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2000年11月15日から2001年11月15日まで世界一周の旅をしたゲイター。 旅の間に少しずつ更新した日記の改訂版です。 |
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2001年5月1日 (火) ===== タイ [ バンコク ] 168日目-----オマーンのビザはまだ出ません…。
気分転換にワールドトレードセンターに買物へ出かけました。
この先いつ出会えるかわからない「マクドナルド」や 「ケンタッキー」といったファストフードで食事を満喫しました。
2001年5月2日 (水) ===== タイ [ バンコク ] 169日目-----オマーンのビザはまだ出ません…。
暇つぶしにやっている「マインスイーパー」が どんどんうまくなってしまっています。
2001年5月3日 (木) ===== タイ [ バンコク ] 170日目-----オマーンのビザはまだ出ません…。
なおちゃんの会社の後輩に貸してもらった漫画「はじめの一歩」に 思いっきりのめりこんでしまいました。
バンコクに来てまで何をしているのでしょう・・・。
この頃のひとりごと、
おりないビザ へ
2001年5月4日 (金) ===== タイ [ バンコク ] 171日目-----オマーンのビザはとうとう出ませんでした…。
ここでもう見切りをつけ、オマーンでなくUAEを目指すことにしました。
この2週間のビザ待ちのバンコク滞在は全く実を結ばない結果と なってしまいました。
2001年5月5日 (土) ===== アラブ首長国連邦 [ ドゥバイ ] 172日目-----いよいよバンコクを旅立つ日がやってきました。
12月の滞在と合計すると各国のビザを取得するため、 1ヶ月以上もタイにいたことになります。滞在の長かった東アジアとお別れして、いよいよ次なる地、 中東へ足を踏み入れます。
==========
バンコクから飛行機で6時間、アラブ首長国連邦(U.A.E.)の ドゥバイにやってきました。ここドゥバイの町は緑と水に囲まれ、道は広く舗装され、車はキレイ、 ネオンが輝く近代的な大都会です。
砂漠やラクダなど、来る前に漠然と思い描いていた中東のイメージとは かなりくい違います。
この頃のひとりごと、
さらば東南アジア!
未来都市、ドゥバイ へ
2001年5月6日 (日) ===== アラブ首長国連邦 [ ドゥバイ ] 173日目-----ここ、ドゥバイは40度前後あり、とても暑く日差しも強い所です。
暑さが少し落ち着いた夕方、「デザートサファリ」ツアーに参加しました。
どこまでも続く砂丘を4駆で縦横無尽に疾走します。
上昇、下降、横滑り。
さながら天然のジェットコースター、もしくは砂上でサーフィンをしている様で 最高に楽しめました。その後、満月を背景にラクダに乗ったり、アラブ衣装をまとった女性が躍る 「ベリーダンス」を見たりして、アラビアンアイトを堪能しました。
この頃のひとりごと、
灼熱の都市
デザートサファリ
月と砂漠とラクダとシーシャ へ
2001年5月7日 (月) ===== アラブ首長国連邦 [ ドゥバイ ] 174日目-----「ハッタ」という砂漠のオアシスの町へ行きました。
山脈のふもとにある天然の泉、ハッタプールで一泳ぎしたり、 16世紀につくられた砦を見学したりしました。
一瞬だけオマーンの領域に「ビザなし」で入ってやりました。
バンコクで2週間待ってもビザがおりなかったリベンジを見事果たしました。
ザマーミロです。夜はペルシャ料理に舌鼓を打ちました。
カバブなどの串焼きもおいしかったのですが、「アラビアン・ライスプディング」は 独特の甘さがあって特においしかったです。
この頃のひとりごと、
天然の泉へ
リベンジ達成!
