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200年11月15日から200年11月15日まで世界一周の旅をしたゲイター。
旅の間に少しずつ更新した日記の改訂版です。


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2001年9月1日 (土) ===== スペイン [ アストルガ ] 291日目-----

サンティアゴ巡礼地の一つ、アストルガへ行きました。
ここで意外にもガウディが設計した建築に遭遇してしまいました。

ガウディ

この様に狙っていない建物に出くわすと、なんだかすごく得した気分になります。

この頃のひとりごと、 いきあたりばったりに後悔…  いきあたりばったりが楽しい! へ

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2001年9月2日 (日) ===== スペイン [ サンティアゴ デ コンポステーラ ] 292日目-----

列車で6時間かけ、スペイン北西の町、サンティアゴ デ コンポステーラに たどり着きました。

ここも涼しくすごしやすい所です。

この頃のひとりごと、 突然の変更  『うしろを指差すジェスチャー』  アルゼンチンに導かれ へ

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サンティアゴ 2001年9月3日 (月) ===== スペイン [ サンティアゴ デ コンポステーラ ] 293日目-----

キリスト教3大聖地、そして世界遺産の町
「サンティアゴ デ コンポステーラの旧市街」を散策しました。
(キリスト教3大聖地、他の2つはエルサレムとローマ)

フランスからピレネー山脈を越えてはるばる歩いてここまで訪れる巡礼道があり、 皆ここを目指して何日も歩いてくるとのことです。

細かい装飾が施されたカテドラルへ行ってみました。
TVで見たことのある場所にくるのは、感慨深く、すごくうれしいものです。

中には3つのアーチに多くの聖人が彫り込まれた「栄光の門」があり、 巡礼者はみなそこに手や額をあて祈りを捧げていました。
何故皆がそうするかはわかりませんが、せっかくここまできたので、とりあえず真似してみました。
キリスト教徒ではないなんちゃって巡礼にバチがあたらないのを祈るのみです。

カテドラルの中ではミサがおこなわれていて、感極まって泣いている巡礼者の姿もありました。
それほど真のキリスト教徒、巡礼者には意味のある場所の様です。

この頃のひとりごと、 月はじめの恒例行事  きてしまった大聖堂 
大聖堂、参拝  『参拝時の願いごと』を検証する<2> へ

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2001年9月4日 (火) ===== スペイン [ サンティアゴ デ コンポステーラ ] 294日目-----

「TV」で闘牛を見ました。
「牛にとって、勝ち目のないいくさだな」、とぼんやり思いました。

インターネットカフェでのんびりしました。
「ミスチルの新曲!! ききてー!」
「モーニング娘。がまたふえるの?」
日本の情報をあれこれ見ました。

段々帰国を意識することが多くなってきています。

この頃のひとりごと、 楽しみなネットカフェ<8>  楽しみなネットカフェ<9> 
勝ち目のないいくさ  日本に思いを… へ

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2001年9月5日 (水) ===== ポルトガル [ ポルト ] 295日目-----

早朝、第36カ国目ポルトガルに入国しました。
久々時計を1時間戻しました。

到着した橋がいくつもある町、ポルトの駅や教会にはきれいな絵が描かれた青いタイルが施されています。
イメージ通りのポルトガルがそこにはありました。

この頃のひとりごと、 旅の36ヶ国目へ  青いタイル=アズレージョ 
久々のTV  後悔のない人生に… へ

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2001年9月6日 (木) ===== ポルトガル [ ポルト ] 296日目-----

「ポルト」といえばワイン、ということで、ワイン工場見学をしました。
見学の最後にタダでおいしい白、赤ワインを頂いてしまいました。

そして、ここも世界遺産の町でした。

ドンペドロ1世橋

町を歩いていると
「この建物は世界遺産」
「この教会も世界遺産」と
世界遺産の標識があちこちにあり、それを探し出すのが楽しかったりします。


この頃のひとりごと、 センチメンタルな朝  完璧に見える不完全  ワインの町、ポルト へ

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2001年9月7日 (金) ===== ポルトガル [ コインブラ ] 297日目-----

ローカル線でゆっくり南下、コインブラに行きました。

ミニポルトガルというポルトガル版、東武ワールドスクエアに行きました。
家族連れやカップルがいっぱいで「キックボードバックパッカー」(KBBP)の 来る場所ではなかったようです。

この頃のひとりごと、 コインブラ散策 へ

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2001年9月8日 (土) ===== ポルトガル [ コインブラ ] 298日目-----

