祝!? 旅、250日経過!  『参拝時の願いごと』を検証する<1> へ

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2001年7月23日 (月) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 251日目-----

コンパクトカメラを買いました。
一眼レフをずっとつかっていたので、ちょっと物足りない感じもしますが、 これはこれで小さく取り出しやすく便利なカメラです。

はい。

この頃のひとりごと、 カメラ、購入! へ

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2001年7月24日 (火) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 252日目-----

蚊と暑さのため、あまりよく眠れず、寝坊しました。

天気が相変わらず悪いので、ホテルでのんびり今後の旅の予定を考えました。
(もちろん、まだ世界一周の旅は続けます!!)

   西へ向かうか。
   南へ戻るか。

どっちがいいのでしょう?

この頃のひとりごと、  救援物資の手配 へ

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2001年7月25日 (水) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 253日目-----

ワルシャワ 久々「観光」をしました。

「ザムコヴィ広場」、「旧王宮」、「ジグムンド3世像」。
「バルバカン」、「旧市街広場」、「キューリー婦人宅」。

ワルシャワ旧市街は世界遺産とのことですが、あっという間に見終えてしまい、 何が遺産なのか、素人目にはよくわかりませんでした。

ショパンの心臓が安置されているという「聖十字架教会」にも行きました。
本当にここにショパンの心臓はあるんでしょうか?
藤田さん。

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2001年7月26日 (木) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 254日目-----

これから先のルートをどうしようか、ホテルの部屋でガイドブックを あちこちに広げ、あれこれ考えました。
外は雷と大雨続きなので、ちょうどいい時間のすごし方です。

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2001年7月27日 (金) ===== ポーランド [ ワルシャワ ] 255日目-----

長居したワルシャワからいよいよ明日、旅立つことに決めました!!
久々に旅を再開します!!

次の目的地までの列車の時間を調べ、パッキングをしたり、と 旅立つ準備を整えました。

長居したアグリコーラホテルともお別れです。
のんびりと1週間半も自分の部屋の様にすごしたこのホテルを去るのは、 ちょっと辛いものです。

この頃のひとりごと、 旅のルート模索 その4  どのくらいの距離を? へ

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2001年7月28日 (土) ===== ポーランド [ ヴィエリチカ ] 256日目-----

昼過ぎ、ワルシャワから列車で「13金事件」の舞台、 クラクフへ舞い戻りました。

なんで、わざわざまた…、と思われるかもしれませんが、 行きたい場所数箇所へまだ行っていなかったからです。

クラクフからバスで世界遺産「ヴィエリチカの岩塩抗」へ行きました。
でかくて寒い岩塩抗は、ポーランド語のツアーしかその時間帯はなかったため、 何がなんだかさっぱりわかりませんでした。

この頃のひとりごと、 旅、再開!  いろいろな再会 へ

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2001年7月29日 (日) ===== ポーランド [ アウシュビッツ ] 257日目-----

アウシュビッツ この旅、50個目の世界遺産「アウシュビッツ強制収容所」へ行きました。

ナチスに没収された一般人のトランク、めがね、義足。
生地にするため大量に切り取られた女性の長髪。
これらが博物館内に多数、ずらーっと展示してありました。
これでごく1部なのでしょうが、その量の多さにまず圧倒されました。

そしてガス室や焼却炉、「死の壁」と呼ばれる銃殺刑が行われた壁。
監獄や絞首台、多人数が押し込められたベッドなども残っていました。
とても人間の生活環境とは思えない場所がそこには多数残っていました。

被収容者が連れて来られた鉄道引き込み線もそのまま残っていました。
全てを取り上げられ、絶望の地へ連れて来られ、死ぬまで重労働を課せられたのかと思うと、 2週間前に自分に起こった事件なんて、なんでもないくらいチョロイものに感じられました。

ユダヤ人の団体もこの地を訪れていていました。
皆で静かに鎮魂歌を歌っていました。
彼らは誰よりもやるせない想いがあるに違いありません。

博物館に展示してあるひとつ一つのものに亡くなった人たちの魂が 宿っているようでもありました。
とても気分が重くなる所でした。
でも、行く価値はある場所だと思えました。

この頃のひとりごと、 アウシュビッツへの道のり  アウシュビッツにて<1>  アウシュビッツにて<2> へ

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2001年7月30日 (月) ===== オーストリア [ ウィーン ] 258日目-----

リニューアルしたパスポートで1日に国境を2つも越え、 オーストリアのウィーンへ戻ってきました。

1度来たことがある街に再び来るというのは、 なんだか里帰りしている様な不思議な感じでした。

この頃のひとりごと、 さらばポーランド!  緊張する国境越え  2度目のウィーン へ

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2001年7月31日 (火) ===== オーストリア [ ウィーン ] 259日目-----

盗まれた航空券は全日空のオフィスでたった1日で再発行されました。

これで「13金」事件後の処理はすべて終わりました。
あとは普通に旅を続けるだけです。

日本から色々な情報を送ってくれた母親のメールに感謝しつつ、 異国の地で一人であれこれがんばった自分を ちょっとだけ褒めてあげたい気分です。

=====
前回のウィーン滞在では行かなかった、 「カールス教会」「ベルヴェデーレ宮殿」へ行きました。

「ベルヴェデーレ宮殿」内にあるクリムトのコレクションは必見でした!!
ウィーンに戻ってきてよかったです。
あやうく重大で素晴らしいものを見落とすところでした。

この頃のひとりごと、 素晴らしき日本企業<1>  素晴らしき日本企業<2>  航空券、復活! へ

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