なかなかいけるペルシャ料理 へ
2001年5月8日 (火) ===== アラブ首長国連邦 [ ドゥバイ ] 175日目-----ドゥバイの南西「ジュメイラビーチ」へ行きました。
紺碧のアラビア湾に面したビーチリゾートで1日のんびりと過ごしました。
身分不相応に優雅でリッチな1日でした。
この頃のひとりごと、
リッチなビーチ
世界共通のモノ
アラビア数字? 算用数字? へ
2001年5月9日 (水) ===== アラブ首長国連邦 [ ドゥバイ ] 176日目-----40度以上ある炎天下のドゥバイの町なか、「シェイクサイーダの館」や「遺跡村」、 「ゴールドスーク(=黄金市場)」などを観光しました。
湿気がないため、汗はほとんどかかないのですが、直射日光に体全体を ジリジリ傷めつけられたため、フラフラになりました。
この頃のひとりごと、
どこにでもいるアイツ
自分の目で見て…
スークめぐり へ
2001年5月10日 (木) ===== トルコ [ イスタンブール ] 177日目-----昨晩のうちにドゥバイ空港へ行き、午前4時発、 午前8時着のフライトでトルコのイスタンブールへたどり着きました。
ここイスタンブールの気温は10度代前半と寒いくらいに涼しく、 40度以上あったドゥバイとは大違いです。
到着後、すぐに今後訪れる予定の国々のビザ申請をしに町へくり出しました。
坂も多く、殆ど寝ていない状態で初めてきた町をあちこち歩かされまくったため、 フラフラになりました。
この頃のひとりごと、
涼しきイスタンブール
アジアを離れ…
すすまないビザ申請… へ
2001年5月11日 (金) ===== トルコ [ イスタンブール ] 178日目-----14時間連続睡眠を敢行、前日の深夜のフライトによる睡眠不足を 一気に解消しました。
午後、世界遺産であるイスタンブールの町、「トプカプ宮殿」「ブルーモスク」 「地下宮殿」などを歩いて散策しました。
ここは白人さんが多く、コンクリートの建物や石畳の道路、 白いモスクや塔が青空に映える町です。
今まで半年間訪れて来た東アジアのどの国とも違う、 まさに「ヨーロッパ」という感じの所です。トプカプ宮殿では地元の中学生に日本人ということで珍しがられ、 大勢から次から次へとサインをねだられ、大変な思いをしました。
名前をおしえたら、そこらじゅうから名前を呼ばれ、 こっぱずかしい思いをしました。
この頃のひとりごと、
起き続け、寝続け…
映画スター気分!
まだ続く映画スター気分!
たるんで来た?旅
海外で活躍する日本人たち へ
2001年5月12日 (土) ===== トルコ [ イスタンブール ] 179日目-----大きな市場「グランバザール」、大きなモスク「スレイマニーモスク」、 丘の上にあり市内を一望できる「ガラタの搭」、 アジアサイドにある「ウシュクダール」など 歩いてイスタンブールの町を散策しました。
天気もよく、涼しいイスタンブールは、とても歩きやすい町です。
この頃のひとりごと、
あやしいチェリージュース売り
ボスポラス海峡
楽しみなネットカフェ<5> へ
2001年5月13日 (日) ===== トルコ [ イスタンブール ] 180日目-----キリスト教のモザイク画が残る巨大モスク「アヤソフィア」へ行きました。
ここでもトプカプ宮殿の時と同様、社会科見学をしている地元の小、中学生に 「写真に一緒に写ってほしい」と頼まれまくり、売れっ子映画スター状態でした。
悪い気分はしないものです。
この頃のひとりごと、
モスクめぐり
まだまだ続く映画スター気分… へ
2001年5月14日 (月) ===== トルコ [ イスタンブール ] 181日目-----★☆★ 旅、開始より、無事半年が過ぎました!!!★☆★
この「世界一周の旅」も残りわずか半年となってしまいました。
いわば、今日が「折り返し地点」です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
半年間の旅の汚れを落としに「トルコ風呂」へ行きました。
(注:風俗じゃないですよ。)大理石の浴場でゴッツイおやじに体を洗ってもらい、 さらに力いっぱいマッサージもしてもらいました。
ここのマッサージはメチャクチャ利きます!!
夜、深夜バスで移動、南西を目指しました。
この頃のひとりごと、
■■■ 旅、半年経過!■■■
潜入! トルコ風呂
トルコ風呂、初体験
長距離バス移動
まだまだまだ映画スター… へ
2001年5月15日 (火) ===== トルコ [ エフェス ] 182日目-----早朝、バスはセルチュクという静かな町に到着しました。
一休みしてから、ギリシャ風?の柱や円形劇場が残る「エフェス遺跡」を 見学しました。
町や遺跡を見ても、アジアの雰囲気はもうほとんどなくなりました。
この頃のひとりごと、
アジア? ヨーロッパ?