世界最古の大学の1つ、コインブラ大学の図書館をみました。
2階だての本棚がなんともクラシックでいい感じです。

訪れる教会はどこも結婚式の真っ最中で入れませんでした。

この頃のひとりごと、 世界最古の大学の図書館  ちょっぴりうれしいネットカフェ へ

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2001年9月9日 (日) ===== ポルトガル [ リスボン ] 299日目-----

いよいよユーラシア大陸最後の目的地=リスボンに到着です。

朝食付きのホテルが「日曜は朝食はないです」と言い出したり、(なんだそりゃ?)
リスボン行きの列車は遅れたり、
店に入ってから30分以上経ってもオーダーを取りに来ないレストランに入ったり、
となんだか、タイミングの悪い1日でした。

この頃のひとりごと、 ヨーロッパの旅の終点  気合いの入るリスボン滞在 へ

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2001年9月10日 (月) ===== ポルトガル [ リスボン ] 300日目-----

☆★☆★ この旅も「無事」300日を迎えることができました!!☆★☆★☆★

朝、ブラジルのビザを申請しました。
今まで取得してきたビザと比べ、値段が3倍以上もしてビックリ仰天です。

母からのメールで 「ポーランドで盗まれたパスポート類が発見された」と連絡がありました。
この旅で訪れた国々の入国スタンプやビザが戻ってくるかと思うと、 うれしくなってしまいました。

なんともうれしいニュースで300日目を祝いました!!

この頃のひとりごと、 ヨーロッパを去る準備  祝!旅、300日、経過! へ

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2001年9月11日 (火) ===== ポルトガル [ リスボン ] 301日目-----

朝、ブラジルのビザを入手しました。
これでいよいよ南米へ向かうことができます。

市電に乗り、世界遺産「ベレンの塔」へ行きました。
ベレンの塔

世界遺産「ジェロニモス修道院」ではバスコダガマのお墓を見てきました。
バスコダガマ

歴史の教科書の人物が目の前にいるかと思うと、 なんとも不思議な気分になってしまいました。

昼に食べたマクドナルドのセットメニューが胃にもたれ、 午後はずっとホテルの部屋でうなりながら過ごしました。

あの驚愕の映像を見るのは次の日のことです…………。

この頃のひとりごと、 リスボン散策 へ

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2001年9月12日 (水) ===== ポルトガル [ リスボン ] 302日目-----

朝、ニューヨークのワールドトレードセンタービルが 燃えている映像をTVで見ました。
ニュースはもちろんポルトガル語、何が起こっているかよくわかりません。

事件の真相が分からないまま、「ロカ岬」へ行きました。
ここはユーラシア大陸最西端の地、これで大陸横断達成です!!!!

その後、世界遺産「シントラ」を訪れましたが、今朝の衝撃映像の真相が気になり、
観光に全く身が入りませんでした。

ペナ城

この頃のひとりごと、 衝撃映像  何もわからない大事件の状況  少しずつわかり始めた大事件の状況<1> 
少しずつわかり始めた大事件の状況<2>  テロと聞いて…  ユーラシア大陸横断達成 
ペナ城訪問  一人、悩む…<1>  一人、悩む…<2>  どうする、この旅?  決断 へ

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2001年9月13日 (木) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 303日目-----

予定通り飛行機でリスボンから南米、ブラジルのサンパウロへ向かいました。

ニューヨークの事件は「ハイジャック=カミカゼ=テロ」とのことだけわかり、 飛行機に乗るのはかなり気がひけました。

リスボン空港はパスポートと航空券を持った人しか入れません。

空港内にはマシンガンをかかえた警官でいっぱいです。

乗客は皆、離陸前の救命具や酸素マスクの使い方を説明した 「緊急時のVTR」を真剣に見ています。

飛行中はもちろん、ハイジャック関連のニュースは移されず、 他ののどかなニュースが映し出されていました。

サンパウロに着陸したと同時に、機内で一斉に大きな拍手が起こりました。
皆、顔には出してはいませんでしたが、やはり不安だったのでしょう。

=========
6年半ぶり、4度目の南米に無事到着です。

アメリカ留学時代のブラジル人の友達、リサに空港まで迎えに来てもらいました。
親しい友達のいるこの地でちょっとゆっくりさせてもらうことにしましょう。

この頃のひとりごと、 異様  不吉  免税  機内 
初の大西洋横断  2つの大歓声
4つ目の大陸、37カ国目  1年ぶりの再会 へ

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2001年9月14日 (金) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 304日目-----

★★★ 旅、10ヶ月が経過です!! ★★★

6年前(1995年)、大学卒業旅行時にここ、サンパウロで 大変お世話になったカレンと再会しました。

「イグアスの滝に一緒に行こう!!」
「ブラジルは北東部にいいところがいっぱいあるんだよ!!」
サンパウロ以外の見所をあれこれ教えてくれ、 一緒に付いてきてくれるとまで言ってくれます。

新しい友達もいろいろ紹介してくれ、旅の話をあれこれ聞かれたりします。

おいしい食事をたらふくご馳走になり、超VIP扱いされてしまいました。
こんな待遇を受ける所は、世界に2つとありません。

サンパウロ、なんともいい街です。

この頃のひとりごと、 祝! 旅、10ヶ月経過  6年半ぶりのサンパウロ 
サンパウロの友達 へ サンパウロのラーメン屋 へ

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2001年9月15日 (土) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 305日目-----

6年半ぶりに本場の「シュハスコ」(=肉料理)を食べました。
はっきりいってむちゃくちゃおいしいこの料理、 遠慮なくお腹がいっぱいになるまで食べまくりました。

ブラジルに来てから腹一杯にご馳走になりまくってしまっています。
旅の間に落ちていた体重が確実に回復されているのがわかります。

ダムが水不足とのことで、ブラジル全域で節電政策がとられています。
夜は街灯が少なく、以前にもまして恐い雰囲気です。

この頃のひとりごと、 満喫、シュハスコ へ

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2001年9月16日 (日) ===== ブラジル [ サンホケ ] 306日目-----

東洋人街、リベルダージの朝市へ行きました。
この付近には日本料理屋、日本の古本屋などがあります。
たこ焼きを食べ、10ヶ月離れている遠い故郷、日本に想いを馳せました。

この頃のひとりごと、 サンパウロの朝市 へ

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2001年9月17日 (月) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 307日目-----

サンパウロにある、モルンビーショッピングセンターへ行きました。
6年前にサンパウロに来た時も今回も、 「誰か」がいつもどこかに連れて行ってくれました。
しかし、今日は初めて「一人で」ブラジル内を歩き、 ちょっと感激してしまいました。

そしてリサとの連絡用に携帯電話をかしてもらいました。
これが「生まれて初めて」もつ携帯電話です。

この頃のひとりごと、 自分史上、初のアイテム  サンパウロで一人… へ

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2001年9月18日 (火) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 308日目-----

カレンとそのいとこのベチ、その友達ら総勢11人で メキシコ料理屋へ行きました。

食事を食べ、夜遅くまでたわいもないことを話しました。
ブラジルの若者の夜の過ごし方を楽しませてもらいました。

この頃のひとりごと、 靴のカカトの修理  ブラジル式あいさつ  その後、テロ情報 へ

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2001年9月19日 (水) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 309日目-----

元々は奴隷の料理だったという「フェイジョアーダ」を食べました。
黒豆とブタの耳やしっぽを一緒に煮込んだ料理です。
味はいいのですが、見た目がなんともグロテスクで あまり箸が進みませんでした。

カレン、ベチとロッククライミングに行きました。
何度かかべを登ることを繰り返しただけで、 両腕がパンパンになってしまいました。
旅で上腕の筋肉を使っていないことがよく分かりました。

この頃のひとりごと、 増量中!  もてなしの国、ブラジル  初のロック・クライミング へ

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2001年9月20日 (木) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 310日目-----

曇っていて肌寒いサンパウロ、連日のイベント続きで体調を崩してしまいました。
午後、ずっと寝てすごしました。

この頃のひとりごと、 この旅<初> 疲労でダウン へ

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2001年9月21日 (金) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 311日目-----

ゆっくり寝て、体力もばっちり回復しました。

東洋人街、リベルダージへ行き、 日本の古本、貸し本屋で漫画を立ち読みしました。
お昼にはラーメン屋にいき、醤油ラーメンを食べました。
日本の反対側、ブラジルでいったい何をしているのでしょう。

気分を変え、午後からは「日本移民史料館」へ行きました。
過去100年に渡る日本からの移民、そしてその子孫たちの 生活ぶりが展示された興味深い所です。
日本の反対側、ブラジルで別の日本の近代史を見ました。

夜は6年前にも行ったことのあるピザ屋 「1900」(=ミル ノベチェント)へ行きました。

う ま い !!!