インフレの悲劇… へ
2001年5月16日 (水) ===== トルコ [ パムッカレ ] 183日目-----この旅30個目の世界遺産「パムッカレ とヒエラポリス」に行きました。
パムッカレの石灰棚は白く輝き、水は日に照らされ反射し、とてもきれいでした。
ヒエラポリスには「1本だけ柱が残る所」や「円形劇場」など、 重みのある遺跡がありました。
深夜、バスで東へ向かいました。
この頃のひとりごと、
ルーズな観光業
小さな白いプール へ
つながってる! へ
2001年5月17日 (木) ===== トルコ [ ウルギュップ ] 184日目-----早朝、バスはウルギュップという町に到着しました。
朝日に照らされた奇岩をみながら、ホテルへ直行しました。
昼までぐっすり寝て、バスでの長旅の疲れをとりました。
この頃のひとりごと、
異世界に迷い込む…
素朴なやり取り
トルコのお菓子 へ
2001年5月18日 (金) ===== トルコ [ ウルギュップ ] 185日目-----この旅31個目の世界遺産「カッパドキア」を観光しました。
大自然に囲まれた数々の奇岩。
その岩の中に穴を掘り、教会をつくり、天井にはフレスコ画が描かれています。グランドキャニオンのような大自然の景観に、砦や教会といった、 人の手が加わっている大変興味深い所です。
久々の「お勧めスポット」です。
この頃のひとりごと、
カッパドキア散策
カッパドキア散策のつづき
カーペット屋へ へ
2001年5月19日 (土) ===== トルコ [ ウルギュップ ] 186日目-----カッパドキア観光2日目は「地下都市」「ウフララ峡谷」などを訪れました。
ここも、大自然と人間が作り出す不思議な空間がひろがっていて、 大変おもしろい所です。映画「スターウォーズ」のロケ地といわれる所へもいきました。
何度も見ている大好きな映画なのですが、 その場所がどのシーンに使われた場所なのか、 いまひとつピンときませんでした。
………残念。
この頃のひとりごと、
ユニークな地下都市
ようこそ!
スターウォーズのロケ地?
自分へのハガキ
ノーホームシック へ
2001年5月20日 (日) ===== トルコ [ アンタキア ] 187日目-----朝、バスでウルギュップの南にあるアダナという町へいきました。
そこですぐバスを乗り換え、アンタキアというシリアとの 国境に近い町へ着きました。乗り心地のいい大型ベンツでのバスの旅も、450kmという長距離移動は やはりちょっと疲れてしまいました。
この頃のひとりごと、
トルコ最後の夜 へ
2001年5月21日 (月) ===== シリア [ アレッポ ] 188日目-----バスで国境を越え、この旅の18カ国目、シリアに入国しました。
またアルフェベットからアラビア文字(=アラブの国)に逆戻りです。涼しかったトルコと比べ、またちょっと暑くなってきました。
アレッポという町で世界遺産に指定されている城や、スーク(市場)を見学しました。
人々の服装(カフィーヤというかぶりもの、ヒゲづらの男性)、 売っているもの(オリーブ石鹸、チョッキ、ランプ)、 市場の雰囲気(薄暗い路地に通るロバ、どの店先にもある鳥かご)など、 どれをとってもアラブ世界です。
この頃のひとりごと、
インフレの悲劇の後始末
18カ国目、突入!
再び、中東へ
スークにて
おかしい日本語
中東の景色
城門の中
国民性
旅の絵日記、ムンディアリオ へ
2001年5月22日 (火) ===== シリア [ パルミラ ] 189日目-----バスで4時間かけ、砂漠の真中にあるパルミラという シルクロードで栄えた遺跡の町へ来ました。
小高い丘の上にある城からサンセットを見ました。
・・・・・・・。
普通の夕暮れでした。
この頃のひとりごと、
シリア、バスの旅<1>
旅の荷物
シリア、バスの旅<2>
町中のホテル目指して
砂漠に沈み行く太陽 へ
2001年5月23日 (水) ===== シリア [ パルミラ ] 190日目-----壁画が残る「三兄弟の墓」やくずれた柱や石が転がっている「ベル神殿」 「四面門」などパルミラ観光をしました。
ラクダにのったベドウィン(=遊牧民)が日本語で
「ラクダは楽だ!」
と古典的な駄ジャレを叫んで走っていきます。
一体誰がこういうことを教えるのでしょう?
(シチュエーション的に大ウケしてしまいました…。)
この頃のひとりごと、
ナイスなダジャレ
アラビックな?飲み物 へ
2001年5月24日 (木) ===== シリア [ ダマスカス ] 191日目-----パルミラからバスで3時間かけ、シリアの首都ダマスカスへやってきました。
ここは首都らしく?車の運転がすごく荒い所です。
今までの旅で殆どみかけなかった黒人さん達を町中で ちょくちょく見かけるようになりました。
色々な地域を移動して来ていることを改めて実感します。
この頃のひとりごと、
シリア、バスの旅<3>
大きな日本人
楽しみなネットカフェ<6> へ
2001年5月25日 (金) ===== シリア [ ダマスカス ] 192日目-----「オールドダマスカス」を散策しました。(世界遺産)
のんびりと新約聖書に記述のある門や道を訪ね、 ちょっとだけクリスチャン気分を味わってきました。
金曜日のダマスカスの市場は休日のため、店は殆ど閉まり、 ゴーストタウン状態です。
夜、「シーシャ」というアラブ独特の水たばこに初挑戦しました。
そのタバコはりんごやバナナなど、味のついたシロモノで、 タバコを吸わない私でも楽しるものでした。ダマスカスには劇場が多いので、なんとなく映画を 見にいきました。
その劇場で上映されていたのは、なんと数年前、五輪を 「変に」わかせたトーニャ・ハーディング主演の超C級映画でした。
内容は最悪でしたが、そんなレアな作品を見れて、なんだか得した気分です。
この頃のひとりごと、
世界最古のモスクへ
ひどい映画体験
なんて名のる?
いろいろな旅人たち
世界一周の定義 へ
2001年5月26日 (土) ===== シリア [ ダマスカス ] 193日目-----72時間だけビザなしで行けることが判明したレバノン行きにそなえ、 洗濯など身支度を整えました。
洗ったものがあっという間に乾くので、洗濯のやり甲斐があります。ダマスカス大学にちょっとだけ立ち寄ってきました。
男女交際がかなり厳しいといわれるイスラムの国で、 どうやらここだけは唯一そうでもない所のようです。
この頃のひとりごと、
シーシャに挑戦
呼吸困難
どっちが本当?
絶たれたコルネットロード
ビール禁止?
旅の情報交換 へ
2001年5月27日 (日) ===== レバノン [ ベイルート ] 194日目-----48時間ならトランジットビザ(=無料)で滞在ができる、ということなので、 この旅の19カ国目、レバノンに緊急入国しました。
ベイルートからバスで1時間、サイダという町へ行きました。
昨年(=2000年)、日本が見事に優勝したサッカーアジアカップの 舞台となったスタジアムを見てきました。
サイダの旧市街は石づくりの狭い道が入り組んでいて、なかなか風情がありました。
「ハロー」と声をかけると、挨拶と笑顔が返ってきます。
地元の人は大変親しみやすく、ちょっといい町を発見した気分です。
この頃のひとりごと、
48時間
イイ人が多いイスラム圏
戦争の傷跡、平和な風景
地中海に沈み行く夕陽 へ
2001年5月28日 (月) ===== レバノン [ バールベック ] 195日目-----ベイルートからセルビスというワゴンタイプの乗り合いバスで世界遺産、 バールベック遺跡へ行きました。
小ぶりな町に大きな柱や神殿が残るインパクトのある遺跡でした。
この頃のひとりごと、
遺跡不感症
やっぱりイイ人が多いイスラム圏
くつのカカト直し へ
2001年5月29日 (火) ===== シリア [ ダラー ] 196日目-----48時間有効のトランジットビザが切れる前にレバノンを無事脱出、 シリアに再入国しました。
そこからダラーというシリアとヨルダンの国境の町まで一気に南下しました。朝からバスやタクシーを何回も乗り換える移動続きでさすがに疲れました。
ダラーはあまり英語の通じない国境の町です。
地元の人は「ハロー!」と英語で話し掛けてくるわりに、 こっちの英語は殆ど理解してくれず、さびしい思いをしました。
この頃のひとりごと、
レバノン、無事出国 へ
2001年5月30日 (水) ===== ヨルダン [ アンマン ] 197日目-----世界遺産、ボスラ遺跡を見学しました。
円形劇場がきれいに修復されている所で、その威厳ある姿に圧倒されました。
午後、この旅20カ国目、ヨルダンに入国を果たしました。
「セルビス」と呼ばれる乗り合いタクシーでヨルダンの首都、 アンマンへ着きました。
2001年5月31日 (木) ===== ヨルダン [ 死海 ] 198日目-----バスを乗り継ぎ、死海へ行きました。
浮きます!
浮きます!!
体がメチャクチャ浮きまくります!!!!
噂以上の不思議な初体験に大喜びしてしまいました。そして、ここは海抜マイナス394m、世界一低い場所とのことです。
いつの間にか、そんな不思議な所にきてしまいました。
この頃のひとりごと、
超! 浮遊体験!! へ
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