相変わらずここのピザはうますぎます!!
店内の様子が変わっていないのも、うれしく感じられました。

この頃のひとりごと、 サンパウロの古本屋、ビデオ屋  サンパウロのレンタルCD屋  おれ、本当はなに人? 
『日本移民史料館』  日本とブラジルの交流  『世界一うまいピザ』、ふたたび! へ

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2001年9月22日 (土) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 312日目-----

リサの車でサンパウロから7時間かけ、リオデジャネイロに行きました。
ブラジルの運転免許を持たずに1時間半ほど運転してしまいました。

リオに住むリサの友達の家にお邪魔することになりました。
宿代がかからないのは、長期間旅をする者にはなんとも助かるところです。

友達、知人の存在に感謝せずにはいられない旅です。

この頃のひとりごと、 リオ目指して  斬新、ブラジル! その1  聖地『サント・アウリオ』の出来事 
ドライブ イン ブラジル  リオ到着 へ

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2001年9月23日 (日) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 313日目-----

リオの海岸を散策しました。
ビーチバレー、ビーチサッカー、フッチバレー(=足でやるバレー)。
皆楽しそうに週末をビーチで過ごしています。
今年はビーチバレーを全くしていないので、 なんとも混ざってプレーをしたいところでした。

面積の小さい三角形のビキニを来た女性がたくさんいます。
あぁ、リオデジャネイロ。
なんともいい街です。

この頃のひとりごと、 リオ観光 その1 へ

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2001年9月24日 (月) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 314日目-----

「パン デ アスーカル」という小高い丘へケーブルカーであがりました。
リオを一望できる最高の場所でした。

この頃のひとりごと、 リオ観光 その2  『ハードロック・カフェ』@リオ 

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2001年9月25日 (火) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 315日目-----

コルコバード

十字に腕を広げたキリスト像の立つ「コルコバードの丘」へ行きました。

リオというと真っ先にこの場所を思い浮かんでしまうものです。
ここでもリオのすばらしい景色を楽しめました。

午後は世界一大きなサッカー場「マラカナン = スタジアム」へ行きました。
マラカナン

ペレやジーコの足型が入り口にあり、足の大きさを比べて楽しみました。

この頃のひとりごと、 『コルコバードの丘』  世界一大きなサッカー場 

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2001年9月26日 (水) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 316日目-----

世界的に有名なリオのカーニバル、その舞台となるスタジアムを見ました。

午後は宇宙船の様な独特なフォルムをした 「メトロポリタン大聖堂」へ行きました。

ヨーロッパで似たようなかたちの教会を見続けてきたので、 こんなユニークな教会にとても感激してしまいました。

この頃のひとりごと、 斬新、ブラジル! その2 

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2001年9月27日 (木) ===== ブラジル [ リオデジャネイロ ] 317日目-----

リオは一日雨でした。

日記をかいたり、ネットカフェやショッピングセンターへ行ったりして のんびりすごしました。

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2001年9月28日 (金) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 318日目-----

リサの車でリオデジャネイロからサンパウロに一日かけて もどってきました。

またブラジルの免許も無く、4〜5時間ほど運転してしまいました。
夜、電灯の少ない高速道路を走るのは、ちょっとだけ勇気が必用でした。

1週間ぶりに戻ってきたサンパウロは、なんだか自分の ふるさとみたいです。
今まで出会ってきたサンパウロの友達と会うのが楽しみです 。

この頃のひとりごと、 すべてを越えて…  ちょっとだけ地元気分 

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2001年9月29日 (土) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 319日目-----

日中はこの1週間のニュースをインターネットで読んだり、 メールをかいたりして過ごしました。

夜、カレンやカレンの兄弟と食事をしました。
『ハロー、カリオカ!! (= リ オ 出 身 者 ) 』
久々に会ったカレンは、そう言って迎えてくれました。

この頃のひとりごと、 サンパウロの怒れる友達 へ

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2001年9月30日 (日) ===== ブラジル [ サンパウロ ] 320日目-----

『モルンビー・セメタリー』へ行きました。

『え? これが?!! 』

F1ドライバー、アイルトン・セナのお墓は、 広い芝生の上に名前の書かれた鉄のプレートが ポツンと置かれただけのものでした。

ブラジルの国民的英雄のお墓にしては、 意外なくらい質素なものでした。

この頃のひとりごと、 意外なお墓  ブラジルに会う へ

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